呆然
土曜日。
二度寝から覚め、淹れたコーヒーを飲んでいると、インターホンが鳴った。
魚眼レンズを覗くと、グレーのパーカー姿の大黒天がいた。
脳内は軽いパニックを起こした。
時刻はまだ十三時になる頃だ。
大黒天は再びインターホンを鳴らす。
「どうしたんですか」
ドアを開けると、大黒天は玄関に入って来た。
「『どうしたんですか』って、今朝電話しただろ」
大黒天はリビングであぐらをかいた。
「でも、まだ時間じゃないですよね」
「『まだ』って、五分早いだけじゃねぇか。五分前行動が基本だろ」
「えっ、七時、ですよね?」
「あぁっ? 七時じゃねぇよ、一時だよ、一時っ! 一時って云ったじゃねぇか」
〝一時〟と〝七時〟を聞き間違えていたらしい。
二回程確認したが、確かに大黒天は〝七時に来る〟と云っていたような気がする。
いや、とにかく切り替えなくては。
寝起きである上に想定より六時間も早くONの状態にするのは至難の業だが、切り替えなくては。
腑に落ちないが、切り替えなくては。
とりあえず、大黒天にコーヒーを提供した。
「あの、早速質問よろしいでしょうか」
大黒天は「ん」と返事をすると、コーヒーを啜った。
「大黒天さんのご利益は何ですか」
「あれ、俺のご利益って何だっけ。あっ、思い出した、あれだ。五穀豊穣と、子孫繁栄、あれ、あと何だっけ」
大黒天はズボンのポケットからスマホを取り出した。
「ちょっとググるわ」
マジか……。
「あっ、そうだそうだ。商売繫盛、金運向上、縁結び、立身出世」
自分のご利益を覚えていない上にインターネットに頼るのか。
バーベキューに餅がないという理由で帰る程沸点が低い割にはいい加減な神様だ。
「舟券買わねぇとなぁ」
コーヒーを啜り、大袈裟な息を吐いた大黒天は呟いた。
「買ったか? 舟券」
「いえ」
大黒天は取り出したスマホを弄り、それの画面を睨む。
「あの、七福神の皆さんは人間と恋愛関係になる事はありますか」
「恋愛? 恋愛も結婚も別に駄目じゃないけど、七福神はストライクゾーンが狭いわけよ。いい行いをした人間さんには僥倖を与えて悪い行いをした人間さんには厄を与えるのが仕事だから、厳しい目で見ちゃうわけ。人間さんの心が見えちゃうわけだし。たまに結婚してみるけど、どうも長続きしないんだよねぇ。まぁ、七福神あるあるだよなぁ」
「今はいらっしゃるんですか、奥さんや交際している方は」
「いないねぇ。久しくいないねぇ。カミさんもコレも」
大黒天は小指を立てた。
「あんちゃん、競艇歴はなんぼよ」
話を競艇に戻された。
大体、何故僕も競艇が好きな事前提なんだよ。
「いえ、僕は」
「ふーん」
大黒天はスマホの画面を睨んだまま、〝アウトかまし〟、〝ツケマイ〟、〝まくり差し〟などといった専門用語を時折入れながら選手の分析を始めた。
「あの、質問いいですか」
「ん」
「大黒天さんは、おいくつなんですか」
コーヒーを啜り、大袈裟な音で息を吐いた大黒天は、「んー」と唸りながら腕を組んだ。
「それが解らんのよ、ホントの年齢は。何百歳なのか。この化けの姿が何十回目なのかも解らんし。もうね、いちいち数えてないから解らんわけよ。裸眼の眼鏡屋店員を見付けるぐらい難しいわけ。この化けの姿って五十年毎に変わるからよ、変わる瞬間を見られたらややこしいわけよ。だからそっちの年齢の方が大事ってわけ」
それから大黒天はコーヒーを啜ると、「熱っ!」と、顔をしかめながら大声を出した。
マグカップが大袈裟な音を立ててテーブルに置かれた。
「熱過ぎんだろ、このコーヒーッ! ふざけんなっ!」
「えっ、ちょっ」
立ち上がった大黒天は、ドアを勢い良く閉めて出て行った。
マジかよ、おい。
気難し過ぎだろ。
今まで普通に飲んでいたじゃないか。
むしろさっきの方が熱いじゃないか。
あの男は、七福神史上最も厄介かもしれない。
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