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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第二柱  福禄寿観察日記  ~作家志望の僕があまりにもアニオタ過ぎる福禄寿との連絡先を交換した事に因って取材欲が強まったが、なかなか思い通りにいかなかった話~
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雑学

FILAトレーナーは時折白いスマホを弄りながら運ばれて来たあんかけ焼きそばを黙々と食べている。


 この男も神様かどうか、訊いてみるか。

いや、万が一違う可能性もある。

その時、福禄寿が戻って来た。

 

「よし、じゃあ、雑学クイズといこうか」

FILAトレーナーはあんかけ焼きそばを完食すると、福禄寿の肩に手を置いて云った。

「あぁ、はぁ」

福禄寿は引き攣った表情で返事をした。


「第一問っ! スイートルームの〝スイート〟の意味はっ! 五ぉっ、四っ、三っ、二ぃ、一っ! はいっ!」

「んと、甘い、甘いお菓子が食べられる」

「ブーッ! スイートルームの〝スイート〟は〝対になってる〟意味でしたぁ。てか、間違えるんなら〝甘い時間を過ごせる〟みたいな間違い方しろよっ! 珍しい間違い方すんなよっ! はい、第二問っ! アメリカ大陸を発見したはっ! 五ぉっ、四っ、三っ、二ぃ、一っ、はいっ!」

「えと、水戸黄門?」


「だから、珍しい間違い方すんなっ! 間違えるんならコロンブスで間違えろっ! アメリカを発見したのはコロンブスじゃなくてヴァイキングって民族っていう雑学なんだからよう、どっちでもない答え出してくんなよっ! てか、水戸黄門な訳ねぇだろっ!」

福禄寿の左耳に顔を近付けながら捲し立てたFILAトレーナーは「第三問っ!」と云いながら姿勢を戻した。


「病院と診療所の違いはっ! 五ぉっ、四っ、三っ、二ぃ、一っ! はいっ!」

「えっと、医者の数」

「ブッブーッ! 正解はベッドの数っ! ベッドの数が二十以上だと病院で十九以下だと診療所っ! でもいい間違い方じゃねぇか。やれば出来んじゃねぇか。はい、第四問っ!」


 いつまでクイズが続くのだろう。

FILAトレーナーはいつも福禄寿にクイズを出題しているのだろうか。

福禄寿がこの男を嫌う理由が解った気がする。

福禄寿はぴくっと眉間に皺を寄せながら、FILAトレーナーのつばが掛かったらしい左の頬をおしぼりで拭う。

もし自分だったらとぞっとする。

恐らく発狂していただろう。


「バンコクの正式名称はっ! 五ぉっ! 四っ! 三っ! 二ぃ! 一っ! はいっ!」

クイズの難易度上げ過ぎではないだろうか。

「クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラタナコーシン・マヒンタラーユタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラッタナ・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンビーマン・アワターンサティト・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・ブラシット」

「せぇかぁいっ!」

何故、そんな難問は解るのだろう。


「はい、第五問っ! 落語で、寿限無寿限無ってやつあるだろ? あれフルで云ってみろ」

最早、雑学ではなくなっている。


「五ぉっ! 四っ! 三っ! 二ぃ! 一っ! はいっ!」

「寿限無寿限無五劫の擦り切れ回砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」


「せぇかぁいっ! 第六問っ! パブロ・ピカソの本名はっ! 五ぉっ! 四っ! 三っ! 二ぃ! 一っ! はいっ!」

「パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」

「せぇかぁいっ!」

答えの字数が多いクイズには強いのか。


 三十問以上のクイズが終わり、FILAトレーナーが店員にビールのおかわりと鶏の唐揚げを注文している時、福禄寿が疲労感と解放感に満ちた表情でこっそりと小さな溜息をした。


 FILAトレーナーは酒の肴の数々を、福禄寿は鉄板ナポリタンを其々黙々と口に運んでいる。

また妙な時間が始まった。

やはりこの男も神様なのだろうか。

どうやって探りを入れよう。


「あの、お二人は」

「ところで、お前等二人は何処で知り合ったんだよ」

FILAトレーナーは云った。


 初対面である僕も込みで〝お前等〟と呼ぶこの男のデリカシーのなさは、やはり七福神なのか。

「何か、元々、寿老人のやつと知り合いだったらしくて」

「んなっ!」

「彼は作家さんなんです。それで、私を取材しているんです。パトロールにも何回か同行しましたし」

「んなっ!」


「彼が書いた小説に私が登場するんです。私、主役ですよ、主役。何か、七福神の日常を書いている小説みたいで」

「んなっ!」

FILAトレーナーは瞳孔を開いたまま数秒間フリーズした。


「何で知ってんだよっ!」

「えっ、あっ」

「何で正体教えたんだよっ! 七福神が人間さんに正体教えんは御法度中の御法度だろっ!」

「は、はい……」

「滅茶苦茶御法度だろ」

「はい、すみま……」

「超御法度だろ」

「はい、すみま……」

「てか、スーパー御法度だろ」

「はい、すみま……」


「何で云ったんだよっ! 正体をっ!」

「いや、あの、寿老人が……」

「あいつかっ! あいつが云ったのかっ!」

「はいっ! そうですそうですっ! そうなんですっ! その通りですっ! あいつが云ったんですっ! 私は云ってませんっ! 全部あいつが悪いんですっ! 私は悪くありませんっ!」

自分が優勢に立った途端に饒舌になった福禄寿の隣でFILAトレーナーは、憤慨しながら取り出した青いスマホを操作し、耳にあてた。


「人間さんに正体教えるってどういう事だよっ! ふざけんなっ! 何で正体教えたんだよっ! 説明しろ、説明っ!」

それからFILAトレーナーは、数秒毎に「おうっ!」と、怒りが混じった相槌を打つ。


「鹿ぁっ! 鹿って、お前んトコの鹿かっ!」

それから「そうかそうか。それはそれは」と声色を変えたFILAトレーナーは、スマホ越しの寿老人と、近い内に飲みに行く約束をして通話を切ると、一気に飲んだビールのおかわりを注文した。

福禄寿と寿老人が僕に正体を教えた事は許されたらしい。


「兄ちゃん、どうかこの事は他言はしないでくれるか。それだけはホント、頼むわ」

FILAトレーナーは表情を消した顔を僕に近付けて云った。


「あの、七福神の皆さんの生態を綴った小説を、世に出してもいいでしょうか」

不安になった僕は、恐る恐る訊いた。


「んー、顔も本名も出さないんならいいんじゃないのか? 小説って基本、作り話だし。なぁ?」

同調を求められた福禄寿は「そうですね」と返した。

覆面作家としてならこの小説を世に出してもいいという許可が降り、安堵した。


「小説で思い出したけど、お前、貸した本どうよ?」

「えっ? あぁ、もうちょっとで読み終わります」

「いや、俺、別に進捗状況訊いた訳じゃねぇんだよっ! 感想を訊いてんだよ、感想っ!」

「えっ、面白いです」

「今どの辺よ」

「えっ? えっと、二〇〇ページ目ぐらい、です、かね」

「お前さぁ」


「はい」

「読んでないだろ」

「えっ? よ、読んでますよっ!」

「嘘付けっ! 今ちょっと狼狽えただろ、今っ! 大体、感想訊かれて『面白かった』としか云わない奴は絶対読んでないんだよっ! 普通、具体的に云うんだよっ! あそこがどうだったって。『面白かった』なんてなぁ、読まなくても云えんじゃねぇかっ! あと、今どの辺まで読んだかを訊かれてページ数で答える奴は絶対読んでねぇんだよっ! 普通、どういう場面のトコまで読んだかを云うだろっ! てか、俺あの本貸してからどんだけ経ってると思ってんだよっ! もう三年ぐらい前だぞっ!」

「今度返しますから」

「いっつもそう云うけど今度っていつだよっ! それ以降会っても返さないどころか本に関して何も云ってこねぇしっ! この借りパク魔っ!」


 FILAトレーナーはビールをぐびっと飲むと、大袈裟に音を立ててジョッキをテーブルに置いた。

「お前、あれのタイトル覚えてんのかよ」

「覚えてますよ、勿論」

「云ってみろよ」

「いや、あの、ほら、ね、あのー、ほら、えっと、あれですよね。解ってますよ。あのー、ほら、えーっと」

「覚えてねぇのかよっ! タイトルすら覚えてねぇのかよっ! 薄々そんな予感してたけどやっぱそうなのかよっ! じゃあ、作者の名前は」

「知ってますよ、勿論」

「云ってみろよ」


「あの、ほら、あの人ですよね。あの人。あの有名な。すごいベストセラー出しまくってるあの人ですよね。えーっと」

「覚えてねぇのかよっ! タイトル覚えてないからそんな予感はしてたけど、やっぱ覚えてねぇのかよっ! じゃあ、お前、あの小説、どんな話だったか云えんのかよ」

「云えますよ、勿論」

「云ってみろよ」

「あの、あれですよ、えっと、あれですよ、あれ。えっと、解ってますよ」

「あらすじも云えねぇのかよっ! 一切本開いてねぇだろっ! てか、興味ねぇだろっ!」

「えっ、いや、そんな事は」


 FILAトレーナーは空にしたジョッキを再び大袈裟に音を立ててテーブルに置いた。

「もういい、カラオケ行こう」

「えっ……」

FILAトレーナーの急な言葉に福禄寿は目を見開いた。


 「ん~波の谷間に命のぉ~花ぁ~んがぁ~」

FILAトレーナーは何曲も続けて入力し、音痴な歌声で熱唱している。

何故、僕まで誘われたのだろう。


 「くりかぁ~えっすこのポリリズムッ! あの衝動はぁ~まるで恋だねっ!」

FILAトレーナーは一時間以上マイクを握っている。


 「そぉ~してぇ~かぁ~がやぁ~くウルトラソォ~ッ! ハイッ!」

早く帰りたい。福禄寿もそんな表情を浮かべながらコーラに入ったストローを吸っている。


 「ウィ~アァ~ザッチャ~ンピョォ~ンズッ! マイフレェ~エンッ!」

日付が変わっていた。

この部屋に閉じ込められてから二時間が経ったらしい。

次第にうとうとし、遂に頭を下げた体勢で沈没したらしい福禄寿をFILAトレーナーはお構いなしで熱唱している。


 「はぁ~るのぉ~木漏れ日のぉ~中でぇ~君のぉ~やさぁ~しさにぃ~」

間もなく一時になる。どんだけ歌うんだよ。


 〝サライ〟で締め括った、三時間以上にも及ぶFILAトレーナーのリサイクルから解放され、尋常ではない精神的疲労を覚えた。

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