序章
自分のコンプレックスを数えてみると、右の掌はすぐに拳になった。
一つ目は、過去を振り返ると、トータル的に運が悪い事。
自分は運が悪い人間だと、毎日の様に痛感させられている。その例を、思い付く限り列挙してみよう。
幼稚園に通っていた頃、親に買ってもらったばかりの自転車を盗まれる。
小学生の頃、自販機のボタンを押して違う飲み物が出てきた事と、何も出てこなかった事が、各二回。
中学の修学旅行の行き先が、小学校卒業と共に父親が転勤するまで住んでいた街。
期末試験の日は、高確率で朝から腹痛。
自分が口にするししとうは殆どが辛いため、辛くないししとうの方が珍しいと思っていた。
ビンゴで空いた穴の数の最高記録は二箇所。
映画のDVDを購入した数週間後に、その映画がテレビで放送される。
購入した家電が一ヶ月以内に故障した経験が、パソコン、掃除機、DVDレコーダーの、計三回。
購入した掛け時計に針がなかった。
大学の卒業式に向かって歩いている際、頭上に鳥の糞が落下。
映画館の席を予約した日は大体、天気予報が外れて大雨。
一人暮らしを始める際、コンビニが目と鼻の先にある事が最大の決め手となったマンションに住み始めて約二週間後、そのコンビニが閉店。
行列に並んでいると、丁度自分の前の人で目当ての商品がなくなった事が三度。
とりあえず、この辺にしておこう。
二つ目は、友人がいない事。
自分の記憶が正しければ、物心ついた頃から現在に至るまで、滞りなくゼロだ。
ルービックキューブを弄ったり、クロスワードを解いたりと、休み時間や休日の過ごし方を試行錯誤した結果、読書に落ち着いた。
図書室にある伝記や図鑑を読んでいる内に速読が身に付いていき、卒業までに図書室の本を制覇するという、自ら課した目標を、約四ヶ月残しで達成した。
休み時間は話し相手がいないため、読書をする。
その日常は、小学校を卒業しても一変せず、中学、高校、大学も同様だった。
親しい同級生がいない事を最も痛感させられた時間は、修学旅行だ。
それは何れも殆ど誰とも会話をせず、自由時間には、恋バナ大会や枕投げ大会が開催されている傍らで、ひたすら読書していた。
持参した数冊の小説を何周しただろうか。
今でも、スマホに入っている連絡先は身内と同僚と美容院のものくらいだ。
それ故にグループLINEなどやった事がない。
いや、待てよ。僕は確かに友人がゼロだが、友人が欲しいという願望は特にない。
むしろ、他者との面倒な摩擦がない一人の時間を、メリットだと感じている。僕は子指を戻した。
二つ目は、重度の潔癖症である事。
電車の吊り革。
階段やエスカレーターの手摺り。
店のドアノブ。
不特定多数の人間が触れている物に対する嫌悪感が、年々、いや、日に日に強くなっている。
それ等の物に触れると、手がむずむずする感覚を覚えるのだ。
外出の際は、殺菌効果のあるスプレーとウエットティッシュを常備している。
それ等はかなり減りが早い。
潔癖症は、手間と金が掛かる。
出来る事なら、菌を気にしない人間になりたい。
三つ目は、シンプルでベタなコンプレックスだが、身長が低い事。
小学生の頃、〝寝る子は育つ〟説を信じて、毎日の昼寝と二十一時までの就寝を続けていたが、効果はなかった。
牛乳。
縄跳び。
鉄棒。
ありとあらゆる迷信に手を付けてきたが、何れも同じ結果だった。
高校生活最後の身体測定は気合いを入れて臨んだが、入学時点から変わっていない、一六二センチという無念な結果で幕を下ろした。
四つ目は、断る事が出来ない性格。
中学時代は、同じクラスの女子数人で結成された〝オカルト研究会〟という謎の組織に入会させられて毎週の様に放課後のカフェでオカルト話を聞かされていた。
高校時代は、誘惑が試験勉強の妨げになるという理由でニンテンドーDSを暫く預かってほしいやら、友達の前で彼氏のフリをしてほしいやら、奇妙な依頼を何件も引き受けていた。
大学時代は、同じ学部のオタク女子に、絶句する程つまらない自作の漫画を読まされ、面白いと思わず云ってしまってから、続きや別の漫画を次々と読まされるという地獄の連鎖に苦しめられていた。
先日は、上司と二人で某バンドのライブに行く羽目になったのだ。
そのバンドには全く興味がなかったが、ある日の仕事終わりに数週間後の日程を訊かれ、空いていると思わず云ってしまった上に、上司はその時点で既にチケットを購入済みだった故、尚更断れなかった。
何勝手にチケット買ってんだよと、上司に心底ムカついた。
それは最早、誘いではなく発表だ。
大体、何故、二人だけなんだよ。
せめて誰かもう一人いてくれよ。
ライブ料金は上司の奢りとの事だが、当たり前だろと思った反面、自腹なら金欠を口実に断れたのにと思った。
優しさを間違えている。その優しさがあるならその分の現金が欲しい。
それは優しさではなく、単なる趣味の押し付けだ。
ライブ当日までにそのバンドが何かしらの不祥事をやらかしてライブが中止になる事を強く願い続けていたが、残念ながらそれは叶わなかった。
そして、漸くライブから解放されたと思っていたら近くの居酒屋で飲む羽目になった。
記憶から消したいレベルで憂鬱な一日だった。
自分のコンプレックスを連ねていたつもりが、いつの間にか愚痴になってしまった。
だが、こうして実体験の愚痴を小説というこの場で発散する事に因って、小説の材料になり、憂鬱に意味が加わるという、一石二鳥を実感した。
僕には、小説の新人賞を獲り、自分の作品を世に出すという、絶対に叶えると決めた夢がある。
今まで六作の小説を賞に応募した。
一作目は、〝潔癖リーマンの潔癖ライフ〟という作品。
これは、潔癖症のサラリーマンである、毛利将汰の日常を書いたもので、勿論、自分がモデルだ。大学を卒業して間もなくこれを応募し、それから年一のペースで小説を応募した。
二作目は、〝売れないチワワの憂鬱〟という作品。
これは、ペットショップで、好みの女性客が来る度につぶらな瞳で見つめて必死にアピールするも、売れ残ったまま成犬となってしまったチワワの日常を、チワワの目線で書いたもの。
三作目は、〝男と酒の肴の魚の鮭〟という作品。
これは、酒と料理だけが生き甲斐である、五十一歳の独身こじらせサラリーマン、酒々井一人の日常を書いたもので、内容よりもタイトルが先にふと浮かんだ。
四作目は、〝同性で同姓の同棲中の二人〟という作品。
これは、濱川信司と浜河健二の、自分達がゲイカップルである事を周囲に隠しながら生きる奮闘記。
五作目は、〝性なる夜に。 ~十組の男女の性交の失敗~〟という作品。
これは、〝笑える官能小説〟という、我ながら斬新で面白いと思えたコンセプトで書いたオムニバス。
六作目は、〝BAND・AND・GOD〟という作品。
これは、〝under・line〟、〝SANRISE〟、〝黄昏カラス〟、〝THE・FIVE・LEON〟、〝blue・bird〟という、五組の売れないバンドのメンバー達の前に、〝神〟を自称する見知らぬ中年男が突然現れ、それから少しずつ路上ライブに足に止める人が増え、バンド名が世の中に知られていくという、オムニバス。
小説を応募する際のペンネームは二作毎に変えており、今までに使用した、〝夏冬春秋〟(かとうしゅんあき)、〝西東北南〟(さいとうほなみ)、〝赤黄青紫〟(あかぎせいじ)は何れも一次選考通過者の一覧にはなかった。
六作目の応募から半年が過ぎたが、全く思い浮かばず、何かいいテーマはないか、日々頭を悩めている。
僕の前にも、〝神〟が現れないだろうか。
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