例え変なオバサンと呼ばれようとも
「おばさーん、なんだよ、そのデッカイ箱。ダンジョンでそんなの背負って頭おかしーの?つか、その中何入ってんの?」
一昨日見つけた誰も来ない小道に入る前に、めんどくさい輩に見つかってしまった。仕方ない。
私は視線を反らし体を揺らしながら自分から若い3人組にゆらゆら近づいて行く。男2人に女が1人だ。
「ねぇ?ポーション持ってない?ポーション探してるんだけど落ちてないんだぁ。この前ね、うちの子死んじゃって………ダンジョンのポーション飲ましたら生き返るんだよね?ポーション落ちてないんだぁ。ねぇ?ポーション持ってる?ほら、家に置いとくと寂しいでしょ?だから連れてきてるの。は、箱。箱に入れてね。ポ、ポーション。ポーション持ってる?」
体はゆらゆら。声は一定のトーンで。視線は合わせず。
「バ、ババア。近寄んなよっ。」
男は右手に抜き身の剣を持っている。他二人は槍を持っている。剣や槍が届かない距離は開けている。凶器持ってる人間の攻撃範囲内に入る訳がない。
「ね、ねぇ、このオバサン。最近出るっていう箱オバサンじゃない?なんかブツブツ言いながら歩いててスライムしか相手しないっていう。」
「なんだ、それ?」
「もう、いいから、行こっ?変なオバサンは放っといてさぁ。」
「あ、ああ。」
若者達はやべぇオバサンやべぇオバサン、ギャハハハハッと笑いながら遠ざかって行った。何が楽しいのかわからない。
人の事、ババアとかオバサンとか言い過ぎじゃないだろうか。どんな教育を受けているのか。私の長男が私の事をババアとか呼んだら即効拳骨である。まぁ、あの子はいい子だからババアとか使ったことすらないけど。
それより、頭おかしい人作戦で切り抜けられて良かった。
私は早足で誰も来ない小道まで行って、昨日見つけた小さな小さな小部屋のセーフゾーンに入った。ダンジョンにはこうした魔物がわかないセーフゾーンと呼ばれる部屋が各階にある。見分け方は簡単。ドアがついているかついていないかだけだ。
ゆっくりと腰を降ろして背中に背負ってる箱が傾かないように床に降ろし、箱と私を固定している留め具を外す。
かなり重い箱から解放されて一息つきたくなるが早く箱の中身を確かめなくてはいけない。
私は首から下げている南京錠の鍵を取り出し箱の上部についている南京錠の鍵を外す。
中を覗く。
………今日は駄目だったみたいだ。
ゆっくりと装着具を外して中身を抱きしめる。
「今日は駄目な日ですかぁ?こんなに顔真っ赤にして。そんなに泣いてると引きつけ起こしちゃうよ?ほら、ママ見て?ママいたでしょ?ママ、ここにいるよ?ごめんねぇ。こんな箱嫌だよね。あぁ、そんなに泣かないの。よしよし、ほら、ギューっ。ママいるでしょ?…………駄目かぁ。じゃあ、仕方ないなぁ。ほら、お顔拭いて。ちょーっとここに横になってね。ほらほら、大丈夫。大丈夫だよー。ちょーっとだからねぇ………」
私は万が一でも誰か他の人がこのセーフゾーンに入って来ないように箱を小さなドアの前に固定して足で箱を押さえつけてセーフゾーンの小さなドアが開かないようにした。
そして、上着を捲り上げて床に置いていた我が子を抱き上げて横抱きにした。
「ほら、パイパイ、ねっ。パイパイ好きでしょ?あぁ、いい子だねぇ。ごめんねぇ、大丈夫だからねぇ。」
ダンジョンの中で丸出しにしたパイにかぶりつくように吸い付き始めた我が子の頭を撫でながら涙が滲みそうになる。訳のわからない箱に押し込められて可哀想すぎる。そりゃ、ギャン泣きもするよね。
ダンジョンが出現してもうすぐ10年。世界中にあるダンジョンの中で授乳している人はどれだけいるだろうか?
世界は広いし、外国は日本より緩いダンジョン法の所もある。だから世界には結構いるのかもしれない。だけど、日本で今ダンジョンに潜っている人で今現在授乳真っ只中なのは私以外いないんじゃなかろうか。そもそも、赤ちゃんを連れて入っている人がいないんじゃないかな。
これは普通に法律違反である。14歳以下の未成年は保護者付きでもダンジョンに入ってはならないっていう法律を破っている。
授乳を始めて20分もすれば腕の中で口を開けて寝る我が子がいた。今、箱に入れたら寝てくれるだろうか?さっきまで顔を真っ赤にして泣いていたことを思い出したら後30分ぐらいは抱っこして寝かしてあげたい気もするが、時間は限られている。私はスキルを重ね掛けして、やっぱり起きて泣いてしまった我が子を箱の中の装着具に固定してしっかりと鍵を閉めた。
そもそも、何故私がこんなところでこんな事をしているのか。それは、2ヶ月前に旦那がダンジョンから帰って来なかったからだ。ダンジョン探索者はダンジョン内で死亡すると、特殊加工をしている探索者カード以外はダンジョンに呑み込まれるので死亡して30分以上時間が経てば死体が返って来ることはない。運が良ければダンジョンの掃除屋のスライム達に溶かされずに残っていた所持品が戻ってくることもあるらしい。
旦那はソロでダンジョンに潜っていた。帰って来なかった後日、ダンジョン内で探索者カードだけが発見された。
普段は行かない7層で。
死体が発見されずカードのみが見つかった場合、死亡判定はカード発見から丸1年後となる。稀にダンジョン内で生き延びて数日後、数ヵ月後に帰還した人がいたからだ。
私たちはもちろん探索者保険に加入しており、旦那がダンジョン内で死亡した場合、3千万の保険金が下りることになっていた。しかし、死亡保険金とは確実に死亡が確定しないと入ってこない。つまり、後10ヶ月とちょっとを私がどうにかしないといけなくなったのだ。
ソロで探索者をしていた旦那は月々15万円を家に入れていた。それ以上稼いだら自分でギャンブルや飲み代に使っていた。貯金の事など頭にない旦那ではあったが必要最低限のお金さえくれるんであれば、後は自由にしてもらってもいいやと思っていた。次男が2歳になれば保育園にでも通わせてパートでもして、それを貯金に回せばいいと。
ーーー俺は冒険はしねぇ。だから、死なねぇよ。とか言ってたではないか。家のことをしなくても子供は可愛がる父親というか子供レベルで子供と遊ぶ父親で子供の為には死なねぇって。
なぜ7層になんて行ったのだ。あそこはゴブリンが複数出現してくる層で1人で探索しているあんたじゃ危ないのがわかっていたでしょう………?
その日暮らしをしていたうちにはお金がなかった。なけなしの貯金は13万7千円。子供は上から8歳、5歳、8ヶ月。国からの救済で今月から子ども1人につき4万円入るようになった。家賃3万(水道代混み)、携帯代1万、探索者保険代金9千円(この保険代は死亡が確定した1年後まとめて返済される。)、電気ガスで約1万5千円。上2人の教育費約1万5千円。学資保険3人分1万5千円で計9万4千円。残り2万6千円でオムツや雑費代を含めた食費。極貧生活をしても足りるか足りないか。お金はない。全然ない。しかし、国の助成金のお陰でギリギリ何とかなる……かも。少ない貯金を切り崩せば数ヵ月は、何とか。しかし、今一番差し迫った問題として、ダンジョンで月に最低でも3万円を稼がなければ、さ来月には家を追い出されるというものがある。今住んでいる家は探索者専用住居だ。2LDK築6年家賃3万水道代混み。これがどれだけ好条件か……絶対にここから出ていきたくないし、出ていくためのお金もない。ここに住むにあたっての条件は1つだけ。住居者内の誰かがダンジョン内で3万円以上稼ぐこと。それが3ヶ月ないと退去しなければいけなくなるのだ。旦那がいなくなって2ヶ月経った。来月3万円をダンジョン内で稼がないと、パパもいない。家もない。(ボロボロのアパートとかには敷金礼金なし即入居で入れそうではあるが)そんな状況になってしまう。それを想像するだけで子供達が可哀想になってしまう。しかし、8ヶ月の子供を預けるあてはなく。今すぐに認可の保育園に入れさえすれば子供3人目対象の助成金もありすごく安い保育料ですむ。入れさえすれば。
先月から必死に探したけれど5月、6月の今空きがあるわけがなかった。無認可の保育園に預けようと思っても入園料が3万~5万。保育料が0歳児だと6万~最高で8万円。安く見積もっても最初の月に必要な金額9万円。そんなお金はどこにもなかった。旦那の親は元々おらず、私の両親は7年前のダンジョンから魔物が溢れだしたスタンピードで亡くなった。私には気軽に子供を見てくれる人はいない。
10年前、いきなりダンジョンなるものが出現し世界は困惑した。それでも、私にとってダンジョンやその関連は私の生活を変えることはなく、言うなればダンジョンはテレビの向こう側の世界であり、現実味がなかった。それが180度変わったのが7年前の悲劇である。
10年前に現れたダンジョンは世界に散らばって7つ。それが半年で21に増え、1年で49に増えた。日本にも富士の樹海に突如洋風の城が出現した。そこが富士ダンジョンへの入り口であった。半年後、神奈川県にある城跡と大阪にある城跡がダンジョン化した。半年毎に日本中の城跡がダンジョン化する中、まだ私の生活にダンジョンは入ってきていなかった。旦那と結婚して妊娠した時に初めて不安になった。東京初ダンジョンがよりにもよって日本の中心とでも言っていい城跡で、ものすごい騒ぎになり道路は常に自衛隊の車が走り、空にも自衛隊のヘリコプターが飛んでいたからだ。
自衛隊の方々がお城ダンジョンの対策にあたっているのは知ってはいたが、目の当たりにしたらすごく不安になった。東京内城跡と同時にダンジョン化した東京の有名なお寺の近くに私の両親が住んでいるのも不安を大きくした原因だった。不安な中でも無事に出産を終え初めての子育てで日があっという間に過ぎる中、それは起こった。
両親宅近くのダンジョン化したお寺からモンスターが溢れだしたのだ。
城跡のダンジョンに比べて規模が小さく中のモンスター(のちに魔物という呼び方で統一)が弱かった為、対応を後回しにされていたらしい。そのニュースが速報で届いた時は日曜で旦那と私は両親宅から少し離れた当時住んでいたアパートにいた。私は両親が心配で危ないからと止める旦那を説得して両親の元に行こうとした。一応自衛として旦那の草野球用の金属バットを車に積んで。
だけど、両親の元には行けなかった。なぜなら車で両親宅まで後5分という所までラットが溢れかえっていたから。車で旦那がラットを轢き殺した瞬間、旦那が呻いて動きを止めた。私はとにかく親のところに行かなきゃとパニックになっていて車から降りてしまった。そこにラットが襲ってきた。旦那も車から降りてきて子供を危ない目に合わせるつもりかと怒鳴られた。手に金属バットを握らされ車にたかろうとしているラットを叩けと言われた。子供を守る為に無我夢中で全長20センチ程のラットを殴って踏んだ。その瞬間、【レベルが上がりました】【スキル無音を獲得しました】という音声が聞こえた。体も熱くなった様な気もするが、それどころではなく車からラットを追い払うのに夢中だった。旦那が運転席側から助手席を開け、乗れと叫んだ。私は転がるように車に乗り車が発進した。
ひたすら車を走らせて東京を抜け隣の県に入った辺りでラジオの速報で大型のモンスターがダンジョンから出てきて暴れまわってダンジョン近くの家を壊していることを聞いた。
その辺のホテルにチェックインをしテレビにかじりついて状況を見守っていたが、数日後ミサイルを使われた時点でテレビを見るのをやめた。
同時期に他の国々でも同じような事が起こりたくさんの悲劇があった。そんな中、どこかの国のトップの方の探索者か軍人かが、スタンピードを起こさない為にはダンジョン内の魔物の間引きが必要で間引きを適切にしていればスタンピードが起きないと発表した。低階層の魔物を駆逐するだけでも効果はあるとし、実際に人海戦術で5層あたりまで魔物を間引くとダンジョンから魔物が溢れだす現象がピタリと止まった。そこから早急に国際連合探索者機関(UNSO)なるものが立ち上げられ世界共通の決まりごと、各国の法律が整えられていった。
更にその後の調査では、ダンジョンにはマザーダンジョンなるものがあり、そのダンジョンを踏破し最深部で裏ボスをやってるマザーを倒さない限りこの世からダンジョンが消え去る事はないらしいことが分かった。
今も増え続けるダンジョンはすでにマザーの子ダンジョンではなく、孫でもひ孫でもない。子の子の子の子である。やしゃごダンジョンには力はない。深くても15層~20層ぐらいまでしか層はない。が、とにかく数が多い。日本では国や都道府県、各自治体が雇用している強力な探索者がやしゃごダンジョンを潰して回ってはいる。しかし、半年に1回ダンジョン数は増える。その為、国では一般探索者を募っており、年々一般探索者に対してのバックアップや補償制度は手厚くなってきている。
私が今いるダンジョンは今住んでいる区が管理している管理ダンジョンである。しかも、最深が10層までしかなく超初級ダンジョンである。入り口も無人の自動改札機で管理しているような底辺のダンジョン。このダンジョンを利用している人は探索者になりたての人か、近くの中級ダンジョンに飽きた人が口直しではないが、そんなかんじで潜りにくるようなダンジョンである。
人が少なく無人の自動改札があるこのダンジョンは私には都合が良かった。中級ダンジョン用の広い駐車場もこのダンジョンに対応しており、ダンジョンに入ったことを探索者カードで読み込ませるだけで駐車場代がタダになるのだ。
駐車場。そう私は車を持っている。しかも、魔道車だ。先週した長男との会話を思い出す。
「そんなにお金がない、お金がないって言うなら車を売ればいいじゃん。」
「車は売れないよ。何かあった時に車がないと、あなた達を連れて逃げられないでしょ?この車は防御力っていう守る力が強いスゴい車なんだよ?」
「嘘だ。パパが大好きな車だから売らないんでしょ!みーにそう言ってたってみーから聞いたんだから。でも、パパいつも言ってたじゃん?俺に何かあった時は車を売って何とかしてくれ!って。パパ、車を売っても許してくれるよ。」
普段からお金ないない言い過ぎたのか。いや、実際まじでヤバいくらいになかったんだけど、長男がお金に対してすごく心配性になってしまった。小学2年生の長男はものすごくいい子である。おやつを買ってなんてわがままはまず言わないし、ジュースを買ってとかも言わなくて、水道水が1番美味しいよねーとか言っている。こちらに気を使っているのが丸わかりでそんな思いをさせている事に心がギューっとしめつけられる。
車は4年前に新車一括で買った魔道車で今売っても1年以上裕福に生活出来るお金にはなると思う。しかし、やはり7年前のことが私に根強いトラウマを残しているし、旦那のことで輪をかけて何が起きるかわからないという気持ちを強くしている。
だから、何かあった時の足の確保として残しておきたい。もちろん車があった方が便利だし、それに本当に防御力が高いのだ。ダンジョンの中層で最も防御力が高いと言われる魔物、グレートカブトの羽と鋼を車製造スキルで混ぜ合わせた材料で作った魔道車はダンジョン中層の魔物数匹と体当たりをしても車体に傷はつかないことが証明されている。(ダンジョン内に車体部品をバラバラに持ち込んでダンジョン内で組み立てて中層の魔物と戦っているPR動画は旦那と何回も見てしまった。結局はそんな思い出のせいでお金がなくても売れないのかも知れない。)
スライムを電動草刈り機で魔石に変えながら集中しなくてはいけないのにつらつらと今までのことを考えてしまっていた。
魔物は大きな音に寄ってくる習性があるがスキルのおかげで草刈り機も音を出すことはなく、1匹1匹と等間隔で遭遇している。スライム討伐は慣れてしまい簡単な作業と化している。
ダンジョンに入ったのは8回目。最初のド緊張はどこかへ行き、考え事が出来る余裕も出てきてしまった。それではいかんと首を降ってダンジョンに集中する。
集中はしたが、すぐに帰らないといけない時間になったので小部屋のセーフゾーンまで戻り、そこで草刈り機の先端部分を高枝バサミに組み換えた。高枝バサミでスライムを倒すことも出来るが草刈り機の方が一瞬で済むのだ。何も武器を持っていないと不審に思われそうだし音がうるさい物を武器とするのも推奨されていない。周りに人がいないかを気にしながら無人の改札機まで急ぐ。
自動改札機手前の魔石自動交換機付近にも人がいないのを確認してさっとスライムの魔石をじゃらじゃら~と魔石導入口に入れ、お金が出てくるのを待つ。今日の売り上げはスライム28匹討伐で2800円。やっぱり2時間ちょっとで音でおびき寄せることもなければこんなものである。探索者カードに入金することもできるけれど、私は現金が欲しいので2800円が出てくるのを大人しく待った。出てきた金額は3000円。草刈り機で瞬殺していたので気づかなかったが今日も1匹レア個体を倒していたようだ。スライム1匹の魔石は100円。レア個体だとその3倍の売値。魔石300円のグリーンキャタピラーが出る3層を狩り場にすれば収入はぐんと上がるのかもしれないけど、時間は限られているし大きな荷物を抱えている(物理的に)私は安全面からいってもチマチマ稼ぐしかないのが現状である。
ダンジョンに潜り始めてから1月程が経った。もう季節は初夏から夏へ向かっている。
子供達が通う幼稚園、小学校、ついでに中学校は隣接して建っている。家から歩いて5分だ。
私達が住んでいるのはファミリータイプの探索者専用アパートだ。2階建てで各8部屋のアパートがずらっと並んでいる。
7年前の悲劇の後、ミサイルで更地になった土地の後にここいらが整備された。この土地に住む事にかなりの忌避感や安全面への懸念はあったものの東京のど真ん中で新築2LDK小さな庭付き家賃3万円、敷金礼金も補助が出て実質0円。となれば、旦那が探索者になることを決めてしまったのだ。
スタンピードを起こしたダンジョンを覆うように強固な壁が設置されたのも決め手となった。
学校近くには探索者カードを持っていれば駐車場代がいらない立体駐車場もあり至れり尽くせりだ。優先契約をしていれば空きがないなんてことはないので、月に3千円だけは払っているが。
車のミラーを見ながら目元周りだけ軽く化粧をして一度車から降りて後部座席に乗り込む。車内カーテンをして暑苦しいダウンは脱いで夏らしい服に着替える。汗拭きシートも欠かせない。ずんぐりむっくりな格好をして10キロを越える箱を背負うと一定の温度が保たれているダンジョン内でもダラダラと汗をかいてしまう。
季節外れな格好とかざんばらな頭とかで変なおばさん感を演出しているのだ。
チャイルドシートでスヤスヤ眠る次男が可哀想だとは思うがシートのロックを外して、前抱きタイプの抱っこ紐に移動させる。起きるかと思ったけれど、一瞬身動ぎしただけでそのまま眠ってしまった。素早く忘れ物がないか車内をチェックして車から降りて娘を迎えに行くために歩き出す。
歩きながら先日上がったスキルレベルについて考える。まず、スキルというものは初めて魔物を倒した際、ランダムで1つ得るものである。漢字を使っている国では漢字で表され、その他の国ではそれぞれその国の言葉で表されるが強力なスキルであればある程字数や単語が多くなるのは同じである。私のスキル無音は漢字2文字なので大したことはない。魔物を倒し続けるとレベルが上がるのは周知なことだが、スキルレベルは魔物を倒すだけではなく、何度もスキルを使うことでもレベルが上がると言われている。レベルが上がると関連した新たな能力が増えることも知られている。先日、スキルレベルが上がった際、私のスキルもできることが増えた。今までの無音スキルでは、対象物に使うと私にも音が一切聞こえなかった。それが私には聞こえるようにするか否かの選択ができるようになったのだ。
私はとってはとても喜ばしいことだった。子供の声が聞こえないのはとてもマイナスだったからだ。
もしかしたら泣きすぎて酸欠になっていないだろうか。もしかしたら箱のすき間からスライムが入り込んでいるのではないだろうか……もう心配で心配で何度も小部屋に戻って箱の中を確かめていた。
その行為を減らすことができればもっとスライムの討伐数を増やせると思う。気持ちの負担も減った。増えたのはあやすために童謡を大きな声で歌うあやしい姿だけだった。
大きな歌声にスライムが寄ってきて今まで以上に倒せるし、赤ちゃんも泣き止む。一石二鳥。一度だけ、入り口へ帰ろうとしていた時に人がいるのに気づかないで歌っていたら、まだ若い男の子とすれ違った。その際、「ひっ」とか言って壁に張り付かれた事があった。そんな事は些細なことだ。
「ママぁ~。ごあいさつ終わったよぉ。なんで、鬼さんの顔してるの~?」
気づけば娘が私の手を握っていた。
なかなか迎えに近づいて来ない母を逆に迎えに来たらしい。クラスの先生に一言あいさつしないと帰れないシステムなのだ。
「なんかヤなことあったぁ?」
私の手をぶんぶん振り回しながら娘が私の顔をよく見ようとする。
「んーん。大丈夫だよ?先生にごあいさつして帰ろうか?」
先生に近づいて、すみません、今日は何かありましたかぁ?大丈夫でしたよ。今日もありがとうございました。さようなら。なんて会話をし、娘の手をひいて園を出る。
「今日、ダ「みーちゃん?ダ?ダ、何?」えーっとぉ、ダ、ダぁ?何だっけ?」
娘は言っちゃいけないと言われていたのを思い出したようでわざとらしい顔で、
「あっ、今日はアイスの日だよ!スーパー寄って買い物してアイスも買って早く家帰ろう?そうだ!先ににーにに電話しないとね。お兄ちゃん心配性だから。」
と、ごまかした。
ほんとに危ない。この娘は。
こんな人が多い所でダンジョンの話をしようとするとは。この幼稚園に通っている子供の親や身内はダンジョン探索者や関係者が多い。とても。
ダンジョンに潜っているのは隠すことでもないし、関係者が多いからこそ旦那がいなくなったことへのフォローも学校側はスムーズであった。しかし、今はあまりつっこまれたくない状況だ。誰が聞いているかわからない場所でダンジョンの話はしたくなかった。
普通の5歳児に○○を話さないでと言い聞かせても無理だ。その時は分かった!と元気よく頷いても次の日には忘れて話したいことを話してしまう。その話さないでが完璧にできた長男とは違うのだ。
「もしもし、にーに?あのね、みーだよ?あのね、アイス買うね。」
「みー、代わって。」
「やだ。みーがしゃべるんだもん。にーに?今日はアイスの日だよ。みーはね、チョコのアイス買うから。」
「みーちゃん……、じゃあ、にーににお買い物したらすぐ帰るからって伝えて。にーにのアイスも買うから何がいいか聞いて欲しいなぁ。」
長男にも聞こえるように少し大きめな声で話す。
「にーに、アイスいらないって。」
「今日はアイスの日で安いからアイス買えるんだよって伝えて?にーにの好きなブドウのアイスでいいか聞いて?今日は買える日だよーって。」
娘は普通にあれ買って、これ買ってとぐいぐい来るけれど、長男はいつも必要以上に遠慮をする。買い物をするたびに、大丈夫なの?お金大丈夫だった?と聞いてくる。
最近は少し余裕が出てきたので、人間スピーカーの娘には聞こえないように、今日稼いだ金額はいくらで他の支払いは終わっていて、これだけ余裕があると話してきかせる。細かく伝えた方が納得してくれるのだ。
長男が5歳の時に3000円あったら100円のアイスいくつ買える?と質問したことがある。ちなみに先に娘の答えを言うと、「んー。たくさん?みーはね、チョコとブドウと白いアイス買う!」であった。長男は言った。「3000円だから、30個?いや、違うね。消費税があってひとつ110円だから、えっと10個で1100円で20個で2200円。800円余って110たす110たす………分かった!27個でしょ。」えっ?まじか。と旦那と目線を交わしたのを思い出す。「違う?」と不安そうに見上げる表情は5歳児で。
すごいね、そうだよあってるよ、天才だね、と言いながら私はギュッとして、旦那は高い高いをしていた………
そんな長男だからこそ、細かく伝えても理解できるし、自分の頭でもう1度計算した方が安心できるみたいなので家計事情を教えている。
子供がおやつを遠慮してはいかんのだ。ダメと言われてもぐいぐい来るぐらいがちょうどいい。買わない場合もあるかもしれないけれど、初めから大人の事情を理解して親にお菓子ひとつもねだらないのを見てるとこみ上げてくるものがあった。
電話を切り、幼稚園から歩いて3分のスーパーへ娘と手を繋いだまま向かう。
学校も近い、大きなスーパーも近い。魔素も濃い。(スタンピードの時に倒した魔物の魔素が土地に広範囲で根付いてダンジョン内でしか使えなかったスキルが地上でも使えるようになった。場所によって魔素が濃い場所と薄い場所がありスキルを使える人にとっては魔素が濃い土地が人気である)学校反対側は高級住宅地になっており、力のある探索者がどんどん移り住んできているらしい。そのおかげで治安がますます良くなった。
この辺りの地価は年々上がり、今ここいらに引っ越してくるのは簡単ではないらしい。
子供が3人もいる普通の主婦だった私がいつまで探索者としてやっていけるかはわからないがこの土地にしがみつく為に道化者でさえ演じて見せると決意を新たにするのであった。
「ママ、手っ手痛いよー。」
「あっ、ごめん。力入れちゃった。」
娘よ、アイスたくさんが3つって。お兄ちゃんと比較するのはいけないと思うけれど。消費税ってまず言えるかな?
「アイスぅ、アイスぅ。チョーコのアイスぅ。」
オリジナルソングを歌うニコニコの娘に癒されて、少しおバカでもその笑顔さえあればいいかと思ってしまう。
お母ちゃん、あんたにアイス買ってあげるためにスライム狩ってくるからねー。そんな事を考えながら急いで買い物をすまして心配性な長男が待っている我が家へ帰る。ちなみに次男は抱っこ紐の中でずっと寝ていた。
ねぇ、側にいない誰かさん。これが今の私達の日常だよ………
7月に入った。
ダンジョンに向かって髪を振り乱しながらも水平に走る私を見て、私を箱おばさんと知っている人なのか道ですれ違った若者が、うわぁ箱おばさん、更に気ぃ狂ってない?とかなんとか言っていた。そんな声が聞こえてはいたがかまってはいられなかった。私は一刻も早く、温度の一定のダンジョンに入らねばいけなかったからだ。
早く、早く。
箱の中は暑いぞ。
今月分の3万円を稼げば長男が夏休みに入るまではダンジョンも休もうと思っている。それまでは………本当に次男には心の中でいつも土下座をしている。多大なる負担をかけて誠に申し訳ない。と。
頭の中では、水分補給!水分補給!と大合唱がなっている。もう、ダンジョン内での授乳はしていない。赤ちゃんは2ヶ月で大成長を遂げるのだ。10ヶ月になった我が子はお茶やリンゴジュース、薄めたスポーツドリンクが飲めるようになった。
スキルレベルが上がったおかげで私にだけ元気に何かを言ってる声が聞こえる。声が聞こえることで安堵する。それはぐったりしてはいないということだから。
歩いて20分の道のりを5分で到着し、いつものように無人改札を通り(走り抜け)いつもの小部屋へたどり着く。落とさないように慎重に箱を降ろし、いつものように箱の中から我が子を取り出した。箱に入れて10分ぐらいしか経っていないけど、今日は本当に暑い。やはり顔を真っ赤にさせていた。最近、慣れてきたのか箱の中で泣くことが少なくなった。ニコニコしている顔を見てやっと、ふーっと大きく息を吐き出した。私が走るのが次男は楽しいらしい。走っている間、背中から赤ちゃん特有の甲高い奇声が聞こえていた。
でも、やっぱり夏の間ダンジョンへ連れてくるのは危険だなと思う。いや、夏じゃなくてもダンジョンへ赤ちゃんを連れてくるのが間違っているが………早く何とかしたいものだ。
最近のダンジョン探索は順調である。私は基本的に平日しかダンジョンへ行かない。娘が幼稚園に行ってる時間しかダンジョンに潜れないので時間は10時から13時30分の間しかダンジョン探索ができない。
初めは要領が掴めず時間ももっと短くて2千円前後しか稼げなかった。それが今ではなんと、1日5500円前後稼げてるのだ。ここ3週間程ずっとである。時給でいうと、約1570円。時給1000円だったのが500円もアップしたと考えるとものすごい事だと思う。なので今週中には目標の3万には到達すると思っている。
この変化にはレベルが上がったことが関わっている。
今までの様々な検証でわかったことだが、魔物を倒すと経験値を得られる。(私が検証したわけじゃなくその道の研究者が検証実験をおこなった)そして、スライムを1匹倒すと経験値は1もらえて、スライム100匹倒すとレベルは2に上がる。2に上がった後、スライムを300匹倒すとレベルは3に上がりその後は900匹でレベル4、2700匹でレベル5となる。レベル5から6に上がるのには8100匹だ。それ以上のスライムで経験値の値を確かめる検証はされていない。次は2万4千300匹と予想され研究者が挫折したためらしい。もちろん、他の経験値の高い魔物で6から7に上がるのに24300の経験値が必要なことは確かめられている。
私の今のレベルは4だ。ダンジョンに潜りはじめて7日目にレベル2に上がり、18日目にレベル3。27日目にレベル4に上がった。レベルが上がると無機質な声でレベル上昇を知らせる声が頭の中で聞こえる。(これは神的なあれではなく、マザーの声らしい)ちなみに自分の今のレベルを確認したい時はレベルと呟くだけで目蓋の裏に数字が浮き上がる。スキルの場合も同じだ。スキルと口に出し、目をつぶると目蓋の裏にゴシック体で自分の得たスキルが浮かび上がる。何度見ても不思議で寝る前とかに見るのが習慣になっている。
【ステータスオープン】では見れないのだ。目蓋の裏なので他人に見えることもない。鑑定や詳細鑑定のスキルを持つ人に調べてもらえば、自分では知れないステータスを教えてもらうことはできるらしいけれどね。
自分でステータスは見れないけれど、ステータスは存在するしレベルの上昇でその値も各種上がることがわかっている。普通の鑑定スキルでは体力、魔力、攻撃力、防御力、瞬発力、精神力の数値を知ることができる。詳細鑑定で調べると経験値や倒した魔物の種類、倒した魔物の数、もっと詳しいステータス、スキル詳細等々がわかるらしい。
調べるのにはそれなりのお金がかかるため調べようと思っていなかったのだが、レベル2からレベル3に上がった日明らかに箱の重さが変わったことに気がついた。子供に何かあったのかと慌てて小部屋に駆け込んで異変がないか調べたが何も変わっておらず、箱に慣れた我が子がすやすや眠っているだけだった。家に帰って試しに長男を抱っこしてみたら抱っこが軽々できた。25キロの長男を。これはレベルが上がった恩恵だと気づき、その次の日、初めて2階層への階段を降りたのだ。
レベル3からレベル4になるためには経験値は900必要である。スライム900匹分。2~3時間のダンジョン探索で私はスライムのみであれば30匹から40匹倒すようになっていた。スライムを40匹倒しても経験値は40しか入らない。9日でレベル3から4へ上げれたのは狩り場を2層へ移したからだ。2層で出てくる魔物はバットだ。普通のコウモリの倍ぐらいの大きさで噛み付き攻撃をしてくるが草刈り機の敵ではなかった。このバットの経験値が1匹につき5ももらえる。しかし、魔石は100円にしかならないし、なぜか3層へ降りる階段が2層階段のすぐ近くにありこのダンジョンの2層は素通りする人が多かった。その為、ほぼ手つかずで少し進めばバットは入れ食い状態であった。あまり奥に進むと箱への攻撃が後ろからあるかもしれないので奥へは進んでいない。
なので1層でスライムを走って30匹倒して2層へ進みバットを20匹倒してダンジョンから出るというのを繰り返した。すると9日でレベル4まで上がったのだ。
私はダンジョンに入り始めて常々、このままではいけないと思っていた。当たり前だが、赤ちゃんを連れてくるのは危ない。見てくれる人がいない。預ける先もない。そんなのは言い訳で自分の子を危険にさらすなんて頭おかしい行為であると自覚はあった。
周りに変なおばさんと見られているためか箱の中身を確かめようとする人はいなかった。今のところ。この先はわからないし、国家権力的な人に職質を受ける場合もあるかもしれない。私は長男が夏休みに入ったら旦那が入っていたすぐ近くのダンジョンへ行き無認可保育園代を稼ごうと思っている。そうじゃなくても、認可保育園に探索者をやっている保護者が申込む場合、15万円の稼ぎを持続して3ヶ月以上稼いでいるかどうかの証明書の提出が必要である。探索者の稼ぎかたは人それぞれだ。1日、さらに言えば1時間以内に15万以上稼ぐ人もいるし、一月かけて15万稼ぐ人もいる。両親揃っていて父親が探索者で15万円以上稼げている場合は、母親は4時間以上週に4日以上働いていれば申込み可能だ。
私もパートを見つけて働いて、ダンジョンでの稼ぎは最低限必要な3万円でいいとは思う。けれど、家近くの認可保育園(倍率がめちゃくちゃ高い)の空き枠に入るためには探索者として申込むのが1番なのだ。シングルマザープラス探索者で申込むと確実に入れると思う。
11月1日から申込みが始まる。そのためには8月9月10月の3ヶ月、探索者として稼ぎが一月15万円以上欲しい。そのためにはスライムやバットじゃ駄目なのだ。
今日は8月の第2土曜日である。
長男の夏休みが始まり昨日までの約3週間。朝の6時から10時までの4時間、毎日ダンジョンに入り続けた。行っているのはいつものダンジョンの3階層だ。家近くのダンジョンへ行くのは結局やめにした。あまり人が来ないこのダンジョンの方が自分のペースで潜れることに気づいたからだ。
電動草刈り機の先をチェーンソーに付け替えてグリーンキャタピラーを狩りまくった。全長30センチのでっかいイモムシなのだが、お尻から糸を出して攻撃してくる。攻撃範囲が狭いので範囲外から長めの柄のチェーンソーで両断するとすぐ倒せた。イモムシは300円で売れる魔石と100円で売れる糸をドロップする。大体5~6匹に1匹が糸をドロップする。
4時間でイモムシを40匹近く倒して3階までの行き帰りで倒したスライムと数匹のバットで平均1万5千円を毎日稼いだ。合計約32万円の稼ぎ。目標の毎月15万円は余裕でクリアしそうだ。
今日からは数日休みを取って子供達と遊ぼうと思っている。
今日は国内唯一の花火大会の日なので、朝からみんなで買い物へ行って好きな食べ物やお菓子、ジュースをたくさん買った。
午後からは甚平や浴衣も着せて準備は万端である。
小さな庭にレジャーシートをひいてその上にローテーブルを置いて食べ物を並べる。虫除外スキルを持つ人が手を加えた虫除けの魔道具も忘れずにセットした。
後は色々食べながら、花火が上がるのを待つだけである。
ーーー「お前もさぁ、花火にスキルかけるバイト参加してきたら?結構収入いいらしいぜ。」
「いや、参加したらって言うけど花火4つしか無音にできないから。」
この時の私は1日に無音スキルを4回しか使えなかった。
「あはは、そうだな。よし、花火にスキルかける為にダンジョン行ってスキルのレベル上げしようぜ。」
「えっ。花火の為だけに?」
「あんっ?花火は日本の心ぜよ。」
「ぜよ、って。あはは。」
去年した旦那との会話がふいに記憶に蘇った。今の子供達は手持ち花火をしたことがない子が多い。以前、ロケット花火をした子供がスタンピードで溢れた魔物の残党に襲われる事件があり、それから打ち上げ花火も家用花火も禁止になった。
禁止になっていた花火だが、夏に花火が見たいというたくさんの要望があり、3年前から音無し花火が作られるようになった。
強力なスキルを持つ有名な探索者達が見守る中、夏に1度大きな花火大会が開かれるようになった。それに伴い、それまでメジャーじゃなかった無音系のスキルがテレビで取り上げられたりもした。
……………急にきた……………
ーーここに住んでいる特権だよなぁ
他の県に住んでいる人達は生中継のテレビ越しに花火を見ていると思う。私たちは、住んでいるアパートについている小さい庭に出て、空を見上げれば花火が直接見える。
頭の中に別の記憶も連鎖して蘇ってくる。旦那との初デートは花火大会だった。ダンジョンなんて地球にまだなくて普通に花火大会がどこそこで開かれていた。花火を見ながら初めて繋いだ手。今、私の腕には片手に次男を抱っこし、片手は長女と繋いでいる。長男は遠慮がちに私に寄りかかって花火を見上げている。
だけど、いなくちゃいけないもう1人がいない。
いなくなって5ヶ月。
最初は現実味がなくて。次は現実がリアルに襲ってきて。深く考える暇もなく。
今、きた。
「ママ~、どうしたの~?」
「お、お母さんっ!」
長女と手を離して次男を抱っこしたまま自分に無音のスキルをかける。
しゃがみこんで、子供たちに抱きつきながら大きな声で泣く。泣いている声は聞こえなくても、涙が次から次へと溢れているし顔もぐしゃぐしゃな母親の顔を見て長女と次男が泣き出した。長男に次男を渡して(何も言わず抱っこを引き受けてくれる長男、マジ神)長女の手を引いて家の中に入った。
それから、泣きに入りたかったけど、泣くのに浸れないのが母親業ってもんで。泣きながらも庭の片付けをして、まだ入っていなかったお風呂にみんなで入り(この頃には涙は止まっていた)、歯みがきをさせ、寝かしつけをする。特に長男が動揺してしまったから、大丈夫だよと頭を撫でながら寝かしつけをした。
とっくに花火は終わった、深夜0時過ぎ。虫除けの魔道具を家の中に入れるのを忘れていたため、小さな庭に出る。
空を見上げると以前より星が輝いて見える。この10年で魔石エネルギーが世間に浸透し、車の排気ガスが減ったおかげかもしれない。
いや、ただ私が感傷的になっているから輝いて見える気がするだけかもしれない。
庭に置いてある旦那の日焼け用のイスに腰かける。これも、邪魔だからいらないって私が言っていたが旦那が無理やり置いたものだ。
………ひょっこり帰ってくるんじゃないかと思っていた。
遺体を見ていないせいで実感があまりなかった。
でも、もう帰って来ないんだね。
まだ深く考えたくない。考えられない。
実感が襲ってきたのは今日だから。
旦那と決別なんてまだできない。旦那は死んだって言いたくない。
こういうのは時間が解決してくれるって聞いたことがある。それまで深く考えるのはやめて、家のことやダンジョンのことを考えよう。
ダンジョンについては3層より下はまだ考えていない。お金は欲しいけれど、他に替えられない宝物が3つもあるのだ。私まで帰らないなんてことにならないよう私は絶対に下層には行かない。そのうち5層のゴブリンを倒せるようになれば収入も変わるかなとは思うが(魔石500円ドロップ品500円~1000円)やっぱり何があるかわからないダンジョンだから最低限の3万円稼げればいいというスタンスを貫いて行こうと思う。
家のことは、来週から無認可保育園のお試し保育に次男を通わせることが決まったし、長男も学校が始まる。長女は8月いっぱいはお休みだけど、2人だけで買い物デートに行く約束もしている。
その前に明日からは子供孝行をしなければいけない。特に夏休み始まってからずっと、下2人をお世話してくれた長男が行きたい場所に連れていってあげるのだ。
子供が3人いると、感傷にひたっている暇なんてないのだ。
よし、と気合いを入れて取りに来た魔道具をちゃんと忘れずに掴んで家の中に戻るのであった。




