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07_どういうことですか?


 魔王城の中庭には、大きな噴水がある。

 セリーヌはその近くに置かれたベンチに座っていた。


 メリムには少し一人にして欲しいと告げて、今はそばに誰もいない。


 朝からあまり元気のないセリーヌのことをメリムもシャルルも、ルシアンも心配してくれていたが、今はもうそれを心から喜ぶ気にはなれない。


(昨日、魔王様と話していた女性、あれは魔王妃殿下だったのかしら……)


 セリーヌはルシアンのことをあまり知らない。

 最初はメリムのことも妃殿下かと思ったが、話している雰囲気でどうやらそれは違うらしいとすぐに分かった。

 正直なところ、ルシアンに妃がいるのかどうかもはっきりとは知らない。


 けれど、時々城内で使用人たちが話している言葉の端々に「妃殿下」や「陛下の寵愛」などという単語が聞こえることがあるので、きっとそういうことなのだろうと思っている。


(あの方が妃殿下なら、今のように魔王様が私に時間を割いてくださっていることを面白く思わなくて当然よね……)


 全ては生贄を美味しく食べるため。けれど、そんなことは関係なく不快なものは不快だろう。

 誰もが優しくしてくれるものだから、そんな当たり前のこともいつのまにか忘れてしまっていた。



「こんにちは、セリーヌ様」


 突然背後から鈴のなるような透き通った声が聞こえて、驚いたセリーヌは慌てて立ち上がり声の方に向き直った。


 ――まっすぐに伸びた柔らかい金髪、甘さを感じさせる桃色の瞳。線が細く儚げで、セリーヌより華奢で、だけど少し背が高いだろうか。

 そこには、まるで春の妖精のような可憐で美しい女性が立っていた。


 そして。


 間違いない。

 この声は、昨日ルシアンに詰め寄っていた女性だ。


「……こんにちは」


 声は震えていないだろうか。


 女性は一歩、一歩とゆっくりセリーヌに歩み寄ってくる。


「初めまして、私はフレデリカ。セリーヌ様にはずっとお会いしたかったの。みんな、私にセリーヌ様を会わせないようにしていたみたいでこんなに遅くなってしまったわ。酷いわよね?」


「…………」


 セリーヌは咄嗟に返事が出来なかった。何と答えていいかわからないのだ。

 周囲が二人を会わせないようにしていたのは事実なのだろう。

 これほど自由に過ごさせてもらっている中で、セリーヌが彼女のことを見かけたことは今まで一度もなかった。


 きっとフレデリカへの配慮だったのだ。

 魔王ルシアンに纏わりつく形になっている、目障りな生贄を視界に入れないようにと。


「あなた、ルシアンに随分優しくされているのでしょう? でもね、そんなことで勘違いしてしまってはダメよ」


 思わず息をのんだ。


「あ、の……私……」


 そんなつもりはなかったのだと伝えなくては。

 そう思うも緊張で声がなかなか出ないセリーヌの唇に、答える必要はないとでも言うようにフレデリカの人差し指がそっと触れる。


「いいのよ。悪いのはルシアンよ。私は分かっているから」


「あ……」


「あなたは生贄。本当に可哀想。でも大丈夫よ、私が何とかしてあげる」


「……え?」


 何とかしてあげるとはどういうことだろうか。

 セリーヌがうまく意味を飲み込めないでいると。


「──何をしている」


 ルシアンの、今まで聞いたことがないほど冷たく低い声がその場に響いた。

 振り向くと、とんでもなく不機嫌そうに険しい顔をした魔王がこちらを睨みつけて立っていた。


 冷たく感じたあの儀式のときでさえ、ここまで恐ろしくは感じなかった。

 セリーヌの全身からサッと血の気が引いていく。


(私が、フレデリカ様に会ってしまったから……?)


 とにかく一刻も早く謝らなければ。そんな思いでセリーヌは慌てて頭を下げようとした。


「あ、ご、ごめんなさ──」

「セリーヌに触れるな」


 気がつくとセリーヌは腕をぐいと引かれ、ルシアンの腕の中にいた。

 謝罪しようとしたセリーヌを遮るようにして吐き捨てられたひどく冷たい言葉は、フレデリカに向けられていた。


(ど、どういうこと!?)


 そんなルシアンの態度も意に返さず、フレデリカは冷ややかに笑う。


「あら、私がセリーヌ様とお話しするだけでも気に入らないの?」

「当然だろう。あれほどセリーヌには近寄るなと言っておいたのに……!」

「だってあなたがその子に夢中だからっ!」


 胸がずきりと痛む。

 ひょっとしてこれは痴話喧嘩を見せられているのだろうか。


 しかし話は思わぬ方向に進んだ。


「可哀想だわ! 何度も言っているけどあなたみたいな男にとらわれて嫁になるなんて、生贄みたいなものよっ!!」


「それは僕だって認めるさっ! セリーヌが望んで僕のところへ来てくれたわけじゃないことも知っている。だから振り向いてもらうように頑張ってるんだろ!?」


「今から頑張るならあんたじゃなくて私でもいいでしょっ!」


「いいわけないだろ! セリーヌは僕のお嫁さんになるんだっ!」


(ちょ、ちょっと待って、本当にどういうこと……?)


 セリーヌが戸惑っていると、言い争う声を聞きつけたのだろうか、メリムとシャルルも慌てた様子で噴水前にやってきた。


「ああー! フレデリカ、メリムのセリーヌ様に近づかないでよっ!」

「メリム、言い方に気をつけなさい。あなたも陛下に叱られますよ」


 フレデリカはぐるりと視線を巡らせ、その場にいる全員を睨みつける。


「なによっ、みんなしてセリーヌ様セリーヌ様って! ──私だってセリーヌ様とイチャイチャしたい! セリーヌ様ぁ、こんな魔王みたいな男やめて私のお嫁さんになって!」


 そういうとフレデリカは突然セリーヌを抱きしめた。

 メープルシロップのような甘い甘い匂いがして、頭の中までとろけそうだ。

 そしてルシアンは紛うことなき魔王様である。



 一から十まで意味がわからなくて、セリーヌは大混乱だ。

 しかし、これだけは聞かなくては、となんとかフレデリカの腕の中から顔を覗かせる。


 セリーヌはやっとの思いで呟いた。



「……あの、お嫁さんって、どういうことですか……?」




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