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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第三柱  毘沙門天観察日記 ~作家志望の僕があまりにもおどおど過ぎる毘沙門天と偶然再会した際に取材を図るが、コミュニケーションに悪戦苦闘した話~
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真相

日曜日の昼下がり。

数年前に発明した、納豆を入れたカップ焼きそばの美味さを改めて実感した僕は、久し振りに近所のカフェで小説を書く事にした。


 ドリップコーヒーを注文し、窓際のカウンター席の端に座る。

そして、パソコンを立ち上げ、昨日の毘沙門天との会話の記憶をなぞりながら、それを小説に加えていく。

カフェで執筆作業をしている自分に酔うこの感覚が少し懐かしい。


「じゃあ、第九問っ! カバの汗は何色っ!」

聞き覚えのある声に振り向くと、やはり毘沙門天だった。

その斜め後ろには、ブーツの音を立てながら飲み物やシフォンケーキを載せたトレイを運ぶ女がいる。


「知ってるよ、ピンクでしょ」

ローリングストーンズのTシャツの上に革ジャンを羽織り、黒い鞄を肩に掛けたその女は毘沙門天の向かいに座り、カーキ色のショートパンツとタイツを穿いた足を組みながら云った。


「せぇかぁいっ!」

「てか、あれは厳密には汗じゃなくて粘液なんだよね。カバは汗腺の代わりに粘液腺があるから」

「おっ、おう。そうそう。汗じゃない汗じゃない。粘液粘液」

女はテーブルに飲み物やシフォンケーキを並べる。


「カバのピンクの粘液には日焼け止めの効果があるんだよね。カバには体毛がないから、紫外線とか乾燥から肌を守る役目があるんだよね」

「おっ、おう。そう。そうそう。日焼け止めね、日焼け止め」

「あと、細菌の増殖を抑制する効果もあるしね」

「おっ、おう。そうそうそう。あるある。確かにある。そういう効果ある。細菌の、増殖をね、抑制する訳よ」


 女は長い黒髪に手を頭頂部から後頭部へくぐらせる。

あの女も七福神なのだろうか。

僕と同世代に見えるが、年の離れた彼女なのか。

そう思いながら意識をパソコンに戻す。


「第十問っ! ワニの性別はどうやって決まるっ!」

「ほら、あれでしょ、ワニは性染色体を持ってなくて、孵化する時の温度で性決定するんだよね」

「せぇかぁいっ!」

「あと、トカゲも何種類かはそうだし、亀も殆どの種類がそうだよね」

「おっ、おう。トカゲも、亀も、そう、だよな」


「それ何ていうんだっけ? TDSだっけ?」

「おっ、おう……。そうそう。TDS」

「あっ、違う。間違った間違った。TDSじゃなかった。TSDだった。TDSだと東京ディズニーシーになっちゃうねっ!」

「おっ、おう。そ、そうだよっ! TSDだよ、馬鹿っ! おまっ! お前、TDSって何だよ、おいっ! おかしいだろ、TDSってぇっ!」

昨日の毘沙門天との会話を文字に起こしながら二人の会話にアンテナを張る。


「第十一も、あれっ! その後ろ姿はもしかしてっ!」

毘沙門天の声に思わず振り向く。

「あっ! 小説家の人だぁ!」

やめてくれ。顔から火が出そうだ。

穴があったら入りたい。


「えっ、小説家? 知り合いなの?」

女は僕と毘沙門天の顔を二回ずつ交互に見る。

「兄ちゃん、此処座れよ」

戸惑いながらも毘沙門天の隣に座る。


「昨日も偶然逢ったわけよ。なぁ? 二日連続ってすごいよなっ!」

何故、昨日はあんな様子だったのだろう。

体調が悪かったのか、機嫌が悪かったのか。

いや、電話の相手に対しては福禄寿と飲んでいた時や今の様なテンションに戻っていた。

どういう事だろう。

今こうして僕に話し掛けたり、このテンションでいるという事は、知らぬ間に嫌われた訳ではないらしい。


「へぇー。昨日も」

女は真っ赤な口紅が塗られた口にシフォンケーキを運び、云った。

「この兄ちゃん、クイズ得意でよう、殆ど当ててんだよっ! 正解率半端ねぇんだよっ!」

毘沙門天に肩を触られた。

「ふーん」

女はキャラメルマキアートに載ったクリームをストローで崩しながら返事をした。


「まぁ、段々調子悪くなってったけどなっ!」

毘沙門天が大声で笑うと、首に唾が掛かった。最悪だ。

「すみません、ちょっとトイレに」


 ハンドソープで入念に首を洗い、席に戻ると、女は「アタシもトイレ」と立ち上がった。

「あの方も、七福神なんですか」

椅子に座りながら毘沙門天に小声で訊いた。


「あぁ、あの……、えっと……、まぁ、その……、えっと……」

戻ってる。

会話がぎこちない毘沙門天に戻ってる。

何故、戻ったのだろう。

「あの方も、七福神なんですか」

「えっと、まぁ、その……」

全く解らない。

謎過ぎてムカついてきた。


 数分後、戻って来た女は椅子に座った。

「ところで、兄ちゃんいくつよ?」

「えっ」

質問した毘沙門天に言葉を失った。

何なんだ、この男は。二重人格なのか。

毘沙門天の顔を思わず凝視しながら、「二十八です」と答えた。

「ほらっ! 俺的中っ!」

「二十八かぁ。惜しかったなぁ」

女がそう云いながらキャラメルマキアートをストローで吸うと、毘沙門天は「ちょっと、俺も」と立ち上がり、トイレに向かった。


「あのおっちゃん、二人でいる時、全然喋れないでしょ」

二、三口シフォンケーキを頬張った女は云った。訳を知っているのか。

「あっ、はい。何で、僕と二人でいる時はそうなんですかね、あの方」

そう訊くと女は、「実はおっちゃんはねぇ」と、組んだ腕をテーブルに載せた。


「究極の人見知りなの」

「えっ? 人見知り?」

耳を疑った。


「お兄さんとはついこないだ知り合ったばっかりっておっちゃんがさっき云ってたから、お兄さんと二人っきりの時には全然喋れてないんだろうなと思って」

女はくすっと笑う。


「おっちゃんはね、知り合った人とまともに喋れる様になるまで十年は掛かるの。打ち解けたらあんなテンション高いんだけどねっ!」

「でも、さっきとかは普通に喋ってましたよね? 僕にも話し掛けてましたし」

「それがさぁ、アタシみたいな付き合い長い人がその場にいたら普通に喋れんのっ! 会ったばっかりの人でもっ! 変わったタイプの人見知りだよねっ! マジウケるよねっ!」

そんなタイプの人見知りがいるのか。


「あっ、この事は本人にはこれだからね」

口の前に人差し指を立ててそう云った女は、「タブーなんだぁ。云うと怒っちゃうの」と加えた。

「あっ、来た来た」

戻って来る毘沙門天を見て女は小声で云った。


「兄ちゃん、此処よく来んのか」

本当は究極の人見知りだと解った上でのその様子に笑ってしまいそうになりながらも、「一時期はよく来てて、今日久し振りに来ました」と返した時、ふと目が合った女もにやけた表情をしていた。


「こないだ、バイトしてるローソンで店長に怒られました。その理由は何でしょうっ!」

少しして女は、クイズを始めた。

「Aッ! お釣りを間違えた。Bッ! シフトの時間に遅れた。Cッ! お客さんに逆ナンしてんのバレたから。Dッ! その他」

その他ってなんだよ。


「んー、B」

毘沙門天はコーヒーを啜りながら答えた。

「お兄さんは?」

僕も答えるのか。

逆ナンしそうな雰囲気がこの女にはあるが、普通に考えてAかBだろう。

「じゃあ……、Aで」

「お兄さんがAで、おっちゃんがBね」

女は咳払いすると口を開いた。


「Aを選んだ貴方は優柔不断な人です」

心理テストだったのかよ。


「で、Bを選んだ貴方は負けず嫌いな人です」

「あぁ、当たってるわぁ」

毘沙門天はそう云いながらコーヒーを啜った。


「じゃあ、次。外を歩いていると、突然大雨が降ってきました。その時、貴方はどうしますかっ!」

これは選択肢がないらしい。

「傘を差すっ!」と、毘沙門天は答えた。

「お兄さんはぁ?」

「えっと……、雨宿り、ですかね」


「成程ねぇ。これは、エイリアンに追い掛けられてる時の行動でしたぁ! おっちゃん、エイリアンに追い掛けられてる時に傘差すって、傘で応戦する気ぃ? お兄さんも店行ってる場合じゃないでしょっ!」

女は笑う。


「いや、どんな心理テストだよっ! 何で結果の方が非現実的なんだよっ! ピンと来ねぇよっ! 当たってるけどっ!」

当たってんのかよ。


「次。温泉に行くと、其処は男湯と女湯に分かれていました。さて、どっちに入りますか」

「いや、男湯だろっ! 当たり前だろっ! あっ、時間だ」

「えっ、何の?」

「仕事なんだわ、今から」

「えっ、お仕事? 今から? ちょっ、聞いてないんだけど」

「云ってねぇからな。あっ、兄ちゃんにこれやるわ」

毘沙門天は、ポシェットから取り出した物を僕に差し出した。


 三枚の絵葉書だ。

毘沙門天はそれ等を僕の方に滑らせた。

女は目を丸くしながら小さく「おっ」と声を出した。


 絵葉書は、筆で書かれた相田みつをを彷彿とさせる文字と、淡い色の水彩画が施されている。


 一枚目は、〝不幸は幸の兆しなり〟という文字と、何故かラバーカップの絵。


 二枚目が、〝人生とは自らを補填する作業を繰り返す事だ〟という文字と、何故かピコピコハンマーの絵。


 三枚目は、〝成し遂げた喜びと成しえなかった悔しさは努力の量に比例している〟という文字と、何故かおろし金の絵。


「俺の趣味なんだわ。やるわ」

「あっ、はい。ありが……、とうございます」

「じゃ」

「じゃあね、バイバァイ」


 毘沙門天が去った後、ぶつぶつと文句を云った女は、「いやぁ、びっくりしちゃったぁ」と、椅子に凭れながら云った。

「おっちゃんがまだ知り合ったばっかりのお兄さんに絵葉書あげるなんてぇ! おっちゃん、気に入った人にしかあげないんだよ、その絵葉書。知り合ったばっかりの人にあげるなんてすごく珍しいのっ! てか、アタシ初めて見たぁ! 決定的瞬間を目の当たりにしちゃったぁ!」

興奮気味で云った女はそれから、「あっ、私ねぇ」と、口の両サイドを両手で囲った。


「ベン、ザイ、テン、なの」

「えっ?」

女は「ベンザイテンなの、アタシ」ともう一度云った。


「弁財天さん、なんですか」

「そう、弁財天。七福神の。あれ、知ってるよね? アタシ達の事。七福神の取材してるんでしょ? おっちゃんから聞いたよ」

この女は、七福神の弁財天。


「ねぇねぇ、アタシの事も取材する? LINE交換しない?」

弁財天は革ジャンのポケットからリングの付いた撫子色のスマホを取り出した。


 画面には、犬の耳と鼻をアプリで加えられた彼女の顔が映ったアイコンと、ひまわり畑が映った背景が現れた。〝水田真里〟という文字の下のステータスメッセージには、三色のハートマークが並んでいる。


「アタシ、普段は、〝ミズタマリ〟って名前なの。フリーターやってるんだぁ。あっ、おっちゃんの今の名前知ってる? 〝アサヒシンヤ〟っていうんだって。今、建築関係のお仕事してるみたいよ」


 弁財天は、自分のスマホの画面に表示されたらしい僕の名前を呟いた。

「じゃあアタシ、パトロール行こっかな。一緒に行く?」

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