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ニチニチソウ ~友情~

ニチニチソウ


白やピンク、紫など様々な色がありますが、どれも基本的には“友情”という花言葉が込められています。それは次から次へと咲き誇って行くニチニチソウの姿が、友達同士で仲良く楽しそうにしている光景を連想させているところから由来されています。


プロローグを飾るこの花は、彼らのまだ始まったばかりの物語を表しているものです。

 春は出会いと別れの季節。その状況は人それぞれ違うかもしれないが、皆等しく、何かが終われば何かが始まり、また終わりに向かっていく。ここ、花咲高校でもそれは変わらない。3年生は新しくそれぞれの道を歩み始める第一歩として卒業し、新入生もまた同じように入学してきた。

 入学式から2週間が過ぎ、学園生活も落ち着きをみせる放課後のこと。窓際の席で一之瀬 樹は少しだけ黄昏ていた。


「よぉ樹ー、どの部活入るかもう決めたのかよー。」


 軽快に話しかけてくる彼は二丈 陸斗。彼と初めて会ったのは高校の入学式だが、陸斗のコミュニケーション能力のおかげですぐさま意気投合した。

今まで真面目過ぎることがあり人と壁を作りがちだった樹も、高校からはクラスで孤立することはなくなりそうに思える。そんなきっかけを作ってくれた陸斗のことを、同い年であっても尊敬しているのだ。仲良くなったとはいえ、“親しき中にも礼儀あり”を心がける真面目な樹はすぐに変わることはできず、同級生でもぎこちない感じが拭え切れていなかった。


「演劇部とか、どうかな?」

「演劇部?運動部のなんかに入ろうぜ!女子にモテるやつをさ! …なんで演劇部なんだ?」


 樹の口から出てきたのは陸斗が全く想定していなかった部活だった。


 しかし、頭ごなしに否定し自分の意見を強要するのではなく、きちんと人の考えも聞き出すことを心掛けている陸斗はそこで会話を途絶えさせない。そんな聞き上手なおかげで会話が弾むので、どんな人を相手にしても仲良くなれるきっかけは作れるものだ。


「演じるっていうことは、自分以外の誰かになるということ…。それは、他の人よりもいろんな経験をできるって思わない?」

「ん~、なるほど?」

「僕は自分を変えてみたい…。演劇はそのきっかけになりそうな気がするんだけど…。」

「まったく…、樹は真面目過ぎんだよ。わあった、俺も付き合うぜ。俺じゃない誰かになるとか、なんか面白そうじゃん!」


 自分のことを肯定してくれると誰でも嬉しいものだ。1番の友人が同じ部活のメンバーとして居てくれるのはとても心強い。2人は早速部室に挨拶に行こうと思い、教室にまだ残っていた先生を呼び止めた。


「とうかちゃん!演劇部の部室って知らない?」

「もう!とうかちゃんって言わないで!先生ってちゃんと呼んでよ!」

「とうかちゃん先生さ。」

「うぅ…、そうじゃないのに…。」

「く、玖島先生…。」

「なぁに!一之瀬くん!」


 2人の生徒に翻弄されてるのは樹達のクラスの副担任である玖島 燈佳。教育実習も無事に完了し、樹達が入学した年に新任教師として勤め始めた為、見た目通りとても若い。


 陸斗はそんな燈佳のことを親しみを込めて下の名前で呼んだのだが、当の本人からしたら複雑な気分だった。陸斗の様子を見れば、それが自分の事を揶揄しているのではないということぐらい燈佳だって理解している。むしろ取っ付きにくい先生だと思われて距離を置かれたり、苦手意識を持たれるよりよっぽどマシなのだが、できれば自分を1人の教師として少しぐらい尊敬して欲しいものだとも思っているわけだ。


 幸か不幸かこの呼び方は既にクラスに浸透しつつあり、皆自分の事を慕ってくれている。初めてのクラスでこれなのだから嬉しくないわけがない。だが、たったの2週間で、純粋に先生と呼んでくれる生徒は片手で足りるぐらいになってしまった。


「演劇部の部室ってどこなんでしょうか?」

「とうかちゃん先生、俺と樹でテンション違くない?」

「とうかちゃん先生言うな!えっと、演劇部だっけ。それなら空き教室がそうみたいなんだけど…。」

「“みたい”と言うのは?」


 教えて貰った空き教室についた2人。鍵も職員室からわざわざ借りてきたし、教室の電気もついていなかった。これは先輩達より早く部室に来たから…、と言うわけではない。


「はぁ、まさか去年でみんな卒業しちゃった…とはな。どうするよ、樹?」

「部活一覧にはあったけれど、そう言えば演劇部だけ部員募集のポスターが古かったね。これは盲点だったな…。」


 2人はなんとか新入部員を手にするべく首を捻らせていたが、なかなか妙案が浮かばない。入学してからまだ日は浅い為、クラスメイトとはいっても気軽に誘えるかどうかは分からない。その時、そんな教室の空気を入れ替える風がドアを開ける音と共に勢い良く吹き込んできた。

その風の流れに委ねるようにドアの方を注目すると、そこには2人の女子生徒がいた。


~30分前のこと


「それにしても、また七海ちゃんと同じクラスになれてほんとに良かった…。」

「凄いよね、小学生の時からずーっと一緒でしょ?」

「できれば席も近いほうがよかったのになぁ…。」


 ホームルームが終わり、篠原 八千代は自分の席に来た幼馴染の三鷹 七海を自分の代わりに座らせて話していた。七海の髪留めを(ほど)き櫛で髪を梳かしてあげるのは中学生の時からの八千代の日課だ。


「やっちゃん、ちゃんと友達作らなきゃ。誰かに話しかけてみたりした?」

「七海ちゃんだけで良いよ…。今から仲良くなるのなんて、きっと難しいし…。」


 活発な七海に比べて消極的な八千代。休み時間の過ごし方も幼馴染とは言え差は歴然だった。七海はよかれと思って八千代にも自分以外の人と過ごすことができるきっかけとなるようにアプローチしてみるが、八千代自身がそこからの一歩をなかなか踏み出してくれず、結局中学生のころまでと変わらなかった。


「やっちゃん、やっぱり何か部活入ろうよ。何か興味あるのとかない?」

「私、運動系苦手だし…、文化系のもだいたいお家でできると思うとあんまり…。それに部活って先輩とか居るんでしょ?なんかそういうのも怖いもん…。」

「やっちゃんが入る部活に私も入るからさ!なんか一緒にやってみようよ!」

「じゃあ七海ちゃんと一緒に帰宅部に…。」

「それはなし!」

「しょぼーん…。」


 中学では陸上部に入っていた七海。体を動かすことも好きだし県大会に難なく出場できるレベルで結果も残せていた。だが七海が部活に打ち込んでいる間、八千代がさみしい思いをしていたのも知っている。高校からは八千代が友人の輪を広げることができるように、同じ部活に入って何かきっかけを作れないかと考えていた。七海との出会いの時のように、きっかけさえできれば八千代はすぐにでも変われるはずなのに…。


「サンキューとうかちゃん先生!じゃあ、早速演劇部に行ってみようぜ!」

「もう!とうかちゃん先生言うなー!」


 教卓の周りで先生と話し込んでいた男子生徒が元気よくそう告げると教室から出て行った。耳を傾けることなくはっきりと聞こえてくるのは流石男子とでも言うべきだろうか。だが意図せず耳に挟んだ演劇部。八千代を変えるのにはなかなかいいのかもしれない。運動部ではないし、家で1人で簡単にできるようなものでもない。後は先輩の数さえ少なければ八千代が言っていた条件を満たすことができる。


「はい、できたよ七海ちゃん。やっぱりローボニーも似合うね。」

「ほんと?ありがとっ!ねぇ、やっちゃん、この後時間ある?」

「あるけど…。」

「大丈夫!一個だけ、一個だけだから、お願い!」

「七海ちゃんがそこまで言うなら…。」


 話の流れから七海が何かの部活に誘っているのは簡単に察することができた。幼馴染であるからこそ、七海がとんでもない部活を勧めてくるとは思っていないが、どんな部活であったとしても今のところは断るつもりでいる。


 七海は軽く首を横に振りヘアゴムが簡単に外れないことを確認し、エアリーにしてもらった髪先を肩から前に持ってくるとはにかんで手を引っ張り、教卓の前まで八千代を連れて行った。


「ねぇとうかちゃん先生?」

「うぅ…、三鷹さんまで…。はぁ、どうしたの?」

「私たちも演劇部に入りたいんですけど!」

「えっ、()()()!?」

「あっ、そうなの?さっき一之瀬君たちに部員が足りないことを伝えたんだけれど、2人が入ってくれるなら問題なしかな?あっ、でも顧問も決めておかないと…。丁度赴任されてしまったみたいだし…。」

「じゃあとうかちゃん先生で決まりね!早く行こう!」

「えっ、私!?ちょっと待って、三鷹さんっ!」


 七海は2人に反論を許す隙も与えずに腕を引っ張って、目的の教室まで駆けだした。


~時は戻って、今。


「あの!演劇部に入りたいんですけど…って、あれ?部員が足りないって、そもそも2人しかいないの?」

「うぅ~、私はいいよ~、七海ちゃん…。」

「ダメ!今度こそやっちゃんの人見知りを克服させるんだから!」


 教室に入った途端に話し込んでしまった2人にすっかり気を取られてしまっている樹と陸斗。このチャンスを逃がすまいと、まだ教室に入ってはいなかった燈佳は忍び足でその場を去ろうとしたのだが、残念なことに陸斗に見つかってしまった。


「あれ?とうかちゃん先生じゃん。そんなとこで何してんの?」

「だから、とうかちゃん先生って呼ぶな…って、しまった!?」


 七海と目が合いすぐさま逃げ出そうとした燈佳だったが、中学時代は陸上部だった七海から逃げ切ることなど不可能だった。

教室の中まで連行された燈佳は改めて演劇部の現状を説明した。


1. 去年の段階で部員がみんな卒業してしまったので誰もいないこと

2. 今のところ入部希望者はここにいる生徒だけだということ

3. 顧問もいないので先生の誰かに頼まなくてはいけないということ


「4. 顧問はとうかちゃん先生で決まりなので問題ないということ!」

「えっ!だから三鷹さん!私はそんなつもりじゃ…。」

「わ、私も…、部活に入るのはちょっと…。」

「え~、やっちゃんもとうかちゃん先生もやろうよ!運動部じゃないし、先輩もいないからやっちゃんの希望通りでしょ?」

「そ、そう言われたら…、そうかもだけど…。」

「とうかちゃん先生も!新任なんだから、どうせ何か任されちゃうんじゃないの?そんな時すでに顧問の部活持ってたら理由つけやすいんじゃない?それに同じクラスの生徒だけなんだし、やりやすいでしょ?」

「うーん、一理ある…のかな?」


七海の圧倒的なまでの勢いに押し負けられそうな八千代と燈佳。そんな2人に助け舟を出すかのように樹が会話を区切る。いや、ぶった切る。


「あの…、2人は同じクラス…なんですか?」

「えっ!一之瀬君、私たちの事覚えてない!?」

「すみません。まだクラス全員の名前と顔を覚えてなくて…。」


 と、いうわけでまずは自己紹介から始めた。樹は自分の可能性を見出すために、陸斗は純粋に楽しそうだと感じたから、七海は八千代のことを変えたくて。


「はいっ、次はやっちゃんの番だよ。」

「うぅ…。わ、私は…、篠原 八千代…です…。えっと、えっと…。」


 このままでは入部で決まってしまう。断るなら今しかタイミングは残されていそうにない。八千代がどう切り出していいのか言い淀んでいると、樹から声をかけられた。


「篠原さん。」

「ひゃい!?」

「もし無理をされているなら断ってくれても大丈夫ですよ。」

「えっ…。」

「ちょっと、一之瀬君!?」

「三鷹さん、すみません。僕は、お二人の事情をちゃんと分かっているわけではないので、お節介かもしれません。ですがもし、篠原さんがやりたくないのであれば、断ってくれても大丈夫です。無理するのは、辛い事ですからね。」

「やっちゃん…。」

「わ、私は…。」


 八千代も今のままで良いと思っているわけではない。七海が自分のためにいろいろ工夫を凝らしてくれていることも理解している。だが、どうしても自分に自信が持てないため、その一歩を踏み出せずにいた。ずっと挑戦することから目を背けていたのだ。そんな自分が七海と仲良くなれた時だけは諦めなかった理由を、今思い出した。そう、あの時もこんな気持ちだったのだ。


「私も…、やってみたい…です。いきなりは難しいですけど…、迷惑でなければ…、よろしくお願いします…!」

「やっちゃん…!」


 春は出会いと別れの季節…と、よく言われている。新しい人に出会い、新しい考えに感化され、新しい環境に飛び込んでいく。またあるいは、今までの自分に別れを告げ、今までの考えに囚われず、今までの環境から外に歩み出す。出会いと別れの数だけ、その人に変化をもたらしてくれる。


 だが樹たちには春だけではなく四季がある。四季にはそれぞれ様々な花が咲き乱れ、散り行き、次の季節をもたらしてくれる。花の数だけ言葉が生まれ、言葉の数だけ物語が生まれる。


 春だけじゃない。春夏秋冬を移り行くだけでもない。彼らはいつでも成長できる。

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