どえらい原作改変入学式
戦後に他州の平均棟数の倍建った全ての領有貯蔵庫への食料貯蔵が、いよいよ天井に届いた年の秋。ディヴァンドワーズ州の州都にある王立学園は入学式の朝を迎えていた。
ザッハー殿下と私を乗せた馬車は正門前に到着し、王城からついてきていたフットマンが扉を開ける。先に私から出、続いて殿下が出てくると、周りの生徒達は案の定ざわめき始めた。
「ザッハー殿下とプラリネ様だ」
「信じられないわ、本当に御二方と同じ新入生として通えるのね」
「風格が違うよ、流石は王子と側近だけある」
「絵になること……見惚れて歩くのを忘れてしまいそうですわ」
表情を変えないよう徹してはいても、心の中で私は主であるザッハー様の勇姿を自慢して回りたい気持ちを必死に喉奥まで押し留めているに過ぎない。
えぇえぇそうでしょうとも。そうでしょうね私の最推しこんなに男前ですからね。その調子で世界に轟かせてくれ最推しの名声を。
「プラリネの予言だと、今日なんだよね?」
「はい。恐らくではありますが」
ヒロインたんの情報という肝心の記憶が明確に蘇るのはだいぶ遅くなってしまったものの、歴史が変わりすぎていないのであればいよいよ今日からゲームのストーリーが始まる。
私のお目当てであるヒロインたん候補として目星をつけているのは今のところ、新入生の貴族令嬢のうちドゥルマー男爵家の養女キュネフェルだ。地方の農民から娘を一人のみ、奴隷や召使いとしてではなく養女登録の目的で買い受けた男爵家自体がそう多くはない。その養女を主体として奉仕活動を多く行っている男爵家から更にここ数年間の国外取引における移動範囲の広さで絞ったところ、ドゥルマー男爵家が該当したのだ。
とはいえ、肝心のキュネフェルが原作ゲームの通り社交界に顔を出した経験が少ないため、集められた情報量に比例し推測の域を出ないのも事実。おまけに、現時点ではそのキュネフェルの評判自体が原作からだいぶ乖離しているようだ。
「茶会で彼女を招いたことのある家にも調査入れたんだけど、どこも同じでさ。プラリネが言うところの天真爛漫さをドゥルマー男爵令嬢からは全く感じたことがないって話なんだよね。礼儀正しくてマナーもエチケットも完璧で、男爵家に留まらない知識量と教養を感じるって」
「私もです。農民出身とはとても思えない落ち着きとマナーの身につき方だと皆が口を揃えて仰っておりました」
「茶会の招待は、どの家からのものでも参加するのは一度きり。社交辞令のマナーも手紙も完璧すぎるほどに完璧で、誰とも仲を深めようとしないのにそれを不快に思わせないクールな立ち回り。周りの貴族達は生意気だと責める気にもならず、ついた二つ名は『雪の精』」
正直に言うと、ザッハー殿下直々に指揮を執っての調査と私個人の身分を隠しての調査どちらにおいても収穫は変わらなかった。
キュネフェル男爵令嬢が魔法に目覚めたのは私が憑依する前の年、そこまでだけは原作ゲーム通り。
だがその後が異なる。最初はおかずや衣服を奪い合うほどの貧乏極まる大家族農家からは想像だにしない貴族の暮らしに最初こそ喜んでいたものの、貴族社会のマナーや教育の厳しさが肌に合わず家庭教師から逃げてばかり。そんなヒロインは親のコネでザッハー殿下と私と同じ特進科クラスになったことで様々なイベントという経験を通し、遅ればせながらも貴族令嬢という責任の重さと自覚に目覚める。天真爛漫な性格は農民時代から変わらないものの、男爵家の名を汚さぬようにと不器用なりにもようやく勉強や習い事に励み始め、そうして若さゆえの体力にものを言わせ勉強と瘴気の浄化のための各国への外交に邁進した結果、卒業パーティーの頃になって周りの貴族に引けを取らないだけの知識量にようやく追いつき最終イベントの展開が決まる。
あとは求めていたエンドになればプレイヤーは拳を天に突き上げるか、はたまた「そっちのエンド行っちゃったか……」と崩れ落ちるか。
そのはずだったのだが。
「やっぱり、プラリネの予言の令嬢とは正反対だよね」
「そうなんです、何故か……!」
そう、正反対なのだ。このディヴァンドワーズ州において全ての養女がいる商家上がりの男爵家を調べたのに、どこの令嬢にもマナーに疎い甘やかされ方をしたという娘がいなかった。世界で唯一瘴気を浄化できる聖女のフットワークの広さを家業で隠蔽できる立場からヒロインの家を商家上がりが殆どである男爵家に絞っていたため、いっそその判断こそが違っていたという可能性にまで立ち返り調査の範囲を男爵どころか全ての貴族家にまで広げたというのに。
もうこれ以上調査できないというところまで殿下も私も調べ尽くしたが、それでもキュネフェル・ドゥルマーがヒロインたんであるという確証はない。
どの乙女ゲームでも普通はデフォルトネームが初期設定として予め入力されていて、大概は自己紹介を含むチュートリアルイベントでその設定画面になり自己投影の目的ではなくただイケメンと美女のファンタジー恋愛を楽しみたいだけのユーザーは話を進めるためにそのデフォルトネームを「これでいいか」と脳死決定するものだろう。
だがこのゲームはそれができない。「乙女ゲームの常識を見直す」というテーマに基き作られたこの「スイプリ」は、ヒロインのイメージや印象を予め形作ってしまう要因としてデフォルトネームの設定自体を撤廃している。そう、プレイヤー代わりの立ち位置であるはずのヒロインたんには公式の名前がなかったのだ。
まさかこのデフォルトネーム撤廃設定にここまで悩まされることになるとは。デフォルトネームさえ設定されていれば、殿下も私もここまでヒロインたんを特定できずに来るということもなかったはずなのに。
「そんなに落ち込まないでよ」
「ザッハー殿下……」
「俺もプラリネも、調べられることはもう全部やったじゃん。ここまでしても断定できないのはさ、それだけこの州の貴族家が自分の子供にしっかり教育できてるってことだよ。貴族としての役割と責任の重さをしっかり学んで、家の名誉と領民のために令嬢全員が頑張ってるんだよ? プラリネの予言が外れたら外れたで、ディヴァンドワーズがそういう堅実さを守り続けてる実直な州。どっちに転んでもいい事しかないじゃん」
「……殿下が、尊い……!」
「ほんと俺のこと大好きだねプラリネ」
「ええそうですとも世界で二番目に推してますとも」
打てば響くと言えるほど酸いも甘いも苦いも怖いも共に経験してきた私と殿下の間ではただの言葉の綾でしかないが、周りの生徒からすればかなりの衝撃だったらしく少しザワついた。
もっとも黄色い声でのザワつきは「俺のこと大好きだね」までで、私のオタク独特の早口返答をもってそのザワつきは直ちに困惑いっぱいの気まずさに打って変わった訳なのだが。あっぶね出ちゃってるよキモオタの性が。飲み込め落ち着けヒッヒッフー。
私の中で恐らくこの先一生、推しへの尊みが恋心に変わることはない。だって推しはどれだけ好きでも結局推し。最高でも推し、最低でも推し。
推すという気持ちが恋愛感情とどう異なるのか、どうしてそこまで熱狂的に好きなのに恋心にはならないのか、とオタクたる者は必ずや一度は誰かに聞かれたことがあるだろう。私はその問いに対してこう言いたい。
『あなたがあなた自身の力であなたの目指す幸せを掴む過程において、力になれる機会とあらば私は惜しみなく問答無用で私の金を使う。だがそれはあなたから直々の見返りが欲しいからではない。あなたの存在そのものが私にとって地上における最大の奇跡なので、私としてはあなたは天上人に等しい。ゆえに伴侶という形で幸せになりたい訳では断じてなく、あなたには私が払った金を礎にしてただ勝手に幸せでいてほしい。そして私が貢いだ金の報酬はあなたが幸せでいる姿を見守り続けさせてもらう権利、はい等価交換成立」
かなり長くなったし、この回答にいち文章として纏まりがあるのか無いのかも言ってる本人であるが故に私にはわからない。が、私にとって推しとはそういう概念だ。そしてお察しの通り、私はこれを殿下に直接言った。何故なら私の忠誠心と推しが故のテンションの高さが周りからは極めて異常だったせいで王太子妃入りを狙っている女狐と噂されたことがあり、当時の私にとっての全身全霊かつ最大語彙力で根底から噂を否定しなければならなかったからだ。
そして言い切った私は殿下から「とりあえず、プラリネが俺の一挙手一投足に反応してても恋愛の意味で好きになってる訳じゃないってことだけはわかった。側近なんだから外交みたいに俺に貢ぐのは絶対やめてね」と直々にお言葉を賜った。オタク独特の速すぎる早口で語ってしまった手前、心の底ではドン引きしていただろうに。
貴族の頂点である王族だけあって普段通りのくしゃくしゃ笑顔で真正面から答えて頂けただけ有難かったものだ、やっぱりザッハー殿下は尊い。私が一生守らねば。いや殿下強いんだけど。しかしいざとなれば肉の盾になって殿下とヒロインたんの恋路の礎にならねばならんのだ、どんな時も油断は禁物。
油断、そうだそういえば。
「殿下、そういえばこの辺りです。私の予言通りなら、かの男爵令嬢はこの道のどこかで少し飛び出た古いレンガに躓いてしまう筈なので」
「古い、レンガ……?」
そう、二人で話してばかりもいられない。式の前にヒロインたんと邂逅するのはもうそろそろの筈。赤いレンガで覆われた風情と情緒ある広い歩道は、この学園の名物と名高い。学園設立当初はこの地で取れる魔力と鉱物を豊富に含んだ黄色いレンガだったのが、長い年月を経るうちに徐々に赤く染まっていったのだという。
私も殿下も、ヒロインたんの件に夢中になりすぎて気付くのが遅れてしまった。馬車を降りてからここまで歩いてきた道のりも、校舎へ伸びる残りの歩道も、赤いレンガが一つもない改装直後の新しさではないか。
なぜ今まで私たちは『レンガが黄色いことに全く違和感を感じなかった』のだろう。
「ザッハー・ディヴァンドワーズ第二王子殿下、並びに側近でいらっしゃるシュクルドリュージェ伯爵令嬢プラリネ様。御二方の入学を心よりお待ちしておりました」
戸惑うザッハー殿下と私の前に、背筋を伸ばした老いた学園長が現れた。若い頃に就任してからというもの戦時中も学園を守り続けただけある威厳と風格を兼ね備えた学園長の周りには、王族や貴族とはまた違う空気を感じる。
学園長がレンガ畳の上に片膝をつくと、周りの生徒達も順に頭を垂れる。男子生徒は同じように片膝をつき、女子生徒はスカート布を持ち上げるカーテシー。この共国において王族に対するだけある最高礼の姿勢だ。
「学園設立以来変わらぬ伝統であった赤レンガの歩道を楽しみにされていたのであれば、学園長として心からお詫び申し上げます」
「いえ、違います。純粋に驚いただけです、陛下の公務を手伝っている身である私がこんな大きな改装を何も知らないとは……申し訳ありません。確認が足りませんでした」
「それは違うのです。これは我々教諭陣並びに国内の貴族一同が有志で計画した、御二方への入学祝いでございます。国王陛下と王妃殿下からは事前に許可を得ており、第一王子にも御協力頂きました次第です。ザッハー第二王子殿下とプラリネ様にのみくれぐれも内密にと、去年から計画を進めて参りました」
戸惑うザッハー殿下と私に、殿下から許可を賜った学園長は膝をついたままで説明を続ける。王家までもが関与しているということはなるほど、認識阻害薬の継続投与か。薬学で有名な紫魔法の州カザンダイビに留学経験のある第一王子ならば造作もない、毒味役まで巻き込んで今のタイミングで解毒される絶妙なバランスに調合された認識阻害薬を殿下と私の食事にのみ混ぜられ続けていたのだろう。この州において王立学園のレンガ歩道が赤いのは知らない州民がいないレベルの常識だったのだから。
すべては関係者全員の純粋な敬意と好意からくる策略だった訳だ、まんまと一杯食わされた。
今から半年前になる推薦入試の日のこと。試験後に一人の受験生が校舎へ戻ってきたという。忘れ物かと受付の事務員が尋ねたところ、その受験生は前々から怪我の報告を時折受けていた赤レンガ歩道の老朽化部分について本格的な補修、更にはレンガの下の地質検査を求めてきた。受験生は僻地の男爵令嬢で、実家が建築に関わる商家ゆえに建築資材の知識が深く、かつて魔力を豊富に含んでいたゆえに黄色かったレンガがここまで赤くなった理由について他国の例をいくつか引き合いに出した。事務員はその受験生の真剣さと知識量に気圧され、その場で学園長に電話をかける。事務員のただならぬ声色に学園長が面談を許し、その受験生はすぐに学園長室への入室を許され赤レンガ歩道について直談判をした。
これまで、黄色い土魔力の成分を豊富に含むレンガが染まっている理由は太陽光に含まれる橙の光魔力が長年かけてレンガを照らしていくうちに少しずつ光魔力の色を濃くしていったからだという通説が一般的であった。
だがこの学園のレンガは、三年前から橙を超え更に濃い赤に近付いている。濃すぎる橙色が魔力を含まない普通の赤レンガに近いほどの発色にまで至ったゆえに「赤レンガ」と称されてきたという長年の通説を、太陽光がどれだけ長く降り注ぎ続けてきたとしてもレンガは橙から赤に染まり変わることは絶対にないと否定。
その頑丈さからディヴァンドワーズ州の輸出物のうち物量第一位を誇る黄色レンガの原材料である粘土は、鉄鋼脈にほど近い場所で採掘されている理由から鉄分も同じく豊富に含んでいる。レンガの色が他州産の赤レンガに等しい赤に近付いてきたのは、レンガを酸化させるに至った何かしらの変化が歩道の下の地脈か敷地内に起こったゆえ。あるいは赤の炎魔法による干渉により変色したか。
受験生はそう断言すると、次に受験生自身がかつて巡った諸外国で黄色いレンガが赤くなったことで発覚した災害や地脈の変化の例をいくつか紹介した。
ある国では赤い炎魔法の象徴である火山の再活発化のしるしと考察され、数百年に渡り活動していなかった火山の大噴火前に地域住民の避難活動を早められた。別の国では青い水魔法と赤の炎魔法が混ざった理由による赤レンガ化と仮説を立て、それを逆手にとり未開発の地域に黄色レンガをばらまいて温泉の水脈を発見し一大観光都市にまで発展した。また別の国では、炎魔法により敵国から主要都市を大火事で焼き尽くされる侵略を事前に察知したきっかけが黄色レンガの一部の赤レンガ化だった。炎魔法の適正が高い密偵が歩いた場所だけが赤に変色し、密偵を送った側の国が送られた国の財政難を侮って居たがゆえの杜撰な計画だった。
受験自体への緊張はおろか、僻地から遠征してきた疲れもあろうに。まだ合否もわからない身で他の受験生に怪しまれ噂されてもおかしくない中わざわざたった一人で校舎へと戻り、事務員だけでなく学園長を相手に身体ひとつで直談判するだけの勇気。これまでの話を「もし地脈の変化が原因ではなく私の仮説の誤りであったのならば、合格であったとしても不合格にして頂いて構いません。伝統ある王立学園のレンガ歩道を一部でも剥がしてまで地質検査をするべきという提案には、それだけの責任を払うべきと承知のうえです」と締めくくり、震える両手を懸命に握り込みながら受験生は頭を下げた。その真摯な姿に心を打たれた学園長は、長きにわたる伝統である赤レンガを剥がす地質検査を決めたのだった。
その受験生を男爵家を通して地質検査当日に極秘裏に呼び出し、彼女がここと指し示した老朽化で剥がれつつあった場所からレンガを何個か剥がし、慎重な検査は終了。後日になって学園敷地に巨大な温泉水脈が眠っていたことが検査結果から発覚。そのうち最も大きな水脈がレンガ歩道の真下深くで急激に加熱を進め噴射寸前まで膨張していた事実が判明。
急遽行われた教員会議では生徒の安全を考慮しその水脈を枯らせるか埋め立てるかその予算はどこからと意見が飛び交う中、これまた極秘裏にご意見番として呼び出し会議に参加させていた受験生が手を挙げた。いっそその温泉を学園内の新たな憩いの場とするべく利用し、第二王子の入学記念を兼ねて地下大浴場ならびに中庭の足湯ブース、校舎内に湯治場と岩盤浴という大規模な温泉施設を建立してはどうか。歩道のレンガ自体、本来の発色である黄色を保つための魔力の含有量が長年を経て限界にきている。今後は新たな温泉脈や別の災害を察知出来ないであろうことから、寄付の大義名分も兼ねて全てのレンガを設立当初の黄色レンガに再舗装してもいいのではないか。
戦争前に数多湧き出ていた温泉による観光地を長きにわたる戦争で失った悲しみを知る教諭陣をはじめ、設立当初の記憶を先祖の記録から知る老齢の役員達までもが本来あるべき王家の象徴色で王立学園の歩道を変える提案に軒並み賛成。受験生の提案は、時間こそかかったものの最終的には満場一致で円満可決。以降は原作ゲームに出たことのある訳がない温泉施設が魔法を駆使した急ピッチ極まるトンデモスピードで作り上げられ、今年度から学園敷地内の各所で稼働することになったのだという。
「その直談判に来た受験生が彼女です。殿下と小伯爵様は特進科、彼女は建築科と学科は違いますが、彼女もまた優秀を極める新入生であることには変わりありません。差し支えなければ、彼女にも御二方へのご挨拶をお許し願えれば幸いにございます」
「……許します」
私が事前に話していた相談内容に掠りもしない優秀さに戸惑ったまま、ザッハー殿下は動揺を堪えつつも学園長の後ろに控え続けていた新入生女子へ発言を促した。
新入生女子は足音を立てず、しずしずと殿下と私の前に歩み寄る。足首丈の制服スカートを音を立てぬように持ち上げ、最敬礼にあたる形のカーテシーで頭を垂れた。
「顔を上げて下さい。どうか皆さんも身体を楽に」
「感謝致します。ザッハー・ディヴァンドワーズ第二王子殿下、プラリネ・シュクルドリュージェ小伯爵様。この度ご紹介に預かりました、ドゥルマー男爵家の長女キュネフェルと申します」
「心から御礼を言います。ドゥルマー小男爵のおかげで私も王族としての誇りを一層強く持てました。敷地内に天然の温泉が湧いている王立学園は世界規模でも類を見ない。新たな知名度への貢献に感謝します」
「内密に調べていたつもりだったのですが、私と知られてしまっていたのですね。逆に気を遣わせてしまったことも多かったことと思います、キュネフェルさんが学園にもたらした改革は未来永劫語り継がれるに違いありません」
「勿体のないお言葉、光栄痛み入ります」
男爵令嬢キュネフェルの自己紹介は至極シンプルなそれだった。名乗る以外に一切の雑談なく、顔を上げていたのも名乗っていた間数秒だけ。調査通りの沈着冷静さを貫き続けるキュネフェルは、殿下と私の返答をそれ以上広げることなく再び学園長の後ろに控えた。
余りにも塩対応極まる男爵令嬢さんの様子は、それ以降和らぐこともなく。入学式典の間、側近の地位に上り詰めた人生の指針を早くも失った悲しみで流石にちょっと泣いた。