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26_エリザ


 マイロがいなくなって、セリーヌは考えていた。


 エリザが聖女? そんなことはありえない。

 そう思うも、エリザはその力を証明して見せたのだと言う。


(本当はエリザが聖女だったとでも言うの? ううん、そんなはずない。私は確かに女神様の声を聞いたもの──)


 聖女が同時に二人存在したことなど聞いたこともない。

 それに、もしもセリーヌが聖女ではないのだとしたら……きっとセリーヌは今頃なんの憂いもなく魔王ルシアンのそばにいたはずだ。


(何が起きていると言うの?)


 考え込むセリーヌの思考を遮ったのは、今まさに思い浮かべていた人の声だった。


「ちょっと! セリーヌ! どうしてあんたがこんなところにいるのよ!!」


 激しく音を立ててドアを開け放ち、ものすごい勢いで部屋に突入してきたのはエリザだった。

 いつも食事を持ってきてくれるクールで冷静なメイドがその後ろで顔を真っ青にして慌てふためいている。


(彼女、あんな表情もするんだ)

 そんな場違いなことを考えていると、エリザがヒステリックな声を上げながらセリーヌに詰め寄ってくる。


「ねえ、なんで? なんでここにいるの? 生贄になったんでしょう?」

「えっ、あの……」


 どうしよう、明らかに目がやばい。普通じゃない。


「どうして戻ってきたのよ? どうしてクラウドが出入りする場所にあんたがいるの? どうしてっ? どうして……私とクラウドはまだ婚約できてないのよっ!!」


 ……婚約、できてないの? なんで? そうセリーヌは戸惑う。

 だってクラウドはエリザと婚約するためにセリーヌを生贄にしようとしたはずだ。生贄として魔界に送られる前にせめてさっさと婚約できるようにしてあげようと、二人の婚約書類まで準備したのに。

 はたと気付く。ひょっとしてセリーヌとの婚約破棄書に不備があったのだろうか。


(まさか、だから私を魔界から連れ戻したの……?)


 セリーヌが死んでいれば、書類に不備があったとしても関係ない。けれど、生きている限りそうはいかない。

 どうやったのかは分からないけれど、セリーヌが生きていることがクラウドや神殿の知るところになり、書類の不備が問題視された可能性はある。というか、そうとしか考えられないような気がする。

 でも……。


(もし本当にそうなら、さすがに呆れるわ……)


 セリーヌが生贄になったことは神殿が把握してるのだから、きちんと相応の手続きをすればたとえセリーヌが用意した書類に不備があっても婚約破棄はできるはずなのだ。

 つまり、この予想がもしも正しければ、そんな短い時間も待てないほど、早くエリザと婚約したかったということに他ならない。

 クラウドとしてはセリーヌを魔界から連れ戻すことは、国を、世界を危険にさらすことだと認識しているはずなのに。その上で愛する人と結ばれるなら、婚約者だった哀れな女を騙すことだけでなく、他の誰もが危険に晒されてもかまわないということか。


「ちょっと、聞いてるのっ!? あんたが生きてるせいでっ。あんたが、あんたがさっさと死んでいればっ!」

「きゃっ……!」


 エリザは完全に興奮状態で、ついにセリーヌに掴みかかってきた。


(嘘でしょ? 真偽はどうあれ、仮にも聖女を名乗っている人がこんな暴力を……情けない!)


 髪の毛を掴まれ、強く揺さぶられる。何が何だか分からないでいるうちに、視界の端にキラリと光る銀が見えた。


(まさか、刃物!?)


 焦りが湧きあがるものの、体が振り回されて避けるどころじゃない。

 反射的にぎゅっと瞑った瞬間、急に解放された。


「何をしてるんだ!!」

「あっ……」


 エリザは手を取られ、押さえつけられて呆然としている。彼女を押さえつけているのはクラウドだった。


「エリザ、なぜここに君が? というより、セリーヌに向けて刃物を取り出すなどあり得ない! こっちへこい!」

「あ、ああっ、…………」


 エリザが引きずられるようにして部屋から連れ出された後、いつもの無表情に戻ったメイドがセリーヌの手当てをしてくれた。

 引っ張り回された髪だけじゃなく、いつのまにか擦り傷や痣ができていた。


 突然の暴力に、今更震えがくる。


「セリーヌ様、もう大丈夫です。今日はどうか全て忘れて、ゆっくりお休みください」


 メイドはそう言ってセリーヌを労ってくれたが、そんなに簡単に忘れられるわけがない。


 何もかもうまくいかない。愛する人の側にはいられず、元婚約者にはいいように扱われて、その恋人にはこんなふうに痛めつけられて。


(私が何をしたって言うの? 私はただ、穏やかに、平凡に暮らせたらそれでいいのに……)


 それに、クラウドが兵を率いて魔界に攻め込もうとしている話も気になる。

 心がざわつくことばかりで落ち着かない。


(まずは、クラウド様にどういうことなのか、何を考えているのかを聞いて……婚約解消の手続きに不備があったのならさっさと修正して、早く解放されたい)


 その後は、できることなら魔界に戻ってどこか田舎の片隅ででもひっそり暮らしたい。

 魔界に戻ることが叶わなかったとしても、どこか遠くに逃げてしまいたい。それこそ貴族とは無縁の小さな村でもいい。修道院でもいい。聖女であるセリーヌの祈りはきっと誰に知られることはなくとも女神様には喜ばれるだろう。辛いことは全て忘れて、女神様に奉仕して生きるのだ。


(大丈夫、きっと魔王様のこともいつか忘れられる……)


 胸を焦がす想いも、切なさも無くなって穏やかに暮らし自分を想像する。平和だ。

 そうして平穏な日々を想像しているのに、心の奥底が泣き叫んで張り裂けそうに痛むのには、気がつかないふりをした。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 エリザは苛立っていた。


「どうしてこうなるのよっ!?」


 セリーヌのいる部屋から引きずるように追い出された後、クラウドはエリザには目もくれずに去っていった。まるでエリザになど興味がないかのように。



 クラウドはセリーヌの婚約者だった。けれど、それよりもっと以前から彼はエリザの大切な幼馴染であり、お互いが特別な存在なのだ。


 エリザはずっと、クラウドのことが好きだった。


 小さな頃から母親に連れられてクラウドの屋敷に遊びに行っては側にくっついてまわった。

 輝く金髪、エメラルドのような瞳。幼い頃からまるで王子様のようなクラウド。


 何を血迷ったのかセリーヌなんかと婚約した時にはあまりの衝撃に倒れるかと思った。

 それでも婚約の裏にどうやら金銭的援助があったらしいと聞きつけて、援助を盾に無理やりセリーヌとの婚約が結ばれたのだと察し、いつか解放してあげたいと思っていた。


 セリーヌの両親がなくなり、あとは本人がいなくなればいいだけだと、あの女の従姉妹であるジャネットをそそのかして、毒を盛らせたりしたこともある。

 自分の婚約者が冴えないからと、セリーヌに嫉妬するだけでは飽き足らず、あろうことかクラウドに媚を売っていた目障りなジャネット。そんな身の程知らずにも役目を与えてやろうと考えたのだ。


(ジャネットは馬鹿だから、ちょっとお腹を壊して辱める薬よ、って言ったら簡単にいうことを聞いたのよね)


 でも、なぜかセリーヌは死ななかった。それどころか体調を崩した様子もなく、けろりとしている。

 それならと直接セリーヌを襲わせようと低俗な男を雇ってけしかけてもなぜかうまくいかない。


 エリザは本当にセリーヌが目障りでたまらなかった。


 そんな時に魔王が生贄に若い女を求めたのだ。

 これを好機と思ったのはエリザだけではなく、ついにクラウドも自分の心に正直になって、エリザと結ばれるようになんとセリーヌが生贄になるように手配してくれた。


 夢みたいだった。


 それなのに、セリーヌがいなくなってからクラウドはおかしい。

 やっと愛するもの同士で結ばれるはずだったのに、なぜか婚約もできない。


(元婚約者が生贄になって、さすがにすぐに次の婚約っていうのは外聞が悪いってこと?)


 それでもエリザは待てない。セリーヌのせいでここまで何年も待たされたのだ。

 だから、聖女だと神殿に申し出た。なんとか力の証明もしてみせた。

 そうすれば魔王に怯える空気が高まっている今、エリザとの婚約は誰からも推奨されるものになるはずだと考えたのだ。


 それなのに──。

 クラウドはどんどんおかしくなっていく。最近ではエリザの目を見てくれない。

 やっと排除したはずのセリーヌまで人間界に戻ってきている。


(あの女、本当に殺してやりたい! このままじゃ私が幸せになれないじゃない!)


 エリザはやっと立ち上がると、通りがかりの神官に声をかけた。


「ねえ、私にも例の神器をちょうだいよ」


「ええっ? でも、聖女であるエリザ様はいざという時のために危ない戦闘には参加されないとお聞きしましたが……」


「考え直したの。やっぱり聖女であるはずの私が魔王を倒すべきだと思って。ほら、それが私の使命でしょう?」


 怪訝な顔をしていた神官も、そう言われれば否やとはいえない。


(待ってなさいよ、セリーヌ。私が魔王を殺して完璧な聖女になって、絶対クラウドを手に入れてみせる。そして邪魔なあんたのことも殺してやる……!)



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