番外編 変わらぬ君と変わる僕と 2
ああああおわったあぁあああ!!!!
ちなみに、本編と少し食い違う部分は、リアンが話すときに「話さなくてもいい」と判断し、ぼかしたからです。
机に向かって、ペンを置く。
最後に書いた手紙のインクが乾いたので、封筒へ入れて、次々に封蝋をしていく。
使うのは個人紋。
商人には、個人の紋を登録し持っている者も多い。商会の紋は使えないし、家紋は公式の場に出すにふさわしいものにしか押さないからだ。
この手紙達の宛先は関係各所。
主に、捜索に協力してくれた上に情報をまとめ報告してくれた方々へ向けたもの、心配の手紙を送ってきた相手へ感謝とライムの無事を伝えるために書いた。
後でライムにもどういったことをしたか話しておくつもりではあるが、あくまで『心配していた相手』を伝えるにとどめる。
「まさか、盗賊を懐柔するだけでなく奴隷にするとは……普通なら、死んでるぞ」
ライムが誘拐されたと分かって、日数が経過するごとに近づいてくる『手遅れ』という名の現実から目を背けるように、ひたすら出来る事をし続けた。
僕も、ベルも、サフルも―――ラクサ達も。
大きく流れが変化したのは、捜索隊が大きくなったのはベルが『当主』の協力を取り付けてからだ。
ベルから聞いた話によると『仕掛けた』貴族を取り潰す方向で当主が動いて、たった三日でレーナに嫌がらせをした令嬢の家は没落。
その領土や資産は九割をハーティー家が。残りの一割りをクレインズ家が受け取ったようだ。
曰くハーティー家は土地、クレインズ家は土地以外の資産という内訳だという。
マリーポットを誘拐することを企てた令嬢の家は、広く広大な土地が与えられていたものの場所は辺境。首都からは遠かった。
一応、首都近くにも屋敷を持つ程度の土地はあったが、統治すべき本来の土地とはかなり離れた場所にあるそうだ。
加害者の家について詳しくは知らないが、中流貴族というのは『先祖代々、広大な土地を持っていたが『有用性』を示せなかったことから、その領土が縮小した』というパターンか『そもそも辺境の一角を与えられたが、何らかの功績をあげ首都の一部を新たに領地として与えられた』といったパターンが一般的だ。
今代の当主はほぼ、統治能力を持たなかったようだから、僕の見立てでは前者の領土縮小の末、という線が濃厚なのだが、あながち間違いでもないと思う。
ただ、事実がどうなのか確かめる気はない。
そもそも、貴族関係のゴタゴタに深く踏み込む気もなかったので聞かなかった。
没落する貴族を探っても一銭にもならないしな。
「没落後、当該当主らは借金奴隷、主犯は犯罪奴隷か。妥当といえば妥当だが、まぁ…甘いな。今回金銭を出した人間は罪に問われなかったようだが、そっちの処理は僕が実行すればいいしな――…商人を敵に回すと、碌な目に合わないんだと学習してもらわなくては今後に影響が出る」
国内外でウォード商会と取引のある貴族は多い。
今回は協力者という名の『敵』がいたが、全員が中流貴族。しかもスペアのいる子女ばかりという事だったので、遠慮なくやらせてもらおうということになった。
ハーティー家の当主もだが、父も母も相当腹を立てていたからな。
商品流通の制限や『理由』を付けた上での商品の値上げ、買い上げ価格を引き下げるなどを行うことを決め、それは国の重要ポストについている面々に許可も得ている。
国の上層部は『厄介ごと』を引き起こす貴族を炙り出し、今後軽率な行動ができないように警戒させるという長い目で見た国益をとった。
元々、辺境の地を武力のあるハーティー家に任せたいという思惑もあったようだしな。
僕らのような庶民の味方をする、というポーズもある程度必要だと判断したのもあるだろう。特に肝いりの『工房制度』の生徒に手を出したのだから、まぁ、妥当な判断だ。
第一期生にあたる僕らには極力『優秀な成績』で卒業させたいだろう。
良い記録というのは引き継がれやすい。
「国には陳情書、こちらには抗議文が送られてきているが――…最終的に金を出した子女を借金奴隷に落とし、その金に色を付けて返せば元に戻す、とか何とか言っていたか。それ以外にも毟り取るつもりだったからそれはそれでいいが…問題は、一つ」
商会がまた大きくなり、影響力を増すのは間違いない。
両親と話したが、受け取った金の分配については予め決めていたが、かなりの金額になったので教会・騎士団・冒険者ギルド・商会ギルドへの寄付は決定。
寄付と言っても少額だが。
「ライムにどう受け取らせるか……かなりの資金を使っているだろうから『迷惑料』として徴収したことにすれば、なんとかなるか? 迷惑をこうむったのだから受け取っておけといったところで納得するかどうか」
封をした手紙達を一つの袋に入れて明日の朝に出せるように準備を終え、立ち上がる。
その際に深いため息が漏れたのは仕方がないだろう。
色々考えたが今日するべき事は全て終わったので、今日は流石にゆっくり休もうと錬金服を脱いで寝間着にしている服に着替え、魔石ランプを消しベッドへ。
意識が闇に溶け体と頭が休息を貪ろうと睡眠状態に足を踏み入れたところで、突如異音が室内に響いた。
ガリガリ、という暗い部屋の中で響く音は爪で木の板をひっかくようなソレ。
気配を探れば、どうやら二つ。
敵意はないようなのでドアを開けようと近づけば短く、そして鋭い鳴き声。
「……ルヴとロボスか?」
何事だ、とドアを開けるとそこには二頭がそこにいた。
ロボスはウロウロと落ち着きなく、ルヴは不安そうに耳や尾をたれさせたまま、お座りの姿勢でドアの前にいた。
僕を見るや否や、服やズボンの裾を噛んで階段の方へ向かうので、おそらく緊急事態なのだろう。
この二頭のことだから、おそらくライムに関することだ。
「ライムの部屋か」
意図が伝わったことを理解したらしい二頭はパッと僕から離れ、ライムの部屋へ。
何処か急かす様な普段は見ることのない行動に、嫌な予感を覚え階段を降りると、開け放たれたドアから部屋の中が窺えた。
窓際に置かれたベッドは、冬の初めにしては珍しく出た月に照らされている。
ライムの部屋は僕ら三人の中で一番『物』がないからか、妙に寒々しく見えた。
「ライム、入るぞ」
眠っているとは思ったが、一言断って室内へ足を踏み入れる。
ライムの部屋は土足厳禁なので、靴は脱いだ。
以前は絨毯やラグが敷かれていなかった部屋に絨毯が敷かれるようになったのはルヴ達の為だと聞いたのを思い出しつつ、人の形に膨れたベッドへ近づくと双色の髪が布団と枕の間にあるのを確認。
心配そうな二つの視線を受けて『鑑定』をすることに。
流石に夜に眠っている相手を起こして「大丈夫か」などと聞く必要はない。
詳細鑑定は、眼鏡についているのでいつものように少量の魔力を流すとパッと目の前に鑑定結果が出た。
名前や年齢、才能に身長や体重、体のサイズなどもわかるので『親しい人間』には使いたくない。女性に『体重がわかる』などというのは自ら爆弾に飛び込むようなものだろう。
「―――……ッ! ルヴ、ロボス、ニヴェラ様の所にどちらが早く手紙を届けられる?」
僕の声に真っ先に答えたのはルヴ。
その場で見えた鑑定結果の症状は、完全に想定外だった。
足音と気配を消して奴隷を休ませている部屋へ向かい、ノックもせずにドアを開ける。
眠っていたらしい彼らのうち、健康だったトーネとシシクという男が驚いたように僕を見ていた。起きたなら丁度いいと、シシクと呼ばれる男の前に立つ。
「嘘偽りなく答えろ、ライムは何を食った。毒性の強いものを摂取したはずだ――…させた、のかもしれないが」
「ッなにかあったのか?!」
「なければ聞かない早く答えろ」
動揺など知ったことではなく、最悪を避けるために首などを抑えるような真似はしない。
しないが、短鞭を急所にひたりと押し当てる。
意図を察したのか、男はすぐに冷静を取り戻す。
「ま、魔力を回復する花だ。沼地にある、白い―――」
そこまで聞いて原因が分かった。そして、ライムがそれを口にした理由も。
舌打ちを一つしてから踵を返し、懐からメモ帳を取り出して摂取した植物、現在の状態と解毒薬を至急用意し、ルヴの首に付けた道具入れに入れて欲しいと綴り、金は金貨二枚を入れておき、足りなければ後で払う旨も記載した。
「ルヴ。可能な限り早くニヴェラ様の元へ行って薬を受け取って帰ってこい。ライムが危ない」
一度部屋に戻ってからになったが、道具入れを首輪に括り付けた。
用件だけを簡潔に言えば返事を返すこともなく、机に乗ったので窓を開けるとルヴは二階から飛び降り、そしてそのままニヴェラ様がいる雑木林に向かって駆けていく。
一瞬で掻き消えた姿に安堵する余裕もなく、猶予もない。
「ロボス、サフルはどこだ」
尋ねるとロボスは階段を駆け下り、サフルに与えられた自室へ。
時折、サフルは外に出かけていたりするので部屋にいることに安堵しつつノックをしてからドアを開ける。
基本的に奴隷の部屋に鍵はかけていない。
眠っていたサフルだがドアの開く音で目を覚ましたようだ。
「リアン、様……? 私は何をしたらいいのですか」
「理解が早くて助かる。ライムの部屋にお湯を運んでくれ。毛布が余分にあるなら毛布も頼む。ないようであれば、僕の部屋から持ってきてくれ」
「かしこまりました。お急ぎのようですので寝間着のまま失礼いたします。また、湯が沸くまで少し時間が掛かりますので、私のもので申し訳ないのですが先にこちらの布団をお持ちいたします」
「頼んだ。理解が早くて助かる。あとは桶、タオルも頼む。対処しながら状況を話す。もし、ベルに何か聞かれたら僕に言いつけられたと言ってくれ。ライムの部屋にいるのを悟られるのは少し避けたい」
無言で頭を下げたサフルは素早く布団を畳んだ。
それらを持ったサフルとともにライムの部屋へ向かう。
部屋の中を温めるために、カーテンを閉め、手早く布団をかけていく。
「サフル。僕の部屋に入ってすぐ、本棚の上から二番目の左端にある小箱を持ってきてくれ。体温計やなんかが入っている。湯を沸かした後で構わない」
はい、という返事と共に部屋から退室したのを見て、ライムの体の位置を正す。
仰向けにしてから、青白い額に手を乗せ、そして首筋に触れる。
本来であれば温かい体温を感じるはずの首は、ひやりとしていてひとまず、手足の温度も確認する。心臓から遠い場所ほど冷たくなっていて、確認したが凍傷とまではいかないがかなり状態が悪いことは明白。
「まさか、レジェリピート……人魂花を口にするとは」
毒、というのはあの奴隷も知っていたのだろう。
それでも、ライムであれば口にするはずだ――…毒と分かっていても、それを口にすることが『必要』だと感じたら。
詳しい事情を聴くのは症状が安定してから、と思ったがそういうわけにもいかない。
魔力を回復するというプラス効果があるのは知っているし、様々な薬の素材にもなる花だ。
比較的有名なこの花は一日二輪迄なら問題なく魔力を回復することができる。ただ、三輪目から、中毒症状を呈する。ライムがどのくらい食べたのかはわからないが、定期的に摂取していたのだろう。
消化しきらないうちに、摂取すればもちろん毒症状は現れる。
「リアン様、お持ちいたしました」
「クッションをいくつか、そして温かい飲み物――…いや、やめておくか。解毒薬に影響があっては困る。シシクを連れてきてくれ。一応、毒花を摂取するに至った経緯を知りたい」
温かいタオルです、と渡されたものを受け取る。
アツアツとは言わないまでも人肌よりも高い温度になったそれを受け取り、首と脇の下へとりあえず挟んでおく。
「あの、ライム様が購入してくださった【ユタンポ】という保温道具があるのですが」
「オランジェ様が広めた湯を使って暖をとる道具か。持ってきてくれると助かる」
「かしこまりました」
ぱっと再び踵を返したサフルに少し安堵する。
少しでも体温が上がれば、というかこれ以上下がらなければそれでいい。ひとまずは。
箱の中から、体温や血圧などを図る道具を取り出し、それらを適切な場所へ使用する。
結果は分かっていたがどれも低い。
「ルヴ達が気づいていなければ、明日まで持っていたかどうか……万能薬が効くというのは耳にしたことがあるが、中度まで効果があると書いてあった。重度になると、別の薬が必要だった筈だが、ストックがあるかどうかは賭けだな」
重度の中毒症状は、体温の低下、血圧低下、意識消失―――…内蔵機能の停止後に死亡。
悪いと思いつつ、口の中に指を入れる。
まだ、手遅れという所までではないようだ。次に毛布の間から手を入れて、ライムの服の中へ手を入れてみる。
まだ、腹や心臓がある胸の部分は表層は冷えてきているものの熱は失われていない。
それも時間の問題だが、応急処置として外側から徐々に温めるくらいしかできないので、ルヴの帰還だけが望みだ。
「戻ってきたと思ったら、これか…ッ!」
勘弁してくれ、と出た言葉を吐き捨てる僕の声が聞こえたのか、ゆっくりとライムの瞼が持ち上がる。
ぼうっと焦点のあっていない上に光がない彼女らしからぬ瞳がひたりと僕を捕らえた。
「――…い」
「なんだ?」
微かに動く血の気の無い唇に耳を寄せると冷えた吐息と共にかすかな声。
「さむ、い」
「だろうな。安心しろ、ちゃんと温めてやる」
ほぼ意識がないと言ってもいいような、そんな声に応えるように、ひとまず手を握ってみる。当然だが、それだけでは小さく柔らかい手はまだ温まらない。
「さ、―――…い」
「休んでいい。毒は僕がどうにかする。最悪、万能薬を投与するがいいな」
返事はなく、そもそも期待はしていなかったので自己満足だ。
最後の言葉だけは寒さを訴えるものとは少し、違う様な気がしたが意識なんてほとんどないだろう。良く話せたな、と素直に思った。
サフルはユタンポという冬場に使う布団の中などを温める道具とシシクを連れてきていた。
シシクはすぐにライムへ視線を向けてギョッとする。
「経緯を話せ」
「ッ、暗殺者に狙われた際に、ラ――…主をかばい、クギが負傷。その武器に付けられていた毒が最新の毒でした。主は解毒薬をつくるために手持ちの魔力回復薬と睡眠による自然回復を図りましたが、足りず……毒花を利用しています。その、予防薬などを飲んでから解毒に」
それを聞いて納得した。
予防薬を飲んでいたから症状が出てくるのが遅く、そしてゆっくり―――体を蝕んだのだ。
「経緯は分かった。もういい、戻れ―――僕が、うっかりお前を殺す前に」
淡々と事実を話せば奴隷は一礼して部屋を出ていったようだった。
サフルは何も言わず、てきぱきとユタンポに布を巻きつけ、そして手渡してくれたので、適切な場所へ。
後は、薬を待つだけなのだが、サフルはルヴが戻ってくるのを外で待つそうだ。
風邪をひかないよう、上着を羽織る様には伝えたが僕もやることは多い。
「念のため水差しをご用意しています。他にもご入用のものがありましたらお申しつけください、と言いたい所ですがシシクに伝えてくれれば私にも伝わりますので、お手数ですがよろしくお願いいたします。お前はドアの外で待機するように」
サフルが礼をし、すぐに奴隷の男を連れて部屋を出ていく。
奴隷というのは、上下関係がかなりしっかりしている。
ライム所有の奴隷たちの中で一番立場が上なのはサフルだ。
犯罪奴隷は、最下級。
なので、基本的にサフルの言うことに逆らうことはできないし、サフルが伝える言葉は例外を除いて主人の指示となる。
「君は全く、どうしてこう次々に問題を起こすんだ。不可抗力だとしても、奴隷を助けて死にかけるなんて、馬鹿のすることだぞ」
体温計を確認しながら、体が冷えすぎないよう火を、とも思ったがライムの部屋に暖房はない。ロボスを呼んで窓とライムの間に寝て貰った。少しは温かいだろう。
「暖め過ぎると毒が回るから、この温度を保った方がよさそうだな…解毒薬を飲んでからは、もう少し温めた方がいいだろうが」
汗をかいている場合は着替えさせた方がいいので、ドア外の奴隷へ指示を出し僕の着替えの中から比較的保温効果の高い服を持ってこさせた。
後は飲み物を飲むなどすれば体温は上がるが多少意識がないと怖いので、これも解毒が終わってからだ。
「予防薬は、副作用の発現を遅らせることができるが『消す』ことができるわけではないからな。風邪などの病で有れば対処できるが、副作用などは別。それを知っているのかまでは知らないが、この状態での旅は危険すぎる…ある意味、英断ではあったのかもしれないな」
個人としては、許容できない。
ただ、忠実な奴隷を作るには効果的だとも思う。
現に過去に理不尽な扱いを受け盗賊になった彼らが、契約内容を見ると『犯罪奴隷』と大して変わらない契約を結んでいるのが何よりの証拠。
ライムが出会ったときに『意図的に他者を殺していない』としても、一度私怨で人を殺せばハードルが低くなる。短絡的な行動をとりやすくなる、という表現もできるが、そこから食料品だけでなく様々なものを襲い、そして奪うのも時間の問題だ。
契約で縛られているとはいえ、犯罪行動は頭の使い方次第で何でもできる。
主人の目を盗んで、などというのは割と多い。
だから犯罪奴隷はすぐに死ぬような場所に送り込まれ、消費される。
商売をしている人間であれば、一度は経験がある『犯罪奴隷』を購入して使うという行為。
僕も使ったことがあるが使い勝手は最悪だった。
モラルは低いし、隙あらば手を抜く。
指示は的確かつ罰を常に付加しなければ、こちらが望む半分以下のパフォーマンスしかできない。
それがわかっているから、犯罪奴隷は歓迎されない。
今回、ライムの奴隷たちが受け入れられたのは『ライム』が主人だということが大きい。
彼らは、常にライムを守ろうと常に警戒をし、自然に守る陣形になっていた。反発しても良さそうな挑発にも乗らずただ、憤りのようなものをにじませたのはライムが馬鹿にされた時だけ。
食って掛かろうとするのを唇を噛んだり、掌から血が出るほど爪を皮膚に食い込ませることでこらえていた。
あとで聞くと、ライムを馬鹿にした冒険者は、ラクサの依頼によるものだったそうで。
奴隷たちが堪えきったところで、ラクサは「合格」を出した。
僕らも聞かされていなかったので驚きはしたが、納得もする。
元々、奴隷に対して良い感情を抱いていないのは分かっていたから、試すくらいはするだろうとベルやディル、ミントといった面々と話していたのだ。
サフルに関しては信用しているようだったが、新しい奴隷をずっと観察していたので信用も信頼もしていないのだろう。
これに関しては僕とベルは何も感じなかったが、ライムの反応が少々意外だった。
ラクサに「面倒な手配とかしてくれてありがとう」と礼を言うとは、考えてもいなかったから。なんなら、僕らは「どうしてこういうことをするの」などと問い詰められるだろうとすら思っていた。
驚いたラクサがそう告げるとライムは心底不思議そうな表情で首を傾げる。
―――…盗賊を連れてきて奴隷にしたから、ハイ安全! 信じますってことにはならないでしょ? 自分に危険が及んだり、噂話とかで売り上げだったり自分の印象とかも変わっちゃうかもしれないわけだし。
そう続けたのだ。
彼女自身が目指すものと、犯罪奴隷へ対する認識にはかなり、矛盾というか無理があると思ったのは僕だけではなかったらしい。
そこを突っ込まれたライムは、普通に何でもない世間話を始めるかのように言い切った。
「犯罪奴隷は私も信用できないけど、私はトーネ達自身を信じて、任せたいって思ったから。契約にもちゃんと盛り込んだよ。どうせ死ぬんなら『やってみたかったこと』に一度でも挑戦した方が良くない? 失敗しても、元が取れる様にはするつもりだし」そう、奴隷たちの前で断言。
これを聞いたサフルは笑顔が固まり、犯罪奴隷―――いや、贖罪奴隷たちは奴隷らしからぬ目で、ライムを見ていた。
その表情は、サフルや時々ディルが向けるそれに酷似していて、ライムは無意識に『自分の味方』を作るのが上手いなと感心した。
そのうえで、ラクサに「信用しなくてもいいから、傍にいる事だけ許してほしい」と頼んでいた。
これにはラクサもお手上げだったらしく、苦笑しながら「分かったッス」とライムの頭を撫でまわし、そして奴隷たちに感情の無い目を向ける。
声もなく「裏切ったらどうなるかわかるな」と口が動く。
それをトーネというリーダーをしていた男と学者風の男は読み取ったらしく、力強く頷いていたが。
懐から時計を取り出して時間を図る。
ルヴが出ていって、もうすぐ三十分が経つ。
戻ってくるのがいつになるのかわからないまま、好ましくない状態が続く。
一分、二分と経過していき、工房からルヴが出発して四十五分ほど経った所で―――ドアが開いて音もなく飛び込んできた。冷えた空気と外の匂いをまとったルヴはその場に座り、そして首元をさらす。普段であれば絶対にしない動作だ。
首輪には出発時と同じく道具入れがついていたので、それを取り外すとすぐさまライムの傍へいき、布団に鼻を突っ込んで状態を確認しているようだった。冷えているのがわかったのか、ロボスとは反対側にそっと横になったのが見える。
中には小瓶が三つ。手紙と金貨二枚そのまま戻ってきていた。
手紙を開いて、目を走らせる。
「―――……なるほど。ルヴ、助かった。サフル、これから解毒薬を飲ませる。一定時間を空けて飲ませなくてはいけない類のものだから、明け方まではこの部屋にいることになる。何かあれば呼ぶが、ひとまず君とドアの前にいる奴隷は下がって構わない」
「かしこまりました」
ルヴと同時に部屋に入って、控えていたので言葉で指示を出す。
一礼し、去ったサフルはよくできた奴隷だと改めて思う。
手紙には、解毒薬は一時間に一度、合計で三回飲ませる必要があり、できるだけ早い方がいいとのこと。
注意事項を読み、ルヴやロボスに一度どいて貰ってから熱と脈を図る。
時々、効きすぎることがあるらしく最初の一本は半分を与え、三十分後に残りを飲ませるそうだ。
手紙の最後には『この薬があれば、間違いなく症状はなくなるわ。後遺症は残らないとは思うけれど、倦怠感や疲労は残るから、ちゃんと休ませてあげてね。お金は、カワイイ『孫』たちの為ですもの。受け取れないし、こういう無粋な真似はしないでちょうだい。無事に帰ってきてくれたのだから、それで充分』と書いてあって、本当に恵まれているなと小さく苦笑する。
どうするの、と心配そうに僕を見上げる二頭を撫でてから、小瓶を半分口に入れて、ライムの体を壁にもたれさせるように移動させ、液体を飲み下しやすいような姿勢に。
鼻をつまみ、開いた口に直接薬を流し込む。
しっかり飲み下すのを確認し、万が一にも吐いたりしないよう、十分程度は後ろから抱えるような形で姿勢を維持。ルヴやロボス、温まった布団などで体を覆うが、まだ体温は低く、少しずつ体温が戻ってきたのは、最初の一本を全てのみ、二本目を投与した後。
その間、着替えをする必要があったので、服を着替えさせ、体温や脈を記録。三本目を飲ませて一時間きっちり経過するまで容態を観察したが、呼吸も脈も、体温も通常に戻り、ようやく安堵の息を吐いた。
「ルヴ。ロボス。お前たちの主人はもう大丈夫だろう。一応、このまま寝かしておいてやれ。一緒に寝るとまた汗をかくから、寝るのは足元で。わかったな」
じっとこちらを見て、ベッドから降りた二頭はそれぞれライムを守るような位置へ。
ただ、頭の方へ行かないのを見ると、ライムが上だと認識していることが窺える。
誘拐されてからというもの、夜な夜な外へライムを探しに行っていたことを僕らは知っている。食事もライムが作り置きしていた二頭用のもの以外は自分たちで狩ったものだけを食べていたようだ。
魔石ランプを消し、自室に上がる前にライムの部屋が見える場所で、ずっと待機していたらしいサフルへ声をかける。
「解毒薬のおかげで、もう何の問題もない。悪いが、寝る前には使用したものをあった場所へ片付けてくれ。僕はもう寝る。初めに起きた人間に起こさなくてもいいと伝えて、もしライムが食事を作るようなことがあれば地下へ取り置きを。一番いいのは休むことなんだが、おそらくライムは通常通り動こうとする筈だ。可能な限り止めて欲しい。それと、サフル自身も寝不足で辛いだろうから、今夜は早く眠れるように配慮しよう」
「お心遣い、ありがとうございます。私はまだ問題なく働けます―――……やっと、働けるのです、どうぞ、お気になさらず」
嬉しそうに笑うサフルはひどく満ち足りた顔をしていたので、思わず「君も大概だな」と笑えば光栄ですと返された。
静かに、けれども言いつけをしっかりと遂行する為ライムの部屋へ入って行ったその背を見届けてから自室へ引き上げる。
真夜中を過ぎ、朝日が夜を押し上げていくのを一瞥し、カーテンを引いた。
もう何もする気にはなれず、眼鏡を置き、ドサッとベッドへ。
深く息を吐きながら全身の力を抜くと、今まで気付かなかった、というか気づく暇さえなかった疲労が押し寄せてきて目頭を揉む。
怒涛の一日だった。
朝から晩まで、というか丸一日が本当にあっという間で、それでいて濃厚すぎたのだ。
しんと冷えた室内に自分一人分の呼吸と熱がある。
つい先ほどまで感じていた他人の気配がないことがこれほどまでに、空しいと思う日が来るとは思わなかったなとまるで、自分らしからぬことを考えて口元がゆがんだ。
「―――……まぁ、いい。生きて戻ってきたと、実感が湧いたからな」
ライムが日常に戻ってきてから、どこか都合のいい夢でも見ているんじゃないかと疑う自分がいた。物事は、こう上手く進まないのだと今までの自分が叫んでいたから。
実際、苦い体験は数えきれないほど。それらが脳裏にべったりとこびりついて、ぬぐえないまま、僕は再会を喜ぶ仲間たちの中にいた。
よかった、と意識が落ちる直前に漏れた本音は、僕を知る他者には決して聞かせられない温度と熱を持っていたように思う。
あと、番外編にアップするのは、こちら(現代)でいうクリスマスの行事。
こちらもまだ書けていませんが、ゆっくりとりかかります。
先に本編ですね(苦笑