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初デートの日以来、あれからセシリアはヴァルタルと何度もデートを重ねている。最近では夜会に一緒に参加する様にもなり、まるで恋人同士みたいだ。
ヴァルタルからも近い内にセシリアの両親へ正式に結婚の申し込みをすると言われている。普通なら手放しで喜びたい所だが、セシリアは少し不安に感じていた。社交界ではセシリアとヴァルタルは不純な間柄との印象が強く、未だに噂が消えずにいるからだ。
「また、あの男と出掛ける訳?」
少し遠慮がちに部屋に入ってきた弟のハンスは、不満そうに口を尖らせる。デートについて来てヴァルタルから言われた「立派な紳士になれないぞ」という言葉が効いたのか、あれ以来ハンスもだがレナードも大人しくなった。毎日の様に遊びに来ていたレナードは、今は日々勉強や剣術に励んでいるらしい。弟も嫌いだと言っていた剣術を頑張っている様だ。
「えぇ、そうよ」
今夜もまたヴァルタルと共に夜会に参加する予定だ。セシリアは早くから準備に余念がない。少しでも彼に釣り合う様な女性になりたい。
「……僕も行く」
「貴方はまだ、参加出来る年齢じゃないでしょう?十五歳になったらね」
幼い頃からずっと反抗期の様な弟は、最近は何故か小さな子供みたいに甘えん坊になっている。これはこれで心配になるが、以前よりマシなので取り敢えず良しとしている。ただこのまま成長したら困ってしまうが……。
「失礼致します。お嬢様、ヴァルタル様がお迎えにいらっしゃっております」
そうこうしている内に彼が迎えに来てくれたみたいだ。セシリアは、慌てて姿見で再度全身を確認するとヴァルタルの元へと急いだ。
◆◆◆
信じられない。どうしてあのヴァルタル様が、あんなつまらない女と一緒にいるの⁉︎
確かに少し前にあの二人の噂を耳にしたが俄には信じられなかった。あのセシリアとヴァルタルが、一夜を共にした……色々と言われていたが、傷心したセシリアに酒を飲ませて酔わせてそのまま手込めにして弄んだ挙句、ヴァルタルがセシリアをやり捨てたと聞いた。だがそもそも一夜限りだとしても、あんなつまらない女をヴァルタルみたいな人間が相手にする筈がない。絶対にデマだと確信していた。それなのに……。
セシリアの腰に手を回し、愉しげに話をしているヴァルタルを見て、ベアトリスは唇を噛む。ずっと自分の友人と言う名の引き立て役だったセシリアが、高嶺の花で女性達から人気があり、だが未だに婚約者も恋仲もいなかった彼と仲睦まじ気にしている。ヴァルタルは眉目秀麗、文武両道、家柄と全てにおいて完璧な人物で、ベアトリスもずっと憧れていた。ただ才色兼備と謳われるベアトリスであっでも、家柄だけはどうする事も出来ないので、彼を諦めざるを得なかった。仕方なくセシリアの婚約者で簡単に自分に靡いたルーカスで手を打ったのだ。ルーカスも家柄、容姿と悪くはない。だが、ヴァルタルとルーカスなら比にもならない。断然ヴァルタルがいいに決まっている。その彼とセシリアが何故……あり得ない。
「ベアトリス、どうしたんだ」
「別に、何でもありませんわ」
隣にいるルーカスを見て内心ため息を吐く。セシリアとルーカスが婚約破棄した後二人は婚約をした。その時は、自分にとって最高の婚約者だと思えたのに、セシリアとヴァルタルが一緒にいる所を見て、急に彼が霞んで見えてくる。
「やあ、ルーカス殿にベアトリス嬢」
そんな時、ヴァルタルに話しかけられた。これまで接点もなく、彼と話すのは自分のお披露目の時以来だった。セシリアの事がなければ、無論歓喜したに違いないがこの状況で喜べる筈はない。
「二人は婚約したそうだね。遅くなってしまったが是非俺からも祝福させて貰いたい」
彼はセシリアを更に抱き寄せると、鮮やかに笑った。やはり、素敵だ。悔しいが思わず見惚れてしまう。
「ヴァルタル殿、ありがとうございます。それであの、彼女とはどの様な関係で……」
ルーカスは複雑な表情を浮かべながら、ヴァルタルとセシリアを交互に見ている。そんなルーカスの態度にベアトリスは苛立ちを覚える。
「色々と噂されているが、そういう不純な間柄ではないんだ。俺はセシリアとの事を真剣に考えている」
「ヴァルタル様、それはどの様な意味ですの?まさかとは思いますが、セシリア様と結婚なさるとか、仰る訳ではございませんよね」
何時も完璧なベアトリスだが、ヴァルタルの言葉に動揺が隠しきれず顔が引き攣ってしまう。
「何故そんなに驚くのか分からないが、近々彼女との婚約を公表する予定なんだ。俺としては婚約と言わず直ぐにでも結婚したいくらいだが、なにぶん周囲が煩いのでね」
あり得ない……。
ベアトリスはヴァルタルの言葉に愕然とした。セシリアを見ると、恥ずかしそうに頬を染め、幸せそうに微笑んでいる。ルーカスはセシリアをつまらない女だと捨ててベアトリスを選んだ。だがそんなセシリアをヴァルタルは選んだというのか……。
本来なら私がそうなるべき筈なのに、あり得ない。どうしてこの女がこんなに幸せそうにしているの⁉︎折角ルーカスを奪ったのに、もっと悔しがりなさいよ。もっと悲しんで、泣き喚きなさいよ⁉︎私より劣った存在の癖に‼︎
セシリアとベアトリスの家柄は変わらない。ならヴァルタルには、こんな女より自分こそが相応しいに決まっているのに、何故⁉︎
「そうなんですね……それは、おめでとうございます」
ギリと奥歯を噛み締めながら、ベアトリスは無理矢理笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだ。君達にはお礼も言いたかったんだ」
「お礼、ですか」
「そうだよ。だって君達が不貞を働いてくれたお陰で、俺はセシリアと幸せになる事が出来るんだ。感謝してもしきれない」
それだけ言い残し、二人は去って行った。ベアトリスは悔しくて仕方がなかったが、何も言い返す事が出来ずドレスをキツく握り締めた。隣にいるルーカスを見ると彼は情けなく口を半開きにして呆然としている。やはり、霞んで見える。ルーカスへの熱がスッと引いていくのを感じた。




