柴犬
漸く、一週間が終わった。
自宅の最寄り駅を出て数メートル歩いた所にあるコンビニでスイーツを購入するという毎週金曜日の仕事帰りの恒例行事に因って、改めてそれを実感した。
今週の自分へのご褒美は、ミルクレープ。
漸く、一週間が終わった。
ゆっくりと暗くなっていく空に向かって、息を吐く。
背後から来たタクシーが横切った時、それの傍らに立つオレンジ色の街灯の真下を通る小さな影が、視界に入った。
柴犬だ。その姿は、タクシーの目の前をゆっくりと歩いている。
マズい。
思わず、ハンバーグ弁当とインスタント味噌汁とミルクレープが入ったレジ袋を地面に放り投げ、柴犬に向かって走った。
そして、その小さな躰を抱え、歩道に倒れ込んだ。
「ちょっと、大丈夫かぁ! 何だ、何飛び出して来たぁ?」
急ブレーキを掛けたタクシーの運転席から、バーコード頭の中年男が出て来た。
「兄ちゃん、それ犬か」
柴犬は僕の胸に顎を付け、僕を見つめている。
「なぁんで犬が一人でいるんだぁ? 飼い主に捨てられたのか?」
ただただ柴犬を見下ろす僕と、ただただ「かわいそうに」と繰り返す運転手。ただただ、それが続く。
どうしよう。
柴犬を玄関に降ろし、この場合の正しい対応をスマホでググってみると、やはり動物愛護センターや警察に連絡すべきである事と、その作業は手間と労力を要するかもしれない事を知った。
十数分、画面をスクロールしながら、考える。
とりあえず作業は後で行う事にしよう。
柴犬をリビングに連れて行く前に、外を歩き回ったその足をウエットティッシュで入念に拭いた。
朝食用の食パンを千切って与えてみると、夢中でそれを頬張った。
一瞬で平らげた柴犬は、おかわりを催促する様にこっちを見ている。
袋からもう一枚取り出し、千切って与えると、さっきと同じテンションと速度で頬張った。
首輪は着いていない。捨てられたのだろうか。
大人しい犬だ。
初めて犬をこんなに間近で見たが、思っていた程苦手ではないかもしれない。
いつも通りすぐにシャワーを浴びたいが、その間この犬はどうしよう。
この犬が家の何処かで排泄し、それを踏んだ足で家中を歩き回るという最悪の事態を回避する為、お湯を入れていない浴槽の中にこの犬を降ろして、シャワーを浴びる事にした。
録り溜めていたドラマを観ながら食後のミルクレープにフォークを刺した時、リビングの隅のフローリングに顎と腹を着けた状態になっていた柴犬は起き上がった。
尻尾を振り回しながら、玄関の方を見ている。
その直後、インターホンが鳴った。
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