甚平
次の週の土曜日の昼過ぎ、スマホが鳴った。
布袋からだった。
「もしもし」
「もしもしぃ、布袋ですぅ。すみません、今日、パトロール一緒に行けなくなっちゃいました。ちょっと、先約が出来てしまって」
先約はこっちだろ。
「今から知人とバーベキューする事になったんです。だからもうパトロール終わらせちゃいました」
パトロールする前に云うべきだろ。
「知人って、もしかして、七福神の方ですか」
「そうですけど」
「恵比寿さんですかっ! 大黒天さんですかっ!」
「大黒天さんです。あっ、こっちですぅ! こっちこっちぃ!」
「あっ! ちょっと待って下さいっ! 何処ですかっ! 今何処にいるんですかっ! 僕も行っていいですかっ!」
それから布袋が云った公園を、グーグルマップで検索した。
川が流れている様な大きな公園をイメージしていたが、住宅地にある小さなそれらしい。
こんな所でバーベキューをするのか。
いや、それより、大黒天に逢える。
大黒天は、どんな見た目なのだろう。
急いで支度をし、玄関を出た。
表札に刻まれた苗字が目に留まった。
布袋が云っていたのはこの民家の事か。
何故、すぐ近くに見えるコンビニではなく民家の表札を目印にしたのか疑問に思った時、焦げたにおいを感じた。
グーグルマップを見ながらそれを辿ると、公園があった。
滑り台の側面に向くベンチの上であぐらをかきながら、煙が漂う七輪に向かって団扇を扇ぐ布袋。
そしてその隣で、ひょっとこが顔を囲っている手拭いと同じ柄のそれを頭に巻いた甚平姿の男が大笑いしている。
あの男が、大黒天か。
大黒天の名前の知名度の高さからか、今までにない緊張が全身を伝った。
アロハシャツと甚平という夏の和洋折衷の光景を前に、思わず立ち止まった。
「ん? おっ! 来ましたかっ!」
僕に気付いた布袋は、網の上のエリンギをトングでひっくり返しながらそう云うと、「この方、さっき云った、小説家の方」と、甚平の男の顔を見ながら僕に掌を向けた。
「うっす」
甚平の男は僕の顔を覗いて云った。
「一緒にやりましょうよ、バーベキュー」
布袋は七輪と小さなクーラーボックスの間に置かれたビニール袋から魚肉ソーセージを出しながら云った。
「いや、あの、此処、バーベキュー禁止なんじゃないですか。此処、そういうタイプの公園じゃないんで。あそこに書いてますよ」
これをバーベキューと呼んでいいのか疑問に思いながら公園の注意書きを指差して云った。
「えっ! 嘘っ! えっ!」
布袋は目を丸くした。
「ホントだっ! 書いてるっ!」
「どうするよ?」
「んー、あっ! いい場所があるっ!」
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