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番外編 『貴族と錬金術』

 調合、らしからぬ話。

多分こういう事ではないんだろうなぁ……(冷や汗


最初はベル視点の、こう……ライムの別バージョン調合話の予定だったんですけどね。

どう、したのかなー…


もしかしたら書き直すかもしれません




Sideベル





 錬金術師も悪くないわ、と二番目のお姉様に手紙を出した。



 手紙を乾かす間に服を着替えてカーテンを閉めようと、窓際に立つ。

買い物通りから少し離れた場所に建っているので基本的には静かで、人の気配が殆どしないのも私にとっては悪くない環境だ。



(屋敷だと部屋の前に見張りがいるのよね。仕方がないことだけれど)



当然、室内にも警備結界はあるのだけれど、それを無効化する術もあるので警備の配置は必要で。

警備にあたる人間は足音や気配は消している。

 けれど配備されている事を『知っている』から意味はない。

夜は夜で警備がつくし、昼は警備に加えて使用人もいるのだから一瞬たりとも気が抜けないのだ。

 懐かしいわ、と思いながらカーテンを引いて外と中の空間を遮断する。



「ふふ。家にいた使用人も客に紛れて買い物に来ていたけれど、どんな報告をしたのかしら」



当主からの手紙は来ていない。


 何度か二番目のお姉様から手紙を受け取っているだけだ。

その際、当主直々に『ハーティー家』として、多少のトラブルや他の貴族による迷惑行為などに対しては家名を使っていいと許しを得た事が書いてあったのは流石だ。

就寝の為の身支度をしてベッドサイドの明かりを消す。


 ふっと暗くなる室内は静かで、それがとても心地よい。

目を閉じた所でふと昼間見た美しい光景を思い出した。



(綺麗、だったわね。調合釜の中で幾つもの赤い光が点滅し、瞬いて、消えて……あんな美しいものを自分の手で創り出せるなんて思わなかった)



 宝石よりも綺麗な光景。

混ぜる為の杖を動かすたびに移動する光と消えてはまた新たに生まれる予測できない輝き。


燃え盛るような激しい赤。

 寄り添うような柔らかな赤。

霞んで消えてしまいそうなぜい弱だけど妙に心に残る赤。

 鈍く暗く光る赤。



 まるで自分の心を見ているようで不思議な気持ちになった。


 私は、昔から戦うことが好きだ。

面倒なものを全て投げ捨てて、相手と命のやり取りをするあの感覚は何にも換え難い。

上っ面だけの言葉のやり取りや探り合いをするより余程相手を理解できるし、死を身近に感じながら全神経を集中させて武器を振るうあの緊迫感と言ったら!


 錬金術にも少しだけ似た所があると私は思っている。

緊張感や緊迫感は存分にあるし、失敗すると爆発するらしいので危険度も満点だ。

調合が好きだと言ってやまない調合バカな初めての友達を思い出して口元が緩む。



「ライムとリアンの調合釜の中はどんな色だったのかしら」



私の釜の中が赤かったのは、砕いた魔石が赤だったからなのか、魔力が赤いからなのかはわからない。

 秘密を覗くような、ほんの少しワクワクする気持ちを胸に私は布団を引き上げた。

この工房に来てから『ふつうの貴族令嬢』では到底、経験しえないことをしているという自覚はある。


 私にできるのは戦闘だけだと思っていたけれど、私には自分の知らない決して大きくも小さくもない様々な可能性があることに気付かされた。

それは、悔しいけれど常識を知らなくて鈍感で、人と少し感覚がずれている面倒なのに妙に放って置けないライムと、口煩くて面倒だけど何だかんだで人のことをよく見て不器用に世話を焼くリアンと関わったからだろう。


 瞼の裏に広がる真っ暗な闇を見つめて時々考え、妙な息苦しさを覚えることが少し増えた。

何かのきっかけで自分が『貴族』で『ハーティー家の人間』であることを思い出した時がそうだ。



(駄目ね。たった三年しかこうして生活できないのに、もう何年も一緒に居て馬鹿みたいに笑って、身分も立場も気にせず自由に話をして、怒って、笑って、表情も感情も取り繕わなくていい生活をしているみたい。嫌だわ……もう)



手放しがたくなってる、と自嘲めいた笑みが浮かぶ。

 まず、と考えは進む。



(そもそも! そうよ、ライムが作るご飯が美味しいのが悪いわ。なんなの、あれ。シェフに同じ素材と作り方をメモしたものを渡したけど出来上がったのは私の食べたかった味じゃなかったし)



 美味しいわ、と言ったのはいいけれど完食できなかった。

違い過ぎてがっかりしたのが原因だ。

申し訳ないことをしてしまったわね、と眉を顰める。

ハーティー家は皆、騎士としての経験があるので食べ物を無駄にすることはしない。

でも、流石にあの時は食べられなかった。



(それに、この部屋。自分の家にあった使い慣れた家具を運んだり新しく作らせた甲斐もあって自室より居心地はいいし、煩わしい家臣がいないのが一番快適)



初めこそコックを連れてくるべきかとも思っていたけれど、とそこまで考えて名案が浮かんだ。

閃いた、と嬉しくなって目を開ける。



(条件次第では二人ともまとめて卒業後に私と一緒に来てくれる可能性はあるわよね。体裁こそ使用人や家臣になるけれど、ライムがいれば採取も調合もできるし、ご飯だって)



シェフが作ったものは美味しいが、毒の混入などがあってはならないので必ず毒味役が食べてからになる。

 料理が温かいまま食べられるのは幸せなことだと知ってしまった身としては結構辛かった。



(貴族籍を捨てる気はないけれど、実際貴族から抜けて生活する元貴族の気持ちは嫌というほどわかるわね)



『貴族令嬢』としてはあまり褒められない戦闘訓練は今まで『家柄』と護身の為という理由で続けてきた。


 騎士団に入れたのも実家が騎士を多く輩出した家系だから。

厳しいし辛かったし、何度も何度も、音を上げそうになった。

ここだけの話『貴族』としての口調や建前や振る舞いを放り投げるくらいには辛かったけれど、『貴族』ではない生活を実際に体験できた。

損得勘定だけではない人間関係の構築ができたのが私にとっては転機だったのかもしれない。


 この時は三女で良かったと本気で思った。

姉二人よりも自由が多くて我儘も許容範囲を越えなければ通せたからだ。

貴族として恥ずかしくない振る舞いや教養は身に着けたし、社交界でも『ハーティー家』に相応しい令嬢に見えるよう必死に話術を磨いた。


 だからこそ許されている今の生活。



「―――……三年なんて、あっという間よね」



目を閉じると自分とは立場がまるで違う友人のことが思い浮かぶようになった。


 ライムが思い浮かんで、リアンやミント、ディルなど今まで関わってきた人たちを思い出して喉の奥がグッと閉まる様な、目の奥がじんと熱を持つような感覚に陥る。



(もしもの、話し。卒業と同時に私と一緒に、来てくれたら。お抱えの錬金術師でも商人でも何でも構わないから……こんな風に、三人で当たり前に生活ができたらきっと、幸せでしょうね)



無理だとはわかってる。


 私は貴族だから。

でも、と重くなってきた瞼を閉じて考える。

初めて私に贈られた「花」と「感謝」を受け取った際に感じた、衝撃と何かか満たされる感覚を。


 調合釜に向き合っている時の緊張感と先が見えないことを手探りでやっている時に感じる、感じたことのない血液が熱くなるような高揚感を。




(ここは、私の居場所。求めていた、理想の場所なのかもしれない)



 家はここではないけれど、帰りたいと思う場所は多分この工房だけだ。

ライムがいて、リアンがいて、サフルもいて……時々ミントやエルやイオが訪れる場所。

客の不安が安堵や歓喜に替わる瞬間を見られるカウンターや仲間に穴場を見つけたと胸を張る名も知らぬ冒険者や騎士を見るのが面白くて、こっそり顔を見合わせて笑うこともあった。



「身を護るために必要」だからと感謝こそされても苦言を呈されることはないし、性に合わないマナーや社交の為に窮屈な思いと無駄な時間を浪費しなくても済むのだ。



(リアンも癖のあり過ぎる性格してるけど悪人って訳じゃないのよね。知識の多さや頭の回転の速さは十分すぎるくらい有能だし。性格に難はあるけど、ライムと一緒にしておけば、ある意味静かだし)



 ライムと一緒に居られれば、リアンだって……とそこまで考えて現実味のなさすぎる話に笑ってしまう。


 あれやこれやと考えているうちに思考が鈍くなっていく。

キラキラと脳裏に焼き付いた沢山の赤い星空のような、私の星空を思い出してその日はとてもぐっすり眠ることができた。






◇◆◇





 私らしくなく、先のことを考えて『できない』理由を探していた寝る直前の自分の思考にうんざりしながら階段を降りる。


 寝る直前に考え事をすると碌なことを考えないわね、と今まで何度も思ったことを考えて髪を高い位置で一つにまとめた。

ライムがまだ眠っている時間に起きて素振りや走り込みを済ませるのは日課だ。


 サフルが私より早く起きてあれやこれやと工房の掃除などをしているのには驚いたけれど、リアンの実家である『ウォード商会』から戻って来たサフルは既にこうだった。



「随分早いのねぇ、相変わらず」


「お早うございます。ベル様が戻られる時間帯にお湯を沸かしておきましょうか」


「そうね、頼むわ。部屋に運んでくれるかしら。大きめの桶も一緒に」


「かしこまりました」




 多くを言わずに頭を下げるサフルは本当に出来た家臣のようだ。

教育の行き届いていない者なら「洗い場ではなく、お部屋でいいのですか」とかいうのだけれど。

実際、新人のメイドがそういうことを口にして後でメイド長に教育しなおされたことが何度もある。


 洗い場を利用することに抵抗がない訳ではないが、それは夜の間だけだ。

朝の洗い場は利用頻度が高いので肌を見られる可能性が高いから、私室で汗を流すことにしている。


 日課の訓練を済ませ、途中で見かけたアオ草を少しだけ採取してからそっと部屋に戻れば程よい温度のお湯が準備されていた。

帰宅した段階でライムの部屋のドアが開く音がしたので丁度いい頃合いだ。



(さてと……新しい爆弾の調合もしてみたいし装飾品も作りたいのよね。ライムに毒されてきたかしら)



でも、悪くはない。

 そんなことを想いながらトリーシャ液でサラサラになった自分の髪を見つめる。




「……そう、よね。別に貴族だからって『今後会えなくなる』訳でもないわよね。有名な錬金術師になってるでしょうし、そういう足場ができているなら私が上手くすればいいだけ。やる前から諦めるなんて私らしくもなかったわ。そうと決まれば、お姉さまに相談ね。この際だから一番上のお姉さまにも相談してみようかしら」



当主としてではなく、姉としてなら何かいい提案を出してくれるかもしれない。


 ハーティー家としても有能な錬金術師とのつながりは欲しい筈だから。



「なんだか楽しくなってきたわね」



ふふ、と笑って私は汗を流しいつもの服に袖を通す。

最後に首飾りを首から下げて準備は完了。

いつも通りの私が、フワリと磨き上げられた鏡に映ってほほ笑んだ。



ここまで読んでくださって有難うございます。

本編とは少し違った感じですが、ベル視点は難しい。


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― 新着の感想 ―
[一言] ベル……!本編でくいしんぼだったり、ささやかな胸部を気にしてみたり最近ベルの可愛さが留まるところを知りません! 調合のネタとは少し違うかもしれませんがやはりライム以外の思考を見れるのは楽しい…
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