番外編 アエラスの祝祭日 ※VDアンケート結果反映
時間軸は、雑木林の話の後。時期的に冬期休暇終了間際かなぁと、思いつつ正確には考えてません。こういう感じの話もあるかもね、というお遊び要素たっぷり。
割と、雑木林の話と似ています。
※リアン視点。バレンタインアンケート結果を反映して書いたものです。
昨夜から工房の中には甘い匂いが漂っていた。
前日、店で販売する商品を補充しおわって、各々が好きなアイテムを調合できる時間にライムが嬉しそうに食材が入った籠を持ってベルと話をしていたな、と手を止める。
開いていたのは、図書室で書き写した『薬剤師レシピから錬金術のレシピへの転用について』という考察論文だ。
薬関係の論文は出来るだけ読むようにしているが、論文でも当たり外れが大きい。
この筆者は『当たり』なので見かけたら目を通すだけでなく、書き写して考察するようにしている。
テーブルの端に置いた一ヶ月のカレンダーを見て、小さく息を吐いた。
「アエラスの祝祭日か。以前、年中行事について話はしたが恐らくまだ理解はしてないだろうし……こちらから催促するのも」
格好がつかない、というのもあるが態々確認して「え、皆に用意しなきゃダメだった?!」って言われるのがキツい。
立ち直れない、ということはないが……まぁ、出来れば聞きたくはない。
昨夜から甘い匂いを漂わせていたのも、店売りや店を贔屓にしている常連に渡すものを用意しているという可能性の方が高いのでため息が漏れた。
時々、どこからか菓子やら食事の個人依頼を引き受けて報酬を得ているのは知っている。
基本的にライム指名で手紙が届くか、直接声をかけて依頼を取り付けるかの二パターンしかない。掲示板で募集している場合は「他にしたい調合あるしいいや」と本人が全く手に取る気配がなかったので、安心はしているが。
いつものように素材を地下へ取りに行く途中、ガチャッとドアが開く音がした。
振り返ると楽しそうな笑みを浮かべるライムと機嫌がよさそうなベルが僕に気づいたようだ。
「あ、ただいま。今ご飯作るね」
「調合するなら私も調和薬あたりを補充しておこうかしら」
「それならトリーシャ液作ってくれる? なんか最近、女の子が沢山トリーシャ液を買いにきたから、減りが早くって」
ご飯はお魚にしよう、と話しながら調理用のエプロンを身に着けてライムはキッチンへ。
魚か、と思いながら止まっていた足を動かし地下へ。
暫くするとベルが降りてきて慣れた様子で必要な素材を籠へ入れていく。
「ライムは、世話になった人に渡してたわ。甘いのが苦手だったら困るってことで、騎士団にはセンベイとクッキーを半分ずつ。商店街の人にはセンベイとマドレーヌを。二番街では釣具店でクッキーと肉のジャーキーを渡して、魚の燻製を貰って帰ってきてるわ。完全に物々交換よね。あとは共存獣について相談している人に『スッキリ飴』を渡して楽しそうに話をしていたわ。かわりにルヴたちへのお土産を貰ってきていたから、あの二匹は喜ぶかも」
滔々と語られる内容に手が止まる。
何故、そんなことを話すのかと戸惑いながら視線を向けているとベルがニンマリと口の端を上げて振り返った。
「気になってたんでしょ。ここ数日ソワソワしていたもの、そうよねぇ。ふふふふ」
「………別に」
「あら? 気になってないっていうなら、別にいいわよ。学院にも行ったんだけど、そこでの話は、興味がないみたいだし、邪魔しちゃいけないもの」
言いながらわざとらしく腕を組んでこちらの出方を窺っているベルにうっかり、舌打ち。
眉間に皺が寄るのが分かった。
少し考えたが、ライムに『誰に何を渡したのか』を聞いた所で確実に抜けがあるだろう。
認識的に世話になった人や仲良くなりたい人、好き(あくまで人として。恋愛感情などなく)な人への贈り物を配る日みたいな感覚であることはほぼ間違いない。
ライムは『渡したもの』以上かそれと同等の物が返ってくることを無意識に知っているから。そういう細かいことが好きなのか、人と話すのが好きなのかは分からないけれど、そういった行為が好意的に受け入れられているのは確かだ。
「……学院に行ったのか」
「あら、聞きたいの?」
「……目を離すと何をするかわからないからな」
「私がいたから平気よ。ま、こんな状態で調合失敗されても嫌だし話してあげるわ。感謝なさい」
ふふんと鼻で笑いつつもベルはすぐに普段と変わらない表情に。
腕を組んで、片手を頬に当て小首をかしげる。
「学院ではエルとイオ、ついでにレイ。あとはディルにも渡していたし、先生方にも渡していたわね。エル達はこのあと部屋に帰って休憩、と言っていたのもあってか、アリルのパイを渡していたし、先生方には強請られてセンベイとカリカリ豆を渡していたわ」
「……ディルには?」
「んー、よくは見えなかったけど、たぶん食べ物以外も渡していたわ。ハンカチだったかしら。ディルが頼んでいたみたい。下手だけど、って言っていた通りちょっと歪だったけど頑張ったのがわかるいい刺繍だったわよ。ディルったら、感激して思いきりライムを抱きしめていたけどね」
「は?」
なんだって?
人目の多い学園で抱き着いた? 何故。
何をやってるんだ、あの変態貴族は。と悪態をつく前に脳内でライムを腕の中に囲ってにやりと底意地が捻くれた様な笑みを浮かべる姿が思い浮かんで、掌に爪が深く食い込んだ。
「……あのね、そんな顔を私に向けられても困るわよ。あの二人幼馴染なんでしょう? 庶民の幼馴染ってああいう感じなんじゃないの?」
「同性ならまだあるかもしれないが異性の幼馴染かつ、婚約もできる年齢で容易に抱き着くことはあり得ない」
「いや、だから顔。あんた、これから殴り込みに行きそうなくらい物騒な顔してるから、引っ込めなさいな」
そのくらいかしら、と言いつつ、クッキーはコウルや元々手助けをしてくれていた相手に渡していたという追加情報。
表情が抜け落ちたのがわかる。
商店街の人間などにあれこれ配るのは構わない。
だが、学院の生徒にそこまでする必要はあるのか? などと考えながら、素材とともに地下を出る。
作業テーブルで淡々と処理をして淡々と調合とその後処理を済ませた所でライムに呼ばれた。
目が合うと不思議そうに首を傾げていたけれどすぐにニコニコ笑って僕の手を引く。
「今日はちょっと頑張ったんだよ。高い果物買っちゃった!」
「……そうか」
「うん。ラクサつれてくるねー」
暢気にパタパタとラクサの作業部屋へ向かう後ろ姿を眺めていると頭を叩かれる。
振り向くとあきれ果てた顔で息を吐くベル。
「いい加減になさいな。嫉妬の一つや二つに振り回されて、悪魔商人の名が廃れますわよ」
「誰が悪魔だ! というか、その不名誉極まりない呼び名はどこからきた」
「割と有名よ。値切りとか交渉がえげつないってことで、親しみと畏怖を込めて呼ばれているんだけど知らなかったの?」
「………はぁ」
グッと疲労感が押し寄せてきて、椅子へ腰かけた。
魚は良い香りを纏ったムニエルのようだ。昼食にしては豪華なそれを眺めつつ、何事もないまま夕食まで終わり、汗を流した後部屋に引き上げる間際、ラクサに呼び止められる。
「ちょっち、聞いてもいいッスかね」
「なんだ」
「ライムからなんかもらいました?」
「いや、特に何も」
「そうっスか……オレっちもまだなんスよねー」
しょんぼり、と肩を落としたラクサはそのまま部屋へ。
美味いもの食えると思ったんスけど、なんて言っていたのを見ると完全に食欲に負けているようだ。
もやもやしたものを感じつつ自室に戻り、解析途中のレシピと向き合っているとあっという間に時間が過ぎた。
そろそろ寝るか、と思った時に部屋をノックする音。
時々夜にラクサが酒盛りに来るので、それだと思って相手を確かめずにドアを開けるとそこには寝間着を着てポヤポヤ笑うライムがいた。
「あ、起きてた。ラクサとちょっと話してて、遅くなっちゃった。ごめんね」
「い、いや……かまわないが、何の用だ?」
少し不愛想すぎただろうかと口にしてから思ったが彼女は気にする風もなく、僕の手を引いて階段を下りる。
向かう先は彼女の作業台だった。
「これ見て! さっき、できたんだ。S品質の【レシナのタルト】だよ。いい材料でいつもより魔力を込めて作ったらうまく出来たんだ。ほら、なんとかの祝祭日、でしょ? どうせなら、好物の方がいいかなぁって思って」
こっちはオマケね、と乾燥果物入りの瓶。
部屋に持って行こうと思ったけど、早く見て欲しかったのだと笑う姿が何とも胸に来る。
「ぜ、全部くれるのか? 分けるんじゃなく?」
「? うん。全部リアンのだよ。なんで?」
「い、いや……そうか。その、ありがとう」
「どういたしまして! ごめんね、寝る所だったんでしょ。私、ホットミルクでも飲んで寝ようと思ってるんだけど……ほら、サフルとルヴ達は今日も外に訓練に行っちゃったから」
いつもルヴ達と一緒だから、少し一人で寝るのが寂しいんだよねーなんて笑いながら話すライムに思わず滑り落ちた言葉。
(まずい。また……ッ)
慌てて口を手で押さえるが時すでに遅く、大きな瞳が自分を見上げていた。
でも、その顔はすぐにパッと明るくなってバタバタと自身の部屋へ。
彼女が持ってきたのは、枕だった。
「……………本気か?」
「え。だって一緒に寝ようっていったのリアンじゃん。まだ寒いし、一階より二階の方があったかいよね! ベルの部屋あったかかったもん。今日は、ベル一緒に寝ないって言ってたから、よかったよかった」
「確かに二階の方が温か……って、普通は断るところだろう?!」
「なんで?」
「いや、なんでって……」
「野営とかで普通に寝てるし、どうせならリアンもあったかいほうが良くない? リアンって指とか冷たいし、私あったかいからさ、ついでに暖を取った方がいいよ」
レシナのタルトはリアンのやつだよって書いて地下に置いておくね、と枕を僕に渡してタルトとともにライムは地下へ。
呆然としているうちに、自室に戻りベッドに横たわっていた。
隣には気持ちよさそうに眠るライム。
「………不用意な発言をしないように注意すべきだな、僕は」
はぁ、と息を吐いて睡眠薬をあおり、腹立たしさを紛らわせるように抱きしめて目を閉じた。
せいぜい、起きた時に動揺すればいい。
まぁ、翌朝、盛大に動揺してベッドから落ちたのは僕だったのだけれど。
恰好はつかないが、ライムには見られていないのでよしとする。とりあえず。
ちなみに、ちゃんとラクサとここには描いてないですがミントにも好物とちょっと特別なもの(ラクサにはお守りで、ミントにはブレスレット)を渡しています。朝、何かが落ちる音がしたので、ラクサとベルがたまたまリアンの部屋に行くと尻もちをついてるリアンと彼のベッドでグースカ寝てるライムの姿を見てまたちょっとワチャワチャ。
割とよくある、日常の話です。
カキ上りが遅くなって申し訳ありませんでした。