オチ
その日の会合は碌なものではなかった。
オロトゥーリア組からの出席者は副首領と彼の付き人、それにオルゾとエキーノ。相手方は最近イタリアにも増えている中華系の黒社会、いわゆるチャイニーズ・マフィアの幹部である。
「先にも言ったが、それは名誉ある男の商売ではない」
副首領は言う。
彼らからはヘロインの取引を持ちかけられているのである。
「頭の固いことを。他の方々より好条件でのご提案なのですが?」
どこか訛ったイタリア語で男は尋ねる。オルゾがそれに答えた。
「お前たちがどこでどういう商売をしようと構わない。だが、我々と、あるいは我々の土地で商売ができるとは思うな。それだけだ」
彼らの中央にはトランクケースが一つ。蓋は開いており、純白の粉の入った袋がぎっしりと詰められている。中国系の男がため息をつくと、その配下がケースの蓋を閉じて下がった。
交渉は決裂であった。男がぼやく。
「確実に儲かる話を蹴るとは……」
「ヘロインなんざに頼らんでも金は作れる」
それはオルゾの本心であった。確かに麻薬は儲かる。だがそれを流す地域を破滅させる代わりにである。
自分の縄張りが荒れるのであれば、その代わりにいくら金を積み上げて何の
価値があろうか。
「貴方ほどに才気あるマフィアはまずいない。分かるでしょう? イタリアの黒社会がどれほど弱体化しているか。かつての最大手が今や建築偽装と中抜きで小銭を稼ぐ有様だ」
特にアメリカに渡ったマフィアが顕著だが、五大組織と呼ばれたニューヨークの裏社会を支えた男たちも今や見る影もない。
オルゾはそれには返答しなかった。男は続ける。
「どうですか? オロトゥーリアなんていう弱小組織の首領に義理立てしていないで、我が組織に移籍されては? 歓迎いたしますよ?」
「……失せろ」
「おお、怖い怖い」
男たちは闇に消えていった。
「ふう、まあヘロインは入れずに表立って抗争は避けたか。上々だな」
副首領と彼の部下は安堵した表情を見せた。
元よりこの交渉は決裂が目的である。思い通りの結果となって一安心というところだろう。一方でエキーノには分かっていることがある。オルゾがキレかかっていると。
特に彼の敬愛する首領を弱小組織の首領と表現されたことにだ。
エキーノは懐からシガローネ・ロイヤル・スリム・ブラックの箱を取り出しながら、敢えて笑みを浮かべてオルゾに近づいた。
「オルゾさん、お疲れ様です。まずは一服いかがですか」
「……ああ」
差し出した黒く細い煙草をオルゾが指で挟み、薄い唇で咥える。
「失礼します」
––キン。
独特の音を立て、デュポンのライターが開くも火が付かない。エキーノはそれを二度繰り返し、頭を下げる。
「すいません、火が切れていたみたいで、こちらで……」
エキーノは尻ポケットから自分の愛用しているライターを取り出そうとした。
「馬鹿かてめえっ!」
オルゾが叫び、革靴の爪先がエキーノの腹に突き刺さった。
「オイルが変わりゃあ味が台無しだってことくらい分からねえのか!」
もう一度、革靴の爪先がエキーノの腹に刺さり、エキーノの謝罪の声が響いた。
「すいません兄貴!」
「あ」
副首領は思わず声をあげた。
オルゾもまたやべっと焦った表情を見せる。
エキーノはオロトゥーリア組の構成員、名誉ある男になったのだ。こうして暴力を振るうなど、それも人前で暴力を振るうなど言語道断の振る舞いであった。
「……副首領、オルゾさん。大丈夫、大丈夫です」
倒れたエキーノの懐からぽろりと何かが落ちる。
それは全体的にはペンギンのようであり、だが爬虫類のような尾が生えていて、嘴からはだらしなく舌を垂らした人形である。
大きさは手を広げたくらいだろうか。小振りの縫いぐるみであった。
「なんだ……?」
副首領が疑問の声をあげ、エキーノは答える。
「ペンドラゴンのアーサーちゃんです。ステラマリナの姐さんが仰るにはセレブたちの間で人気だそうで」
げほっとエキーノが咳き込んで言葉を続ける。
「良くご覧になってください。オルゾさんは縫いぐるみを蹴り上げただけです。俺を蹴ったんじゃありません」
無理のある説明であった。だが、アーサーちゃんの顔面部分には誰が見ても分かるような凹み痕があるのは間違いなかった。
「ですよね、オルゾさん」
「お、おう……いつも助かる」
エキーノは苦しげに、だが満面の笑みを浮かべた。
「光栄です」




