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とある歴史書:セオドア・レイクスの章

 



 国王アーヴァインに重用された臣下の中で、レイクス伯爵ほど奇怪な男もいなかっただろう。


 幼い頃大火に見舞われたという彼は全身に醜い火傷の痕があり、左目は眼帯をしていた。立っているだけでは一見わかりにくいが、左腕と左脚はすべて異国で作られた義肢だったという。



 その日門番を勤めていた騎士の報告によれば、城を訪れたレイクスは明らかに素人が切った不揃いな灰色の髪に、顔の半分以上を覆う火傷痕、衣服は行商人のような風体で、とても貴族には見えなかったそうだ。


 奇怪な見た目とひどい枯れ声で門番は警戒したものの、レイクスは軽快な話しぶりで、国王夫妻が息災であり人々から尊敬されていると聞いて、良かった良かったとその場を去ろうとした。



 ああ、正しく運命であろう。アーヴァインがたまたまそこへ来て、彼に目を止めた。



 書物に残る経緯が「国王陛下は驚いた様子で男の方へ向かわれた」以外にないため、なぜアーヴァインが頭部打撲、右手足骨折、左肩脱臼、腹部裂傷、左足首捻挫に至ったのかは不明である。


 一説には旧友レイクスとアーヴァインはかつて決別し、この再会の時も和解までに激しく争ったが、騎士団がそれを隠蔽した。アーヴァインに会おうとせず立ち去ろうとした点はこの説に合っている。

 しかし、本書を読んだ者の多くが既に理解しているだろう通り、剣聖王妃カリスタは夫を害した者に徹底して苛烈な怒りを見せた。特に罰が与えられなかったらしい事や、後に語られる人柄も踏まえると、レイクスがアーヴァインに暴力を振るったとは考えにくいのではないだろうか。


 また、治癒の魔法を行った数名の医師が結託し、特別給与目当てで過剰に書いたとも言われる。

 そもそもが前述の怪我を一人の人間が一気に負う事がまず難しく、近衛を連れていたはずの国王がそこまでの怪我をするのは妙な話だ。カルテが誤っていると考える方が自然であろう。



 さて、レイクスの正体はアーヴァインの母ヴィクトリーヌの祖国、ヘデラ王国の伯爵だ。


 領地を持たずほぼ名ばかりだったようだが、かの国で発行された証明書がその事実を現代にも残してくれている。アーヴァインによって、彼はこのツイーディア王国でも同じ伯爵位を与えられる事となった。


 聡明で快活、国王アーヴァインや五公爵から深く信頼を寄せられたというレイクス。

 しかし後の妻であるシャーロットには初対面で悲鳴を上げられていたと、城に勤めていた子爵夫人が書き残している。


 シャーロットはアーヴァインの長兄シオドリックの妻であった。

 筆頭公爵家の令嬢として生まれ育ち、夫が亡くなるまでは王太子妃を、アーヴァインの即位後はカリスタの補佐官を務めた彼女は、国の誰もが認める完璧な淑女だったという。

 ただ当然、悍ましい火傷痕など見た事もなかったに違いない。章の初めに述べた通りレイクスは顔の半分以上も痕が残っており、服や手袋では隠しきれない(※)のだ。何年も騎士に混ざり戦争にまで参加したカリスタと違い、シャーロットには刺激が強過ぎたのだろう。


 ※なお、彼が己の火傷痕や欠損を恥じたり、みっともなく感じているようだという記述は、私の知る限りでは存在していない。



 二人が初めて対面した際は、応接室に国王夫妻と側近のみで、使用人も下げられていた。それでも部屋の外にまでシャーロットの叫び声が聞こえたというから相当なものだ。

 やがてカリスタと共に応接室を出た彼女は、明らかに泣き腫らした目であったそうだ。そのような出会いから後に結婚するのだから、男女の仲はわからないものである。


 亡き夫シオドリックは、アーヴァインに負けず劣らず美しい男だったという。

 いつの世も女性は美貌の王子をこよなく愛でるものであるから、こと、これについては資料に困らないで済んだ。アーヴァインは麗しい、絵画のよう、愛らしい、美しいという記述が多かったが、シオドリックは文武ともに長けたらしい事もあってか、完璧の文字が特に目立っていた。


 完璧な王子に、完璧な淑女。


 さぞ似合いの二人だったのだろうが、結果としてシャーロットが添い遂げたのは、醜い火傷痕にひどい枯れ声を持ち、左腕も左足も左目も持たない、完璧には程遠い男だった。

 今でこそレイクスが優秀な人材であった事は証明されているが、当時は心無い者が彼女を「ゲテモノ好きになった」等と貶す事もあったようだ。

 ツイーディア王国に来て五年ほどで彼の喉がほぼ治り、聞き苦しくない声が出せるようになった事はせめてもの救いであろう。


 伯爵夫人となったシャーロットは、レイクスとの間に一男一女を授かっている。

 シオドリックとの子であるアーチャー公爵はこの父親の違う弟妹をよく可愛がり、また母の夫となったレイクスを父と呼ぶほど尊敬し慕ったという。


 それは美しい家族愛かもしれないが……実父であるシオドリックは、果たしてどのような気持ちで空から妻子を見守ったのだろうか。

 完璧と称された王子であるから、受け入れてはいたのかもしれない。家族の幸福を願い、レイクスに感謝すらしたのかもしれない。星に聞く事は叶わぬからただの想像に過ぎないが、帝国によって殺された彼が、死後にまで苦しむ事のなかったようにと切に願う。



「父上は不思議な人でな。俺達が悪戯をすると、よく妙ちきりんな光の輪で脅したものだ。」


 アーチャー公爵は友人にそう語った。

 レイクスが光の魔法で描く輪の中には、毎度違う見知らぬ景色が映っていたという。あれはどこなのかと聞けば、レイクスは笑って答えたらしい。


「行けばわかるが戻れんし、俺も知らぬ場所だから迎えに行けないんだ。しかし人を困らせる悪い子は、この中へ放り込んでしまうかもしれないな?」


 これは、幼子にはとてもよく効く脅し文句だったようだ。

 レイクス本人は輪をくぐった経験があるらしい事は、娘であるラファティ侯爵夫人の手記からもわかっている。次に一部引用させて頂こう。


 ---


 わたくしは父が作る光の輪が怖くて、けれど気になって仕方がなかった。

「ねえお父様、あそこへ行って戻ってきて。どこへ繋がっていたのか教えてほしいわ」――などと、今思えばとても恐ろしいお願いをした事がある。


 隻眼で半身は不自由で、肌の見た目だけで嫌な顔をする愚か者も多い。

 そんな人がほんの散歩ならまだしも、見知らぬ土地に降り立ったなら果たして、どうすれば帰ってこられると言うのだろう。そのまま帰らぬ人となる可能性は充分にある。せめて国内なら良いけれど、もしあの恐ろしい人殺しの国にでも繋がったら――…。

 幼かったわたくしはそこまで考え至らず、朝に行ったら夕方くらいには戻られるかしらなんて、漠然とそう思いながらねだった。


 父は優しくわたくしの頭を撫で、「あれは結構大変でな」と笑った。

 拗ねてやろうかしらなんて思いもあったけれど、いつも優しい母がこの時ばかりは涙を滲ませて静かに怒り、わたくしの肩を掴んで「二度とそんな事を言ってはなりません」と言い聞かせた。


 ---


 最初の夫を早くに殺され、次の夫は不遇の身体である。

 レイクスに対しシャーロットが異常とも言える執着と過保護を見せた事は、他でいくらか本が出ており、ここで改めてつぶさに語る必要はないだろう。

 彼女は夫の居場所を常に把握したがり、いるはずの場所にいなかった時は半狂乱で彼を探し回ったという。


 親友だった剣聖王妃とその補佐官は、夫の愛し方においても気が合ったのかもしれない。

 カリスタもまた、自分より弱い――そもそも、彼女ほど強い者はいなかったと言われているが――夫アーヴァインを小鳥のように大切に扱ったとは、他の章で記した通りだ。


 さて、レイクスの《光の輪》についてはもう想像がついている事だろう。

 まず間違いなく《ゲート》のスキルだ。他のスキルと組み合わせでもしない限りは、視界の範囲内に出口、入口の両方が生成される。


 ゆえにもし「戻れない」というレイクスの言葉が真実なら、それは彼個人の持つ特異性だろう。発動場所を指定できない代わり、距離に長けているといったところか。

 せっかくの有用スキルが、とんだ使えない特異性である。

 どこへ繋がるかわからない以上、罪人の流刑にも使えやしないのだ。事実、レイクス以外の誰か、あるいは物が、彼の光の輪をくぐったという話はない。



 レイクスは左半身こそ欠損だらけであったが、それゆえに右半身は自然と鍛えられ、逞しいものであったようだ。

 左側さえ護衛が固めていれば、右腕で危なげなく剣を振り不審者から身を守る事もあったというから、実力の高さがうかがえる。



 見識が深く他国の実情にまで詳しいレイクスを、アーヴァインは議会の相談役として非常に頼りにした。

 晩年の病によってシャーロットが儚くなって数日、後を追うようにレイクスが老衰で息を引き取ると、アーヴァインは「彼はずっと僕の道しるべだった」と涙を流し、カリスタと共に祈りを捧げたという。




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