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第2話

「毎晩のように殴られるんです」

 彼女はポツリとそう呟いた。

 あれからゲクトは彼女をマンションに連れ帰った。

 ゲクトは実は静養しにこの田舎町に来ていたのだ。

 新曲のプロモで共演した女性を愛してしまった彼だったのだが、その彼女はすでに死んでいた女性だったことは有名な話で、暫く彼は仕事ができない状態になってしまった。

 そこで、ある番組で知り合ったタレント木村薫が、自分の故郷のマンションを寝泊りするのに貸してくれることになり、そういうわけでゲクトはこの田舎町に来ていたのだった。

「殴る?」

「は、い…」

 話に聞けば、彼女は結婚していて、驚いたことにゲクトよりも五つも年上だったのだ。

 てっきり自分よりも年下だと思っていたので、彼は驚いた。

 だが、その結婚相手が酷いらしく、彼女に対して暴力を振るうらしいのだ。

「普段は優しい人なんです。でも、お酒が入ると人が変わってしまって…」

「それで殴る蹴る、か」

 彼はその男を許せないと思った。

 確かに酒が入ると人が変わってしまう人間は多い。

 自分だって全く変わらないとは言わない。

 だが、どんなに酔っ払っても、女子供に手を上げるなど、絶対に男としてあってはならないのだ。

 許せない───しかも、気になり始めた女性に対して、そんなことをする奴がいるとは。

「そんな男とは別れてしまえばいい」

 彼は憤慨して言った。

 そうだ、別れてしまえばいい。

 聞けばまだ結婚してそんなに経っていないという。子供もまだいない。他の男とやり直そうと思えばいくらでもやり直せる。

 そんな暴力夫とは別れて、もっと自分を愛してくれる男と一緒になればいい。たとえばこの俺とか───

「こんなかわいい顔に傷なんて作る奴は許せないよ」

 ゲクトは彼女───京子のふっくらとした頬をなでた。

 今夜はイヴの夜。

 人並みにクリスマスイヴを過ごしていた京子とその夫であった。

 だが、飲んだワインがいけなかったのか、すっかり酔ってしまった彼女の夫は、またしても妻を殴ったのだ。

 彼女の顔は腫れていた。とても痛々しい。

「しかたないんです。私グズでノロマだから、いつも叱られるんです。夫は自営の仕事をしているんですけど、その手伝いを私もしていて。でもちゃんと言われたことができなくて、それでイライラするらしくて。いつもは口で叱るだけなんですけど、お酒が入るとどうしても手が上がるらしくて」

「どんな理由があったとしても、それでも暴力は許せないよ」

 ゲクトは怒りで震えた。

 確かに自分は彼女がどれくらい手際が悪いのかなんて知らない。

 自分も思うとおりに動いてくれない相手にイライラすることもある。それが男だったら手も出てしまうかもしれない。

「でも、女には絶対手を上げることはしない。たとえむかついたとしてもね。やっぱり君の旦那が一番悪いよ」

「………」

 彼女は曖昧な笑顔をゲクトに向けた。

 それがいじらしくて、切なくて、ゲクトはさらに彼女を愛しく感じた。

 すると、彼女は手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置くと立ち上がる。

「すみませんでした。こんなに長居をしてしまって。私、もう帰りますね」

 いやだ───とゲクトは思った。

 彼はそう思ったとたん、彼女の手に自分の手を伸ばし、そして一気に自分のほうへと引き寄せた。

「あ」

 彼女が声を上げた。

 すると、ゲクトは彼女をしっかりと抱きしめた。

 そして、口付けた。

 一瞬、彼女の身体が強張った。

 だが、ゲクトは腕を緩めず、激しく彼女の唇を求めたのだった。


 男は好きと思ったら相手を抱きたいと思うものだ───


 それは常日頃からゲクトが公言してきたことであり、今、この時、彼は彼女を好きだと、抱きたいと思ったのだった。

 抵抗されたら止めようとは微かに思った。

 だが、彼女は抵抗しなかった。

 もちろん、それは自分を好きだと思ってくれたからだとは彼も思ってなかった。

 何分にも知り合ってまだ一時間も経っていない二人である。

 しかし、それでも少なくともゲクトの方は相手のことをよく知らなくても抱くことはできると思った。

(男は馬鹿だからさ)

 多少自嘲気味ではあったと思う。

 自分好みの女が目の前にいる。

 しかも、他の男に酷い目に合わされ、意気消沈している女。

 守ってやれるのは自分だけ。

 そんな女がいたらどうしても手を差し伸べてしまう。

 それがゲクトという男だった。

 誰でもいいというわけじゃない。

 己の魂が求める女だけを愛する───それがゲクトなのだ。

 そして、今この瞬間、彼は京子という一人の女を好きになった。

(典子、君の導きか?)

 そんな想いが心をよぎる。

 それならそれでもいい。

 恋なんて一瞬で落ちてしまうものなのだ。

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