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実に気分が良い。
今日は一日中、上機嫌で過ごしていた。そんなヴァルタルを見て、同じ騎士団員であり友人でもあるロルフ・バルトから「気色悪い」と言われた。何時もならそんな風に言われれば、稽古で叩きのめしてやるのだが、今日は何しろ機嫌が良いので見逃してやった。
ヴァルタルは、自室のベッドに横になる。昨夜は彼女が此処の場所に居た、その事実だけで身体が疼いてくる。
「セシリア……」
ようやくだ。ようやく彼女と接点が出来た。
貴族は基本、夜会などに参加出来る様になるのは、十五歳からと決められている。
セシリアとの出会いは二年程前で、彼女が十五歳になり社交界でお披露目された時だった。あの日、彼女が広間に入って来たその瞬間、ヴァルタルはセシリアに釘付けになってしまった。亜麻色のサラリとした髪、琥珀色の大きな瞳と佇まいがなんとも愛らしい。所謂一目惚れというやつだ。
彼女はかなり緊張した様子で、両親に連れられて挨拶周りをしていた。ヴァルタルは自分の番になるのを今か今かと待ちながら、さり気なく彼女を目で追った。
そして遂に彼女がヴァルタルの元へやってきた。
『セシリア・アンブロワーズです』
はにかみながら、挨拶をする彼女は本当に愛らしかった。ヴァルタルは柄にもなく緊張し、自分の声が若干上擦るのを感じて、情けなくなった。どうしてこんな大事な場面で失態を演じてしまうのか……最悪だった。第一印象は、今後相手との関係性を左右するかなり重大なものなのにそれを失敗するなんて、絶対に変な奴に思われた……。
言い訳かも知れないが、普段はこんな失態は絶対にしない。こんなに緊張したのは生まれて初めてと言ってもいい。最年少で騎士団副団長を拝命した時も国王陛下に初めて謁見した時ですら、平然と淡々とヴァルタルはしていた。だがそれがこのざまだ。
その翌日ヴァルタルは、友人のロルフに昨夜の事を話した。すると彼から「アンブロワーズ伯爵の令嬢って、確かフェリエール侯爵の子息の婚約者な筈だよ」と告げられた。
婚約者がいたのか……その話を聞いたヴァルタルはショックの余り暫く再起不能に陥った。婚約者がいるなら諦める他ない、そう頭では考えながらもこの二年、社交界で彼女を見かける度に、益々セシリアに惹かれていった。
そんな中で、ルーカスとセシリアの仲が上手くいってなければ、もしかしたら自分が入り込む隙を作れるかも知れないと、邪心な考えを持った事も少なからずあったが、ヴァルタルが知る限り残念ながら二人の関係は良好だった。
だが、その好機はある日突然訪れた。半年程前の事だ。その日ヴァルタルはとある夜会に参加していたのだが、ルーカスを見かけた。だが珍しく彼の隣には彼女はいなかった。代わりにいたのは、見知らぬ令嬢だった。
『ベアトリス・グラッセ伯爵令嬢だよ。ヴァルタル、知らないの?才色兼備とは彼女の為にある言葉だなんて、言われるくらい彼女凄いんだよ。それに君、お披露目の時に挨拶しただろう?』
全く以て記憶にない。確かにお披露目では挨拶周りは必ず行う筈なので、多分している。だがそんな事、一々覚えていない。普段から、何処ぞの令嬢達に群がられるヴァルタルに取っては、もはやどの令嬢も似たり寄ったりにしか見えず興味すらなかった。彼女だけを除いて……。
『あの二人、怪しいね……』
ロルフの言う通り、多分そう言う関係なのだろう。二人の只ならぬ雰囲気で分かる。それにしても、あんなに愛らしく素敵な婚約者がいるにも関わらず浮気をするなど、ヴァルタルからしたら頭が沸いている様にしか思えない。だが、正にこれは絶好の機会だ。
更にその三ヶ月後、ヴァルタルはとある夜会でセシリアと出会した。実はこの時ヴァルタルは、ルーカスの動向を探る為、彼をつけていたのだが、良いタイミングで彼女が現れ、ルーカスとベアトリスの浮気現場を目撃してくれた。
『そんな婚約者なんか捨てて、俺にしなよ』
そして俺は、ずっと言いたかった言葉を彼女に言った。




