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あの夜会から十日が経った。今日は騎士団員等の月に一度の交流会と言う名の酒宴だ。城の一角には、騎士団が所有している宿舎や稽古場がある。その稽古場に酒瓶や肴を用意し、無論椅子などはないので地べたに直に座り各々談笑しながら酒を煽る。こうしていると自分が公爵家の人間だとか貴族だとか、どうでもよく感じる。騎士団員等は、貴族から平民、中には孤児院出身者もいる。実力主義故、平等な世界だ。そんな理由も含め、ヴァルタルは騎士団ここが好きだ。
「随分と噂になってるけど、大丈夫?」
「問題ない」
少しひんやりと冷たい石壁を背に座り込み、酒を煽っていたヴァルタルは、ロルフの問いに笑って答える。
「寧ろ、もっと広めてくれた方が俺としては有難いくらいだね」
今社交界ではある噂が広まっている。セシリアとルーカスの婚約破棄の話だ。ルーカスがセシリアを捨てて、ベアトリスに乗り換え、更にその婚約破棄されたセシリアはヴァルタルと一夜を共にした、と。誰が広めたかは知らないが逆に好都合だ。
「安心していいよ、もうこれ以上ないくらいに貴族なら知らない人間はいないからさ。で、真相はどうなの?」
「愚問だ、事実に決まっているだろう」
そう言いながら鼻を鳴らすと、ロルフは呆れ顔で肩をすくめた。
「前から彼女に随分とご執心だとは思っていたけど、まさか既成事実を作るなんて、流石に驚いたね。でもさ、一体何処までが事実なの?僕が聞いた話では、傷心したセシリア嬢に酒を飲ませて酔わせてそのまま手込めにして弄んだ挙句、君が彼女をやり捨てたとか、聞いたけど」
噂には尾ひれ背びれがつきものだが、結構な言われようだ。だが別段驚く話ではない。昔から少しでも隙を見せれば、妬み嫉み僻みをヴァルタルに抱く者達から攻撃をされてきた。無論物理的なものではなく、陰口や子供染みた嫌がらせだ。それがこれまで浮ついた話一つなかったヴァルタルの夜伽話となれば、嬉々としてヴァルタルを悪者に仕立て上げる事は容易に想像出来る。
「確かに彼女は傷心し酒に酔ってはいた。だか断じて無理強いはしていない。俺の手を取ってくれたのは彼女の意思だ。ただ未だに自分でも驚いているよ。まさか自分があんな大胆な行動を起こすなんて」
彼女に出会うまでは恋情を抱かれる事はあっても、ヴァルタルが誰かに恋情を抱く事はなかった。まして一目惚れをするなど甘ったるい恋物語じゃあるまいしと、冷めた人間だった。
それがまさか、その自分が好機とばかりに酔った女性を屋敷に連れ込むとは……紳士にあるまじき行為だ。だがあの時、ヴァルタルは彼女へと手を差し出した事に一寸の迷いもなかったし、後悔もしていない。
セシリアはとても魅力的な女性だ。ルーカスと婚約破棄となれば、直ぐに年若い貴族の男達は彼女に群がってくるに違いない。現に、ヴァルタルが彼女を見ていたこの二年の間、自分と同類だと思われる男達を幾人も見てきた。そんな中、折角手にした機会を、見す見す逃す訳にはいかない。少々強引だろうが、手段なんか選んでいる場合ではなかった。それに、今は昔程、生娘に拘る風習はないが、それでも結婚相手に純潔を求める人間は少なくない。これで敵の大半はいなくなっただろう。
「だろうね。昔から君、恋だの愛など莫迦莫迦しいって言って、君に群がってくる女性達に見向きもしなかったのに、それがこんな強硬手段に出なくてはならないくらい余裕がないとか、面白過ぎ」
「煩い」
「で、これからどうするの?勿論セシリア嬢とはちゃんと話し合っているんだよね」
ロルフの言葉にヴァルタルは目を丸くした。
「いや、あの夜から彼女には会っていないよ」
「じゃあ、連絡は?」
「していない」
「はあ⁉︎それ、なんの冗談⁉︎」
彼は大袈裟に驚き、何故か立ち上がった。まるで信じられないものでも見るような顔で見下ろしてくる。
「いや、本気だけど。ただ彼女には、責任は確り取らせて貰うから心配はいらないと、俺の気持ちは伝えてある」
「ヴァルタル、君普通の勉強ばかりじゃなくて恋愛の勉強もした方がいいよ。このままだと、セシリア嬢から嫌われるかもね。いや、もう遅いかも」




