天気
次の週の土曜日。
駅の時計の長針は、改札口から漸く現れた布袋を差している。
食事を交えたインタビューを諦めてパトロールの同行に専念しようとLINEを送り、十六時に待ち合わせする事になったが、「ちょっと、急にドラマの撮影が入ちゃって」という第一声に、早くも心が折れそうだ。
「主演の人が不祥事起こして降板されて私が代役に抜擢されたんです。マネージャーから電話掛かって来てもう、びっくりですよー。現場着くなりドタバタですし。共演者は、石原軍団ばっかで緊張するんですよー」
三十分の遅刻に対して罪悪感は持っていないらしい。
「布袋さんの特殊能力は何なんですか」
その時、布袋は突然、空き家らしい一軒家に向かって走り、きょろきょろと辺りを見渡してからそれの周りの雑草に身を屈めた。
「オンマイタレイヤソワカッ!」
「あっ、あのさっき擦れ違った女の人ですか。運を与えたんですよね。どんな運を与えたんですか」
布袋は立ち上がり、振り向いた。
「あの方は昨日、一万円がはい、ひっくっ! あの方は昨日、一万円が入った財布を拾ってこ、ひっくっ! あの方は昨日、一万円が入った財布を拾って交番に届けたみたいなので、りょ、ひっくっ! あの方は昨日、一万円が入った財布を拾って交番に届けたみたいなので、良縁の運をあげたんです」
そう云った布袋は何故かどや顔だ。
「きっとあの女性の中の悪魔と天使がずっと論争してたんでしょうね」
布袋は「交番に届けちまえよー」とがらがら声で云うと、「そんな事は駄目っ! それを持って今すぐ逃げるのですっ!」と、裏声で云った。
「って、主張が逆だろってねっ! だっはっはっ!」
「あの、布袋さんの特殊能力は」
「私の特殊能力ですか? 私の特殊能力は、あれですよ。遠くからテレビのチャンネルを変えられる能力です。あと、自動ドアが二倍速く反応する能力とか、遠くからカーテンを開け閉め出来る能力とか。それから、じゃんけんが滅茶苦茶強い能力とか、SNSのフォロワーを増やせる能力とか、あとぉ――」
「いや、もういいですから」
「えーと、ホントはですね、乗り物酔いしにくい能力と、あとそれから、外反母趾になりにくい能力です。だっはっはっ!」
面倒臭い男だ。
だが、この男がこんなにふざけるのは想定内だ。
「あの、天気を操る能力ですよね、ホントは」
「どっへっ! びっくりしたっ! なぁんで知ってるんですかっ! もしかして、それもネット情報ですかっ!」
布袋は目を丸くした。
「いえ、弁財天さんに訊きました」
「ベンちゃんかぁ。まぁ、ベンちゃんならいいか。じゃあ、ちょっと見てみます?」
布袋の右手は、左の掌の周りを何周もする。
すると、晴れていた筈の空から小雨が降り出した。
「でも、すごくないですか? 天気を操るって。いかにも神って感じじゃないですか? 正直、私的には私の能力が一番神っぽいと思ってます」
布袋はそう云いながら、右手を動かしていく。
それに比例して雨は強まっていき、やがて、アスファルトを叩く土砂降りになった。
「あの、もういいですから、雨やめて下さい」
「あら、そうですか」
布袋は時計回りに動かしていた右手を反時計回りに動かした。
すると、次第に雨は弱まっていき、止んだ。
まさか人生で『雨やめて下さい』と云う日が来るとは。
それから、「かつてノーベル平和賞を七連覇した」、「八連覇なるかと云われていたが、マザー・テレサに食い止められた」、「いるだけでノーベル平和賞」、といった布袋の冗談を聞かされながら数十分歩いているが、いい事をした人間も悪い事をした人間もなかなかいないらしい。
「しりとりしません?」
「え」
「しりとりです。しりとり。私ねぇ、しりとり強いんですよ。じゃあ、私からいきますね」
何勝手に始めてんだよ。
「ライオン、あっ、間違った。今のなし今のなし。えっと、キリン、あっ、間違った間違ったっ! ちょっ、しりとり強いですねぇ。じゃあ、先攻やって下さい。私、後攻で」
「えっ、えっと……、じゃあ、リンゴ……」
「せっけんっ! あっ、間違ったっ! 〝ン〟ついちゃったっ! 滅茶苦茶強いじゃないですかっ!」
布袋はその後も〝ン〟で終わる単語を連発する。
しんどい……。
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