異世界憑依という現実、ゲーム世界のおさらい
「お嬢様、今なんと……?」
「え? だからこの日本語よ。『一昨日から二日が経った一月一日元日、祝日の日曜日のこと』」
「そこで結構です。いつ読めるようになったのですかお嬢様」
転移後の世界へ告ぐ。転移前の母国語を話しただけで恐れ慄かれる私の身にもなれ。
日本で生まれたゲームの世界のはずだろ。日本語が外国語設定だなんて聞いてない。
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「お嬢様。プラリネお嬢様」
『本当に? ねえ本当に?! 本当に一緒に住んでくれるの?! 今から?! ねえ夢? これ夢??』
違う。いや、違わない。どちらも違う世の、どちらも正しい記憶だ。片方は悲愴でもう片方は子供のようなはしゃぎっぷり、ただそれだけのこと。
「聞こえますか、セムラでございます。プラリネお嬢様の専属侍女でございます。セムラでございます」
『私はこれから同居記念日にふさわしいパイを作り始めます……焼けたら呼ぶからとりあえず仮眠を取りなさい……』
違うのは、ただ人物だけ。どちらも私にとって一番近い存在、共通点はその程度。
「旦那様も奥様も、じきに帰って来られます。お嬢様、お嬢様どうか、どうか気を確かに」
『っあはは! だめだわ、こんなの真面目にやり切れない! どこでも好きな部屋選んで、あっここがいいと思うよ管理人室すぐ隣り!』
意識を取り戻した私のガンガンと痛む頭の中へ、鮮明すぎるもう一人分の人生の記憶が怒涛の勢いで押し寄せる。汗だくの小さい全身を、後悔と悲しみが血液にのって爪の先まで駆け巡っている。戸惑いを遥かに追い越す速さで、二人分の人間の記憶が力尽くで圧縮され私の身体と細胞という細胞に捩じ込まれている。
骨の節々を虐む成長痛でもなければ食べ過ぎた満腹からくる胃の苦しさでもない。まるで心を握り潰すような切なさ。幼い精神に負荷が大きすぎる衝撃のあまり、とめどなく涙が溢れ続けた。
まるで脳みその半分だけが『かつての私』に『戻った』ようだ。もう半分を占める『今の私』の記憶が、私の小さな手を暖かい布団の中で握りながら必死に声をかけ続けてくれる年上の女性の姿を安堵に紐付けする。彼女が名乗った名前を私への忠誠に結びつける。焼けるように痛む腫れた喉からひゅうひゅうと通る呼吸を、時間をかけて必死に整えていく。
私は涙を追い出し、鮮明な視界で枕元のセムラを見上げた。繊細で豪華なモールディングが施された天井もセムラの顔も、『今の私』の記憶と一致している。力を振り絞ってセムラの手を握り返せば、やはり記憶通りの笑顔で涙を落とし微笑んでくれた。
「プラリネ! プラリネわかるか! 私だ、可愛いお前のお父様だよ! セムラ、容態は」
「大丈夫です、もう大丈夫でございます。お嬢様はたったいま目を覚まされました、ちゃんと手も、握り、返して……!」
セムラの背中の向こう、広い寝室の扉が勢い良く開く。『かつての私』の記憶と何ら違いのない、『彼女』のご両親に瓜二つな『今の私』の両親がベッド目掛けて駆け寄ってきてくれた。腫れすぎて声が出なくても、せめて息だけでもとゆっくり三人を呼ぶ。セムラが譲るために離した先から、お母様が私の手をとり握ってくれた。セムラの時に力を込めすぎてしまったせいで心もとないが、私が僅かばかり握り返す感触を確かめたお母様は膝から崩れ落ちるように蹲り泣き始めた。
「ええ、ええ。聞こえるわよリーネ。ちゃんと、聞こえているわ。お母様よ。あなたのお父様とお母様よ、今帰ってきたわ。遅くなって本当にごめんなさい。よく頑張ったわね」
「ありがとうセムラ。この三日間、他の者もみなよく尽くしてくれた。あとは私達が傍にいよう、少し休みなさい」
「とんでもないことにございます。旦那様も奥様もこんなに早く馬車を飛ばされてお疲れでございましょう」
「大丈夫よ、いいから休みなさいな。ああ可愛いリーネ、辛かったでしょう。身体が治ったら三人で一緒に庭園を散歩しましょうね。あなたの産まれた日に植えた薔薇と同じ色のドレスをお土産に買ってきたのよ、きっと素敵なティータイムになるわ。私も腕を奮ってパイを焼くからね」
知っている。そのパイは杏と山葡萄がみっしりと詰まっていて、生地は焼き上がりが泡立つほどにたっぷりのバターを織り込んでいて、酸っぱくて香ばしい。杏の隙間にはカリカリにローストされたあとに薄くキャラメリゼされた胡桃がところどころ埋まっていて、少し甘めのホイップクリームを添えればうっかり夕食を忘れてしまいそうなくらいに美味しいのだ。
『かつての私』の親友が、あの子がどんなお菓子よりも気に入っていたパイ。お母さん直伝のレシピだと意気込みながら私へ振舞ってくれた、ずっしりと重たい手間暇かかったパイ。幼い頃に母親がお目こぼししてくれたとき遊びに行った親友の家で、二人揃って焼きたての熱々を頬張ったときと変わらない味のあのパイ。
違う。違うの。あなた方の可愛い娘は私じゃない。そのパイはあの子とあなた方の思い出のお菓子なのに。
「まだ辛いわね、目が覚めたばかりだものね。すぐにお医者様がいらっしゃるわ。大丈夫よ、泣きたいだけ泣いておしまいなさい」
「そうだぞプラリネ、ここには私とお母様だけだからね。みんなお前の味方だよ」
お父様まで、ベッドの反対側に回って私のもう片手を包み込んでくれる。
違う、寂しかったのは『彼女』の方よ。あなた方の手をあのとき本当に握り返したかったはずなの。何これ、怖い、助けて、まだ死ねない。震える声でそう呟く『彼女』の手を握りながら、私は『かつての世』であなた方に電話した。『彼女』の握力がだんだん弱くなっていく間、一刻も早く立場をあなた方に代わってあげたかった。『彼女』の手を今みたいに握らせたかった。
あんなに悲しい事ってない、実の両親でありながら意識をなくしていく娘を励まし続けてあげられなかったなんて。久方振りの再会が、よりにもよって人工呼吸器に繋がれた土色の寝顔だなんて!
「リーネは本当に甘えてくれないんだもの。お母様はあなたと久しぶりにおててを繋げて嬉しいわ」
「全くだ、ほんの数年前までは抱っこをせがんでくれていたというのに。お医者様の許可が降りたら、親子三人で寝るのもいいな」
「まあ、素敵ねあなた! いいわよねリーネ、お揃いのネグリジェを買ってきて本当によかったわ」
分かりたくもないのに理解してしまった。さっき思い出せていなかった分の『かつての私』の記憶が、少しづつ『今の私』に馴染み始めてしまっている。『彼女のご両親』の名前は漢字も読み仮名も覚えているのに、なんなら『彼女のお兄さん』だってそうなのに。
親友だった『彼女』と『かつての私』の名前だけが、抉り取られたようにただただ不明瞭だ。『彼女』を呼ぶ記憶をどれだけ思い出しても、『彼女』が『かつての私』を呼んでくれる記憶をおぼつかない気力で辿っても、名前だったはずの部分だけに無造作な穴が空いてしまっている。
腫れた喉も頭も痛い。泣きすぎて限界まで体力を使ってしまった身体が、倦怠感で水の底に沈んでいるようだ。『かつての世』で『彼女』の力になれなかったことを今すぐにでも謝りたいのに、瞼が閉じていく。二人の手をもう一度握り返したいのに指一本動かせないなんて。
こんなに残酷なことってない。そうだ、私は『彼女』が目覚めるよりも先に死んでしまったんだ。
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こちらの両親が私のために帰ってきた翌日。
消化の良さを目的に据えたシンプルながらも美味しい朝食を平らげる私を見守ってもなお、セムラは私の傍から普段以上に離れようとしない。医師の原因不明という言葉がよほど堪えたらしく、何かにつけ涙をこらえる仕草を見せていた。
ティータイムまでの数時間だけでも距離をおいてもらうよう指示したのは私だ。普段は専属侍女として感情をコントロールする術に長けている分、セムラがここまで取り乱していることが申し訳ない。包み隠さず素直に告げたあと平静を装って部屋を出ていってくれたことから、『今の世』であるプラリネは公式設定通り大切に育てられている確信が持てた。
朝一番に駆け付けてくださった医師の診察により二週間の絶対安静を命じられた私は、専属侍女であるセムラを下がらせた一人きりの自室で、再びベッドに潜ったまま何をするでもなく呆け続けていた。その間にも、頭の中を二人分の人生の記憶がゆるやかに氾濫し続けている。
今の身体が幼いせいなのか、『かつての世』での記憶は半日経った今になってようやく覚醒のスピードを落ち着かせつつあった。自分の身体の中に人間二人分の記憶というのは実際に憑依しなければわからない独特の疲労感だ。
ふらつく足でよろよろと机に向かう。触れるのは初めてなのにどこに何が収まっているのかを教えてくれる『今の世』の私の記憶を辿り、とりあえず頭の中を筆記で整理することにした。
『かつての世』でフィクションとして馴染みのある展開でしかない筈の事象が、自分にも起こったのだと認めざるを得ない。
この世界は『かつての世』で親友に勧められるがままに二人でハマりにハマったアプリゲーム「スイプリ」こと「スイート・プリンセス~癒しの聖女は誰の手をとる~」だろう。何せこの部屋にも部屋の窓から見える景色にも、セムラの名前にも、すべてに見覚えしかない。完璧主義の親友が描写にあたってにらめっこしていた公式設定資料集なりゲーム本編なり、いっそ親の顔より見た。
部屋にある家具という家具に彫られた家紋は「スイプリ」に登場するライバル令嬢プラリネの実家、シュクルドリュージェ家のものだ。そしてここ数日間悩まされ続けていた高熱は、ゲームの過去シナリオにあったプラリネの幼少期の公式設定に一致する。
魔法と化学が混在するこの世界のデザインは、スチームパンクやネオヴィクトリアンといったパラレルワールド設定が基本になっている。人間や生物に限らずこの世に存在するすべてのものが、本来ならば5才(年)までの間に魔法属性を表す色になる。魔法の属性は全部で九種類。炎属性は赤く、水は青、氷は白、木は緑、地は黄色、風は桃色、毒は紫、光は橙、闇は黒。人間や動物の場合は色が目と体毛、もしくは皮膚に現れるものだ。複数の魔法属性を持つ場合はオッドアイや混色、もしくはグラデーションのかかった目や髪の毛になることも珍しくはない。
そして私の目と髪はプラリネという名前の由来である茶色。魔法属性は炎の赤、木の緑、地の黄色というトリプル持ちのチートだ。
なぜ魔法の属性がこの世界では九種類の分類なのか。それはひとえに「スイプリ」の舞台であるハルバクラーヴァ共国の国家設定に由来する。
ゲームの開始よりも数十年前。それぞれひとつの偏った魔法属性に特化していた隣合う九つの小さな王国は、国土拡大のため互いに血で血を洗う衝突を繰り返していた。共倒れを待っての侵略を目的とした周辺の大国による支援物資に助長され、潰し合いに等しい九国間の戦争は数年に渡り続く。
小国それぞれに国土が荒れていく中、各国の反乱軍は戦力を増やしつつ、総司令官が極秘裏に集まり平和のための会議を繰り返していた。自滅寸前の疲弊の末、各反乱軍は同じ日に革命作戦を決行。それぞれ自国の王を手にかけ王城を制圧する。
王の首を手に集まった反乱軍総司令官九人は、終戦とともに九国統一宣言を発令。地域ごとに偏って特化した魔法属性を互いの領地復興と発展のために補い合い協力していく「九領共生」をモットーに掲げ、九国すべてが君主政権を撤廃しひとつの大国、ハルバクラーヴァ共国として合併。かつての国土はそれぞれ州となり、九人の元反乱軍司令官はそれぞれ地位に差のない初代州議となった。
九つの州は突然すぎる変化への戸惑いから民に起こりうる新たな軋轢を回避すべく、州の象徴としての王室存続を決定した。そもそも王家の血統は魔力や身体能力に優れた者が多く輩出される傾向にあるため、復興にあたり廃するには惜しまれたという理由もある。
日本で生まれたアプリゲームの設定らしさというのか、このゲームでの王室は日本の皇室同様に政治への直接関与は許されていない。慈善活動や一次産業への補助の域を外れない程度の援助奉仕や災害時の救助活動までが王室に許される業務である。州を代表し州議と連れ立つ外交の際でさえ「顔」の役割や権威を示す目的から外れた魔法の行使は許されない。州議は州を治めるため民を代表する政治家、王室は州の誇りであり威厳。その立ち位置が徹底されている。
つまり、このゲームの舞台であるハルバクラーヴァ共国には、国家代表者が実質十八人存在するのだ。何せ「かつての独裁君主政治で共倒れに滅びるところを革命起こすことで間一髪免れた元小国同志が合併した国家」のため、どの州にも優劣や格差を設ける理由がない。他国との外交の際の代表すら順番で決めるほど徹底して平等の精神を貫くことで、戦前の君主制度がもたらした忌まわしい戦火の再燃を避けている、という政治背景が設定されていた。
先述した九つの魔法属性の色は、各州の王家の象徴色でもある。「スイプリ」はヒロインを操作し男性キャラと親密度を深める乙女ゲームなのだが、無料配信ストーリーなら州ひとつにつき王子一人ずつの九人。課金ストーリーでは王子九人に加え、州ひとつにつき州議一人の九人。そう、最低でも王子九人、最高で国家代表者九人を更に加えた合計十八人のイケメン全員が攻略対象。そして隠れ攻略対象無しという、メインストーリー至上主義から爆発的人気を得たサーバー鬼負担ゲームだったのだ。
どんな乙女ゲームにも、キャラ攻略というメインストーリーを主軸に据えたうえでユーザーを飽きさせないやり込み要素がある。それはキャラ設定を掘り下げるサブストーリーの季節イベントであったり、はたまたコレクション要素充実のためのアバター育成、能力強化を促す有料アイテム、音ゲーにカードゲームやボードゲームなど様々だ。緻密すぎるメインストーリーの制作を進める間にサブコンテンツで更新時間を稼ぐ形が、乙女ゲーム業界では典型をいく配信形式として固まっている。
そこに「スイプリ」は楔を打った。攻略対象十八人をそれぞれ違う絵師に担当させ、州ごとに独立したメインストーリー制作部門を発足し徹底してメインストーリーの更新に振り切ったのだ。制作会社として年間予算の大部分を費やしてまでキャラ攻略に主軸を置くユーザー第一主義の姿勢から瞬く間に人気を広げ、配信年の国内ゲームコンテストにおいて飛ぶ鳥を落とす勢いでの総ナメ受賞、アニメ化に舞台化にコラボカフェ、企業コラボ高価格帯グッズは予約開始と同時に完売し二次三次予約でサーバーがパンク。ミュージカルは世界ツアーの規模でその名を轟かせるに至っていた。
そして、「スイプリ」がメインストーリー更新至上主義でありながらも飽きられなかった理由がもう1つある。攻略対象十八人に対しそれぞれ宛てがわれていた異なるライバル令嬢全員にまで、最初から攻略キャラと同レベルの丁寧さでキャラクター設定が作り込まれた。概ねのストーリーにこそ定番感は否めなくとも、ライバル令嬢十八人それぞれに確立した個性があることで、すべての展開のマンネリ化を防いだのだ。
各キャラ個人攻略ハピエンルート、無料王子九人逆ハーレムルート、有料州議九人逆ハーレムルート、有料十八人全員逆ハーレムルートの計二十一ルート。そしてそれぞれのルートには、攻略対象と愛を育みライバル令嬢と友情を築く完全円満エンド、攻略対象と愛を育みライバル令嬢は没落もしくは追放はたまた死亡という勝利エンド、攻略対象とは友情もしくは仕事における相棒に留まり攻略対象がライバル令嬢と結ばれる身の丈エンド、攻略対象に嫌われたうえライバル令嬢を溺愛する攻略対象の権力によってヒロインが没落もしくは追放はたまた死亡という完全敗北エンドが用意されている。
爵位最下層である男爵令嬢のヒロインが最高議員もしくは王族の攻略対象とそう簡単に恋愛や信頼関係を成就できるほど、現実は確かに甘くないだろう。そんな制作側のシビアな世界観解釈が投影されたメインストーリーは、ルートとエンドの掛け合わせを合計すれば実に八十四パターン。
メインストーリーそのものがやり込み要素という理想を愚直なまでの信念として追い求める制作会社の姿勢に、現実社会で残酷を極める人生に疲れきっていた私が惹かれない訳がなかったのだ。
『かつての世』地球の日本において、この「スイプリ」を知る少し前。私は全てを失ったばかりだった。
超人気家庭教師として受け持ちの生徒の家を駆け回り個人指導に生き甲斐を感じていた日々のなか、突然のこと。日常の全てが私に背を向けた。
仕事先のひとつの豪邸で、生徒である男子高校生に迫られ。無理矢理抱き締められ思わず突き飛ばしたその生徒が家具に頭を打って出血、たまたま彼の家族が帰宅という阿鼻叫喚。弁明の余地なく会社に連絡がいき、稼ぎ頭の一人でしかない私と零細派遣会社自体の倒産を天秤にかけるまでもなく即刻解雇。涙ながらにデスクの荷物を纏め労基直行のち婚約者との同棲宅に帰れば、寝室で婚約者と浮気相手さんがあはんうふんの情事真っ最中。訳が分からず問い詰めるも浮気相手を庇う婚約者に諭吉数枚を手渡されて締め出しを喰らい、納得いかないまま渋々ビジネスホテルに一泊。浮気相手から本人・婚約者双方の両親を呼び出したと朝一番に連絡を受け同棲宅に着けば、実は私の方が元婚約者にとっての浮気相手だったと発覚。
本命側だった女も元婚約者もセレブリティな生まれゆえ、地方大学の教授程度の父では到底敵わず、権力に物を言わせた相手側にこちらが示談金を払う羽目になり。頼らざるを得なかった実家からは、この示談金による借金を理由に縁を切られた。
私物をまとめる暇すら与えられず、元婚約者の名義だった同棲宅から強制退去。元婚約者とお相手のご実家の地位や権力がエグすぎて、真実は相手方に都合のいいようにねじ曲げられて父の職場に伝わり、それを理由に父が教職を失ったことで戸籍も抜かれた。
『ライバル令嬢からすれば、ヒロインの方がよほど身の程知らずの悪役ですよ。男爵令嬢の分際で伯爵以上の格の、しかも王族や議員最高職との婚約カップルに割って入られるんだから。一方で農民から男爵家に引き取られたヒロインにとっては男爵家も伯爵家も王家も同じ貴族だから、ライバル令嬢の牽制が正しく理解できない。養女になってから大急ぎの詰め込み教育で、階級社会に馴染むまでの品格や礼儀なんて完璧に身につく訳もない。悪役なんて概念は視点によっていくらでも変わるんですよ。だから正ヒロインや悪役令嬢という呼称は違うかなって。自分らしさと幸せを懸命に追求し必死に生きる限り、皆がヒロインであり悪女でもあるんです』
羽根ペンを滑らせ続けるうちに思い出していく、ゲーム雑誌に乗っていた制作会社のインタビュー記事。彼らの語る階級社会のシビアさは、シンプルな現実をもって私の心に強烈な印象を残したのだ。
下克上も玉の輿も起こる人には起こるもの。少なくとも私にとって、転落という形に歪んだ人生はフィクションではなかったのだから。