同行
「じゃあ私、ウォーキング兼パトロールに行って来ますね」
午前十時頃、福禄寿はやたらと起動音がうるさい電動歯ブラシでの歯磨きを終え、それをしわしわのビニール袋にしまいながら云った。
神様のパトロール。
これは同行しなくては。
そう思った時、「良かったらご一緒にどうですか」と誘われ、「はい。行きます」と思わず食い気味で答えた。
いい行いをした人間には僥倖を、悪い行いをした人間には厄を与える。この小説が面白くなっていきそうだ。
「あっ、あの人、怪しくないですか」
数十メートル向こうから、逆立った金髪に革ジャンといういい感じにガラの悪い男が歩いているのが見え、僕は〝宝石の国〟というタイトルらしいアニメを関西弁で熱弁する福禄寿を遮る様に云った。
福禄寿は男を凝視する。
「んー、いや、彼は特に問題ないみたいですね。因みに、観葉植物にマリーちゃんって名前付けてるみたいです」
男と擦れ違いながら、その見た目とのギャップに思わず少しにやけてしまった。
「あの人、怪しくないですか」
屈強でコワモテな坊主頭の男が角から現れ、〝ヨルムンガンド〟というタイトルらしいアニメを関西弁で熱弁する福禄寿を遮る様に云った。
「んー、いや、特に問題なさそうですね」
またハズレか。
「因みに彼、ベルマーク集めてるみたいです」
ベルマークを集めている人を初めて見た僕は、まさかそんな人が本当に存在したとはと、少し驚いたが、隣の男はもっとありえない存在である事を思い出した。
「あっ、あの人はどうですか」
十数メートル向こうの角から、サングラスを掛けた長髪の男が現れ、〝ソルティレイ〟というタイトルらしいアニメを関西弁で熱弁している福禄寿を遮る様に云った。
「どれどれ」と、福禄寿はその男を凝視する。
一時間以上歩いたが、結局、アニメ話を聞かされただけに終わり、暫くテレビのチャンネルをちらちらと替えて眺めていた福禄寿は、「じゃあ、そろそろこの辺で」と立ち上がった。
「あっ、そうだ、泊めて戴いたお礼に」
何かくれるのだろうか。
「僥倖を」
小説の取材という意味でもそれはありがたい話だ。
福禄寿は右の掌に文字を書いた。
間違いなく右の掌である事を確認し、安堵した。
「オンマカシリソワカッ!」
福禄寿は、筒にした右手の中に息を吹いた。
思わず閉じていた瞼を開け、両方の掌を見下ろす。
「ひっくっ! それでは、ひっくっ! 私は、ひっくっ! これで」
福禄寿は再び荷物を持ち、しゃっくりをしながら云った。
「あっ、ちょっと待って下さい」
「はい」
「あの、僕はどうなったんですか」
「ちゃんと僥倖を送らせて戴きましたよ」
「いや、あの、どんな僥倖を」
「己レベルです」
「いや、あの、具体的にはどんな」
「子孫繁栄です」
「えっ、子孫、繁栄、って」
「子孫が繁栄するんです」
「えっ、いや、あの」
「貴方に子供が出来て、その子供にまた子供が出来て、その子供にまた子供が出来る。その連鎖が永久に途絶える事がないって、とっても素晴らしい事だと思いませんかっ!」
福禄寿は興奮した口調で云った。
「あっ、はい……」
「ですよねっ! いやぁ、解ってくれますか、その素晴らしさっ!」
「はぁ」
「素晴らしいですよねっ!」
「あっ、はい……」
「ものすごく素晴らしいですよねっ!」
「は、はい……」
「途轍もなく素晴らしいですよねっ!」
「あ、はい……」
「尋常じゃないくらい素晴らしいですよねっ!」
「そ、そうですね、はい……」
子孫繁栄か。
またぞろ、効いたかどうかが解らない僥倖だ。
小説の取材という名目だけが原動力の、赤の他人を家に泊めるストレスの代償がまたぞろ腑に落ちず、落胆した。
「ところで貴方、好きなアニメは」
「いえ、特には」と答える。
それから、〝キン肉マン〟、〝聖闘士星矢〟、〝パワーパフガールズ〟、〝ケロロ軍曹〟、〝五等分の花嫁〟など、様々な年代の様々なアニメを、数時間に及んで熱弁した福禄寿は満足したのか、ご満悦な様子でアニソンと思しき歌を口ずさみながら帰って行った。
それから毎日、仕事が終わると、福禄寿と駅前で待ち合わせ、彼のパトロールに同行した。
休日である土日は午前と午後の二回、パトロールをしているらしく、二週間越しのミルクレープが売っていなかったためショートケーキを買って食べた翌日の土曜日から、土日は午前の部にも同行した。
そして二週間程、福禄寿のパトロールに同行したが、やはり悪い人間はそうそういるものではないらしく、何れも、ただ延々とアニメ話を聞かされただけだった。
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