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8.幸せのかたち




 ヴィクトリーヌ王女は未来を夢に映す。


 隣国へ留学して可愛い友人と過ごす日を見れば、父王にねだって留学した。

 夢に見た姿通りの女の子は親友になり、やがて婚約者だった男と結婚して王太子妃になった。結婚式にも参列し、王太子は終始親友にデレデレしていたので、「泣かせたら蹴り飛ばす」をとても丁寧な言葉で伝えておいた。


 親友に子が生まれ、二十歳を迎える自分も結婚を考える頃かしらとため息をつく。

 何せヴィクトリーヌは美しい王女であったため、彼女を求める男は後を絶たなかった。しかし面倒で気も進まない。

 生まれてから大抵の欲しいものは手にしてきた彼女は、特に誰が欲しいという事もなかったのだ。両親はヴィクトリーヌが幸せになれればそれでいいと言うが、幸せとは何なのか。


「わたくしが手にしたい幸せなんて、あるのかしら?」


 あるなら見せてくださいなと、ヴィクトリーヌは寝る前に祈りを捧げた。

 未来の夢はいつ見られるかわからないので、ただの願掛けのようなものだった。



『ははうえ』



 目を覚ました時、幸福を煮詰めたようなその声が強く耳に残っていた。

 まだまだ小さくてふにゃふにゃの幼子が、よちよちと歩いてヴィクトリーヌに手を伸ばす。その子を抱きしめた自分は柔らかい金髪を撫で、空色の瞳と目を合わせて、うっとりと微笑んでいた。


「なんてこと。」


 ほしい。

 あの子供がほしい。幸せはあの子のかたちをしている。


 ヴィクトリーヌの頭はもうそれしか考えられなくなっていた。

 まだ抱いた事もない我が子が愛おしくて愛おしくて、どんな宝石よりも価値のある宝物だと思えた。

 手に入れるにはどうすればいいのか悩む日々。金髪に空色の瞳はヴィクトリーヌの遺伝ではない。親友の夫である王太子が金髪で、結婚式で見た王妃が空色の瞳だった事を思い出す。

 しかし早計はよくない。

 毎日「もう一度あの子を見せてほしい」と祈って眠りについた。



『よくやってくれた、ヴィクトリーヌ!あぁなんと愛らしい事か』

『えぇ、本当にご協力ありがとうございました。陛下』

『ご、ご協力……』

『とっても可愛いわ!わたくしも抱いていい?ヴィクトリーヌ』

『もちろんよ。』

『ご協力か……』



 決まりだ。

 相手は隣国ツイーディアの王太子、親友の夫。


 両親の横できょとんと金の瞳を丸くしていた銀髪の少年は、二人の長男だろう。見た目には五歳ほどのようだったが、行って即座に嫁げるものでもないし、子もすぐできるわけではない。

 善は急げ、ヴィクトリーヌの行動は早かった。


 婚姻を納得させるために自分に差し出せるものを確認し、少し手を加えてツイーディア王国に利があるよう膨らませ、面食らっている父王と母をてきぱきと説得し、侍女と護衛をいくらか連れて何台もの馬車で旅立った。

 その時にはもう、親友は王妃として次男も産んでいた。


「久し振りね、ヴィクトリーヌ!会えて嬉しいわ。えぇと……すごい沢山お土産を持ってきてくれたけれど、どうしたの?」

「少々事情があるのです。陛下にもご協力をお願いしたいのですが」

「私か?力になれるかは内容にもよるが…」

「わたくしと陛下の子が欲しいのです。」

 紅茶を含んだところだった国王は盛大に噎せ、王妃は唖然としてヴィクトリーヌを見つめる。

 人払いしていたとはいえ側近や護衛は同じ部屋にいて、彼らは皆額に汗を浮かべて顔を見合わせていた。


「……たぶん違うと思って聞くけれど、貴女この人が好きだったの?」

「いえ特には。」

「えッ!?」

「陛下、いえ貴方ちょっと待ってね。退室してくださる?わたくしとヴィクトリーヌで話すわ」

「わ、私には全然状況が読めないのだが!?」

「わたくしも読めないからちょっと出ていきなさいと言っているのおわかりいただけたかしら」

「はい」

 夫婦の力関係は歴然としているらしい。

 ヴィクトリーヌは能力の事を王妃にだけ耳打ちし、自分が側妃に入る事でツイーディア王国にもたらす利益を資料を交えて説明した。


 その結果。


「子が一人いればいいそうよ。よろしく貴方」

「えぇ……?」


 懐の広過ぎる王妃に許され――先代王妃は猛反対していたが――ヴィクトリーヌは側妃として迎え入れられた。

 最初は戸惑っていた国王も聡明で冷静、やたら自信満々なヴィクトリーヌに尊敬を抱くようにもなり、彼は王妃を変わらず深く愛し、側妃を大切な友人として扱った。



 王妃が産んだ三人の王子、側妃が産んだ一人の王子。


 ヴィクトリーヌは大切な息子が変な貴族に狙われないよう、成績は中程度に見せるよう言い含めた。

 運動面は元から壊滅的で心労を覚えた時期もあるが、アーヴァイン本人はケロッとして落ち込む事もなく、明るく素直で優しい子に育っていく。


 欲しいものは手に入れた。

 いずれは文官の一人として兄達を支えるか、領地をもらって静かに過ごしてもいい。それはアーヴァインの好きなようにしたら良いと、ヴィクトリーヌは考えていた。



「息子も、わたくしのように幸せになれるかしら?」



 当然、なれるだろうと確信して聞いたのだ。

 誰ともない、己の能力(スキル)に。





 アーヴァインと側近のメイナードが城の廊下を歩くのを、ちょうど角を曲がってきた女騎士が眉を顰めて見やった。

 あまりアーヴァインをよく思っていない様子だ。セミロングのダークブロンドの髪に、つり上がった目はきつい眼差しを息子の背中に向けている。


『あ、ごめんメイナード。忘れものだ』


 アーヴァインはクルッと踵を返し、その勢いがつき過ぎたのだろう、見事に足を挫いてズターンと転んだ。メイナードが慣れた様子で怪我の確認をしているが、女騎士は一瞬唖然としてから目をこすった。王子が廊下でコケるのを見た事がなかったのだろう。


『いてて…またやってしまった』

『あっ……だ、大丈夫ですか殿下!』

 痛がる声にハッとした女騎士は慌てて駆け寄り、アーヴァインは気さくに「ありがとうね、平気だよ」と立ち上がろうとした。

 床は絨毯が敷かれているのに何が起きたのか、つるんと足を滑らせてメイナードがキャッチする。


『……!?い、今何が……』

『あはは、驚かせちゃったかな?大丈夫だよ、僕はいつもこうだから。あ、でもあんまり言い触らさないでね。』

『……???は、はっ!承知致しました!』




 それから幾度か、ヴィクトリーヌはその女騎士の夢を見た。


 名前もわからない彼女は大抵ハラハラした様子でアーヴァインを見守っており、身体能力がかなり高いのだろう、時としてアーヴァインを素早く助けてくれる。

 最初は嫌悪感が滲んでいた目には確かな親愛が込められるようになり、アーヴァインもまた彼女を好ましく思ったのか、見かけると優しく微笑んで声をかけるようになっていた。


 ヴィクトリーヌは「もしかしたら将来の妻かもしれない」とは思いつつ、後は未来の向かうままで良いだろうと、意識して先を見る事はしなかった。

 しかし――…





 アーヴァインが殺される夢を見た。


 夜会で王太子夫妻に近付いていった時、不審な男が王太子を刺し殺そうとしたのだ。

 優しいアーヴァインは兄を助けるために自らを盾にした。深々と突き刺さったナイフにはたっぷりと猛毒が塗られており、倒れたアーヴァインは顔を歪めて悶え苦しむ。


「早く覚めて」

 ヴィクトリーヌは呟いた。

 蒼白な顔をした息子が、身体を痙攣させながら血を吐いている。シオドリックが水の魔法で傷口を洗って応急処置を試みているが、とても間に合うと思えない。


『殿下ッ!!』


 あの女騎士だ。

 会場の警備をしていたらしい。アーヴァインが明らかに無理をしているとわかる笑顔を浮かべ、何か呟いた。ヴィクトリーヌには「大丈夫だよ」と言ったように見えた。

 引きつった笑顔のまま、アーヴァインは唐突に力を抜いて動かなくなる。

 シオドリックが彼の名を何度も呼んでいる。


『ちくしょう、てめえじゃねぇよ顔だけ王子が!!』


 騎士に押さえつけられた男が吐き捨てた瞬間、女騎士がその腕を刺し貫いていた。

 絶叫が響き渡り会場が騒然とする。客が逃げ惑う。


『よくも――よくも殿下を!この下郎!!貴様が、貴様などがぁああああッ!!!』


 彼女は騎士が数人がかりになっても止められないほど強かった。

 シオドリックも止めに入ってようやく彼女は止まったが、剣を取り落として周囲の気を引き、途端に身を翻して毒のナイフを確保していた騎士から奪い取る。

 華麗な体捌きで流れるように走り、彼女は男の身体に深々と毒を突き刺した。何度も、何度も。騎士によって引き剥がされるまで。


 最後、ここまでと思った女騎士は自らの事も切っていた。

 血を吐きながらよろめいてアーヴァインのもとへ向かい、傍らに跪く。


『申し訳、ありません…近衛になって……守ると、言っ…のに……たしは、貴方を――…』


 ぼろぼろと涙を流して、彼女も命を落とした。





 アーヴァインが、死ぬわけがない。


 顔色が悪いと心配する息子を抱きしめ、ヴィクトリーヌは「大丈夫ですよ」と笑った。

 夢で見た未来の正確さなど自分が一番よくわかっている。





 アーヴァインが殺される夢を見た。


 病人のように痩せたナサニエルがベッドに横たわり、アーヴァインはメイナードと共に部屋を訪れたようだった。

 そこへナサニエルの妻がやってきたかと思うと、


『メイナード、やりなさい。』


 己の使用人に声をかけるような言い方で命じた。

 アーヴァインの側近としてヴィクトリーヌも信頼していた、あの、メイナードが。苦渋に満ちた顔でアーヴァインにナイフを突き立てた。ナサニエルは知らなかったらしく慌てて起き上がったが、よほど寝たきりだったのか上手く立てずに倒れ込んだ。


『アーヴァイン!!くそ、誰か、誰かいないのか!?』

『ナサニエル様』

『貴様ッ…』

 メイナードが自分の首筋を切り裂き、返り血の飛んだナサニエルにナイフを持たせて崩れ落ちる。メアリーが嬉しそうに笑い、ナサニエルがアーヴァインの仇であるメイナードを討ったとほざいた。


『殿下、失礼致します。第四王子殿下が、こちらに……』


 薄く開いている事に気付かずノックしたのだろう、扉が押されて開き、あの女騎士が惨状を目にする。

 長旅でもしてきたのか顔には疲労が見え騎士服もくたびれていたが、血を流して倒れているアーヴァインとメイナードを見て、表情を無くした彼女は剣を抜いた。


 ナサニエルは抵抗しなかった。

 メアリーは悲鳴を上げて「わたくしは命じただけ」と喚いたが、心臓を貫かれて静かになった。


『っ…私が、私がもっと早く戻っていれば……アーヴァイン様……』


 動かないアーヴァインを抱きしめてずっと泣いていた彼女は、王族を含む()()を殺した重罪人として処刑された。




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