面倒
「布袋さんは普段、何をされているんですか」
アイコンが弁財天であるが故、弁財天とやり取りをしているかの様な錯覚に何度か陥りながらも駅前で待ち合わせる事になり、それから入った居酒屋の個室で訊いた。
「千里眼というので人間さんの心を視て、良い行いをした人間さんには僥倖を、悪い行いをした人間さんには厄を与えます」
「いえ、そういう事ではなくて、お仕事です」
「あら、そっちですかっ! 失礼しましたっ! 表の顔は、キャリアウーマンです」
「はい?」
「あぁ、ウケないか。表の顔はですね、石油王です」
「えっ」
「駄目かぁ。えっと、表の顔はですね、アメリカの大統領です」
「あの」
「またスベったかぁ。表の顔はですね、鎌倉幕府を開いた人です」
「あの」
それから布袋は、ゆるキャラの中の人、ビートルズのボーカル、万有引力を発見した人、ミッキーマウスの生みの親、アップル社を設立した人、サンタクロース、桃太郎の作者、座布団運びなどと、何度もふざけた答えを云う。
「あの、本当のお仕事教えてもらっていいですか」
「リサイクルショップです」
布袋は諦めた様に答えた。
「これ見て下さいよー」
布袋はポケットから取り出したスマホを弄ると、画面を僕に見せた。
〝ほてー あんど ちゃんべん〟というクレヨン風の文字が書かれたプリクラ写真だ。
不自然に目が大きくなっていたり肌が真っ白な弁財天の隣の布袋の顔も、何故か同様の加工を施されていて気持ち悪さを覚える。
「最早別人」
吹き出しながらそう云った布袋がスマホの画面をスワイプすると、布袋と弁財天がソフトクリームを持っている写真が現れた。
「このソフトクリームね、滅茶苦茶濃厚で美味しかったんですよー」
何と云えばいいのだろう。
言葉を探していると、布袋は「見て下さいよー」と云いながら写真の並びをゆっくりとスクロールし始めた。
尋常ではない量だが、布袋と弁財天のツーショット写真ばかりだ。
冊に囲まれたキリンの前でピースをする二人。
鳥居の前でおみくじを持った二人。
イルミネーションの前でピースをする二人。
ウォーリーのコスプレをしているらしい弁財天と、スーパーマリオのコスプレをしているらしい布袋。
アプリで顔を交換している二人。
布袋は写真を僕に見せながら其々のエピソードを紹介していく。
写真の中の布袋は何れもでれでれした表情だ。
「私ねぇ、実はベンちゃんの事好きなんですよ」
何が『実は』だよ。
何でバレてないと思ってたんだよ。
「まぁ、誤解しないで下さいよ。好きって云っても、別に変な意味じゃなくて、女としてっていう意味ですから。って、変な意味じゃねぇかってねっ! だっはっはっ!」
面倒臭い男だと改めて思ったと同時に、弁財天にキスされた事は口が裂けても云えないなと思った。
注文した鉄板焼きナポリタンが運ばれて来た布袋は、大量の粉チーズで覆ったそれにフォークを入れ、混ぜたり持ち上げたりを繰り返す。
質問を再開しよう。
「布袋さん」
「熱っ!」
「あの、布袋さん」
「あっつっ!」
「布袋さん」
「熱いなっ!」
「あの、布袋さん」
「あちっ!」
「布袋さん」
「あっちっ!」
「布袋さん」
「あっちゃっ!」
「布袋さん」
「あつぁっ!」
「布袋さん」
「あっつぁっ!」
「ほ、布袋さん」
「あぁーっつっ!」
「布袋さぁーん」
「ん熱っ!」
「布袋さぁーん。布袋さぁーん」
結局布袋は、ナポリタンを食べ終えるまで耳を傾けてくれる事はなかった。
「あの、布袋さん」
布袋は「何でしょう」と漸く返事をすると、呼び出しボタンを押した。
「布袋さんは何のご利益があるんですか」
「動悸、息切れ、気つけです。って、命の母かってねっ! だっはっはっ!」
面倒臭い男だ。
大体、〝動悸、息切れ、気つけ〟は命の母じゃなくて救心じゃないか。
「布袋さんのご利益は、千客万来、家運隆盛、家庭円満、商売繫盛、子宝、良縁、で間違いないですか」
スマホの画面を見ながら確認すると、布袋は、「えっ、何で知ってるんですか、ベンちゃん情報ですか」と、目を丸くした。
「いえ、今ネットで調べたんで」
「えっ! ネット上に出回ってるんですかっ! いやぁ、すごいなぁ、インターネットってっ! ホントこの、二、三十年の文明の急な進歩すごいなぁ!」
恐らく人間の平均寿命の何倍も生きているであろう不老不死の七福神にとって二、三十年は急らしい。
再び質問しようとすると、布袋は温玉ガーリックチャーハンに夢中だ。
やはり食事中は聞く耳を持たないらしい。
布袋が合間にビールを飲んだタイミングでの質問を試みたが、駄目だった。
「布袋さんの正体は他の七福神の方と僕しか知らないんですか」
「私が布袋だと知ってるのは、日本人だけで四億人です。って、日本の人口オーバーしてんじゃねぇかってねっ! 殆ど故人かよってねっ! だっはっはっ!」
「布袋さんはおいくつなんですか」
「一七二センチです。って、身長じゃねぇだろってねっ! 年齢だろってねっ! だっはっはっ!」
それから布袋が云った年齢は今年の西暦と同じだったが、本当にそうなのか、冗談なのかが解らない。
「身近に芸能人っています?」
布袋の突拍子もない質問に、「いえ」と返す。
「実は、私の友人の元カノの中学時代の同級生のいとこのバイト先の店長の次男の担任の不倫相手の隣の家の人のストーカーの行きつけのバーのオーナーのフォロワーの異母兄弟の主治医の好きな歌手が北島三郎なんです。って、全然身近じゃねぇだろってねっ! だっはっはっ!」
その時、個室に来たギャル風の店員にたこ焼きやら寿司やら味噌ラーメンを注文した布袋は、テーブルに置かれたあんかけ焼きそばを勢い良く啜った。
殆ど報酬が得られないまま、チャンスタイムが終わってしまった。
布袋があんかけ焼きそばを平らげた。
料理が運ばれて来るまでに話を引き出さなくては。
タイムリミットが生む焦燥のせいか、質問が浮かばない。
何か質問をしなくては。
質問……。
質問……。
そうだ、訊かなくてはならない事があった。
その時、店員が料理の数々を運んで来た。
「あの、布袋さん」
店員がテーブルに料理を並べて個室を出て行ったタイミングで声を掛けた。
「布袋さんの、ちょっ、布袋さん。ちょっ、聞いて下さい。ちょっ、布袋さん、布袋さん」
布袋はグラタンを次々と口に放り込んだ。
質問をしても冗談で返し、料理が視界に入るとそれしか見えなくなる布袋に因って取材が進まない事に、苛立ちを覚える。
フルコースの様に次々と運ばれて来る料理の数々を黙々と平らげ、いちごパフェが入っていたグラスの底をスプーンでほじくった布袋は腹を数回叩き、天井に向かって息を吐いた。
漸く食事が終わったらしい。
「あの」
「よし、お開きにしましょう」
「えっ、あの、少し質問を」
「いや、もう眠いんで、お開きにしましょう」
「少しだけですから」
「お開きにしましょう。もう眠いんで」
「布袋さんの特殊能力は何ですか」
「いや、ホント眠いんで。お開きにしましょう」
それから少し粘ったが、布袋は『眠い』の一点張りだった。
それが云えるなら特殊能力が何かくらい云えるだろと思ったが、布袋は呼び出しボタンを押し、来た店員に「おあいそ」と、少し不機嫌そうに云い、お開きとなってしまった。
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