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不死者の剣  作者: 富山荘
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蘇ってみよう

 全ては一瞬の出来事だった。骨野郎が何かを呟き、震える細腕を前へ突き出した瞬間、奴の様子が一変した。


 全身が真っ黒に染まり、何もない背中から直接、歪な骨の翼が生えてきていた。形自体は綺麗な骨の翼だ。だが人の骨に骨で出来た片翼の翼が生えているというのはなんとも歪な光景だ。


 先刻までは大した実力を感じなかった。だが今は違う。一歩も動いていないというのに奴から目を離せない。目を離せばその隙を突かれ、命を奪われる。一瞬でここまで力が増す魔法を俺は知らない。というより存在しない……はずだ。しかし奴が魔法で強化されているのは纏っているオーラを見れば分かる。


 そこから戦士の判断は早かった。敵と1番ぶつかり合う職業だからこそ、この状況がどれだけ不味いか瞬時で判断出来たからだ。だが遠距離と搦手を主に扱う2人は正しい実力が判断出来るかと言うとそうもいかなかった。


「ここは一旦退く!クエストも中止、ギルドへの報告を優先するぞ!」


「翼が生えたぐらいでスケルトンに臆したか?どうせ何も変わらない。俺が今ここで仕留めるから黙って見ていろ」


 静止を聞こうともせず、盗賊は背後に回り込み決着をつけようと銀のナイフを突き立てる。複数の魔法強化と盗賊派生スキルの暗殺スキルにより、先程奴の背中を斬りつけた一撃より数段速く、鋭い突きだった。この突きを完璧に防ぐのは熟練の戦士でさえ無理だろう。


 だが銀の刃が骨の体に届くことはなかった。透明な壁に阻まれナイフが空中で止まる。思い当たる魔法に光魔法の物理結界がある。があの魔法をスケルトンなどの不死者(アンデット)族が扱えたなんて聞いた事がない。


「馬鹿な!俺の!この絶死絶命の一撃を防ぐ結界など存在するはずがない!」


 暗殺スキルの利点は一撃目が高火力になる事で、まさに一撃必殺を表した職業である。しかし継戦能力があるとは言い難く、一撃で決められなかった時は補助に徹する他なくなる。その彼の一撃を防ぐ事は普通不可能だ。


 今目の前で再び透明化して、もう1度チャレンジしようとしている盗賊は腐ってもレベルは90、有象無象の盗賊ではない。だが今の一撃が防がれても敵の実力に気付くことが出来ないのは、普段は一撃で相手を仕留めている事の悪い影響だろう。


「お前の一撃がこうも簡単に防がれるなんておかしいだろ!?早く逃げる準備をしろ!」


 答えはなく、代わりに起こったのは変わらず動かないスケルトンに生えた骨の翼が、一瞬の間に黒い翼へと変異したと共に頭上には白い輪が浮かんでいた。全身が真っ黒である中に純白な輪が浮かんでいるのは、まさに異形と称するのが適している。


 化け物となったスケルトンはようやく動き出し、透明化している盗賊を一瞥した。一瞥しただけのはずだ。一瞥しただけで盗賊の姿が掻き消え、壁際で黒い炎が巻き上がる。


「アアアアアアアアアアあついあついあついあついあついあついあつ」

 

 多少の炎なら防ぐ事が出来るローブも効果が発揮されず、盗賊は叫び声を上げながらなす術なく燃え上がっていた。


「リャナンシー!水魔法をアイツに当てろ!」


「何よあいつ……こんな事が許されて良いはずが……」


 どうやら現実が受け止められず、放心状態になってしまったようだ。だが今は放心している場合なんかではない。すぐに盗賊の火を消化し、転移魔法で拠点まで撤退しなくてはならない。


「早くしろ!俺は結晶で転移魔法を発動する!」


「ソンナコトハユルサレナイ。オマエタチニノコサレタセンタクシハ死ダケダ。死はキュウサイダ」


 頭に声が響く。高位の生き物が有するとされる念話を用いて、直接脳に語りかけてきている。どうやら消火作業を終えた2人にも同様の声が聞こえたらしく、今まで見たどの顔よりも顔色が悪かった。やっと状況を理解してくれたようだ。


「ば……化け物!」


 火がスケルトンを包み込む。魔法使いが放っただろう。しかし盗賊の攻撃が無効化された手前、効くはずもない。


 炙られる火の中のスケルトンの目が一瞬黒く光る。刹那、戦士でさえ認識できない一瞬に黒い線が横切る。戦士の隣にいる人物を狙って。


「リャナンシー!」


 戦士は振り向き、仲間の安否を確認したい気持ちでいっぱいだった。だが、それを自身の体が許さない。今、敵から目を離せば、自身も同じ目に合う事が理解できてしまったからだ。


 しかし、直接見る必要もなく、返事の代わりに返ってきた地面に倒れる音と周囲に漂い始めた血の臭いによって図らずも大体の答えに察しがついてしまう。


 戦士の心には当然、仲間を殺された事への怒りはあった。だが、それ以上に彼の心を支配していたのは自分の知らない、理解できないモノへの恐怖だった。


「こいつは一体なんなんだ!実力を隠していただけで、この洞窟の主だとでも言うのか!」


 拭えない恐怖と絶望、今すぐここから逃げてしまいたい。刀を握る手が震える。ここまで手が震えるのは初めて魔物と相対した時以来だ。


 覚悟を決め、震える手を抑え、刀をしっかりと握り直す。今握っている刀は俗に言う遺物というもので、先日4人でこことは違うダンジョンに潜ったとき、魔法によって封印術が施された棺の中に安置されていた。


 もう一人の仲間であるリーダー曰く、「この装備超レア物だよ。売ったら帝国の中央都市に一軒家を建てられる」といつもクールでビューティーガールのリーダーが焦っていた……気がする。彼女は鑑定スキルを所持している訳ではないので正確な情報はわからないが、多数の魔法が付与されているらしい。精霊の力も感じると言っていたのでその価値も妥当だろう。


 付与されている魔法の1つ、『マインドピース』は闇属性精神干渉系魔法で、精神を安定化させる。精神干渉系魔法という立派な名前の癖にしょうもない効果の様に思えるが、冒険者や兵士などの戦いを生業としている人間からすれば大変重宝されている魔法だ。


 人間である以上、戦いを続けていれば多少なりとも精神が摩耗する。敵を殺し、仲間が殺されれて少しも動揺しないなんてのは無理だろう。しかしそれをケアしてくれるのがこの魔法だ。


 精神が安定化したことによってあの化け物(スケルトン)をどうするかを考える余裕が生まれる。魔法使いは一発ダウン、盗賊は戦闘不能という絶望的な状況は変わらない。


 未だ自分だけ五体満足で生きていられているのは、羽を生やしたスケルトンが突っ立ったままそこから一歩も動いていないからだ。こちらから攻撃しなければ襲ってこないと言うのなら知性持ちという点を加味すれば交渉の余地があるかもしれない。


「取引をしないか!俺達を見逃してくれるなら俺達に出来る事ならなんでもするからよ」


 返事は……ない。と言うより様子がおかしい。こちらからは何もしていない筈なのに膝をつき、頭を抱えて苦しんでいる。


「これは逃げるチャンスか!?それとも油断させる為の演技なのか!?おい、動けるならさっさと逃げるぞ」


 違う意味で黒焦げになった2人の味方に声を掛ける。死んでいるかを判断する事は、2人分以上離れているこの距離感だと難しい。故に声を掛けるだけ掛け、今奴が立っているのと反対、自分達が来た道へと思い切り踏み込む。


 仲間を見捨てる訳じゃない。これはパーティーの掟だ。強敵に遭遇した時は自分の身を第一に、逃げる余裕があるなら無我夢中で逃げ続けろ。誰かが生き残れば蘇生出来る可能性がある。


 鋼製鎧を着ているとは思えない瞬発力で一本道を移動する。絶対、リーダーやギルドに報告をしなければならない。


「この洞窟は何かがやばい。きっとこいつは報告にあった主じゃない、なのにあの強さだとすると本格的に、この洞窟に討伐隊を派遣する必要がある」


 後ろは振り向かない。片手で刀を握っていると言うのにまた精神が不安定になってきている。息がきれようと関係ない。戦士はただ真っ直ぐ走り続けた。

 

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