第一話 出会い
「で、生きてるの、死んでるの?生きながら死んでるって気持ちいい?」
「待ってくれ、顔が近い!そして気持ちよくは無いと思うぞ!?」
少し不服そうに表情を変化させた彼女を眺める。
無表情に好奇心を混ぜたような目に小さな鼻と口、雰囲気的には北欧風だ。
腰まで届く銀髪のストレートで、少しはねているのが可愛らしい。
150と少しの背丈にTシャツと短めのフレアスカートをはいており
その上から白衣を着ている。蛇足だが胸は控えめだ。
とても可愛い、俺の中の保護欲が全力で放出されそうになる。
だが俺は英国紳士もびっくりするくらいに紳士だ。
ちょっとやそっとじゃ邪念の入る余地もない。
言葉数は少なめに無愛想に振舞う、そうすれば何とかなるはず。
アロイスを見つめていた少女は彼の思考を知ってか知らずか、追撃をする。
上目遣いで近寄ってきて服を脱がそうとし始めたのだ。
「っえぁぁ!?何やってんの!?」
「いや、もしかしてゾンビなのかなって。肌を見れば分かるじゃない?」
彼女がなぜこんなにも迫ってきているのか分からない。
実は風貌に似合わずビッチだったりするのだろうか。
そうだとしたらショックで死にかけてしまう。
というかそれ以前に理性がやばい。
「だからっていきなり脱がす人がいますかっ!」
「うるさい、叫ばないで。といかあなたが答えないのが悪いんでしょ」
「生きていますよ、しゃべってる時点でわかるでしょ!」
焦って訳の分からない感じになっているが、彼女は脱がすのを止めてくれた。
体は密着したままだが。
「じゃあちょっとついてきてくれないかしら。こんな不思議存在見逃せないわ」
「え、ちょ……」
少し浮かれたような動きで俺を小屋に引きずる。危険な可能性も十分にある。
しかしこのまま手を振り払うことは、なんとなく気が引けてしまう。
そうして俺は小屋に連行された。
―――
自分勝手な少女に連れられ入った小屋の中は意外に綺麗だった。
隅に棚、中央に小さなテーブルと二つの椅子。
奥にドアが見えるが物置だろうか。
椅子に座りながら、無用心にそんな事を考えていると奥に入っていっていた彼女が出てきた。
妙な半透明の球体を抱えて。
「なんだそれ、という顔してるわね。これは面倒なことを一発でやってくれる優れもの、あなたのような大人しい不審者には最適な道具よ」
いきなりの不審者扱い、ちょっとだけショックだ。
彼女はこちらに球体から出した謎の光線を当ててくる。
とっさに避けようとしたが彼女が視線でそれを許さない。
軽く針で刺されるような、なんともいえない痛みを感じると球体に文字が浮かぶ。
読もうとしたが、ラテン語のような感じの知らない言語で表示されているようで読めない。
「名前はアロイス、苗字が無いわね。何かあったの?年は十六で職業は高校生とやらね。魔力はなかなかあって、魔力量は――なるほどね。体力と力は低めで知識と知恵が高め。あら、手先がかなり器用じゃない。適正は弓に……銃?狙撃銃とか拳銃とか種類すごく多いけど何これ?あとシステムエンジニアとか無線技師とかこれも何よ」
突っ込みどころが多すぎる、とはこんな感じのことを表すのだろうか。
とりあえず目の前の事から聞いていこう。
「えーっと、その球体は何かと聞きたいんですが?」
「これ?学校の提出用に作ったのよ、なかなかの出来栄えでしょ。セフィトス王総学だから基準も厳しいのよね」
ドヤ顔で無い胸を張ってくる。
「……何処ですか、それ?」
「何処って、一応錬金術なら国内最高の学校なんだけど。あなたこの学校知らないなんてどんな田舎から出てきたのよ」
呆れ顔をしてこちらを見てくる。
しかし彼女の言う意味不明なこと(錬金術の学校とか魔力とか)からなんとなく予想できることがある。
おそらくここは異世界なんじゃないだろうか。
歩いていただけで前触れ無く異世界とは珍しいな。
初の異世界人がヒロインっぽい人なのは良かったが、できれば街に送られたかった。
「田舎から来ていてこの意味不明な適正……。なにか特殊な農具とか狩猟道具のことかしら。なら『無線技師』は技師って言うくらいだし魔法を利用した大型の罠とか?」
ブツブツと呟く彼女。
無線技師が罠とかひどいな。銃とかが農具っていうのはもっとひどいか。
「えーっと、お嬢さん、よろしいですか?」
「いきなり改まって何?あとお嬢さんは止めて。私には『メリア』という名前があるのよ、貴族の人達みたいなこと言わないで」
貴族か。 異世界に来たという確立が高まってしまったか?
「じゃあメリア、結局何がしたいんだ?最初に『生きてるか』と聞いてきたが質問の意味がさっぱりだ。あと俺の名前は『ロイ』でいいからな」
「急に馴れ馴れしくなったわね。で、何で死んでいるか聞いたのかっていうと
……魔力量が無いのって死んでいる証拠なのよね」
あぁ、死んで異世界にトリップor転生ってよくあるよね。
ねぇよ。
――――
「ロイ、そっちにある緑の試験管とってー」
「緑の試験管っていったらコレか。メリア、これであってる?」
「あってるわよ、ありがとうね」
「じゃあ俺は作業に戻るから」
湖の畔にある小屋の中で、二人の若い男女が作業をしていた。
それは長年付き添ってきた夫婦のような一体感をもっており……
「ってなんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の叫びが森を振るわせた。
「うるさいわね、まだ朝の4時よ?」
「いやいや、俺達つい昨日会ったばっかりだよね?なんでこんな連帯感を発揮しているか謎だし、そもそもなんで朝の4時まで実験につき合わされているのか謎だし!?」
物置だと思っていた部屋は実は実験室であり、実験用品が所狭しと並んでいた。
俺のステータス(器用さと知恵)に目をつけたメリアは俺を半ば強制的に助手にした。
可愛い女の子に手伝って、と言われたからつい張り切ってしまい通常の5倍は頑張った俺。
その作業内容についてだが、俺の魔力についてだった。
10時間ほど粘ったがさっぱりだったので学園の研究室につくまでは保留だそうだ。
まぁ、おそらく不思議な地球人パワーが働いているのだろうけれど。
「男は女の子の希望を聞かなきゃいけないのよ。というわけであなたの持っているその妙なものを渡しなさい」
「これは俺の宝物だ、ほいそれと渡すものではないんだぞ」
妙なもの、とは俺が背負っていた『AN-94(ガスガン)』に銃剣を装着したものだ。
知っている人も多いと思うが強力な二点バーストが撃てるロマンあふれる銃である。
実はこの銃、俺が独自に改良を加えており、
・銃身の重量化
・弾の装填数を5倍近くに
・折りたたみストック化
・高速モード搭載
などなど、接近戦に特化したモデルに仕上げている。当然遠距離でも戦える。
そしてそれを他人に褒めてもらいたいので、友達によく貸している。
親友だったらもちろん喜んで貸しますが何か?
「なるほどね、でも私はそれに興味があるの。すこしの間でいいから貸してくれないかしら?」
何が何でもメリアはこの銃を手に入れる気ようだ。
この少々一方的な物言いからすると、メリアは貴族の世間知らずの娘あたりだろうか。
おそらくこの銃を渡さないと相当不機嫌になるだろう。
この場所で初めて会った人物、本当に異世界だった時のために好感度は高めにしておきたい。
だから貸すのはいい、そしてこの銃を褒めてほしい。
片膝を床につけ、貴族や上級士官に対するイメージで銃を渡すが、なぜかメリアに軽く叩かれた。
そして判明する衝撃の事実。
「この素材、魔力を貯めやすいんだけど何コレ!?吸収率すごくよくて放出も制御しやすいなんて、伝説にでてくる素材くらいしか……そうっ、これぞ私が求めていた完全なる素材!私にできることなら何でもするから頂戴!」
そう、メリアのこの言動、メリアの好きなことの前で晒す本性だ。
欲しかったおもちゃを買ってもらえた子供みたいでとても可愛らしかったのだ。
これが見られただけで大満足、プラスチックの有効活用などどうでもいい。
とりあえずメリアを抱きしめよう、そうだそうしよう。
「え、ちょっと、ロイ?なんでいきなり抱きしめてくるの、とりあえず交渉したいから離してくれないかしら。ねぇ、私の髪の匂い嗅いでない?」
わき腹を抓ってきたので仕方なくメリアを開放するが髪の良い匂いとあの柔らかさは忘れない。
しかし『なんでも』ということは、あんなことやこんなことを要求しても……
そうだ、要求はこれがいい。
そして俺は両手を腰にあて、堂々と言う。
「私にできることなら何でも、と言ったな……
魔法と学校、そしてメリア。これらの全てを教えてくれ!」
メリアの、本日二度目の呆れ顔を見ることができた。