前世の追憶① - 世界で一番大切な親友
仕事・恋愛・貯蓄のほとんど・住まい・実家。僅か一週間足らずにして不運のロイヤルストレートフラッシュで全てを失った私は、最寄り駅の待ち合いベンチでひとしきり落ち込んだのち、開き直って棒倒しの要領で折り畳み傘を地面に倒した。倒れた方向へゲーム感覚で交通機関を乗り継ぐことを繰り返し、ICカードに残っていた金額を使い切ると県を跨いだ後だった。最後に降りた駅の最寄りの街で心もとない貯金を最低限だけ下ろし、即入居可能な物件を探すべく携帯のマップに導かれるまま彷徨った。
何件も業者を尋ね一日がかりで出来ることをしたものの、季節が悪かったらしく条件に合う安い物件が見つからないまま夜になってしまった。
一番安いビジネスホテルと日雇いの仕事を検索し始めると同時に通り雨に襲われ、近くのビルに入り雨宿りがてらくしゃくしゃのハンドタオルで髪を拭っていたとき。聞き覚えのある声にふと名前を呼ばれ、顔を上げるとそこには数年ぶりの親友がいた。たまたまビルの掲示板に住人募集のポスターを貼らせてもらい帰るところだったのだという。渡りに船と名乗りを上げれば、親友は何も言わず私を車に乗せ、彼女の管理するシェアハウスへ連れてきてくれた。
「何も無いんだけどとりあえずゆっくりしてよ。お腹空いてる? あちゃー、すぐ食べられるものほんとに何もないや……まずシャワー浴びちゃって、すぐお湯張るからちゃんと温まってね」
本当にすっからかんだった一軒家は、彼女の言葉の何もかもが反響した。バスタブのパネルを操作しバスボムを放り込んだ先からやれ着替えだタオルだと慌ただしく歩き回る彼女に脱衣所へ押し込まれ、厚意に甘えシャワーを借りた。心の余裕がなくて気付かなかったが、騒動のあれこれで思ったより私の身体は汗をかいていたらしい。
安心したものの現実味が湧かない助け手に戸惑いつつ、うまく働かない頭でなんとか全身を洗ったところで「引越し蕎麦作るからまだ出ないで! 出汁とったところなの、かき揚げ作らせて!」と全体重を乗せて扉を押さえられた。通り雨で冷えた身体が浴槽の中でじんわり温まっていく間、何故かわからない焦燥に襲われ始める感覚を持て余した私はきつく目を閉じながらただ落ち着けと呟き続けるしかなかった。
お風呂から上がると、親友は広いリビングの真ん中にいた。座椅子二脚に挟まれたセンターテーブルに、刻み海苔がたっぷりかかったもりそばと湯気の立ったかき揚げが並んでいる。箸の先は箸置きの上で綺麗に揃っていて、豆皿には薬味が盛られていて、蕎麦つゆは深みのある赤茶色で、思わず吸い込んだ部屋の空気は揚げ油と鰹出汁の匂いがしていた。麦茶がたっぷりと満たされたグラスには、彼女の好きだと言っていたアニメのキャラが着ていた服の柄のプリント。よく見れば箸も箸置きも同じ柄で統一されている。
彼女に促されるがまま、彼女の推しの髪と同じ色の座椅子に腰を降ろした。彼女に倣い、頂きますと続け手を合わせる。こんな風に誰かと食卓を囲むのはいつぶりだっただろう。元婚約者はやれ仕事だ出張だとなかなか家にいなかったし、実家にいた頃は父は仕事や研究であまり会えなかった。母はそもそも私に関心がなく、私にとって食事は一人で摂るのが普通だった。
彼女の家庭にお呼ばれしてのごはん以外でまともに誰かとの団欒なんて、ほとんどなかった。
「ごめん、だめかも。今っ食べちゃったら、なんか、やばい。泣きそう」
「泣けば? 私だけしかいないよ」
「っごめ、ごめん、だめだ。ほんとにだめなの私」
「ダメじゃない。泣くのは悪くない。絶対悪くない」
折角の熱々のかき揚げも茹でたてのお蕎麦も、冷たい麦茶も、全部そのままに放ったらかして彼女は私の隣に移動してきた。座椅子の背もたれごと私を押し倒して抱き締め、お疲れ様、頑張ったね、そう何度も言いながら私の頭を撫でくりまわす。実の母親にすらまともにされた記憶のないスキンシップをまた彼女がしてくれた。そうだ、ハグってこんなにあったかいものだったんだ。
事の顛末を、慟哭を、泣きじゃくりながら私は彼女にぶつけ続けた。私の背中をゆっくり叩きながら彼女も共に泣いてくれる。落ち着くまで泣きに泣いた私がやっと身体を起こせた時には日付が変わってしまっていた。カピカピに乾いたお蕎麦はそれでも美味しい、よほど質のいいものを茹でてくれたのだろう。かき揚げだって冷めてしまった後でも美味しい。料理上手の彼女はこの数年で更に腕に磨きをかけたようだ。
「ありがとう。全部おいしい。ほんとに美味しい。こんなに楽しいごはん、久しぶり」
「よかった。おかわりいる? お蕎麦ちょっと茹ですぎちゃって」
「今日は、いいかも。なんか胸いっぱい。服に鼻水ついてたらごめんね」
「洗えばモーマンタイ、寧ろこんなんじゃスッキリできないでしょ。三日三晩泣き喚いて暴れてもおかしくないんだけど」
「ん、なんか……いいや。今の幸せなごはんの方が百億倍価値あるって感じする。後でまた泣くかもしれないけど、その時はその時。今は一緒におなかいっぱいになりたいかな」
「……どうせなら、おなかだけじゃなくて胸も心もいっぱいになりたくない?」
「えー? もう充分幸せだよ」
「推しに出逢えて推し概念雑貨に囲まれると更に幸福なんですよこれが」
「あっはは! 布教精神ブレなさすぎ!」
底抜けに明るいばかりのオタク論で笑わされ、ちょっと食後の麦茶を噎せてしまった私に彼女が箱ティッシュを差し出してくる。今度はなぜか彼女の方が泣き始めてしまって、転がり込んだ側のはずの私が彼女を慰めることになってしまった。
かと思えば、無理矢理涙を拭って鼻をかんだ彼女は突然立ち上がる。戸惑う私も彼女に倣い台所へ皿を下げ、せめて皿洗いをとスポンジに手を伸ばすも彼女に制されてしまった。
「聞こえますか……あなたの脳内に直接語りかけています……丁度実家から仕送りが届いたばかりなのです……深夜だのカロリーだの気にせず私はこれから同居記念日にふさわしいパイを作り始めます……焼けたら呼ぶからとりあえず仮眠を取りなさい……」
「いやいやいや待って、流石にタダ飯頂いて何も手伝わずにお布団直行はないわ。そのパイってあれでしょ、おばさん直伝のめっちゃおいしいやつでしょ。ほらやっぱり杏と胡桃のやつ、嘘でしょ本当に生地から作る気?? え今から?! 待って私それは本当に申し訳なさすぎる!」
「普段から仕事も家事も頑張りすぎだったんだからアラームかけずに寝たいだけ寝なさい……」
「それはもう仮眠とは言わんのよ。就寝なのよ」
「休みなさい……次の仕事探しなんてせいぜい来月以降でいいからまずは休みなさい……連休だと思ってここぞとばかりに寝なさい……」
「いやもう甘やかし界の申し子じゃん、やめて泣くからほんと泣いちゃうから! ちょっと! 待っ、ちょっと! もう!」
元婚約者も、私の背中を押して寝室に連れて行ってくれたことは何度もあった。仕事お疲れ様と言葉だけおどけながら労ってくれることだって。けれど今思えば、どちらも私を寝室に押し込めて一人の時間を確保したいがための方便だったのかもしれない。もしくは本命であるあの美人さんと愛を囁き合う時間が一秒でも多く欲しいがための、私を排除する手段だったのだろう。
違うのはただ人物だけ。どちらも私にとって一番近い存在、共通点はその程度。なのに、この子の労いの方には温もりがある。無償の慈しみを感じる。
「っあはは! だめだわ、こんなの真面目にやり切れない! どこでも好きな部屋選んで、あっここがいいと思うよ管理人室すぐ隣り! いいじゃん一番いい部屋だよ、だって自他ともに認める親友のお隣さんだからね!」
「甘やかさないでよもぉ……ほんとに自律できないダメな大人になっちゃうほんとやばいってば」
「その言葉が出るなら大丈夫ですー、堅実な休息はサボりではありませーん! はいはい良いから入って入って、坊やは良い……違うわ、お姫は良い子だねんねしなー」
お姫様。私のこと、お姫様って。ねえ知らないでしょう、あの男だってそんなこと言ってくれなかったよ。
気付いてないと思ってるでしょ。住人募集って書いてたくせに、家賃の話も契約の話もまだ一言だってしてないのよ私たち。お皿洗いながらもう一度ポスター見せてもらって、寝る前にその話をしたかったのに。昔からそう、私が言いたいことも考えてることも全部この子にはわかってしまう。いつだって先回りして私を甘やかしてくれる。
そうだよ、無性に心細くて一番近い部屋がいいってお願いするつもりだった。真面目だよ、あなたはいつだって。まともな荷物なんて鞄ひとつだけな私を、何も聞かずにこんな素敵な一軒家に連れてきてくれた。きっとあなただって引越したばかりのはずなのに、まだ物の少ない台所で最高の晩餐を用意してくれた。
グラスも箸も箸置きもお皿もみんなそう。あなたの歴代推し概念グッズだからって、レジに並びながら勿体なくて使えないって言ってた。私がすっかり忘れてると思ってるでしょ。ここぞっていう場面で使いたいから今はまだその時じゃないって、そう言ってたのに。
「ありがとう」
「私こそありがとう。一緒に暮らしたいって思ってたの。叶えてくれてありがとう。いま私、世界で一番幸せ」
「私っの、方が、幸せ」
「あはは、同率一位だね」
大家であり同居人にもなった親友は、やっぱり私が泣き疲れて眠るまで抱き締め続けてくれた。
翌朝体内時計で目覚めた私を焼きたてのパイとアイスクリームのプレートで迎えてくれた彼女の目の下には、やっぱり隈ができていた。その晩、日付が変わるよりも数時間前に照れて恥ずかしがる彼女を全身全霊で寝かしつけたのは言うまでもない。
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多大すぎるストレスの自覚なく、ふとした時に涙が止まらなくなってしまう。その度に、泣き疲れて眠るまで彼女が辛抱強く抱き締めてくれる生活が始まること一週間。メンタルケアのためカウンセリングに手厚い病院へ通わせてくれること二ヶ月。
少しずつ泣く頻度が減ってきた私を、ある日彼女は神妙な面持ちでリビングに呼んだ。いよいよ家賃とここに来てからの生活費、そして診療費の話をしてくれるのだと思い、私はかねてから封筒に入れて用意していた貯金の残りを彼女に手渡した。
彼女は封筒を受け取るも、中身を見るや諭吉数枚を私に返してよこした。充実した福利厚生と食生活に乳児の世話もかくやの甘やかし方でこの金額はおかしいと迫るも、彼女は断固として譲らず首を横に振る。諭吉数枚はセンターテーブルの上で私と彼女の前をひたすら往復し、余りの意固地に遂に私の方が折れてしまった。
「代わりに、何かお礼させて」
「お礼?」
「そう、お礼。流石にこんなに甘えるのは申し訳ないの。逆の立場だったら私に対してきっとそう感じると思うよ。私も少しずつだけど回復してきて、規則的な生活もできるようになったでしょ。まだ仕事始めるのは無理するなって先生に言われてるからあれだけど、せめてそれ以外で、何か私にして欲しいことないの? 家事折半はハウスシェアの前提だから無しで。それ以外で」
至極真剣な思いだった。だって私はこの家に転がり込んでからというもの、彼女にしてもらうばかりで何も返せていない。伝えた言葉に見合うだけの何かを、今の私にできる形で彼女に返したかった。だってこのままでは、私は彼女にどこまでも甘えてしまう。このぬるま湯のような穏やかさに毒されたら、私と彼女は一方的な依存関係になってしまう。対等ではない関係の先には、心に亀裂が入るほどの疲弊を伴う別れが待っている。私と元婚約者がそうであったように。
ずっと大好きでいたいから。大好きでいてほしいから。私にくれる幸せと同じくらい幸せにしたいから、私も彼女にいち親友として無償の何かをあげたかった。
「何でもいいの?」
「うん」
「お礼、ほんとに? 何でもいいの?」
「言ったからには。これまでのお礼になるなら、私にできることなら何でもする」
断言したものの、彼女からの献身に対しどんな見返りがふさわしいのか正直言って今の私にはさっぱりわからない。少しづつ家具が増えてきたこの大きな一軒家にまだ入居者が来ない現状を考えれば、ビラ配りなりポスターなり営業する範囲を手分けして更に広げる手伝いあたりが妥当だろうか。それとも料理が彼女並に上手くなるよう料理教室の受講。はたまたリフォームの技術を習うために建築会社への弟子入り。
何でもいい、彼女に貢献できるなら何だって頑張れる気がする。きっと彼女なら私に無理はさせないはずだ、どれだけ時間がかかってもいいなら私にだって果たせる日はいつかくるだろう。
彼女はゆっくりと俯き、両手で顔を覆うとしばし蹲る。センターテーブルに額を預け、必死に口元を押さえながら震えているようだ。理由はわからないが体調を崩したのならと慌てて彼女の背中へ手を伸ばした瞬間、彼女は絞るように呟いた。
「嘘でしょ……」
「何が? 待って大丈夫? 洗面器取ってく」
「鴨葱……!」
「……ん?」
彼女の発言をよくよく反芻する私の脳味噌は宇宙猫もかくやに戸惑いを隠せない。
私は彼女のこの姿に何やら定かではない既視感を覚え、ゆっくりと手を引っ込めた。そして疑問符だけが頭上に浮かんではバルーンシャワーのように霧散していく。
私に倣い勢いよく姿勢を正した彼女は、両手でバチンと彼女自身のほっぺを叩くと部屋着のポケットから取り出した携帯の画面に指を滑らせ始める。声をかけあぐねる私の動揺をよそに、目的のものを見つけたらしい彼女は私に画面を見せてきた。
「合同誌出して。私と」
曇りなき眼というやつだ。先程までのシリアスな緊張感など彼女の顔つきには微塵も残っていない。彼女に見せられたのは、何度も見たことがある強面系イケメンさんがたんぽぽのフラワーシャワーを受けて照れくさそうに微笑んでいる綺麗なイラストをメインに据えたポスターらしき画像だった。
そしてそのイラストにでかでかと添えられた『蒲公英の約束~ ザッハー・ディヴァンドワーズ王子総攻めオンリーイベント ~』の巨大フォント。
二次創作を生き甲斐とする彼女の一喜一憂はかれこれ十年以上前からの付き合いだ、私にこの画像の意味がわからないはずがない。
「オンリーイベント開催されてほしいってずっと言ってたやつ?」
「うん。毎年七夕の短冊に書いてたやつ」
「待って、黄色い短冊しかないやつ? もしかしてあれ全部そのお願い書いてたの?」
「もち」
「自分で主催すればとっくに叶っただろうに……」
「いやー、主催経験者さんのレポート読んで早々に諦めたよね。同人イベントって会場確保にスタッフ集めに協賛出版社の依頼営業巡りにやること死ぬほどあるの、そんなん新刊出せないって。どうせならスペース参加だけにして妥協ゼロの新刊出したいじゃん?」
五年前にリリースされてからというもの彼女の創作意欲を刺激し続けてやまない乙女ゲームアプリ「スイプリ」こと「スイート・プリンセス~癒しの聖女は誰の手をとる~」の無料攻略キャラ九人のうち一人、土属性に特化した元ディヴァンドワーズ王国・現ディヴァンドワーズ州王家の第二王子であるザッハー・ディヴァンドワーズ様だ。彼女の熱弁以外に知識のない私が彼を様付けする必要はないと承知の上だが、彼女が最推しである彼について語るときは必ず敬称がセットのため何となく私も彼だけは様付けにしてしまう。
もう一度彼女の顔を見る。やはり期待に満ちた笑顔だ。そしてもう一度画像を見返す。イベントとやらの日程は三ヶ月後。当日に宛てがわれるブースを手伝う売り子だけでもなく、欲しい本を手分けして買って欲しいでもなく、合同誌を作って欲しい。彼女はそう言ったはずだ。
「ご存知? このゲームやったことないのよ私。あなたの興奮冷めやらぬオタク特有早口語りしか知識ないのよ。創作友達さん誘えばいいでしょ」
「みんな同担拒否か他キャラ左側推しだから無理」
「認識に齟齬があると困るから、確認したいんだけど。私に具体的にどこまで手伝って欲しいの?」
「ザッハー様とヒロインもしくはザッハー様と側近プラリネちゃんのどっちかで小説形式の寄稿」
「私の作文歴、読書感想文と入試の小論文に卒論。創作なんてしたことない」
「読書感想文コンクールで何回も入賞してたでしょ大丈夫大丈夫。小論文も毎回褒められてたし卒論だってそんなに困ってなかったじゃん、いけるいける」
「知らないゲームの妄想小説ですけども?」
「今から知ればいいんじゃないですかね。ちょっと携帯貸して、パスワード何?」
「わかった、わかったから返して! ちゃんと自分でやります! もう!」
私の携帯を取り上げ勝手に操作する素振りを見せた彼女はさらりと最大のプライベート侵害を演じ、私の言質をとったのをいいことにからから笑いながらあっさり携帯を返してくれた。ただのパフォーマンスだなんて百も承知、彼女は私の携帯を勝手に覗くような子ではない。略称のスイプリと入力しただけで目当てのアプリは見つかり、ダウンロードボタンを押すと彼女は感極まったと言わんばかりに私に抱きついた。
ひとしきり彼女がはしゃぎ終わるまで落ち着かせたところで、ゆっくりと彼女を引き剥がし再び私は姿勢を正す。
私の表情から真剣さを察してくれた彼女は、躊躇いながらも私に向かい合ってくれた。
必要以上に外にも出ず、そばで励まし続けてくれている無償の献身への感謝。料理を教え素晴らしい病院にまで私を導いてくれた惜しみなき慈しみへの感謝。封筒の中身を全て受け取ってほしいという願い。在宅仕事が私のためなら無理をせず本当にやりたい仕事をしていてほしい、心身共に回復し私も仕事をできるようになったらそれまで私に使ってくれたお金は絶対に返したい、依存の関係ではなく親友でありたいという揺るぎない望み。
私の心の内を時間をかけて伝えきった頃には、病院でのカウンセリングの後のように心が少し晴れる清涼感が戻っていた。
「えっと、ですね。私もその、私の仕事の話とか、今後の話とか。ある意味お金の話を早いうちにしておいたほうがいいかなーと思って呼んだのはまあ、確かなんだけど」
「うん」
「私に依存しそうな今の状況が不安で、なるべく早く回復して将来は私にお金を返したい。その気持ちは、いま聞いててよくわかった」
「うん、だから」
「でも本当に気にしなくていい。別に返してほしくてやってる訳じゃないし」
わかってないじゃん。そうじゃない。彼女のアガペーの壁はどこまでも高かった。