番外編 商人の回想
SS小説になります。
作者が大好きな独白です。
結構前に書いてほったらかしていたもの(もしかしたらどっかにあげたか?)を上げました。
番外編は独白と良く分からない成分が多め。話の流れにはほぼ関わりないのでスルーしても大丈夫です!
気付いた時には、遅かった。
参ったな、と頭を抱えたのは本当につい最近だ。
思い浮かぶのは今後自分が歩むであろう苦難の道。
どうしろって言うんだ、と半ば自棄になりながら自室に持ち込んだワインの瓶に口をつけそのまま液体を流し込む。
(死んでしまうかと思ったんだ。だから、仕方がない)
そう、仕方がない。
雨の中で突如崩れ落ちた姿を今でも思い出す。
集落へ向かう途中で起こった予測すらできなかった事態を思い出し、窓へ視線を向けた。
あの時と同じ夜。
雨が降っていないが思い出すには十分で息を吐いて髪を結んでいた紐をほどく。
ついでに寝る為に上着をハンガーにかけた。
机の上のランプをベッドサイドテーブルに置いてベッドに腰かける。
(今考えても咄嗟に鑑定をしていなければどうなっていた事か)
うずくまったライムは小刻みに震え、白い息を吐いていた。
徐々に短く、早く、肩で息をしている様子はただ事ではなく、鑑定した結果《状態異常:憑依》とでた。
「何が役に立つかわからないものだな」
僕が対処方法を知っていたのは、過去に憑依されて死んだ人間を見たことがあったからだ。
ウォード家では、ある一定の年齢と身を守る術を身につけたと判断された場合、家長が子供を『出稼ぎ』に出す。
出稼ぎと聞けば親が見つけた先で働く、というイメージがあるようだがウォード家では違う。
武器や防具といったモノは揃えて貰えるが、家で売れないと判断された商品と自分が選んだ商品3点のみを持って外へ放り出される。
護衛を雇う金も旅費もない状態でのスタートだ。
ウォード家は代々続く商家で『自分の食い扶持は自分で稼げるようになれ』という家訓があり、健康になった僕にもそれは適用された。
(全く。当時はとんでもない家に生まれたものだと思ったが、まさかあの頃の体験が役に立つ日が来るとは)
憑依状態の人間には聖水や聖酒を飲ませる、という対処を教えてくれたのは古い教会で宿泊させて貰っていた時のことだったと思う。
「あの日も強い雨が打ち付ける雫時だったか」
高齢の神父とその孫だという同じ年位のシスターがいたが、その教会がある小さな町の外れには墓場を模したダンジョンがあった。
層は浅く、敵もそれほど強くないが回復アイテムが多く出現するらしく、錬金術師からポーションを買うのを惜しむ若い冒険者たちが良く訪れているようだった。
そういった背景がある場所だったこともあり、教会にはよく人が訪れたのだが僕が発つ直前に冒険者が運び込まれたのだ。
明らかな異常状態にあるその冒険者は何かを叫びながら、暴れ、そして、焦点の合わない目で何かを必死に探している。
異様で狂気的なその光景は恐ろしく、一歩引いた所で眺めていると神父は聖水を取り出し冒険者の口へ流し込んだ。何度も何度も。
シスターにはありったけの聖水をかけるよう指示を出して、暫くすると男はぐったりと動かなくなった。
まるで何かが抜けたような姿だった。
(ライムの時は運が良かった。直ぐに対処をしていたこともだが、お守りを持っていたこと……レイスがまだ完全ではなかったから後遺症も残らなかった)
冒険者の命は助かった。
けれど、憑りつかれてからレイスを引きはがすまでの時間がかかり過ぎて手遅れになっていたらしい。彼の魂はレイスに喰らい尽くされた後で、残されたのは呆然と焦点の定まらない濁った眼で何もない空間をぼんやりと映す人の抜け殻。
話しかけると『あー』とまるで応えるように声を出したが、それがまた不気味だった。
こうなるとどんな薬を使っても元には戻せない、神の奇跡が起こったとしても無理だろうと神父は言い切った。
おかしくなり始めたライムを力づくで押さえ、聖水を飲ませている時はただ必死で周りのことを気にかける余裕もなかったが今思うとあれはあれで危険だったと思う。
取り囲まれていたら恐らく死んでいただろう。
(魔力色の影響は無視できない。今後も。アンクレットがあるから問題ない、とはいえ上位のアンデッド相手だとどうなるか……聖水以上の効果があるのは聖酒か。いくつか持っておいた方が良いな)
はぁ、と息を吐いた所で思い出したのは聖水を飲ませた時のこと。
こじ開けた口は小さく、唇は柔らかかった―――とそこまで思い出して手の甲で口を押える。羞恥心と訳の分からない衝動が込み上げてきてワインを飲み干し、もう一本のワインを開けていた。
(くそっ、本当に性質が悪いな!)
あれは無効だ、と言い聞かせてみた所で効果がなく舌打ちを一つ。
窓を開けて換気した所で少し頭が冷えた。
「―――……はぁ。どうして、こうなったんだ」
予定外すぎる、と思わず漏れた声が想像以上に情けないものだったので窓を閉めてベッドに腰かけ、ぼんやりと机の上を見る。
開きっぱなしの本が積み上げられ、書きかけの羊皮紙が散らばるのを見て目を逸らした。
「才能、か」
錬金科に入れる程の魔力と知識があると分かった時、自分の将来は保証されていると思った。周りを見れば、庶民は勿論貴族も足元にも及ばないような実力の奴らばかりだったし、試験内容を見ても僕より上がいなかった。
時折、学院の図書室へ行くことがある。
食事や調合を終えて部屋に戻り、必要なものを持って向かう道は暗いが夜の図書館は酷く静かで生徒も少ないのでかなり使いやすい。
(錬金科の生徒はどうも面倒だからな。工房制度を選んで正解だった)
自由度が高いだけではなく、錬金術に没頭できる上に食事が美味い。
最初こそ『前途多難』だと思った組み合わせだったが慣れるのも早かったように思う。
その原因はどう考えてもライムだ。
恐らく彼女がいなければ僕やベルはこんな風に気を抜いて生活することは出来ていなかっただろう。
今見ても間が抜けているお人好しで、能天気だと思うし、非常識で扱いを間違えるととんでもないことを仕出かす自信がある。
けれど、それ以上にライム・シトラールという人間は魅力的だった。
自分にはないものを彼女は確実に持っているし一緒にいて苦痛にならない上に新しい気付きをもたらしたり、一人では決して経験できなかったであろう体験をさせてくれる。
「………死なせて堪るか」
この感情に名前は付けない。
そもそも、衝動に似たコレにつけられる名前などない筈だ。
スッキリしない気持ちを持て余し、厄介だと思いながらランプを消した。
夢は、見なかった。
リアンの独白は割と書きやすいです。
難しいのはディルとミントかな。ベルもリアンも考えが割と偏ってるし、ライムはあんな感じなのでとてもかきやすい(笑
需要があるようなら時々思い出したようにこちらも更新出来たらなーとは思います。ハイ。