オチ
「マーレお嬢様とアキッレーオさんどうなんですかねえ」
ふとエキーノが呟く。マーレが事務所を襲撃してから数日後のことである。
オルゾはちらりと左腕に巻かれたパテックフィリップの時計を見た。仕事を始めてから思ったよりも随分と時間が経っている。
あまりにも根を詰めすぎていると、エキーノは仕事とは関係ない話を振ってくるのだ。クソ忙しければ無視するが、今はそこまでじゃあない。
オルゾは椅子の背もたれに身を預けると、指で肘置きを叩いた。
エキーノが駆け寄ってきてどこか嬉しそうに黒の箱に銀の文字、シガローネ・ロイヤル・スリム・ブラックを取り出すと、その一本を差し出した。
ーーキン。
甲高い音と共にデュポンのライターで煙草の先端が炙られ、オルゾはゆっくりと紫煙を吐き出し、そして呟いた。
「うまくいくわけないだろう。あいつらどっちもマトモな恋愛とかできると思ってんのか?」
移り気・我儘お嬢様と価値観バグ放浪男である。合うはずがない。オルゾにははじめから分かっていることだった。
エキーノも首の後ろを掻きながら言う。
「いや、そうなんですけどね。ほら、二人とも普通じゃないんで、普通じゃない同士なら何とかなったりすることもあるんじゃねえかなと、はい」
オルゾは眉間に皺を寄せた。
「そりゃあ特に恋愛なんて絶対に無いなんてことは言えないがなあ……」
オルゾからお前も吸えと促されて、エキーノもイタリアン・アニスに火をつける。
「お前も知っているだろうが、兄貴は初対面の人間には普通のヤツより優しいんだよ。だがそこから付き合いが深まるってことがない」
「そうなんですよねえ」
エキーノもオルゾと長い付き合いだ。アキッレーオとも何度も話したり酒を酌み交わしたりしているが、仲が深まったという気はついぞしたことがなかった。
煙草の火が半分くらい進んだところでエキーノは問う。
「アキッレーオさんはオルゾさんの兄貴じゃないですか。結婚して幸せになってほしいとかはないんですかい?」
「そりゃあるさ。結婚が兄貴の幸せかは分からんが、兄貴にも幸せになって欲しいってのは間違いなくある」
「そうっすよね」
オルゾの表情に刹那、優し気な笑みが浮かび、そしてそれは直ぐに先ほどよりも深い眉間の皺によって隠された。
「だがなぁ。エキーノ」
「うす」
「俺はあの女を姉さんとは絶対に呼びたくないぞ」
それはそうだ。想像したかエキーノの顔にも皺が寄った。
「オルゾ!」
ノックもなくオルゾ会計士事務所の所長室の扉が勢い良く開かれた。
オルゾは手にしていた煙草を灰皿に押し付けながら言う。
「我らが敬愛すべき首領の唯一の失敗は、愛娘にノックを教えられなかったことだな」
「そんなことはどうでもいいの!」
エキーノが止める間もなく、彼女はオルゾのデスクの前までやってきて、デスクに手をついて叫んだ。
「あのクソ男は何なの!」
「俺の兄だが」
なんで完結になっている過去作に加筆しているのかというと、ネット小説大賞11に出したら一時通過しちゃったからという話。
本とかにするならいつでも加筆できるんやで!っていうアピールです。