邂逅してみよう
金属音が周囲に響き渡る。何にぶつかったのかはわからないがとても硬い感触に剣は弾かれ、尻もちをついてしまう。恐る恐る目を開けてみるとそこに鮮血はみえていなかった。感触はソルジャーラビットの角ではなく、攻撃が斜めに逸れて壁の岩に激突していた。その兎の群れだがこちらになんて気にも留めず、ホークを避けてただ前にだけ進んでいた。
「一体どういうことだ……ゲーム時代だと兎野郎はどんなモブだろうと襲い掛かっていたおぼえがあるんだが……まさか肉がないからか?」
食料にならないのだから襲わないというのはわかる。だがこいつらの様子はそういう感じではなく、何かから逃げている という感じだ。この大群が一体何から逃げると言うんだ。
パッシブスキルの軍隊を発動している間はレベル差があろうと立ち向かうようになっていたはずだが。尻もちをついたまま考えていると、兎が逃げ出していた理由はすぐにわかる事となった。
『セイクリッドライト』
真っ暗な洞窟に一筋の光が差し込む。全てを優しく包み込む浄化の光。最後尾に見えていた兎から順に、光の中に呑まれていく。その後に聞こえるのは兎の断末魔だ。レベル1のスケルトンが喰らえば即死間違いなし。
当然、中位に当たるこの魔法を発動したのは自分ではない。浄化の光魔法が使えるのは神官系職業を修めているものだけであり、中位ともなればレベルはある程度上げているはずだ。声からして発動者は女だろう。
光は兎を削れるだけ削り続ける。幸い壁側に尻もちをついていた自分を照らすことはなく、こちらに気付いた様子もなかった。
獲物を倒した、もしくは確認する為か、先程まで兎の足音で聞こえていなかった人間の足音が近くまで寄ってくる。足音の方向を見ると光以外に明かりが1つ、どうやらランタンらしきものを持っているようだ。
「おい!あそこに人影が見えないか?」
どうやらこちらに気づいたようだ。こちらから声を掛けようと手を上げようとして思い出す。自分が今、全身骨だった事を。骨に声をかけられたら、俺なら絶対ビビる。それどころか敵として認識されてもおかしくないだろう。
瞬間、今どうするべきかを考える。隠れる?ダメだ、ここには隠れる場所などない事はさっき確認したばかり。逃げる?ダメだ、今からだと不審に思われる。……戦う?……ダメだ、相手の情報がない状況で戦うのは得策じゃない。残る選択肢は……対話か。そうだ、どうにかして対話に持ち込むしかない。
「す……すみませーん。ちょっと迷っちゃって、助けて欲しいんですけど……」
「おい!やっぱり誰かいるぞ!魔法を止めろ、リャナンシー!」
男の声が静止をかけると魔法は忽ち消え失せた。どうやら一先ず兎達の様に黒焦げにはならずに済んだようだ。しかし先程の魔法は中位クラス、レベル1のスケルトンが居ていい洞窟ではない気がしてきた。
足音が近づき、光が差し込んだおかげで互いの顔が眺められる所まで近くに寄る。当然、伺えた相手の顔は驚きであった。
「なっ!?スケルトンだと?」
「だから言ったじゃない!私たちの前に入った人間は居ない。だから人型モンスターだって!それにこのシストレア洞窟ではアンデット系モンスターが湧かない事で有名じゃないの」
「そんなのしらねぇ!」とアホそうな発言をした筋肉隆々なマッチョ戦士と装甲薄めで肌色多めなギャル風な魔法使いの二人組は、こちらの事など完全に無視して喧嘩をしている。
「あのー……もしもーし?こちらの話も少し聞いてもらいたいのですけどぉ」
こちらから話しかけると、とうとう2人揃ってこちらに視線を移す。こいつらさっきまで喧嘩してた癖に息合いすぎだろ。実は仲良いんじゃないか?
しかしそんなおちゃらけた考えをかき消すような目線がそこにはあった。明らかに人を見る目じゃない、殺意がこもった視線。特に戦士の視線はいつ斬り掛かってきてもおかしくない。
「こいつ何カタカタ言ってんだ?まさか俺達に話しかけてきてるのか?こりゃ飛んだ笑いものだぜ」
失念していた、元人間だとしても関係は人間とモンスターの敵同士。意思疎通が図れるとは限らない。いや、ハードモード過ぎだろ。馬鹿なのか?
戦士の嘲笑染みた態度に同調し、魔法使いの方もこちらが敵にすらなりえないと思い切り油断が顔に出ている。
「こいつが噂のヤツとは思えないし、知性持ちって奴なんじゃないの?」
知性持ち?他の魔物は知性が乏しいのだろうか。確かにソルジャーラビットからは逃げるという意思以外感じなかったが、AIの様な行動以外を取る者の事を指すと思って相違ないか。それに噂のヤツとは一体……
とにかく言葉が通じない、逃げられない、敵意を向けられているとなると取れる選択肢は残り1つしかない。
『ぼろぼろの剣』『木の盾』
ウィンドウを見てアイテムを出している暇なんてない。さっき試さなかったのを後悔しつつも、音声機能でアイテムを取り出せた事に安堵する。
剣と盾を取り出した事で相手の目が変わる。見て分かる、こいつらは普通に強いのだろう。だが何もせずに終わる事など出来ない。
剣を握りしめ、少し距離がある戦士に目測をつける。立ち上がった勢いで一気に距離を……
「やれ」
戦士が短く声を発した瞬間、背後から強烈な痛みが襲う。
「がああああああああああああああ」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!スケルトン故に血も涙も流れていないが、痛みで視界が歪む。幸い元々足をついていたので態勢を崩す事はなかったが、いつ痛みで突っ伏してもおかしくはなかった。
痛みの原因を確認する為、顔だけを後ろに向ける。そこに立っていたのは銀色のナイフを持った黒ローブの男だった。考えなくても分かる、後ろから刺したのはこいつだ。おそらくこの隠密性と装備を加味すると盗賊系職業、それも熟練盗賊を修めているだろう。
「はあああああああああ」
渾身の力を込め、握っていた剣で斬りかかる。分かっていたことだが、盗賊が少し後ろに飛んで下がるだけで簡単に避けられる。だがそれでいい。今、生きているのだから明らかに敵と化した人間から距離を取らなければならない。
予想通り盗賊は軽やかなバックステップで危なげなく剣を避ける。揺れるローブから見えた顔は細めのイケメンだった。羨ましい。戦士と魔法使いにも言えることだがこの世界の人間は顔が良い。自分は骨だというのに舐めているのか。
命の危機だというのにこんなしょうもない事で怒れるのはまだ心に余裕があるからだろうか?実際に体力の方は1と表示されているので、余裕はないはずだが。これもスケルトンになった影響だろうか。
「おいおい、殺し損ねてるじゃねぇか。自慢の一撃を外しちまったかあ?」
「黙れ脳筋。数値上は1度殺した、はず。だが0になった瞬間、1に増えた。それは見間違いとして片がつく。しかし体力の総量的に耐えられる一撃ではなかった」
冷静な分析どうも。確かに、絶対死んだと思ったのに今こうして立っている。体力が0から1に増えたというのは気になるが表示上のスキルが1つもない以上、見間違いだろう。というか現実みたいな世界なのに体力は数値で表されるって違和感凄いな。
「だが次は殺す。こんなところで時間をかけていられない、俺たちは早々にこの洞窟の主を見つけて殺さねばならない」
怒りと焦りが入り混じった声を上げたと思えば、盗賊の姿が消えていく。こちらに気づかれず、背後に回り込めたのは今のスキルを使用していたからだろう。クールダウンが回復するのを待ってたというところか。
完全に消えられるともう手を出す事が出来なくなる。だが今から弓を出したところで間に合わない。踏み込んで斬りかかれる距離でもない。
どうしようもなく完璧に詰んでいる。いつ死んでもおかしくない状況で思い出したのは親や友達ではなく、幼馴染の事だった。向日葵の飯をもう1度食いたい、もう1度会いたい……俺は生きたい!
唐突に機械音が鳴り響く。決意と共に現れたのは黒に染まったウィンドウだった。中に書いてあるのは
『「円環する輪廻」の発動により、神格モジュールを起動出来ます。起動しますか?』
この下にイエスかノーのみ。肝心の内容が分からないがこの状況で選ぶ選択肢は1つしかない。
「答えはイエスだ!」
『神格モジュールを起動します。同時に人格を一時的にセーフモードへと移行します』
機械音声が告げた言葉通り、視界がブラックアウトした。