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7.洗練された虚弱

 



 遠くで燃え盛る火が徐々に消えていくのを、男は眺めていた。


「…けよ、…れは…言する……」


 新たに火球を生み出すための言葉をブツブツと吐き出しながら、先程吹っ飛んだ女はようやっと死んだだろうかと思いながら。

 魔法大国ツイーディアは女すら騎士にするとは聞いていたが、アクレイギア帝国との戦にまで駆り出すとは予想外だった。それも後方支援の魔法係ではなく、バリバリの前衛だ。


 数で押すいつもの戦法では埒が明かんとこの場に放り込まれた男は、あの女騎士と王子を殺して来いと命じられていた。女はいなくなったのであとは王子だけだ。懸命に逃げてはいるらしいが、できるだけ火球をまとめて配置し攻撃範囲を広げていく。

 もう魔力もないらしい、一発良いのが利き手側に入った。仲間が慌てて駆け寄っていく。次はそこを狙ってやろうと、男は再び言葉を紡ぎながら内心で毒を吐いた。


 ――俺の《破裂》は屋内が一番だって言ってんだろ。


 発動してから決まった秒数で破裂を起こす火球は、決めた場所から動かす事はできない。追尾させられない以上は敵に動かれては困るのだ。

 なのに場所はだだっ広い屋外で、敵の足止めをする仲間もいない。帝国の兵は好き勝手な判断でチクチクと矢を射るばかりだ。


 元々魔力持ちの数自体がツイーディア王国に大きく負けているのに、捨て駒のように丸投げするのだからどんどん死ぬ。だから自分のような者まで連れてこられた。


「ああクソ、なんだよそういう事か。」


 伝令らしい動きで駆け寄ってきた帝国兵に苛立った様子で呟き、男は振り向きざまに剣を振り下ろす。

 ガキンと火花が散り、相手は飛び退って顔を上げた。短いダークブロンドの髪につり上がった目、慣れた殺気。


「よくわかった、な!!」


 魔法を発動させる隙を与えないように、カリスタは強く踏み込んで猛追した。

 炎の破裂にやられたと見せかけたが、実際はパトリックによる火の魔法と自身の風の魔法だったのだ。息が合っていなければ味方の炎に焼かれる所だが、二人はやってのけた。カリスタはパトリックが囮になっている隙に遠回りして帝国兵を一人締めあげ、衣服を奪ってきた。

 男がフンと鼻を鳴らす。


「帝国の兵に女はいねぇ。」

「確かに!だがここまで来たぞ!!」

 魔法の威力こそ段違いだったが、男の剣術はそこまでの技を持たないらしい。みるみる追い込まれて防戦一方だ。


「はあっ!!」

「ッ、馬鹿力が…!」

 男の剣を弾き飛ばし、カリスタは押し倒した彼の首筋に切っ先をピタリとあてた。

 仮に魔法をノータイムで発動できたとしても、カリスタの身が衝撃を受ければ男の首もザックリ斬られるだろう。遅い援護をしようとした帝国兵達の遠い攻撃は、一足早くこちらへ向かっているツイーディア王国の騎士達が遠隔で防いでいる。


「答えろ。シオドリック様を殺したのは――」


 カリスタの目が僅かに見開かれた。

 押さえつけた拍子にシャツのボタンが外れ、男の首元は晒されている。そこには奴隷の証である首輪が嵌っていた。その程度で動揺するカリスタを男は笑った。


「そうだ、俺だよ。早くしろや」

「…仇を取らせて頂く。」

 彼女がすぐに冷静さを取り戻した事を意外に思いながら、男は蜂蜜色の瞳を陰らせて呟く。



「 やっと自由か。 」



 それは幻聴だったのか本当にそう言ったのか、カリスタにはわからなかった。

 帝国兵の上着を脱ぎ捨て、駆け付けたパトリック達と合流する。要となる戦力を失った帝国軍は撤退を始めたようだった。






 勝利の報せは王都にも届き、国王はパトリックとカリスタが戻り次第、二人に《剣聖》の勲章を与えると宣言した。


 恐らく同時に第四王子アーヴァインが立太子されるのではないか。

 終戦を喜ぶ市井ではそんな噂が目立っていた。第三王子に並んで剣聖となるカリスタを「たかが男爵令嬢」などと言う者はもういない。彼女は立派に国を支える妃だ。


 英雄達の帰還に沸く声を窓越しに聞きながら、ナサニエルは穏やかな気持ちでいた。カリスタが戻った以上はアーヴァインの守りもより堅くなるだろう。


「後は兄上が快復してくださると、僕も心強いのですが?」


 二十二歳になったアーヴァインは変わらず美しい。

 携わる仕事の違いだろうか、顔だけと言われていた頃より洗練されたようにも見える。揃いの金髪を揺らしてねだるように小首を傾げた弟に、ナサニエルは苦笑した。


「終戦もして、王太子をお前に押し付けた。……治っても、おかしくないのかもしれないな。」

「あはは、《かも》じゃ困りますよ。ね、メイナード?」

「はい。できれば一刻も早くベッドを出て、キリキリ働いて頂きたいところです。」

「正直な奴だ…アーヴァイン、そろそろ出迎えに行ってやれ。嫁の帰還だろう」

「そうですね、そろそろ…」


 部屋がノックされ、全員がそちらを見る。

 ナサニエルが返事するより先に扉が勝手に開けられ、一人の女性がふらりと入ってきた。どうやってここまで来たのか、彼女は侯爵家に帰っているはずの妻、メアリーだ。ナサニエルが息を呑む。


「っ…どうしてお前が」

「メイナード、やりなさい。」

「はっ。」

 ナサニエルは咄嗟に布団を跳ねのけ立ち上がろうとしたが、懸命に気力を振り絞ったところで、ずっと寝たきりだった彼はただただ遅過ぎた。


 従順な駒のように無表情で返事をしたメイナードが、隠し持っていたナイフでアーヴァインの腹を突き刺す。

 アーヴァインは信じられないものを見るように目を見開いた。唇がはくりと動き、けれど声は出ない。


「なッ…アーヴァイン!!くそ、誰か、誰かいないのか!?」


 足に力が入らず床に倒れながらナサニエルが必死に叫ぶ。

 本来ならメアリーがここまで来る事などありえないはずだった。護衛騎士がすぐ近くにいるはずだった。なのに誰も来ない。

 倒れたアーヴァインはぴくりとも動かず、腹部からじわじわと赤色が広がっていく。早くそばに行って治癒の魔法をかけねばならないが、そうさせまいとする邪魔者がいた。


「ナサニエル様」

「貴様ッ…」

 つかつかと歩いてくるメイナードを睨み上げると、彼はアーヴァインの血がついたナイフで自らの首筋を切り裂いた。ビシャリと弾けた血がナサニエルに飛ぶ。


「は……?」

 愕然とするナサニエルのもとへ一歩、二歩近付きながら血を吐いて、メイナードは最期まで無表情のまま、彼の手に血まみれのナイフを握らせた。

 床にできた血だまりにどちゃりとメイナードが倒れ伏す。


「な、ん……」

「ふふ、ふふふ…!お見事です、ナサニエル様!」

 場違いなほど明るい声で、メアリーが嬉しそうに拍手をした。

 ふらり、ふらりと夢の中を歩くように部屋を進む。


「アーヴァイン殿下を殺した不埒者をすぐに討ち取るなんて!ああ、陛下もきっと貴方が王太子でよかったとおっしゃるでしょう。」

「…メアリー、お前……」

「大丈夫、身体はすぐに治りますわ。さぁお立ちになって――」

「触るな!!」

「きゃあ!」

 メアリーの手を跳ねのけ、ナサニエルはよろめきながらもアーヴァインの側へ駆け寄った。

 傍らへ膝をついて細い手首に触れたが、数秒後に顔を歪めて俯く。メアリーは挙動不審に目を泳がせ、困惑しきりの声は震えていた。


「どうしてわたくしの手を取ってくださらないの?わ、わたくし、やっと貴方の子を授かったのに」

「メアリー、お前は何をした?」

「なんで、なんで、ねぇどうして褒めて……子供が、王太子妃はわたくしなのよ」

「…何をしたのかと聞いてる。」

 自分を振り向かない夫の態度が不安で、メアリーはその場に崩れ落ちて必死に言いつのる。


 アーヴァインが宰相補佐になった時から、側近であるメイナードに尾行をつけたこと。

 彼に平民の恋人がいる事を確認し、すぐ誘拐監禁できる状況に整えたこと。


 ナサニエルが王太子を辞した時にその恋人を捕え、血染めの髪や愛用の品をちらつかせてメイナードを脅し、アーヴァインの情報を横流しさせていたこと。今日ここでアーヴァインを殺して自決するよう命じていたこと。

 メアリーの父である侯爵が全面的に協力し、計画も立ててくれたこと。


 全てはナサニエルのために。


「私のため?お前が侯爵家の使用人と()()()していた事くらい知っている。本当に腹に子がいるならそいつが父親だろう。」

「ッ誤解…誤解だわ!!ひどい、なんでそんな事を」

「ほう?ずっとここで臥せっていた私とどうやって子を作るんだ。」

「……それは…」

「馬鹿にするな。身体は衰えたが考える頭くらい残ってる」

 ナサニエルはふらつきながら立ち上がり、真っ直ぐにメアリーを見据えた。

 鋭い金色の瞳に射抜かれた彼女はへたり込んだまま身を竦ませ、何も言い返せないのか口を噤む。


「……私の失態だな、これは。」

 深くため息を吐いて、ナサニエルは手にしたままのナイフを見やった。

 赤い雫がぽたりと落ちる。



「それで、お前達はいつまで這いつくばっているんだ?」



 メアリーがまさかと目を見開いた。

 アーヴァインが「ぐぅう~」と呻きながら腹を押さえ、床をころりと転がって仰向けになる。


「ほ、骨折れたかも……」

「折ってませんよ。」

「虚弱が無茶をするな。さすがに焦ったぞ」

 ナサニエルが呆れたように言う。

 血の噴き出し方など色々突っ込み所はあったが、アーヴァインの脈を確認するまで気が気ではなかった。


 メイナードは口の端から血を流したままムクリと身を起こす。そしていつも通りの無表情で立ち上がり、怯えながら後ずさるメアリーを冷たく見下ろした。

 アーヴァインもナサニエルの手を借りて上半身を起こし、床に座り込んだ状態で苦笑している。


「ど、どういう事!?」

「あははは、びっくりしてもらえたかな?君の自白を聞き出」

「ナサニエル義兄様、失礼!私のアーヴァインがこちらにいると聞いて――…」


 城に戻って真っ先に夫を探したのだろう、旅の汚れも落ちていないカリスタがウキウキした様子を隠せずに飛び込んできた。

 惨状を見た彼女はピタリと止まり、表情が抜け落ちる。


 血まみれの腹部を痛そうに押さえる夫アーヴァイン。

 先に斬られたらしいが相変わらず無表情のメイナード。

 血の付いたナイフを持って返り血を浴びている犯人ナサニエル。

 夫の凶行を止められなかったのだろう可哀想なメアリー。


「――ッスー……」

「ま、待って待って剣を抜かないのカリスタ!僕刺されてないから!」

「落ち着け、私じゃないぞ!むしろ突然無茶振りをされた側だ!!」

「俺は血に見える液体とギミックナイフを用意しました。」

「わた、わたくしは、わたくしは…」


 部屋は一気に混乱の渦に飲み込まれたが、証人になるため声が聞こえる位置で待機していた騎士達が突入、メアリーを確保した。




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