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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第四柱  弁財天観察日記  ~作家志望の僕があまりにも美意識が高過ぎる弁財天とスケジュールがなかなか合わず、取材と執筆が暫く滞った話~
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美貌

「もういいでしょ」

後ろでリボン状に結んだ長い黒髪。

淡いピンクの着物。

肩に掛かった光沢のある半透明の帯。

祖父母の家の箪笥を彷彿とさせる素材の琵琶。


 顔は確かに、絵や石像とは似ても似つかないが、不細工ではない。

それどころか、相当な美貌だ。

女優並みと云っても過言ではないそれに因って、心なしか、少し緊張を覚える。


「ね、もういい? いいでしょ? はい、もう終わりっ!」

何故、そんなに恥じているのだろう。

弁財天が例の儀式に因って煙に覆われた時、インターホンが鳴った。


 魚眼レンズを覗くと、白Tシャツの上に羽織った赤いアロハシャツとデニムの短パン姿の、ソフトモヒカンの男だった。

「はい」

「ベンちゃーん」

「え」

「あっ、ベンちゃんじゃない。どなたですかぁ?」

それはこっちの台詞だ。


 〝ベンちゃん〟とは弁財天の事か。

という事は、この男も七福神なのか。

非現実的な出来事の連続に因って警戒心が麻痺しているのか、思わずドアを開けた。


 すると、僕の腕を解いたその男は、「ベンちゃーん」と云いながらサンダルを脱ぎ捨て、フローリングに足を上げた。

「ちょっ」

見知らぬ男が素足でリビングに向かう姿に絶叫しそうになったが、この男は絶対に七福神だ。

今はこの男を観察しなくては。


「ベンちゃーん」

「ちょっと、何ぃ? 何で来たわけぇ?」

「さっき顔出したけどベンちゃんいないからさぁ、店長に訊いたら休みって云うから電話したけど出ないから探したわけよ」


「えっ、電話?」と、スマホをポケットから出した弁財天の隣に、アロハシャツはあぐらをかいた。

「うわっ、すごいLINE来てんじゃん」

着信履歴をスクロールしているらしい弁財天は引き攣った表情で云った。

「あっ、お邪魔してすみません」

二人の向かいに座ると、アロハシャツは我に返ったのか、僕に軽く頭を下げた。


「うわっ! 本の数」

本棚を見て驚いたアロハシャツに弁財天は、「すごいよねぇ」と、同調する。

「あっ、私、ウミノリク、四十八歳、会社員、匿名希望でぇす! って、名乗ってんじゃねぇかってねっ! だっはっはっ!」


「てか、このお兄さん、アタシが七福神って事知ってるよ」

「あっ、知ってんのか」

「毘沙門天ちゃんの事も知ってるし」

弁財天は「ねっ!」と、僕に笑顔を浮かべた。

「ふーん。あいつの事も知ってんのか」


「で、作家やってて、七福神の小説書く為にアタシ達の事、取材中なの。ねっ!」

「えっ! 作家なのっ! マジでぇっ!」

七福神が実在している事実を僕が知っている事よりも、僕が作家(作家ではないのだが)である事の方が驚きらしい。


「このおっちゃんもね、七福神なんだよ」

弁財天は僕の顔を覗き込む様にして云った。

「あっ、すんません、ホントは布袋でした、すんません。嘘つきました、すんません」

この男が、布袋か。


「お兄さんと連絡先交換したら?」

弁財天にそう云われた布袋は「おう」と、ポケットから黄色のスマホを取り出した。


 LINEを交換すると画面には、緑が生い茂った山の前でピースをする弁財天が映ったアイコンと、夜景の前でグラスを合わせる弁財天とにやけ顔の布袋が映った背景が現れた。


「いやぁ、それにしても可愛いなぁ、ベンちゃんはぁ。ホント、五十年毎に可愛くなってくなぁ。前のも可愛かったけど、今はもっと可愛いもんなぁ。毎回、ベンちゃん史上最可愛いを更新してくもんなぁ。てか、昨日より可愛いもんなぁ。可愛いと大好きが止まらないもんなぁ。キスしたいなぁ、ベンちゃんと。二つの意味でキスしたいなぁ」

布袋はでれでれした表情で弁財天を見ている。


「キモいから。もうそれやめてくんない? セクハラ発げぇーん。ただでさえ存在自体がセクハラなんだから」

「だっはっはっ!」

布袋は膨らんだ腹を抑えながら他人事の様に大笑いした。

「てか、何? 何しに来たの? どうせまた、用件なんかないんでしょ?」

「用件ってそんな、冷たい事云わないでよ、ベンちゃーん」

「ちょっ、触んないで。たたでさえ存在自体がセクハラなんだから」

弁財天の肩に手を置いた布袋は再び他人事の様に大笑いした。


「えっ、嘘ぉっ!」

スマホを弄っていた弁財天は突然大声を出した。

「ん? 何? どうした、ベンちゃん」

弁財天は震えた声を出した。

俳優が結婚したらしい。


「アタシ、これから何をモチベーションに生きていけばいいのよっ! 大体、何処の一般女性よっ! 一般って何なのよっ! 一般の定義は何なのよっ!」

布袋はテーブルに突っ伏した弁財天の肩に手を置く。


「元気出してよ、ベンちゃん。俺がいるからさ」

弁財天にその声は全く届いていない様子だ。


「俺さ、その俳優、前に見た事あってさぁ、やっぱ芸能人はカッコいいなぁと思ったんだけどさぁ、よく見たら鏡だったんだよー! だっはっはっ!」

布袋は自分の発言に大笑いしているが、突っ伏したままの弁財天に応答はない。


「だからさぁ、その俳優がドラマとか映画に出てんの観てたら、全然内容が入ってかないわけよっ! あれ、何で俺が出てんだってなっちゃってっ  だっはっはっ!」

布袋は再び大笑いするが、弁財天は無視を続行している。


「じゃあ今度、ベンちゃんにシャネルのバッグ買ってあげるから」

「ホントッ?」

弁財天は勢い良く顔を上げた。


「うん。ホントホント」

「やったぁー!」

弁財天は喜色満面ではしゃいだ。


「よし、そろそろ俺帰るわ。家で友達と飲む約束してるから」

本当に用件がなかったらしい。


「あっ、ベンちゃんも来る? 散らかってんの嫌じゃなかったら」

「んーん、いい。散らかってんの嫌だから」

「あら、そうかい。まぁ、いつでもおいでよ」

布袋は「じゃあ、ベンちゃん、またねー」と云って出て行った。

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