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馬車はゆっくりと速度を落としていき、少し揺れて止まった。どうやら最初の目的地へと着いた様だ。ヴァルタルは内心項垂れた。折角二人きりの時間だったにも関わらず、結局緊張して気の利いた話が思い付かず、殆ど話せなかった……。
それにしても、今日は一段と愛らしい。
ヴァルタルは向かい側に座っているセシリアを見る。夜会で見かけた正装でも、先日屋敷で見た部屋着でもなく、動き易い少し足元が見える外出用のドレスを着ている。淡いピンクのドレスにフリルやリボンが施されており、彼女に良く似合っている。何時も下されている長く美しいサラリとした髪は、綺麗に編んで纏め上げられいて、頸が丸見えだ。愛らしいのに、色香を感じる……。
「ヴァルタル様?降りられないのですか」
「すまない、少し考え事をしていてね」
彼女の声に我に返ったヴァルタルは、慌てて立ち上がり馬車を先に降り、セシリアに手を差し出す。彼女は恥ずかしそうにしながらも、自分の手を取り馬車を降りた。
最初の目的地は美術館だ。ロルフ曰く、嫌がる令嬢はいない、可もなく不可もない無難なデート場所らしい。しかも展示品を二人で寄り添いながらゆっくりと眺めて、それとなく男性側は美術品の説明をしたりして博学な所をアピールも出来ると言っていた。
「綺麗ですね」
「そうだね、とても美しい。ただ残念な事に、この画家は病弱で短命だった故、作品が少ないんだ。しかも数十年前に美術品の修復の為に一時保管庫に移された際に、火事になって更に半分が焼けてしまったそうだ」
「そうなんですね、それは本当に残念ですね。こんなに素敵な絵なのに。でも流石、ヴァルタル様です。お詳しいんですね」
大きな琥珀色の瞳を輝かさせるセシリアに、内心それはもう歓喜する。恋だの愛だのはヴァルタルには難題だが、通常の事柄なら大半の知識は持っている。まさかこんな場面で役に立つとは思いもしなかったが。
「確か同じ画家の絵が、この奥にも飾られている筈だ。見に行こうか」
さり気なく腰に手を回しながら、歩き出す。彼女は一瞬恥ずかしそうにするが、特に嫌がる様子は無かったので、安堵したと同時に、思わず頬が緩んでしまう。これはかなり良い感じだ。
「美術館に来るの久しぶりだったんですけど、やはり良いですね」
「俺も久しく来ていなかったな。セシリアは、前回は何時来たんだ?」
一瞬間があり、彼女は口を開いた。
「……半年くらい前です」
「そうか、誰と来たんだ?」
「……」
何処なく答え辛そうにするセシリアに、ヴァルタルは首を傾げた。
「セシリア?」
「……ルーカス様と、来ました」
思わずその言葉にヴァルタルは足を止めてしまった。莫迦だ。普通に考えれば、分かる事だ。彼女を見ると俯き加減で顔を逸らしている。つい調子に乗ってしまい、彼女に嫌な気持ちにさせてしまった。それに自分も、そんな彼女を見てモヤモヤとする。
まだあんな男の為に、そんな顔をするのか……。
そんな風に思うと無性に腹立たしく思うが、仕方がないとも思う。彼女にとってはルーカスは、何年もの間優しい婚約者だった筈だ。浮気がバレるあの日まで彼の事をずっと信頼していたのだ。まだあれから一ヶ月も経っていない。そんな簡単に気持ちの整理はつけられないだろう。
「美術館でデートとか、王道過ぎてセンスないよな」
「本当の事言うなんて、可哀想だろ」
気不味い空気が漂う中、直ぐ後ろから声が聞こえた。顔だけで振り返ると、人を莫迦にした様な笑みを浮かべた邪魔者二人と目が合った。
此奴等の存在をすっかり、忘れていた……。
「ハンス、レナード、ヴァルタル様に失礼よ。謝りなさい」
スッと自分の腕の中から彼女は離れて行き、彼等を叱りつける。ただ美術館という場所であるので、かなり小声だ。実に彼女らしいと思う。夜会などでも何時も周囲に配慮していた事を思い出した。一人でつまらなそうにしている令嬢に声を掛けたり、普通なら男がすべき事なのに、婚約者や他の者の分まで飲み物を取りに行ったりとしていた。そこまでする必要があるかとヴァルタルは思うが、そんな所も彼女の魅力の一つだ。そして今、弟達を叱る彼女を見て本当に面倒見がいいのだと改めて思う。
「貴方達も、もう小さな子供じゃないんだから言っていい事と悪い事の区別くらいつくでしょう」
「そうだな、後此処は公共の場だ、もう少し慎みを持つ事を覚えた方が良い。それにしても何時迄も姉君に纏わりついていたら立派な紳士になれないぞ」
ヴァルタルはセシリアの肩を抱き寄せ、嘲笑してやった。少し大人気ないが、これくらい言ってやらないと分からないだろう。
「……」
「……」
押し黙る二人を無視してヴァルタルはセシリアを連れて歩き出す。美術館を出て、馬車に乗り込むがあの二人が追って来る事はなかった。




