159.5話 諦めたもの と 諦めきれないもの
読む前に注意です。
‼‼注意‼‼
この話は、恋愛要素強め(だと思ってる)の小話になっています。
ディルの独白が多いので恋愛要素が強い話しは萎えるわーという場合はスルーしてください。
読まなくても何の問題もありません。本気で。
また、ディルの幼少期の事にも触れています。
ライム以外の視点が難しい……(悩
※2021年3月3日 本編から番外編へ移動
side ディル
山の夜は静かなようで割と賑やかだ。
そんなことを考えながら、背に注がれる煩わしい視線に小さく息を吐いてゆっくり体を起こす。
繋いだ右手は柔らかな手を離さない様に細心の注意を払った。
上半身を起こし、体勢を保持しやすいよう胡坐をかいた所で気に食わない眼鏡―――…ライムと半同棲状態にあるリアン・ウォードを一瞥する。
自分自身、この男に対して嫌いだとか好きだとかそういう感情は一切ないが立ち位置が非常に気に入らなかった。
もう一人はライムと同性ということもあって特に問題視はしていない。
(害になる様なら遠ざける方法を考える必要があったが、上手くやってる様だからな。戦闘力がないのも心配だったし、結果的に戦える人間が傍にいるのは助かる)
身に着けている装飾品の多さに改めてウンザリしつつ馬車の中に視線を走らせる。
リアンだけでなく、馬車に乗っている者全員が俺たちの会話に興味を持っていることが分かってため息が漏れそうになった。
髪をかき上げて視線が合うと眼鏡はあからさまに眉を寄せ、口を開いた。
声量はかなり落としている点だけは評価してやってもいい。
「ディル、君はライムとの距離が近すぎる。もう少し、周囲の視線というものを気にしたらどうなんだ」
苛立ちを滲ませた視線を受けて優越感が生まれる。
少し面白いのといい気味だったのでライムの手をそっと握り直せば、向けられている感情が強くなった。
が。
ライムの手を離す気は微塵もない。
「それを言うならお前もだろう。一冊の本を読むのは許容できるが、頬が触れそうなほどに近づいて話す必要があったのか?」
フンッと鼻で笑えばリアンの顔から表情が消えた。
こういう所は非常にわかりやすいのだが、本人は気付いていないのだろう。
リアンは苛立たし気に腕を組んで馬車の壁にもたれかかった。
舌打ちが聞こえてきたが無視を決め込む。
少しの間返答を待っていたが口を開く様子がなかったので視線を眠るライムへ向ける。
旅の時間は有限なので、時間を無駄にしたくない。
わずかな魔石ランプの灯りでも双色の髪はキラキラと輝いて、日中とはまた違った雰囲気がある。
(長い方が好きだが、短いと隠しやすくていいな)
救いの象徴のような髪に触れようと、握っていない方の手を動かす直前。
リアンの声が俺の行動を阻んだ。
「僕らは同じ工房生で学友。狭く揺れる馬車の中で本を傷める可能性もあった。だからあの距離は妥当だ―――……貴族の君とは違う」
分かっているなら厄介ごとに巻き込むな、とでもいうような視線と口ぶりに無意識に抑えていた感情が滲む。
じりじりとした緊張感が広がっていき、馬車の中にいた冒険者たちがちらりと視線もしくは意識をこちらへ傾け始めたのが分かった。
恐らく、リアンも気付いている。
この分かりやすい気配に気づかないのは眠っているライムくらいだろう。
昔から夢中になったら周囲が見えなくなるのは変わらないんだな、と安堵したのはもはや不可抗力だ。
――――……俺が彼女と離れ、過ぎ去った時間は驚くほど長い。
膠着状態になった空気を四散させたのはフォリア・ドラード・エキセア嬢だった。
本人からフォリアでいいと呼ばれているので敬称などは省略しているが、聡く視野が広い上に貴族歴は俺以上に長く、俺らの中では最年長でもあるので意見に耳を傾けることにする。
「二人とも少し落ち着くといい。体と心を休める時間だ。外の見張りにも影響があっては困るし、場所を考慮する様に―――……幸いにもここにいる冒険者は“信用できる”が、広がると困る邪推や噂なんてものもある筈だ。それによって被害を被るのはディルだけじゃなく、ライム嬢もだからね」
リアン殿は分かっているようだけど、と困ったように笑うフォリアは流石『貴族』だと改めて認識する。
「――……確かに、貴族社会ではこんな風に他人に触れることはしない。だが、今の俺は『ただの』冒険者でライムの昔馴染みだ。問題ない」
「問題ない? ないわけがないだろう。国内でも影響力の大きい貴族なんだぞ? 『庶民』であるライムのことをよく考えろ」
人目があるのだから、と明言しないあたりがまた俺の神経を逆撫でした。
じろりとリアンを見ると涼しい顔で手帳のような物を開いている。
「考えているさ。もし何かあれば俺が全て始末をつける」
「ライムはそれを望まない。このお人好しで世間知らずな馬鹿は、お前を『昔馴染み』として信頼している。一度失えばそう容易く信頼は戻らないぞ」
「下らんが、忠告には感謝しておく。ただ、これは『俺』と『ライム』の問題で、ただの同期で同じ建物の中で暮らしているだけのリアンには関係がない。放って置いてくれ」
俺はもう寝る、と背を向ける。
イライラした気持ちを落ち着けようと横になって、少しだけライムとの距離を縮める。
眠っているなら問題ないか、と握った手を口元に持って行ったところで新しい声が聞こえてきた。
「今更なんスけど、ディルはどうしてライムに執着してるんッスか?」
今まで流れていた険悪な空気など全く意にも介さないような軽い声に思考が止まりかけた。
それを聞くのか、とフォリアがラクサに苦笑しながら窘めていたが本人は至って普段通り。飄々としている。
周りの冒険者も動揺したのか一瞬空気が騒めいた。
(まぁ、話しておくのも一つの手だな)
リアンを通してベルにも伝わるだろうと口の端が持ち上がっていくのが分かる。
こいつらとは長い付き合いになるだろうし、話すのはやぶさかではない。
他に冒険者もいるが、世間に知れたところで大した騒ぎにはならないだろう。
何より紋章持ち冒険者は慎重だ。
関わる必要のない貴族が関わる問題に首を突っ込むような真似はしない。
後々面倒なことになる場合が多いと学習しているからな。
「俺が貴族になったのはライムを護るためだからだ」
「護る為にって何からっスか?」
「世間から。世界から。あるかどうかわからない害意から―――……ライムの障害になりうるすべてから、だな」
「途方もないというか随分漠然とした目標の為に貴族になった、と」
「他には、そうだな……力試しをしたいという動機もある。俺は孤児だったこともあってライムに出会う前は、いつ死んでもおかしくなかった。だから“召喚師”の資質があると分かった時は嬉しかった」
俺を人という動物から、人間にしてくれたのはライムだ。
オランジェ様も恩人だが俺を掬い上げたのは間違いなく彼女だから。
目を閉じると思い出せる。
初めてであった時の輝きを。
双色は、俺にとって救いだった。
「だから、護るんだ。大切なモノを護りたいと思うのは一般的な思考だろ」
「一般的といえば一般的ッスね。何となくわかったッス。けど、助けられて〝まともな生活を送る″切欠を貰っただけで良くそこまで出来るな、と思わなくもないンで、もうちょっと話してもらっていいッスか?」
その声はいやに良く馬車の中で響いた。
フッと肺に体の奥底に溜まった何かを吐き出して、静かに目を閉じる。
手を握り直して、あの頃に戻ったみたいだと小さく笑う俺を見透かしたようにラクサが言う。
「ぶっちゃけて悪いんスけど、ライムはほぼ確定で貴族とは結婚しねぇッスよ?」
今まで欲に塗れた人間を自分含めて多く見てきたからこそわかる、とラクサが断言する。
馬車にいた全員が納得したような空気が流れた。
ライムは分かりやすいからな、と顔の筋肉が緩む。
「俺がライムと過ごしたのは約一年だ。一年もあれば何を考えてるのかくらいわかる。ライムは同じ年頃の『家族みたいな友達』ができたことで満足していたから、それ以上進む気はないし進もうとも思わない。汚いものを見過ぎた今となっては余計にな。ライムは俺の救いで原点だ。そのままでいい。俺は『諦めた』んだ、その感情を」
「あんた、それでいいんスか……?」
信じられない、というような声に思わず笑う。
ラクサという男は基本的に自分の想いや感情を諦めることのない部類の人間だ。
そういった人間は強く、折れない。
ライムもそうだ。
けれど、リアンやフォリア、ベルは違う。
勿論、俺もだが。
優先順位をつけて、叶う事と叶えられない事に分類し、より多く叶えられる方を選び取る部類の人間だ。
わかりやすく言えば、損得勘定で動く。
「ただ、そうやすやすと手放す気はない。保護者? 上等だ。俺以上にライムのことを考えられる人間以外にこの場所を渡す気などない。変な輩が近づけば親しくなる前に潰すだけだ」
簡単だろう? とラクサに言えば乾いた笑いが返された。
自分を夢も希望もない場所から掬い上げて『人間』にしてくれた相手に心を寄せるのは簡単だ。
だからこそ、自分が『コイツなら仕方がない』と思うような相手じゃなければ渡す気はない。
最終的にはライムが分からない様に囲い込むことも想定の中に入れていた。
再会して俺に好意を持ってくれたなら、いらん覚悟は放り投げて全力で手に入れる。
(まぁ、貴族の生活はライムに合わないだろうからな)
貴族社会で生きるのは楽ではない。
まして、俺の立ち位置はかなり注目を集める。
婚約者は自分で決めたいと言ってはいるが、卒業する年になる頃にはある程度絞り込まれて、最終的に政略結婚をすることになるだろう。
「ライムを託せる相手が現れるまでは、俺が護るんだ。現れても、泣かせるようなら殺してでも快適に過ごせるようにすると決めた。そうすれば」
幸せそうに眠るライムの頬を撫でて、毛布を自分の肩まで引き上げた。
これ以上話す気はないというように背を向けるが視線はまだ俺の背中に張り付いている。
物好きな連中だな、と思いつつ道中は暇だ。
暇を持て余した人間は何故か色恋沙汰や冒険話を会話の糸口にすることが多い。
やれやれ、と内心息を吐きつつそれほど不快でもないので目を閉じ寝る姿勢をとった。
「そうすれば、なんだ」
しびれを切らしたように口を開いたのはリアンだった。
ラクサが話の続きを促してくると思っていたので少し意外だったが別に気にするほどの事でもない。
「―――……そうすれば、『特別』な俺は遠慮なくライムの手料理を堂々と食えるだろう?」
あの宝物のような日々を彩ってきた温かい食べ物。
穏やかで楽しいちっぽけな世界。
ただの子供でいられた幸せな時間を今でも思い出す。
オランジェ様が亡くなった時に交わした約束もある。
俺は、貴族だ。
死ぬ気で努力をしてきたし、周囲からの重圧に今後も晒され続けるが悔いはない。
俺は俺を作った『唯一無二』の場所を護ると決めたから。
そう、彼女の唯一が現れるまでは……――――
小話にまで目を通してくださって有難うございます。
バババッ!!と書いたのでちょこちょこ修正したり加筆したり……うん。
夜に書くとダメですね。ホント。
読んでくださって有難うございます!!
番外編って基本的に好き。
誤字脱字などありましたら報告してくださると幸いです。
いつも申し訳ありません有難うございます。しっかりしたい…orz
感想などもお気軽に。