番外編 変わらぬ君と変わる僕と 1
短くなりました。が、分けます!わけちゃうぞー!(*'ω'*)
リアン視点です。
体感時間というのは、酷くわかりやすい心の指標だと最近思う。
長く感じる場合は好まざる状況下にいることが多く、あっという間に過ぎ去る場合は自身が心地よいもしくは好ましいと感じていることが多いからだ。
集中度合いにもよるだろうが、などと考えながら『捜索ルート』の最終確認を終え、立ち上がる。
殺伐とした絶望を確かめるための旅は、無駄になる確率の方が高いことくらいこの場にいた全員が嫌というほど理解している。
普段笑顔を浮かべる人物ですら表情は険しく、硬い。
「では、出発します。学院側には騎士団の方からも事情を話し、当該工房生がいた工房の皆さんは『公休』扱いになり、成績には響きませんが、期限は春まで。短期集中で挑みます。向かう先はカルミス帝国周辺の国境。目撃証言や回収した死体、過去の事件などを踏まえ考慮するとこのあたりが怪しいですが、範囲が広いので索敵が得意な人間を多く組み込んでいます。雪が降ると、捜索も厳しくなるので基本的に馬車を使いますが、行方不明者二人を見逃さないよう気を付けてください」
「ええ、任せてくださいまし。冒険者ギルドにも探索願を出してありますわ。今のところ目撃証言はないようですが、各地に散った冒険者へ情報はある程度広まっていることと思います。少なくとも、私たちの店を贔屓にしてくれると明確な意思を示しているグループには速達で手紙を送っていますの―――…個人的に親しい他国の友人にも、情報を募っていますわ」
続々と最新の活動や情報が飛び交い、外へ出る準備を進めながらも少しでも発見率を上げるために、ぎりぎりまでその場にいた全員で話をしていた。
場所は、騎士団の会議室。
仮眠は取っているものの、僕を含め充分な休息をとっているとは言い難かったが、眠れないものは仕方がない。
残っていた飲み物をそれぞれ飲み干し、口布をしたところで大きな音を立ててドアが開かれた。
ノックもなく開け放たれたドアからは大量の冷えた外気が流れ込むが、それ以上に緊張感と殺気で空間が重く呼吸をするのも苦しいほどに膨れ上がる。
視線の先には、年若い騎士。
ぜぇぜぇと喘ぐように呼吸をしつつ、ゆっくりと顔をあげて僕らに向かって崩れ切った笑みを向けた。
「ら、っ、ライムちゃんが、戻ってきました!! 一緒に誘拐されていたマリーポット嬢も確認できています!」
音が消え、呼吸が消え、殺気が消えた一拍。
一瞬の無のあと、周囲を震わせるような歓声とも怒号とも慟哭とも言えない声が周囲一帯に響き渡った。
ベルは、その場にへなへなと座り込み、ミントは無表情でナイフを抜き知らせを持ってきた騎士の首筋へそれを当てて「嘘や冗談だった場合は首を掻き切ります」と静かに一言。
ディルは放心状態で、手に持っていた槍を落としていた。
ラクサはそんなディルの背中を叩き、騎士科の三人は心底ほっとしたようにその場へ座り込んだ。
マリーポットが在籍している女子工房の二人は、お互いきつく抱き合って、声をあげて泣いていた。
一気に弛緩した空気の中、僕はライムが「どういう」状態で戻ってきたのか、その点を確かめたくて命の危機に陥っていた騎士の前へ。
「彼女に異変は」
「異変、ですか?」
「ええ。服は乱れていませんでしたか。露出部分に怪我は? 足を引きずっている、などの分かりやすい外傷はなかったですか。なにより、言動や表情、態度に違和感はなかったでしょうか。雰囲気が違う、どこか思い詰めている、落ち着きがない、ほかにも挙動が可笑しかったり何処か呆けていたり、そういった反応は? 会話はできましたか。服といえば、持ち物は?武器やそれに類するものを身に着けていましたか」
服装の乱れ。露出部分もしくは隠れた部分への怪我はもちろん、精神状態と、そして戦えない彼女が『色々な意味で』無事だったのかが気にかかる。
『ライムなら、そういうことがあっても乗り越えられる』というのはただの都合のいい願望だ。五体満足であればいい、というわけでもないのだ。正直、五体満足で心が無事であることが最良。指一本でも、というのも願望ではあるがそれすらもないということが『当たり前』だから。
僕が考えていることを、目の前の騎士は正しく読み取ったようだった。
喜色しか浮かんでいなかった顔から『騎士』としての顔へ変化する。
「詳細は聞いておりませんが、暴行されたとみられるような言動及び行動、そして異性への怯えなども確認できませんでした。騎士としてそういった方を残念ながら、見たことがありますが今回はそういった可能性は考えなくともよいかと」
ここで初めて少しだけ気を緩めることができた。
ふっと息を吐いたことで目の前の騎士も少し表情をやわらげ、すぐに敬礼をしてから部屋を出ていく。
「なんにせよ、どうにかなったってことで解散とするか。捜索願はこっちで取り下げておくし、学院にも報告はこちらでしよう。ワート教授は担当教諭として無事の確認をするのが先でしょうから―――帰りはお送りしましょうか」
いち早くこの状況に順応したのは、ラゴン・ターラ二十四部隊隊長。
性格は豪胆で豪快。
だが、情に厚くカリスマ性を兼ね備えていて、こういったタイプはかなり厄介だ。
しかも、この地位にいるということは『自分の魅力』を理解し、上手く使ってきたという何よりの証拠。多少の問題があっても部下が彼を慕っているのはここ一か月でよく理解した。
対応力、切り替えの早さも随一。精神的にもかなり強い。
「いや、ここからは私達だけで問題ありません。今回の件ですが、本当にありがとうございました。正直、ここまで色々と協力していただけるとは思ってもいなかったので」
「ワート教授、国民を守るのは騎士の務めです。まぁ、今回はかなり私情も入っているので、後から怒られてしまうかもしれませんがね……世話になっているんですよ。我々も、あなた方錬金術師のアイテムには。アイテムだけじゃなく、貴方の生徒さん達は志が美しく、芯があり、そして我々の『騎士』としての精神を大いに尊重してくれている。子供にそんな風に思われていると実感することが、どれだけ力になることか――…騎士である我らが、騎士であり続けられるのは『守りたい』ものがここに多くあり、その為に身を削り、力を振るい、時に理不尽や不条理、そしてやりきれない気持ちを飲み込んで笑う覚悟があるからです」
いつの間にか、全員が聞き入っている。
恐ろしい人だな、と思うと同時に彼が『隊長』であること、そして問題解決能力が必須の二十四番隊にいることに安堵し、納得した。
「我々にも家族がいます。守りたいものがあります。それを、失わないようにギリギリのところで留まれるようにしてくれているものの一つが、錬金術師がつくるアイテムです。私は、ライム嬢としか面識がありませんが、いい子ですよ。とても。我々の命を、家族を、守りたいものを一緒に守ろうとしてくれている―――そうでなければ、回復アイテムを安値で融通するという発想はない。我々に「困っていることはないか」「力になれることはないか」と聞いてくることなどありえない。錬金術師が、こんなにも有難いものだと素直に思えたのは彼女のお陰です。だから、我々は彼女を、彼女の友人を探すと決めた。ただ、それだけです―――どうか、優秀な錬金術師の卵たちを無事に孵化させてください、ワート教授」
深々と礼をしたラゴン殿に続いたのは、ミルフォイル殿や他の騎士たち。
パッと統率の取れた、見事な騎士の礼をワート教授へ向け、そしてミルフォイル殿が口を開く。
「見つかってよかったです、本当に。今回の件は我々の失態でもありますから、今後、より一層気を引き締めて巡回や警備にあたると約束いたしましょう。まずは、皆さん―――…待ち望んだ再会を果たしてください」
言葉とともに、副隊長が丁寧に外へ通じるドアを開ける。
僕らは顔を見合わせ、そして彼らに向かい合ってから深く頭を下げた。
騎士達は、僕らに祝いの言葉をかけ、今までの苦労や心配を微塵も感じさせない態度で見送ってくれたのだけれど、それが凄いことだと気づいたのはどのくらいいるだろうか。
できるだけ人気のない、最短で工房へたどり着ける裏道を走りながら、ワート教授がポツリと言った。
この一か月でワート教授もかなり体力がついたようで、息切れはしなくなったようだ。
「お前らは、すごいな。正直、今回の件で自分が恥ずかしくなったよ」
それなりの大きさの声に、全員の足が止まる。
寝不足や不規則な生活で落ちた体力を実感しながら、暗闇の中で視線を向ける。
腰にぶら下げた魔石ランプの明かりに照らされ、乱れた呼吸を整えているのを見て、レーナが口を開いた。
「私たちは何もしていませんわ。こんなに協力を得られたのは、ライムさんのお陰です」
「レーナの言う通り、私達の工房ではこうはいきませんでした。申し訳ないとは思うのですが、ライムさんと一緒にマリーが誘拐されて少し安心したのも事実です。あの子一人だと、きっと心細いでしょうから」
そっと目をそらすように俯く彼女の言い分も分からないわけではないが、こちらからするといい迷惑でしかない。不快感をあらわにしたのはベルだ。
けれど、ベル自身『自分のせいで』という感情を抱いているから、言葉は紡がなかったけれど。
「でもまぁ、二人の言うこともなんとなくわかる気がするぜ。ライムってそこにいるだけで『何とかなるだろう』って思わせる力があるっつーか、そういう気持ちになるんだよな。絶望的な状況でも、きっとって勝手に期待して……適切に動ける」
「それはわかる気がしますね。ライムさんがいるといい方向にしか向かないような、そんな気がします。漠然とですが」
エルとイオが何かを思い出すように、空を仰ぐ。
月明かりのない中で、吹き付ける風に肩をすくめるのが見えて、誰というわけでもなく足を動かし始める。
「まぁ、あれっスよね――…二人とも見つかってよかったッス」
「はい。本当に…無事で、よかった。まだ実感はわかないですけど、それでも少し、厳しい状況だって思ってしまったので」
再び大地を蹴る僕らの耳に聞こえる穏やかで力強いラクサとミントの声。
二人は基本的にそれほど話さなかったけれど、比較的安定している二人も日に日に憔悴していくのをみて、自分もつられるように焦っていたんだなと今更ながらに思う。
冷静でいるつもりだったが、あくまでつもりだったと自覚した。
それから、全員が無言で足を動かし、遠くに見えた見慣れた工房をとらえた瞬間グンッと急加速したのは、レーナだった。
ギョッとしたのは僕だけではなかったらしく、ラクサは「は?」と素の声が漏れていた。
凄まじい急加速で速度を上げ、色々なものを考慮しないまま、彼女は勢いよく扉を開けすぎて蝶番ごと外へドアを放り投げたことに何かの見間違いかと思ったが、間違いではなかった。
重量感を伴って不時着したドアの音を聞きながら、物事が自分の尺度で進まないことを改めて実感する。こんなところで実感などしたくなかったが、もう仕方がない。
工房内に足を踏み入れた瞬間、ここ一か月は全く感じなかった『温かさ』に全身が包まれる。コトコトと沸く調合釜。暖色系の魔石ランプの明かり。懐かしさすら覚える優しいスープの匂いは実感を伴ってじわじわと冷えていた指先から熱を心臓へ広がっていく。
視線の先には、困ったように、けれど確かに緊張感のない笑みを浮かべる双色。
久しぶりに見たその顔には、痛みも苦しみも浮かんでいなくて、ただ緩く柔らかく弧を描くその唇が、瞳が「ただいま」と自分勝手に、そして明確な意思を持ってこの工房に戻ってきたことを証明している。
――――……この時は、途方もない安堵感と押し寄せてくる恐怖と、抗いがたい熱を抑えるのに必死で『おかえり』はいえなかったけれど。
君は、確かに戻ってきた。帰ってきた。手の届く範囲に。
意外と書きやすいのです。
ディルが多分、かなり難しいと思っています(笑