前世は勇者でした。召喚されたので今世も魔王に会ってきます。
やっと降ってきた短編です。ノリと勢いで一日で書き上げました。深く考えてはいけません。
そこは、魔王が住まう城の玉座の間。豪華で頑丈な筈の扉は粉々に打ち砕かれ、無残な様となっている。そしてその破壊行為を行ったものは。
今、まさに、魔王と対峙していた。
───勇者───
古より伝わる英雄。魔王と相対する聖なる存在。
その名を戴く者はまだ年若い少女だ。しかしその力は疑うべくもない。
彼女は素手だけでこの玉座の間にたどり着いたのだから。
対峙するのはまるで闇の権現のような、漆黒を纏った男性。艶めく長い黒髪に黒い瞳の美丈夫。しかし黒山羊のような漆黒の巻角が彼が人間でない事を示している。
相対する存在は一定の距離を保ち───そこが其々の間合いの外なのだろうか──
一人は怒りに、一人は驚愕を浮かべていた。
そして、勇者が口を開いた。
「魔王サマ!!いい年して他人様に迷惑かけてはいけません!!」
「すみません!!私が悪かった、勇者よっ!!」
……話は数日前まで遡る。
私は多崎 里菜。地球の日本生まれ日本育ちの純日本人。付け加えるなら16歳の普通のうら若き乙女なジョシコウセー。異論は認めん。
まぁその普通もある日突然終わったけど。いや終わらされた、だわ。
剣と魔法が存在する中世ファンタジーのような世界に、強制的に召喚されたことによって。
自室で寛いでたところに突然の白い光。宙を漂うような浮遊感。目を開けると見覚えのない部屋───いや、城の地下【魔法陣の間】だと、遠い記憶が教えてくれる。座り込む床には召喚魔法陣があるし、呆然と座り込む私を、召喚儀式を施行した魔術師と王族が見守ってる状況。
ああ。今まですっかり忘れてたのに、溢れるように遠い遠い記憶が蘇る。
懐かしい……どこかで何かが切れた音がするこの感覚。
「~~~~っ!!あんた達ねぇぇぇ!!また私を頼ろうってわけ!?少しは自分たちで解決しようとか思わないの!?」
「も、申し訳ありません、勇者殿!!これには深い訳がありましてぇ!落ち着───いたっ!あ、暴れないで下さい!落ち着いて下され勇者殿!!」
多崎 里菜16歳。前世ではこの世界で【勇者】やってました。
前世の私はこのファンタジーな世界で生まれた、ごく一般的な村娘だった。
それが神殿の神託とかで勇者に指定され王城に呼び出され、暴れまわり被害を広げる魔物達───その命令を出しているだろう魔王を何とかしろとかいう無茶ぶり。
まー、あまりに自分勝手に上から目線で命令されたから、その場で暴れてやりましたよ。王様と騎士団長以下数十名にこんな小娘に頼った事を含めて謝らせました。不敬罪?知りませんそんなの。村では礼儀知らずは拳で躾を行うものでした。
ただね。当時の私は常々ある疑問を抱いていた。
「別に魔王が、魔物に命令だしてるわけじゃないんじゃない?」と。
人型の魔人と獣型の魔物って、見た目からして全然違うんだよね。
村は辺境にあったから魔物はよく見たけど、動物も魔物も行動原理は一緒っぽい。
対して魔人は人の言葉が通じるし、魔王という王がいるってことは国として成り立ってる証拠。村に立ち寄る冒険者さんにも魔人と話したって人がいたし。寿命は全然違うし、人間より強力な魔法を使うけれど、こんなのほぼ人と一緒じゃない?
周りは「昔からそう言われてるのに、疑問に思う方がおかしい」っていうけれど。
魔人と人はソックリなのに、本当に魔人には魔物を操れるの?
だから私は【勇者】を引き受け、詳しく調べながら旅した。
そしたら、あらビックリ!魔人の国のが人間の国より、よっぽど魔物による被害が大きいじゃありませんか!
……予想通り、魔王が魔物を操ってるわけじゃなかったわけだ。むしろ魔物の被害が大きいうえ、魔人達の王に【勇者】とかいう暗殺者を仕掛けてくる遠い国まである始末。
普通なら戦争案件だわ。
これが発覚した時はもう一度、城で暴れてやりました。危うく国民の私達が危険に晒されてた腹いせに。国同士の交流とか偏見を正すとか、ちゃんとしてないからこういう事態になったんだから仕方ないよね!
「あなたが魔王様ですね?私は人間の国よりの使者【勇者】でございます。」
「……また私を悪として討伐に来たのか?懲りんな、人間の王は。」
「はい。ですので事実確認をし現実を突きつけたうえで、キッチリと王と側近たちを物理的に〆てまいりました。」
「───………は?」
魔王様にも事情を話し、迷惑をかけてきた事をキッチリと王からも詫びを入れさせた。賠償金がとか泣くんじゃない、ようやく誤解が解けたことで交流も始まっておめでたい時なんだから。
……神も何を考えてたのかと思ったが、聞けば神託の内容は「勇者は魔人の王と会い、世界に平和を」とかだったらしいので、単に言葉が足りなさ過ぎただけだったのかも。
その後、私は最初は村に戻るつもりだったのだけど。なんとなく魔王サマと仲良くなっちゃって、魔人の国で冒険者しながら魔王サマとお友達をやっていた。
人間と魔人、交流のシンボルになると歓迎されてたし。
その日は魔王サマの息抜きにと、遊びに来た私が魔王サマをバルコニーに連れ出して空を眺めながらお喋りしてた。
「ねぇ魔王サマ、いい加減にお妃様を迎えて世継ぎを作ったらどうです?宰相様が泣いてましたよ?」
「そうは言ってもな。確かに世継ぎを残すのも仕事だが、魔王の妃たりえる実力を持つ娘が魔人にいないんだ。それにどこかの誰かのおかげで、今は色々と仕事に追われて忙しい。」
「へぇー。どこの誰かは知らないけど、お仕事頑張ってくださーい。」
「本当に自由だよな、勇者は……。」
諦めたように溜息を吐く魔王サマ。魔人は実力主義なところがあって、強い者ほど魅力的なんだそう。当然お妃様もその基準で選ばれる。だから魔人の王族ともなると馬鹿に強いんですねー。しかも魔王サマは黒髪黒目の実力ある美丈夫で王様だ。お嫁さん候補は山程いるそうです。
そういえば冒険者仲間が魔王サマを紹介して!って言ってましたよーと伝えると、チラリとこちらを横目で見てくる魔王サマ。
なんです?
「お前は…、お前も、今が適齢期だろう?気になる男はいるのか?」
「んー。顔の良い男は気になりますが、基本的にみんな私より弱いんです。勇者とは名ばかりで、修行もしてない普通の弱い村娘の私に負けるような男なんて、論外!」
「マテ。色々ツッコみたいが、貴様が〈弱い村娘〉だと誰が認めても私が認めん!」
「なんでですか!?」
「貴様が弱いというなら、人間の国はおろか我が国も殆どの者が弱いという事になるぞ!」
「そんなバカな!?」
ショックを受けてみせると「当たり前だろ!」と言われてしまった。
……いや、本当はわかってるけどさ、人ってのは認めたくない一線ってのがある。
「だ、誰がなんと言おうと私は〈か弱い村人〉です!」
「目を逸らすのもいいが、人の適齢期は数年だろう?このままだと行き遅れるぞ。」
「くっ!」
「……。…魔王の妃は………、」
「ん?」
「魔王の妃には、実力が求められる。力もそうだが、精神の強さもだ。」
「そうらしいですね。」
「この二つを満たすものは魔人の中にはいない。───が。」
んん?
「人間の中になら。満たせる娘がいる、と思う。」
「………。………そー、なんですかー。」
「ああ。」
魔王サマはこの時、顔が真っ赤だった。逸らした私の顔の色は、自分じゃ見れないから知らないし知りたくない。
……まぁ……その後、3年程してから私と魔王サマは夫婦になった。
何があったか?宰相様に説得されただけですよ、別に何もありませんよ。
知らないったら知りません。
魔王サマはまぁ、優しかったです。
「勇者!無茶をするなと言っただろう!お前にもしもの事があったら……!」
「病気じゃないんですから。少しは運動しないと返って体に悪いとお医者様も言っていたでしょう?ちょっと魔物討伐したくらいで狼狽え過ぎです。」
「魔物討伐は『少しの運動』じゃないと、いい加減わかってくれ!!」
子供も娘・息子と生まれて、魔王サマは小難しい政治を、私も肉体労働で働きました。なんだかんだで良い家族になれたと思います。
「魔王サマ。北で悪さをしていたフレアドラゴン達を退治してきましたよ。」
「……お妃様はどんどん強くなられますね。止められる者はこの世にいるのでしょうか。」
「そう言うな、宰相。照れると真っ赤になって誤魔化そうとするところとか、あれで可愛い所が結構あるんだぞ。強いだけじゃなく可愛い。私の妃は完璧だ。」
「お妃様を可愛いと評せるのは魔王様だけだと思いますが。」
魔王サマは何とか私の寿命を延ばそうと研究していたようですが、魔人と同じ寿命を得る前に残念ながら私の寿命の方が先に尽きました。見た目だけは若さを保つことが出来たのですが、老化を完全には止められなかったのです。
「魔王様の努力を持っても、150年が限界でしたか。魔王様のおかげで苦痛を感じませんが、それなのに身体が動かないというのは変な感じがします。」
「………っ」
「まぁ仕方ないでしょう。魔人とて生きて500年です。さっさと生まれ変わって、また面白おかしく生きてやりますよ。」
「……勇者。私をおいて逝かないでくれ、勇者。」
「その癖、治りませんねぇ。いい加減に名前で呼んでくださいな。」
こうして寿命の尽きた私は、新たに別の世界で生まれ変わった。
普通の人間の「多崎 里奈」として。
それが何?生まれ変わった勇者を、この国は召喚までして無理やり呼び戻して。
今度は何をさせる気だ!?
「申し訳ございません、勇者殿!しかしその、此度の問題はどうしても貴女のお力が必要で……、」
「今度は何よ、ダークネスドラゴン?もっと大物!?親がいないと何も出来ない子供かアンタらは!」
話しかけてきたのは金髪の壮年のおじさんだ。昔の王に似てるから、まず王族…今の王だろうか。しかし情けない!か弱い女に頼らなきゃ問題解決が出来ないっていうの?
「元勇者の私を呼び出してまで、一体何をさせようっていうの。」
「ま、魔王殿のご要望なのです!魔人には使えない秘術を使って勇者殿の生まれ変わりの貴女をこの地に召喚しなければ、この国への魔石の輸出を全て停止する、と!」
………。
魔王サマァァァァァァッ!!??
「──ちょっと魔王サマ!あなた何をしてくれちゃってるんですか!!」
「……勇者!?この力は勇者か!!」
城門も警備も吹っ飛ばし、力任せに王の間の扉を粉砕して現れた私を、魔王サマは一目で私だと見抜いたようです。さすが私の旦那様、愛の力ですか?怪力だからじゃないですよね?
ですが感動してる場合ではありません。
「魔王サマ!!いい年して他人様に迷惑かけてはいけません!!」
「すみません!!私が悪かった、勇者よっ!!」
「全くもう。人間の国に圧力までかけて私を呼び出すなんて。魔王サマじゃなければ半殺しにしてますよ?」
私は魔王サマを敬愛してますので、半殺しの半分くらいで勘弁してあげます。
そういうと涙目の魔王サマ。嬉しいんですね?
「だ、だが、どうしても其方に逢いたかったのだ。勇者がいなくなって20年、ようやく他の世界で生まれ変わったのを知り、すぐにでも呼び出したかった……。だが『お妃様はまだ生まれ変わられたばかり、成人なさるまで我慢を』と宰相に言われて……しかし!私は16年待ったぞ!!」
「残念ながら、今の私の住む国では成人は20歳です。」
「なに!?」
「あと4年我慢ですね。では私は元の世界に戻ります。」
「だ、駄目だ!折角逢えたのに、また別れるなんて!勇者は私を殺す気か!?」
「魔王サマ、聞き分けてください。元の世界には両親もいるのです。成人してからならば此方へ戻ることも検討しましょう。しかし、今は駄目です。」
「検討…?勇者、それではまるで此方へ戻らない事もあるかのよう、な……、まさか、」
「当然でしょう。私はこちらの世界に戻るまで、全てを忘れ新たな人生を歩んでいたのです。魔王サマの事は敬愛しておりますが、それとこれとは話は別です。」
「そんな!私を捨てないでくれ、勇者!」
仲が良いのか悪いのか、よくわからない夫婦喧嘩はしつこく続く。
それをやや遠目から眺める人物が3人いた。
「ママ、相変わらずだねぇお兄ちゃん。」
「ああ。あの怪力も、父上を翻弄する姿も、姿は違えど間違いなく母上だな。」
黒髪黒目と色は同じだが、醸し出す雰囲気が全く違う兄妹。
妹は大きくトロンとした瞳とホワホワした雰囲気、頭の上のほうで結ばれたツインテールが、まるで日向で微睡むウサギを彷彿とさせる。
兄は容姿こそ凛々しいというのに、両親に呆れた瞳を向けるその雰囲気は疲れ切っている。妃を失って腑抜けた父王を支え続けたのだから当然かもしれないが。
「王子、王女。長くなりそうですから隣室へお茶をご用意させましょう。どうせお妃様が魔王様の【お願い】を断れる訳がありません。すぐに一緒に住むのは無理でしょうが、大丈夫ですよ。」
宰相の言葉に二人の王族が後ろを振り仰ぐ。
「お妃様はかつて、魔王様にプロポーズされた時に一度は渋ったんですよ。自分はただの村娘で身分が違うから、と。しかし魔王様に『私はお前と結婚したいんだ。頼む、私の願いを聞いてくれないか?』と乞われ、了承されました。」
改めて視線を向けると案の定、勇者が劣勢になってきている。
「お妃様は上から目線の命令は大嫌いですが、下からの【お願い】には非常に弱い。」
その後4年間、魔王の城に人間の国より召喚魔法陣と、召喚儀式を施行する魔術師達が滞在する契約がなされた。もっとも魔王がそれで満足するはずがなく、実際に見た召喚魔法から研究し、2年後には魔王自らが勇者を召喚することが可能となる。
しかし「20歳になってもまだまだ親に心配をかける年齢なのですよ。」と、休日ごとにやってくる勇者は更に24歳になるまで2つの世界を行き来したとか。
「勇者。一体いつになったら私の傍にずっといてくれるんだ?」
「そうですねぇ────普段から勇者ではなくリナ、と呼べるようになったらでしょうか?」
「……善処する。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
……短編が生まれず数作品、ようやく短編が降ってきました……!
今回の主人公は力任せな行動とは裏腹に、魔王サマへは敬愛をもって敬語で話すという……ずいぶん2面性のある子で言葉を分けるのに苦労させられたのが印象深いです。
よろしければ評価などお願いします。
【補足として】
勇者リナ:魔法は普通だけど力が人外な村娘。転生後は多崎 里菜。やっぱり人外な怪力の女子高生。たまにデレる、と書いてて気づきましたが、もしやツンデレ?
魔王:勇者の怪力と中身の可愛らしさと、王族に全く気取らない(どころか半殺しにする)姿に惚れた。魔人としてはまだ若い。
息子:第一王子。妻亡きあと、魔王が意気消沈して使い物にならなくなったので代わりに奔走した苦労人。見た目は中学1年生くらい。
娘:第一王女。色彩以外は勇者に激似なので魔王に溺愛されている。まったりした口調と裏腹に、腹黒い。見た目は小学校3,4年生くらい。
宰相:王子と一緒に奔走した苦労人。里菜が0歳で異世界に攫われる危機を救った。まだまだ苦労の日々が続く。