怒号
「てか、すげぇな、本の数」
甚平は七輪で炙ったさきいかを咀嚼しながら本棚に目をやって云った。
「すごいっすよねぇ」と云って缶のレモンサワーを飲む布袋に腹立たしさを覚える。
何で僕の家なんだよ。
何が、『いい場所がある』だよ。
「いやぁ、ホント、バーベキュー久し振りだな」
「久し振りですね、バーベキュー」
益々バーベキューから遠退き、最早それの要素は火と網しか残っていないが、二人はしみじみと云った。
「あの」
僕は甚平に声を掛けた。
「大黒天さん、ですよね」
「あぁ? 何で知ってんだっ! お前云ったろ」
「えっ、いや、あの……」
布袋がおどおどし始めた。
「僕、小説を書いてるんです。七福神の皆さんを題材にした小説を、是非書かせて下さい。お願いしますっ!」
僕は思わず熱意を出して云った。
「小説?」
「はい。七福神の皆さんの小説を書いて、世に出してもいいですか」
「小説ねぇ。まぁ、いいんじゃないのか、小説なら。小説は基本作り話だからどうせ誰も信じないだろうし」
「ありがとうございます」
「でも、顔も本名も明かすなよ」
「はい、勿論です」
「誰にも云うなよ」
「はい、勿論です」
一瞬しかめた顔にひやっとしたが、許可が降りて良かったと、安堵した。
「お前何か、面白い話あるか」
さきいかを勢い良く噛み切った大黒天は布袋に云った。
「こないだの日曜日の話なんですけど」
布袋は何の躊躇いもなく話し始めた。
「朝四時くらいに尿意で目が覚めて、トイレで放尿した後、睡眠を再開しようしたんですけど、何か、完全に目が覚めちゃったんで、朝シャンして本格的に起きる事にしたんです。で、シャワーから上がって水を飲んだんです。朝シャンの後はクリクラの水を飲むのが私のモーニングルーティンなんで。で、テレビのチャンネル回したけど、通販ばっかりで、しかもどれも運動器具かサプリメントだったからテレビ消してソファーで暫くぼーっとしてたんです。それからコーヒーを飲みながら新聞読んで、ラジオ体操して、髭剃って、またテレビ点けて、バタートーストとハニートーストを食べたんです。あっ、此処までが私のモーニングルーティンです。まぁ、いつもは六時に起きるんですけど。一時期、ジョギングもモーニングルーティンの中にあったんですけど、続かなくてモーニングルーティンから外れたんです。で、私、その日の昼にラーメン屋に行ったんです。で、カウンター席に座って、その時ボーダー柄のTシャツ着てたんですけど、右隣のおっちゃんもボーダー柄着てたんです。で、少しして左隣に来た若い兄ちゃんもボーダー柄だったんですっ! ボーダーが三人並んだんですよっ!」
「ふーん。イラッとした話は?」
さきいかを咀嚼する大黒天は笑う訳でもなく、モーニングルーティンのくだりはいらなかっただろと突っ込む訳でもなく、次の話のテーマを提示した。
「私ね、なすびが食べられなかったんですよ、なすびが。何かあの、きゅってした感じがどうも駄目でね。で、なすびが大好きな友人がいるんですけどね、そいつがよく私になすびをプレゼンするんですよ。酒が入ると特にそうなんです。やれ、なすびは何にでも合うだの、やれ、なすびを食わない人間は人生を七割損してるだの。もうね、なすびに対する情熱が尋常じゃないんですよ。飲みに行ったら必ずなすびの漬物頼むし、よく紫の服着てるし、家の庭にビーナス像あるし。で、そいつ、奥さんと離婚したんですけど、その半年後くらいに、私、コンビニで買い物してて、電子マネーで支払った後に一万円札渡して〝五〇〇〇円チャージで〟って云ったんです。でもその後、店の人がお釣りくれなくて、一瞬待ったけどくれなくて。で、レシート見たら一万円全部チャージされてたんですよっ! 五〇〇〇円って云ったのにっ! イラッとしましたよっ!」
「ふーん。じゃあ、全裸で暫く慌てふためいてホッとした話は?」
どんなテーマだよ。
「私、こないだ暑くて全裸で寝てたんですけどぉ」
あんのかよ。
「朝になると滅茶苦茶寒くなってて、眠くて意識朦朧としながらパジャマ着て押し入れから布団を出したんです。で、その日の昼頃、買い物行く途中に滅茶苦茶暑くなったんで、着てた服五枚脱ぎましたからね。私、気温までは変えられないですから。もうね、あの日はホント、寒暖差すごくて躰おかしくなりそうでしたよ。で、夜に健康ランド行ったんですけど、浴場から出た時に大事件が発生したんです。服入れるロッカーの鍵がない事に気付いたんです。もう、滅茶苦茶慌てふためきましたよっ!」
暑くて全裸で寝ていた事から〝暫く慌てふためいたけどホッとした〟に繋がるのかと思いきや、それは関係なかったらしい。
「浴場何周もしましたからねっ! で、露天風呂の岩のトコにあったのをおっちゃんが見付けてくれたんですっ! 一旦外して置いといたのを忘れてたみたいで。滅茶苦茶ホッとしましたよっ!」
「ふーん。このさきいか美味いな」
大黒天がそう云うと、布袋は「まだありますよ」と、レジ袋から取り出したさきいかの数々を網に載せる。
「ホントに食べないんですか?」
布袋に訊かれ、「はい」と答える。
「あっ、名刺」
大黒天はポケットから取り出した赤い手帳型スマホケースを開き、挟めていたらしい名刺を僕に渡した。
ホテルのロゴや連絡先と、〝総支配人 有賀 斗真〟の文字が書かれている。
確かにホテルマンは千里眼で人間の心を視るのに適した職業かもしれない。
「そろそろあれ食うか」
大黒天がそう云うと、布袋は「あれですね」と、レジ袋から取り出した冷凍餃子の袋を開け、手で掴んだ四つを網の上に載せた。
「面白い話ないのか」
「朝四時くらいに尿意で目が覚めて、トイレで放尿した後、睡眠を再開しようしたんですけど、何か、完全に目が覚めちゃったんで、朝シャンして本格的に起きる事にしたんです。で、シャワーから上がって水を飲んだんです。朝シャンの後はクリクラの水を飲むのが私のモーニングルーティンなんで。で、テレビのチャンネル回したけど、通販ばっかりで、しかもどれも運動器具かサプリメントだったからテレビ消してソファーで暫くぼーっとしてたんです。それからコーヒーを飲みながら新聞読んで、ラジオ体操して、髭剃って、またテレビ点けて、バタートーストとハニートーストを食べたんです。あっ、此処までが私の朝のルーティンです。まぁ、いつもは六時に起きるんですけど。一時期、ジョギングも朝のルーティンの中にあったんですけど、続かなくて朝のルーティンから外れたんです。で、私、その日の昼にラーメン屋に行ったんです。で、カウンター席に座って、その時ボーダー柄のTシャツ着てたんですけど、右隣のおっちゃんもボーダー柄着てたんです。で、少しして左隣に来た若い兄ちゃんもボーダー柄だったんですっ! ボーダーが三人並んだんですよっ!」
「それ、さっきの話したやつじゃねぇか。一言一句一緒じゃねぇかっ!」
それから二人はたれをかけた餃子をはふはふと熱そうに頬張った。
「ホントにいいんですか、食べません?」
布袋に訊かれ、「いえ、本当に、結構ですから」と答える。
「かにかまあるか?」
「はい、あります」
布袋はレジ袋から取り出したかにかまのパックを開け、中身を網の上に広げた。室内である上にバーベキューらしいメニューが一向に出てこないが、これをバーベキューだと思っている二人に呆れる。
「じゃあ次、感動した話」
「私ね、昭和レトロにハマってるんです。ロボットのおもちゃとか、水中の棒に輪っか入れるおもちゃとか、浴衣着た女の人がビール注いでる絵の錆びたポスターとか、初期の不気味なミッキーの置物とか、指に付けたら煙出るやつとか。まぁ、私達からしたら全然レトロじゃないんですけどね。ついこないだなんですけどね。で、その昭和グッズの部屋に、んーと、あっ、ごめんなさい、ないです。感動した話、ないです。ごめんなさい」
「ねぇのかよ。何で話し出したんだよ。じゃあ、面白い話」
「朝四時くらいに尿意で目が覚めて、トイレで放尿した後、睡眠を再開しようしたんですけど、何か、完全に目が覚めちゃったんで、朝シャンして本格的に起きる事にしたんです。で、シャワーから上がって水を飲んだんです。朝シャンの後はクリクラの水を飲むのが私のモーニングルーティンなんで。で、
テレビのチャンネル回したけど、通販ばっかりで、しかもどれも運動器具かサプリメントだったからテレビ消してソファーで暫くぼーっとしてたんです。それからコーヒーを飲みながら新聞読んで、ラジオ体操して、髭剃って、またテレビ点けて、バタートーストとハニートーストを食べたんです。あっ、此処までが私の朝のルーティンです。まぁ、いつもは六時に起きるんですけど。一時期、ジョギングも朝のルーティンの中にあったんですけど、続かなくて朝のルーティンから外れたんです。で、私、その日の昼にラーメン屋に行ったんです。で、カウンター席に座って、その時ボーダー柄のTシャツ着てたんですけど、右隣のおっちゃんもボーダー柄着てたんです。で、少しして左隣に来た若い兄ちゃんもボーダー柄だったんですっ! ボーダーが三人並んだんですよっ!」
「だっはっはっ! そんな事あんのかよっ! ん? いや、それ、さっき云った話だろうよっ!」
それから二人はクーラーボックスから出した酒を飲みながらかにかまを頬張る。
「バナナあるかバナナ」
「はい、ありますよ」
布袋はレジ袋から二本のバナナを取り出して皮を剥き、それ等を網の上に載せた。
「餅もあんだろ?」
「餅、ですか。いや、ないです」
「餅がない? ふざけんなよ、おいっ! バーベキューに餅がないとかありえないだろっ! 餅のないバーベキューなんて、甲斐よしひろのいない甲斐バンドだろっ! ジョン・ボン・ジョヴィのいないボン・ジョヴィだろっ! マリリン・マンソンのいないマリリン・マンソンだろっ! カマンベールのないおでんだろっ! 納豆のない海鮮丼だろっ!」
大黒天は立ち上がり、勢い良くドアを閉め、出て行った。
ふと布袋の方に視線を戻すと、バナナを頬張っていた。
何なんだ、その落ち着き様は。
「また始まったか」という表情に見える。
「すみませんねぇ」
軽く頭を下げた布袋に、「いえ」と返す。
普段、お客さんにおもてなしをしているとは思えない沸点の低さだ。
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