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自邸に帰った時には薬の効果のお陰か、すっかり頭痛は治っていたが、また別の頭痛がしてきた。それは口煩い侍女のライラからの説教が始まったからだ。
「朝帰りなさるなんて、あり得ません!」
「もうお昼だけど……」
「何か、仰いましたか?」
つい言い返してしまったが、ライラの怖いくらいの笑顔にセシリアは押し黙った。何時になく怖過ぎる……。
ライラの話では、昨夜遅くにシュワール公爵家から使いが来てセシリアはシュワール家に泊まると言伝を受けた。その翌朝、今度はルーカスの実家であるフェリエール侯爵家から婚約を破棄するとの書面が届き、両親は驚愕し大慌てでそのままフェリエール家へと向かったそうだ。なのでセシリアが戻って来た時には両親の姿はなかった。
「それよりお嬢様!一体どう言う事なんですか⁉︎ルーカス様と婚約破棄とは事実なのですか⁉︎シュワール家にはどの様な御用で行かれたんですか⁉︎」
凄い形相で詰め寄られ、セシリアは思わず身体を仰け反った。興奮しているライラを何とか宥めて、長椅子に座りため息を吐く。
「婚約破棄だけど、事実よ。ルーカス様はつまらない私よりも、全てにおいて私より優れているベアトリス様が良いんですって」
昨夜の夜会での詳細をライラに告げると、彼女の顔は見る見る険しくなり、怒りを露わにする。
「幾ら何でも酷過ぎませんか⁉︎」
ライラはセシリアに淹れる為に手にしていた茶器を、怒りで震えながらキツく握り締める。今にも割れそうだ……。普通の女性なら心配は要らないが、ライラは人より少しだけ力が強いので心配になる。
「ルーカス様も最低ですが、ベアトリス様はお嬢様のご友人ではないのですか⁉︎友人の婚約者を奪うなんて、最低最悪です‼︎絶対に赦せません‼︎浮気を見過ごすのが淑女⁉︎そんな屁理屈私には到底理解出来ません‼︎」
ガッチャンッ‼︎と音を立て、茶器はテーブルに戻された。どうやら茶器は無事の様だが肝心の自分のカップは空のままだった……。セシリアはカップの中を覗き込みながら、ライラが淹れてくれるのを大人しく待つ。昨日の酒の所為か、今日はやけに喉が渇いていた。するとライラは、ハッとした表情を浮かべると、慌ててカップにお茶を注いでくれた。
「取り乱してしまい、申し訳ありません。ですが理不尽過ぎます。納得出来ません」
その後も暫く彼女は、そう不満げに言葉を洩らしていた。
「お嬢様は、悔しくないんですか……」
「思う事は色々あるけど、騒いだって仕方ないもの」
反応の薄いセシリアにライラは唇を尖らせる。
セシリアだって、確かにあの二人に対して憤りや失望感はある。だがそれよりも信頼していた婚約者と友人に裏切られたという悲しみや喪失感の方が大きい。故に、正直今は怒る気力はない。だがそんなセシリアの代わりに大袈裟なくらいに怒ってくれているライラを見て少し気持ちが軽くなった様に思えた。それに、セシリアが泣いたり怒ったりすれば、ベアトリスの思う壺の様な気もする。
「婚約破棄の件はよ~く、分かりました。ですが、何故シュワール家にお泊まりになられたのですか」
ルーカスの件で話を有耶無耶にして終わらそうとしたが、どうやら無理の様だ。セシリアは必死に頭の中で言い訳を考えた。




