case.4 悲しみな事件
俺は昼過ぎの喫茶店で紅茶を飲んでいた。この店は裏通りで客が少なく、午後の講義が無い日はゆっくりできる。東京の人混みで荒んだ精神を癒すには格好の隠れ家だ。
カップを片手に読書していると二十代前半の女性三人が入って来て近くの席に座った。本を読んでいるので顔は見ていないが、広くない店内で自然と会話が聞こえてくる。
「この前、あそこのマンションで飛び降りがあったんだって。息子家族と一緒に住んでたおばあさんだったらしいよ」
「そっかあ、最近は若い人たちの自殺が問題になってるけど高齢者の自殺の方が年齢毎の割合としては多いんだよね」
寂しそうな雰囲気を出す三人に釣られて会話が聞こえた俺までしみじみとした気分になる。高齢者の自殺は昔から社会問題としてあるが、世間ではどうしても若者の自殺に目が行ってしまう。長い人生を歩んで来た人々に対する世間の目は想像以上に冷たい。
「亡くなったおばあさんは普通に生活してたけど実は病気で苦しんでたって噂だよ。私も苦しんで生きるよりは楽になりたいと思うし、ご家族には可哀想だけど本人が楽になれたなら良かったかな、とも思うよ」
「高齢者の自殺の動機で最も多いのは健康問題らしいし。高度な医療技術を持つ日本でも永遠に解決できない問題なのかもね」
会話を聞いていた俺は思わず苦笑する。表面しか見ていない。厚労省の発表は確かにそうなっている。だが、発表する側が真実を伝えようとしても根本から違えば真実は容易に塗り替えられる。
「人が人である限り必ず身体は衰え、思い通りにならなくなってくる。それに対して私たち自身がどうするかというのはその時になってみないと分からないのでしょうね」
『それは正しいが、問題の先送りにしかなってないと思うぞ』
「「「ーーーーッ!?」」」
三人が揃って此方を見た。よく見ればいつもの三人組だった。例によって話し掛けて来たのも同じ女性だ。
「正しいけど、間違ってるってことかしら?」
「まぁ、多分それで合ってる。高齢者の気持ちは歳をとらないと分からないって言うんじゃ問題はいつまでも解決しない。ましてや思考放棄してちゃ、スタート地点にすら立てるもんか」
そう言って俺は会計をする為に席を立った。
「……どういうことかしら」
その呟きで俺は彼女が思考を始めたことを確信した。
事件概要
数日前、近隣のマンションで飛び降りがあった。亡くなったのは息子家族と住んでいた老婦人。事件当時、息子家族は全員で出掛けており、目撃証言からアリバイも成立している。部屋には老婦人しかおらず、鍵も掛かっていた。警察は家族と老婦人の担当医の証言から病苦による自殺と判断。
問題
現時点でここから求められる違和感として最もあり得そうなものは何か。また、その理由も述べよ。尚、今回用意している筆者の答えは自殺とした場合である。
※注意
この問題はミステリのように必要な材料を全て渡されてトリックを解き、犯人を特定するものではありません。実際の事件で何に重点を置くべきか。そこから情報をどのくらい取り出せるかを問う問題です。
したがって、この問題の絶対解はなく、あくまで妥当性の有無が重要です。
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