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第4話

 それからすぐにゲクトは自分の住処に戻った。

 そして、毎日精力的に働いた。

 時々夜になるとあの日の夜のことを思い出して、少し胸が痛んだが、それでもどこかこの空の下に彼女は生きているんだと信じて頑張ったのだった。

 時間は静かに流れ、日々は飛ぶように流れていく。

 ゲクトは京子のことを一日も忘れたことはなかった。

(また、旦那に殴られたりしてないかな…また、真夜中の畑道をあてどなくさ迷い歩いてはいないかな)

 そんな心配もしつつ、だがきっと彼女も頑張っていると信じた。彼女の寂しそうな笑顔を思い出し、彼女の温かな身体を思い出して彼も毎日を忙しく生きていた。

 そうこうしているうちに、また今年もクリスマスの時期がやってきた。

 そして、イヴの夜はオフになった。

 去年の彼の失踪以来、彼のスタッフや友人たちは彼を心配していたので、今年のイヴもゆっくり彼が過ごせるようにと配慮したのだった。

 彼と京子のことは、いつものように彼の親しい人間たちにはよく分かっていることだったのだ。だが、相手が京子であることはもちろん知らない。ゲクトも雲隠れした土地の女性に恋したことくらいしか話してなかったからだ。

「逢いに行ってこいよ」

 彼の友人たちはそう言った。

「うん…」

 やはり彼女を忘れることはできない。

 今度は絶対に彼女を放さずに連れて帰ろう。

 そう決心していたゲクトだった。

「あ、ゲクトさん」

 考え事をしながらラヂヲ局の廊下を歩いていたゲクトは顔を上げた。

 にこにこ笑いながらこちらに駆けてくる青年がいた。

 木村薫だった。

「ゲクトさん、話聞きましたよ。今年も喜んで僕のマンションお貸ししますから。好きに使って下さいね」

「ありがとう。すまないね」

「いいんですよ~。どうせ最近ではまったく向こうには帰れないんですから。と言うより、帰りたくてもちょっと帰れないんですけどね」

 そう言って薫は苦笑した。

「ああ…」

 ゲクトは曖昧に答えた。

 話には聞いたことがある。

 薫のスクーターの話。

 どちらかというと、薫が人気があるというわけではなく、彼のスクーターに人気が集まっているとかいないとか。

 何と言っても、薫のスクーターは特殊だから。

「今度、僕にも逢わせてくれるかな、ジョーに」

「えっ、いやあ、ゲクトさんのような人に逢わせて大丈夫かなあ」

 薫は困ったように頭をかいた。すると、彼はまるで話をはぐらかすように慌てて話題を変えた。

「あ、そうそう、去年もクリスマスの時期でしたよね、僕のマンションに行ったのは」

「そうだったね…」

 ゲクトは京子のことを思い出す。

「そういえば知ってました? ゲクトさんがこちらに戻られた朝に、あのマンションの近くで殺人事件があったことを」

「………」

 何故だろう、胸騒ぎがする。

「今ふっと思い出したのですけど、地方の事件であるのにも関わらず、全国的にも報道されたんですよ。今巷で問題にされている家庭内暴力の末に殺された主婦ってことで…」

「な…」

 なんだって?

 彼は何を言っている?

 ま、まさか?


『今度、もし逢えることがあれば、きっと貴方に相応しい、そんな人間になっていると、そう信じてください。私も頑張りますから』


 ゲクトは再び田舎道を歩いていた。

 空を見上げる。

 今夜は曇っていて星も月も見えない。

「京子」

 彼はそっと愛する人の名前を呼んだ。

 すると、目の前に街灯が。

 一年前の今日、その街灯の下に彼女は立っていた。

 もちろん、今夜は誰も立っていない。

 あれから薫に話を聞いた、事件のことを。

 やはり、殺されてしまったのは京子だったのだ。

 あの日の朝、彼女は自宅に戻ったのだが、夫は夜通し酒を飲んでいたようで、朝帰りをした彼女を酷くなじり、いつものように殴ったり蹴ったりしていたらしい。ところが、殴られたときに倒れこみ、近くの柱に頭を打ち付けたらしい。それのせいで彼女は死んでしまった。即死だったという。

 ゲクトはそれを聞いて、彼女を無理やり連れていかなかった自分を責めた。

「………」

 もう一度夜空を見上げる。

 真っ暗な空だった。

 彼はブルッと身体を震わせた。

 寒い。

 もしかしたら雪でも降るのだろうか。

 彼はトボトボとマンションに戻った。

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