方法
「じゃあ、早速見せてもらっていいですか」
「はい。ですが、条件があります」
「何ですか、条件って」
「トイレ貸して下さい」
そんな事かよ。
「あっ、はい、どうぞ」
布袋は立ち上がりながらアロハシャツのポケットからスマホをテーブルに置いてトイレに向かった。
スマホの下には小さな青いキャンパスノートがある。
人間に与えてきた運の記録だろうか。
戻って来た布袋は再びテーブルの前に座り、「あっ、良かったら見ません? 私のネタ帳」と、ノートを差し出し、僕は思わず受け取った。
表紙には、〝ネタ帳〟とボールペンで書かれている。
思い付いたギャグやダジャレを記録しているのか。
無駄なストイックだな。
表紙を開くと、上部に〝ダジャレ〟と書かれ、その下にはダジャレが箇条書きされている。
半分程は自信があるのかピンクの蛍光ペンでアンダーラインが引かれているそれ等を見る限り、布袋はタクシーでストックをほぼ出し切ったらしい事が解った。
ページを捲ると、上部には〝こんな名前はいやだ〟と書かれ、その下には、〝脚場倉 好男〟、〝世久原 好男〟、〝田日岡 好男〟の三つが書かれている。
隣のページには上部に〝なぞかけ〟と書かれ、その下には〝どうでもいい話と掛けて、録画した番組と解く、その心は、どちらも、きょうみない(興味ない・今日見ない)〟と、一つだけ書かれている。
ページを捲ると、上部に〝ブラックジョーク〟と書かれているだけで、その下には何も書かれていない。何故、思い付いていないのにカテゴリーを作ったのだろう。
それから、次のページ以降は何も書かれていないらしい。
「はい、見ました」
ネタ帳を返した。
何故、これを僕に見せたのだろう。
「じゃあ、真の姿、見せますね。ちょっとだけですからね」
そう云った布袋は、自分の頭上で掌を擦り、煙を出した。
そして、布袋の姿を覆ったそれが次第に露になっていく。
スキンヘッド。
八の字の髭。
からし色の着物。
首に下げた茶色の大きな数珠。
垂れた胸。
風船の様に膨れた腹。
肩に背負った大きな袋。
左手に持った軍配。
「もういいですか、戻っても」
「あっ、ちょっと待って下さい。その袋は何が入ってるんですか」
「これですか? これは普通に、所帯道具です。私、ホテルを転々としてるんです。昔からそういうスタイルなんです」
そう云った布袋は再び自分の頭上で掌を擦って煙を出し、仮の姿になった。
あまり本当の姿を見られたくないのだろうか。
「あの、大黒天さんを呼んで戴けませんか」
「いやぁ、やめといた方がいいんじゃないですかねぇ」
「取材をしたいんです」
「大黒天さんに逢う唯一の方法が、四捨五入すると三つあります。一つ目は、大黒天さんのいるホテルに行く」
布袋はそれから、大黒天が勤めるホテルの名前と大まかな場所を云った。
「二つ目は、パトロール中の大黒天さんを探す」
布袋は大黒天が現在住んでいるらしい地名を云った。
「三つ目は、大黒天さんの行きつけの立ち飲み屋に行く」
布袋はその店名と場所を云った。大黒天は毎日二十時頃にその店を訪れているらしい。
「えっと、呼んで戴くのは難しいですか」
「この三つが大黒天さんに逢う方法です」
昨日ブチ切れられため、ばつが悪いらしい。
「でも、やめ、だぁっくしょいっ! やめといた方がいい、でぃやぁっくしゅっ! やめといた方がいいですよ。あの方に会うのはおすすめしな、じゅっくっしゃっ!」
三度のくしゃみ。
お待ちかねの三度のくしゃみだ。
「布袋さん、千里眼使って下さい。厄が実行されたんですよね。どんな厄なのか千里眼で見てもらっていいですか」
「あぁ、はいはい」
布袋は目を瞑った。
「んー、厄じゃないっぽいですねぇ」
「えっ、あの不倫した人に与えた厄が実行されたんじゃないんですか」
「いや、そういう訳ではないっぽいですねぇ」
「でも、三回くしゃみしたって事は厄が実行されたって事なんですよね」
「おや、どうやら今のは厄とは関係ない、普通のくしゃみ三連発だったみたいですね」
布袋はそれから、「じゃあ、私、明日オーディションなので。ハロプロの」と云うと、自ら大笑いして出て行った。
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