番外編 『 ベルガ・ビーバム・ハーティーの回想 』
お嬢様錬金術師の事情です。
上流貴族だからこその事情があったりなかったり。
時間軸はころころ変わります。入学前~採取旅終了後くらい、でしょうか。
難しく考えたら負けです。
私は、錬金術師の才能なんていらなかった。
上流貴族の仮面をつけて会話をするお父様とお母様の後ろで、私は羊皮紙を睨みつけていた。
7歳の誕生日を迎えた翌日に受けることができる『開示の儀』は貴族に義務づけられたものだ。
『開示の儀』ではその対象者がもつ三つの才能や特性を知ることができる。
方法は特殊な能力を持った司祭が特殊な羊皮紙を用いて行う。
子供の人生が大きく左右される大事な儀式なので両親は勿論本人も期待し、そして畏れている。
私にあった三つの可能性はどれも私の望むものからは到底遠かった。
貴族である両親は驚いていたものの“悪くない”それらに喜んではいたけれど、私は喜ぶことなどできやしなかった。
(どうして『剣術』に関する才能が一つもないのッ!?)
ぎゅっと唇をかみしめて、浮かべた笑みが引きつらないように私は羊皮紙を何十回も確認する。
そこに書かれた文字は変わることなく現実を私に突き付けてくる。
私の産まれた家は少々特殊で重要な地位にあった。
元々、王家を護る騎士の家系で先祖代々何かしらの戦術に関する特技や才能を持っており、産まれる子供も全員が何かしらの武器の才を持っていた。
一番多いのは剣術に関する才能。
ついで格闘術。
あとは槍や弓といった武器。
(なぜ、斧なの。斧の才能を持って産まれたのは落ちこぼればかりなのに……ッ! 隊長は、剣の筋がいいと言ってくれていたわ。副隊長は格闘術の才能があるのかもしれないと褒めて下さったわ。周りの皆も『騎士』に関連する才能を持っている筈だと言ってくれていたのに)
ハーティー家は剣術に秀でているというのが社交界では広く認知されている。
勿論、他の才能をもって大成した者も少なくはないけれど、剣は広く親しまれた歴史の長い武器だ。
当主である一番上の姉は、ダンジョンを制覇したり、国を脅かすような魔物を討伐するために一軍を率いて活躍したこともある国内外で有名な剣士だ。
政治や統治に関しても知識や実力があり、当主に選ばれるのは当然だと誰もが思った。
美しく強い姉は当主の座につく条件として留学中に出会ったという小さな国の第四皇子を婿に迎えた事に関しては、周囲だけでなく私たちも驚いたけれど。
(一番上の姉は『剣術の才』『魔術耐性』『統治の才』を持った、当主になるべくして生まれた人)
二人目の姉は『召喚術』と『杖の才能』『戦略の才』があった。
ハーティー家には珍しい才能の持ち主ではあったけれど過去にも数人、召喚術の才能を持った人物がいたが国防や有事の際にはその才能を活かして多くを救い、生き残ったと伝わっている。
二番目の姉は、体力や腕力は平均的だ。武器も杖と棍棒の二種類しか使いこなせなかった。
けれど、知識が豊富で数か国の言語を習得し戦術を組み立てるのが得意で12歳の頃には3歳年上の姉と対等に会話し、戦略や政治に関する助言もしていたそうだ。
学院に入ってからは在学中に強力な召喚獣を手に入れ、炎の魔術をも習得した才女として影響力は大きい。
(私に二番目のお姉さまのような頭の良さはないわ。けれど、努力さえすれば当主と同じように国や民に認められるような、ハーティー家に相応しい人間になれると思って考えうるあらゆる努力をしたのに)
今、私の手の中にある羊皮紙に書かれているのは、私にとって何の価値もない才能だ。
司祭様に礼をして両親とともに馬車に乗り込んだ。
お父様もお母様もハーティー家で初めて『錬金術師』が生まれたことを喜んでいらしたけれど、私にとって、そんなものゴミ同然だった。
当主であるお姉さまと同じ剣の才能を持っている両親から産まれた私に引き継がれたのは、二番目のお姉さまなら大成しそうな才能で。
(私が今まで頑張ってきたのは、無駄だったのかしら)
ガタゴトと揺れる馬車の中でぼんやりと羊皮紙をなぞる。
世の中には『錬金術師』の才能を欲しがる人間が山ほどいること位理解はしている。
紙面には『錬金術師の才』『怪力』『斧の才』の三つが憎らしいほどの存在感をもって記されていた。
私が欲しかったのは『剣術』に関する才能。
(落ちこぼれという陰口は、生涯私について回るんでしょうね……惨めすぎて笑えるわ)
この日、私は初めて日課だった剣の訓練をさぼった。
どんなに努力しても才能がなければ“上”には行けないことを、肌身で実感しているから。
才能がある人が一時間で習得できることを、才能がない人間は十年かけて習得しなくてはならないのは、嫌というほど知っている。
これならいっそ武の才能がなければ諦めがつくのに、などという弱音は口に出来なかった。
私は、落ちこぼれでも腐ってもハーティー家の娘なのだ。
◇◆◆
『開示の儀』の翌日、私は朝陽を見ながら決めたことがある。
見慣れた窓からの景色を眺めながらグッと拳を握った。
多くの民が暮らす住宅街と『緑の大国』という呼び名に相応しい荘厳で美しいこの風景。
なだらかな丘も。
距離があるために霞んで見える深い青緑の山脈も。
神々しい光を放つ太陽も。
広がる景色の全て、ハーティー家が王家と共に代々愛し、守り抜いてきたものだ。
望まぬ才能を持っていたとしても根本は変わらない。
「戦いもせずに尻尾を巻いて敵前逃亡をはかる腰抜けに成り下がるなんて、私の矜持が許しませんわ」
上っていく朝陽が少しずつ屋敷や私の髪や顔を照らしていく。
ハーティー家は騎士の家系だ。
激しく時に狂暴な相手を制することに重きを置く。
闘争心を以て、恐怖や惧おそれを揺るがぬ意志に換え、強大な“敵”に向っていく。
その時の感覚は最上の快感になって、敵を制することができれば得も言われぬ達成感や多幸感を得られる。
才女と呼ばれる二番目のお姉さまでさえ、自分よりも立場や実力が上の相手と対峙すればするほど“ゾクゾク”するのだとこっそり教えてくれた。
当主やお父様、私は戦闘によってそれらが得られることを、二番目のお姉さまやお母様は政や人間関係の中で見出した。
(ただ問題があるのよね。お父様もお母様も、おそらく当主である一番上のお姉さまも『錬金術師』の才能を伸ばせとおっしゃるでしょうし、二番目のお姉さまに相談してみようかしら)
武器も新調する必要があるし、そう言ったこともまとめて相談してしまえばいい。
自室を出たその足で私はまず二番目の姉がいる部屋へ向かった。
二番目の姉が寝るのは朝食の後なので、まだ起きているはずだ。
「別に私はお金が欲しい訳じゃないもの」
だから、錬金術を極める気はない。
『錬金術師』は多くの金を生み、極めれば優れた回復薬や霊薬をも生み出せる。
貴族であっても流行り病は怖いし、病気になれば死ぬ。
一定の需要があるから『錬金術師』は重宝される。
優れた錬金術師は王家お抱えになることも出来る。
王族に仕える、または王に近い所にいるという事は貴族にとって最大の名誉だ。
王族に近い所にいれば、それだけ容姿や才能で側室や婿として血を混ぜることもできる可能性が高まる。
だから、自分の子供が『錬金術』の才能を持って産まれると躍起になるのだ。
(まぁ、ハーティー家はそうではないのが救いね。元々、王家の血を引いているわけだし)
考えるだけで面倒で、嫌になる。
貴族に生まれたからには義務は果たすけれど、窮屈で仕方がないのよね。
立派な貴婦人になる為のマナーやレッスンは退屈で面白みがないし。
三女だから結婚をせかされないのだけは幸運だけれど。
◆◆◇
付き添い歩く従者のルーブを煩わしく思いながら扇子で顔の半分を隠す。
視線は不躾にならない程度に周囲へ。
社交界で見たことのある顔ばかりだったが数名見覚えのない顔もある。
立場上、どういった立場の人間なのか知って置く必要があった。
(まずは情報収集かしら。ある程度の噂は知っているけど事実かどうかはまた別の話だった、というのはよくあることだもの)
ちらりと傍に控えている従者に目線を向ける。
それだけで私が何を言いたいのか察した従者は目礼してそっと目を伏せ、離れていった。
教員に話を聞きに行ったことを確認して戻ってくるのを待ちながら小さく息を吐く。
(面倒そうなのも結構多いわね。事前に聞いてはいたけれど、距離の取り方まで気にしなくちゃいけないとか面倒極まりないわ)
基本的に腹の探り合いは好まない性質だから、細々とした策略や謀を仕掛けようとしている連中を見ると武力で一気にカタをつけたくなるのよね。
似たようなことを幼少のころに話した時は二番目のお姉さまには呆れられ、一番目のお姉さまは楽しそうに笑っていた。
(そういえば今年から新しい制度を採り入れるという話を聞いたけど、どうなのかしら。従来は学院寮で生活するとはお姉さまから聞いているから把握しているけど、息が詰まるのは目に見えているし良さそうなら新制度が適用される方を選択してもいいわね)
そんなことを考えているうちに従者のルーブが戻ってきた。
「お嬢様、どうやら庶民や下級貴族の三男といった者たちが多いようですね。順に名前をお教えいたしましょうか」
「下級貴族や庶民なら後でも構わないわ。ハーティー家と敵対関係であったり悪い噂の貴族さえわかれば充分よ。下がりなさい」
「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません。御用があればいつでも言いつけて下さいませ」
「考えておくわ」
ふんっと鼻であしらった所で比較的交流のある貴族たちがこちらに向かってきているのに気付く。
お父様や当主が認めている家の子息や子女なので面倒は少ない。
素早くお嬢様の仮面をつけて優雅かつ堂々と見える様に佇まいを直す。
そこからは普段の社交界と変わらないやりとりへ発展したが、内容は錬金術にまつわる事柄が多かった。
(少しは目を通すべきだったかしら? 全く興味がわかなかったし、斧の訓練で忙しかったから一度も開いてないのよね、教科書)
適切かつ最善の相槌を打ちながらそんなことを考えているうちに学院の校長が話し始める。
一応耳を傾けてはいるけれど殆ど聞き流していた。
お決まりかつ常識でしかない事柄を説明する校長に呆れつつ視線を走らせば何故か驚いている貴族たちの表情がやたら目に付く。
(ま、まぁ私は一般的な貴族より庶民の生活について知っていますものね……って、そこから説明するの?! 冗談でしょう)
勘弁して、と頭を抱えたくなるのをこらえて周囲から聞こえてくる喧騒を頼りにどうにかやり過ごす。
結果として私は導入された工房生制度を利用することを即決した。
座学や面倒な人間関係を卒業まで続けるよりましだと思ったのが一番の要因だったけれど、今思うとこの判断は英断だったのよね。
同じ工房で生活するメンバーが決まった時、実は嬉しかった。
(面倒な貴族独特の気遣いをしなくてもいいだけで充分ご褒美みたいなものだったのに、街の外へ出かける機会もあるなんて学院で閉じこもって勉強三昧より何百倍もマシよ)
頭の悪そうな庶民の女と胡散臭い主席の男は適当に相手をして、必要最低限のアイテムが作れるようになれば後は戦闘三昧!
なんて素晴らしいのかしら、なんてことも考えた。
(なんて……現実はそんなに甘くなかったけど、悪くはないのよねぇ。この工房生っていうのも)
自分で入れた紅茶を飲みながらお茶菓子を摘まむ。
今日のお茶菓子はライムが調合したクッキーだ。
数種類のスパイスと少量の乾燥果物を細かくしたものが入ったこのクッキーは一枚食べたら癖になるので、気を付けないとあっという間に食べつくしてしまう。
「ねぇ、ライム。このクッキー明日も食べたいのだけれど」
私の入れた紅茶を幸せそうに飲むライムは見ていて微笑ましい。
同じ工房で生活することが決まった時は“頭の悪そうな庶民の女”だと思っていたけれど、実際は“非常識の塊で有名人の孫”だった。
伝承でしか存在しない黄色と緑の双色の髪をもつこの少女は、とんでもない田舎から来たらしく見ているこちらが不安になるほどに常識を知らない。
その上、錬金術師としてもっとも有名な『オランジェ・シトラール』様の孫だというのだから世の中分からないものだと本気で思った。
「いいけど、明日は別の味を試してみようと思ってるんだよね。リアンが商品にしたいって言ってたし、安い材料で飽きないクッキーを作るのが目標。乾燥果物とかスパイス入れるとどうしても材料費が上がっちゃうんだよ。それだと売値を上げなきゃいけないって教えてもらったんだけど、安い材料で美味しくって難しい」
腕を組んで眉間に皺を寄せる姿はどこか間抜けで緊張感に欠けるけれど、ライムらしくて思わず笑ってしまう。
「私も何か作った方がいいかしら。特にコレを作りたいっていうのがないのよ。ライムは何か作って欲しいモノある?」
「あるある! 爆弾作る時に見学させて! リアンなかなか許可出してくれないから退屈なんだよね。毎日クッキーとか食べ物ばっかり作ってると飽きるんだもん。しかも保存ができるからって乾燥果物とクッキーのオンパレード! 絶対リアンの好みも入ってるよね。美味しいパンとか錬金術っぽい食べられないものとか作りたいのに、毒薬系も爆弾も禁止されてるし」
ストックが必要なのはわかるんだけど、なんて少し憤慨している様子のライムに苦笑しながら、ふと疑問に思う。
工房内にもう一人の工房生はいないようなのでいい機会だ。
自然と持ち上がってしまう口元をそのままに黄色と緑色が混じった瞳を見る。
初めて見た時、珍しい双色の髪には驚いたし目を惹かれたけれど、実際にこうして話をすると髪よりも大きな瞳に目を奪われる。
ゆっくりとまだ紅茶の残るカップをソーサーに戻してハンカチで口を拭けば、ライムもカップを置いた。
「ベル……?」
「前から思ってたんだけど、何故ライムはリアンのいう事を聞くのかずっと不思議だったのよね」
「へ? ええと、ごめん。ちょっと意味が分からないから、もう少しわかりやすく話してくれると嬉しいんだけど」
「同じ工房生で生徒なのにリアンが禁止することに関して抗議はしても、実際に実行することはないじゃない? だからどうしてなのかしら、と思ってたのよね。貴女の大好きな調合に関することだって、ただの助言みたいなものなんだから無視すればいいのに」
リアンもリアンだと密かに思う。
彼――…リアン・ウォードは最初にあった時から胡散臭い笑顔を張り付けていた。
実家が大きな商家であり、庶民としては恐らくかなり裕福でそこらの貴族にも勝るとも劣らない財力を持っているのは間違いなかった。
入学試験でも首席合格者だったみたいだし、知識も多いから妙に頼りがいはある。
(ただ、性格に癖があるのは最初に視た瞬間から分かっていたけれど、癖どころか難しかないし。私は御免被りたい相手だわ。察しがいいことだけはまぁ、助かるけど)
顔は悪くはないけれど好みじゃないし、そもそも相性が良くない。
ライムの好みがわからないので口出しはしないけれど、リアンは止めておくべきだと私は考えている。
ぱっと見はわからないけれど、彼は彼なりにライムを気にかけていることだけは十分わかっているから複雑と言えば複雑だ。
(ライムの周りにいるまともな男は今の所、見習い騎士の二人位よね。リアンもディルも爆弾級の訳アリ物件だし)
割と本気で心配している私をよそに、ライムは私の言いたいことが分かったようでどこか嬉しそうに話し始めた。
「ああ、なるほど! 私も最初はこっそり調合しようかなーって思ったんだけど、リアンが禁止した爆弾の調合はおばーちゃんにも魔力の調整や“お手本”を何度か見るまでは手を出さないようにって何度も言われてたからさー。あと、毒は扱いが結構面倒だし、売り物には向かないから材料勿体ないし」
戦闘に使うにしても、投げるの失敗して自分にかかりそうなんだよね……
そう、小さな声で呟くライムに呆れるやら感心するやら。
「確かにライムなら間違えて自分に毒薬かけそうだしリアンが禁止する気持ちもわかるけど。貴女って調合や採取になると割と頼もしいのに、戦闘になると壊滅的よね。もう才能の問題だわ」
「う。し、仕方ないんだよ。私、モルダスに来て初めて自分の武器を持ったし、戦ったことなんてなかったんだから。あ!だけど、一人で野良ネズミリスとかスライムは倒せるよ」
「それ、倒せて当然の相手よ」
「くっ……!そ、それに時々エルに人と戦った時の防御方法とか教えて貰ってるし。皆ほど強くはなれないと思うけど、自分の安全くらいは守れるようになる予定だし、体力はリアンよりあるもんね」
今すぐには無理だけど、いつか一人で強いモンスターも倒して見せるんだからと小さく呟いて紅茶を飲み始めた。
暫く私も無言だったけれど紅茶を飲み干したらしいライムが口を開いた。
「ねぇ、早速だけど爆弾の調合見せてくれる? ベルが調合してる時って私も調合してるからさ、中々じっくり見る機会がないんだもん」
「そういわれるとそうね。私は何度かライムの調合を見たけど……いいわ、ちょっと準備するから待ってて」
「材料は私が持ってくるね。ついでに取ってくるものもあるし」
嬉しそうに地下へ向かうライムを眺めながら、私も調合馬鹿の二人に毒されたものだと笑ってしまった。
最初こそいらない才能だと思っていたけれど、実際やってみると悪くはない。
「本当になんでも経験してみるものね」
お姉さまが言っていた通りだったわ、と独り呟いてから調合釜へと足を向ける。
錬金術師に対する熱意と憧れをもつ同じ工房生二人を思いながら、私は小さく笑っていた。
(今日の夕飯は何かしら。調合が終わったら、ライムに聞いてみるのもいいわね)
意図せずに手に入れた身分を気にしなくていい、気軽なこの関係と生活を私は案外気に入っている。
◇◆◇
ウォード商会に行っていたリアンが戻った時、ライムはすでに夕食の支度をはじめていた。
チラリと見えた紙袋には果物や調合に使う素材が入っているのが見えた。
リアンはまず工房に入るなり無言でライムを探し、キッチンにいるのを確認してから私に気づいたようだ。
「ベルもいたのか。その机の上の爆弾は?」
「ライムが調合過程を見たいっていうから作ったのよ。あっても無駄にはならないでしょう?」
「なるほどな―――…なんだ、その顔は。言いたいことがあるなら口にしてくれ。妙なことになりかねない」
酷く煩わしそうに眉を顰め私を見るリアンに私はライムがいる方へ視線を向けてから、再び何食わぬ顔をしている男の顔を見据える。
「別になんでもないですわよ。帰宅する度にライムを探すのはどうしてかしら、なんて思っていないわ」
「目を離している隙に何をするのかわかったものじゃないからな。君や僕が想定しないようなことをやらかすのがライムだ」
この説明に私は一瞬、納得しかけたけれど、リアンにも聞きたかったことがあるのだ。
ライムに聞いた内容とほとんど同じだし返答はわかっているのだけれど、聞かずにはいられない。
「それと、ライムに調合の制限をかけて私にかけないのは何故? 普通に考えたら、あの子より私の方が調合の成功率は低いのに」
もっともな疑問だと私は思うのだけれど、リアンは指摘された瞬間何故か驚いたように目を見開いていた。
小声で「言われてみればそうだな」なんて呟いている辺り、こっちもこっちで問題があるようだ。
(同じ工房生同士で恋愛関係になられて後々こじれたり迷惑を被るのは遠慮したいんだけど、何故かしらね。この二人、というかライムをネタにリアンを弄るのが面白くてやめられないのよねぇ……精々悩んでくれると多少胸が空くのだけれど)
偏屈で面倒で利己的なこの冷徹眼鏡が盛大に振り回されたり、戸惑ったりする相手って今の所ライムだけみたいだし。
恋愛の情があるのかどうかはまだ分からないし、ライムが持っているオランジェ様の遺物が大きな関心ごとっていうのも間違いない。
(だけど、ねぇ…―――?)
ふふ、と思わず漏れた笑い声にリアンが訝し気な視線を向けてくる。
眼鏡の奥の鋭く冷たさを多分に含んだ視線は明らかに笑みの理由を問うていて、それが更に笑いを誘った。
「今更だけど『錬金術』の才能があると色々と面白いものが見られることに気づいて、柄にもなく感謝しただけよ」
神様なんてあまり信じていないけど、と返事を返し紅茶を飲む。
「頭でもやられたのか?」なんて貴族の、というか女性に向けるべきものだとは到底思えない言葉を残し、リアンはキッチンにいるライムの元へ。
買ってきた果物を渡しているの所見ると頼まれたのかもしれない。
育った環境も性格もまるで違うこの二人は私にとって本当の意味での“親しい友人”になっていた。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
こうやってちょっとずつ主人公目線以外の番外編も書いていけたらなー……なんて。