番外編 彩りの雑木林にて ※リアンside
本編269話の補足のような話。
補足というか完全にリアン視点です。
キャラの独白や恋愛要素(あんま入れたおぼえないけど)があまり好きじゃないよ!と思った方は◇◇◆で分けているので、それから下を読まないことをお勧めします。
『ちょっと詳しく』という感想をいくつかいただいたので、思い切って書いてみました。
遅くなって申し訳ないです。
今回の採取旅を楽しみにしていなかったといえば、嘘になる。
出発前まで色々なことを考えて予定を組んだりもしたが、予定通りにいかないのが旅だと実感することになった。
(やれやれ。二人きり、というのは意外と難しいな)
そんなことを考えながら息を吐く。
目の前にはゆらゆら揺れる焚火の炎を眺めながら、視線を周囲へ。
唯一テントを張れる場所として紹介されたこの場所に、拠点を構えたのは正解だったと改めて思う。
この雑木林には、暗殺猿という名をもつ【ベネキーノアープ】がいることは知っていた。だが、一匹殺すと近寄ってこなくなるので問題ないと判断。ライムに戦闘能力がないとしても『仲間』に同種を殺した相手がいると分かれば手を出してこない、ということをベルに話せば彼女も納得していた。猿が襲ってこないのは、報復を恐れる為だ。
(到着段階で一匹見つけて殺そうと思ったが、まさかエスラ夫人が先に殺しているとは)
ライムがちょっと言いにくそうな顔をしていたので、詳しく聞いておくつもりではあるが、ゴスト夫妻と別れる日までに一匹倒せばいいので時間に猶予はある。ルヴたちも倒したようだから不要だとは思うが、できる対策はできるだけ取っておくべきだろう。
(ライムに、戦闘能力に関することを話しておくべきだろうか)
ふとそんなことを考える。
だが、まだ言わないでおこうと浮かんだ案を却下する。
こういう野営場所で話すことでもないだろうという理由をつけて。
「明日も冷え込みそうだな」
朝晩にグッと気温が下がり冷え込みが増してくるこの季節には、焚火は必需品でもある。
焚火の様子を見ながら薪を足した所で、足音が聞こえてきた。
どうやらサフルが戻ってきたようだ。
二人きりになれない理由の一つに、奴隷であるサフルの存在がある。
彼の場合、いた方が楽であることが多い上に使い勝手もいいので置いてくるという選択肢はあまりない。
彼の後ろからルヴたちのものと思われる遠吠えも聞こえた。
「何か手伝うことがあればお申し付けください」
礼儀正しく、頭を下げるサフルに薪を近くへ運んできて欲しいと伝えると、二つ返事で確保していた薪を運んできたので礼を告げて、夜間の薪の扱いについて話す。
僕は、時折魚の焼け具合を見ながら、サフルに聞きたかったことを口にした。
「そういえば、サフルは赤の大国出身だったな。どのあたりで暮らしていた?」
「僕は最下層と呼ばれる『掃き溜め』にいました。リアン様が想像する、スラムの中でも『病気もち』が多い所なので、空気は淀んでいましたし、人が増えたり減ったりするのは日常でした。僕の患っていた病をはじめ、手足が腐り落ちたり、顔が崩れたりする者も多かったですね。僕はまだ『売れる』状態だったので、ダンジョン周辺で食料調達をしている時に他のスラムの子とまとめて捕らえられました」
「ああ、なるほど。あの辺りは三流の人攫いも多い。本当によくあの砦まで生きていたな」
サフルは運がかなりいい方だと思う。悪運という才能が働いたにしろ、純粋に生きていたのは奇跡のようなものだ。
その上、できた主人は錬金術師になれる実力を持ったお人よし。
ライムのような対応を奴隷にする主人は殆どいないだろう。
最初こそ丁寧でも、慣れてくると扱いが雑になることも多い。
「自分でも驚いています。しぶといのはある程度自覚があったのですが」
「それに関してだが、思い当たる節がある。皆には告げていないが、温泉で【忠臣】という才能が増えていた。才能辞典という本で調べたが、これは『人に仕えることができる器』である人間に発現する才能だ。これをもつものは稀有で、主人を得た場合、すべての能力が倍になると言われている」
「倍、ですか」
静かに目を丸くするサフルは執事のそれと非常に似通っている。
この国では、執事にも資格が必要だ。
王族に関わるほぼ全ての職業には資格制度が適用されているし、違反した場合の罰則はかなり重い。
「主人を守らなくてはいけない、期待に応えたいと思っている時、自分でも驚くほど物覚えが良くなったり、力が出たり、疲れなかったり……そういう経験はしているだろう。ソレは才能だ。最初のころはまだ、この才能は発現していなかったが、あの温泉は『元々持っていたもの』を発現させるというのは聞いた。ライムに出会ったのは、必然だったのかもしれないし、元々サフル自身が『人の役に立つ』という能力にたけていたのかもしれないな。だから生き残った」
具体的に伝えるとサフルは目を見開いたまま、口の両端を持ち上げた。
嬉しくて、誇らしくて堪らないというような、それでいて『希望』を見出したような表情だった。
「有難うございます。あの、リアン様。暇な時で構いません。効率のいい稼ぎ方を教えていただけませんか」
「稼ぎ方?」
金に困っているわけではないだろうし、欲しいものは揃っているはず。
訝しさを隠さずに聞き返せば照れ臭そうに視線を伏せ、ポツポツと『将来』を語っていく。
それは奴隷らしからぬ表情で、初めて夢を見つけた人間のそれによく似ていた。
「僕が、もっと使えるようになる為に才能を買いたいのです。毒の耐性などは少しずつ毒草などを食べてつければいいのですが、肝心な時にサポートできるよう多くの才能が欲しい。ライム様には気づかれないように、不審者や不届き物の息の根を止めたい。あの方はお優しく、そして唯一の私の主人です。守らせてください、あの方の隣に立つ方が現れるその日まで」
「――…欲しい才能は?」
「手始めに を」
「わかった。工房に戻ったら値段を調べておこう。割のいい仕事も紹介する。書類仕事ができるように、僕が仕込もう。工房経営をするなら、金の管理をできる人間は多い方がいい。ライムも金勘定や管理はできるが、長所はそこではないからな」
ありがとうございます、と深く頭を下げた彼はすぐに動き始めた。
足を運んだ先がテントだったことを考えると気持ちよく就寝できるよう、準備をしているのだろう。
僕は大人しく魚の焼き具合を確認しつつ、明日の探索ルートについて思考を巡らしていたが、風呂がある方からライムの声が聞こえたことで集中力が途切れた。
その声は朗らかで何処か無邪気な声。
聞き取りやすい声質というのもあって、つい耳に意識を集中させていた。
澄んだ空気が運ぶ、独特の価値観で夜空を表現する言葉たちに、つい、視線が空へ。
僕にとっては「まぁ綺麗と言っていいだろう」という感想を抱くだけの夜空だ。
ただの景色の一つでしかなく、まったく同じではないとはいえ似たような夜空はいつでも見られる。
「――…空が調合釜みたいに綺麗、か。そんな言葉が出てくるのはライムくらいだぞ」
口元が緩みそうになって、手で口元を隠すように小さく咳払い。
彼女は素直だ。
だからこそ、本当に調合中のことを思い出したのだろう。
僕にとってもいつの間にか日常になっていた調合という行為は、ライムにとっていかに大切なものなのかがよくわかった気がする。
その『大切』の中に僕らも入っているのだろうか、と考えてしまうのは彼女が誰にでも『同じ』だからでもある。
(ディルの立ち位置に僕がいても、君は『ありがとう』と笑うのだろうか)
雨霞の集落で偶然見てしまった光景を思い出す。
水を飲むために降りたところで、偶然話しているのを聞いて――照らし出される影が重なるのを見た。頭の位置からして口づけをしている、という可能性はないだろうが友人同士の距離感ではなかったと思っている。
「ディルがライムにとって特別なのかどうかはわからないが、僕らとはまた違う立ち位置にいることは確かだからな」
漏れた声は焚火の燃える音にも掻き消されるほどに小さく、掠れていて思わず自嘲的だった。直ぐに頭を振り、魚を焼くことに意識を向ける。
程よい焼け具合になったころ、警戒心の欠片もない足音と気配が。
何気なく視線を向けると、夜でも明るく輝く双色の髪がしっとりと濡れ、それをタオルで拭きながらこちらへ近づいていた。
彼女なりに一応警戒しているようで、せわしなく大きな瞳があちこちへ。
声をかけるか、と口を開く前に双色の髪と同じ色が真っすぐに僕を映した。
瞬間、パッと夜空よりも明るい満面の笑みがその顔に浮かぶ。
「―――……ッ」
体の、恐らく心臓のあたりに強い衝撃。
ドッドッと多量の血液が送り出される不快感に胸のあたりをライムの死角になるよう押さえつつ、いつもの手で眼鏡をかけ直す。
不自然にならないよう会話をひねり出し、足早にテントへ。
自身の着替えなどを取り出しながら、煮え滾るように体中に巡る熱の逃がし方を必死に模索する。
最終的に、深く息を吐くことで如何にかやり過ごしながら、大人しく風呂場へ向かって如何にか気を沈めた。
◇◇◆
のに。
「……どうして、こうなった」
頭痛がする。
心臓がうるさい。
呼吸一つをするにも、神経を使いすぎて疲れる。
(自業自得というのが笑えるが、まさか了承するなんて思わないだろう!)
分厚いテントの生地のおかげで外の明かりがほぼ入らない、暗闇の中睨みつけるのは天井にあたる部分。
「んー……あったかい」
左腕のあたりにすり寄って来た柔らかくて暖かくていい匂いのする生き物のことを考えたら色々と終る気がして微動だにできない。
『朝晩は冷えるから』という理由で二つあるものを一つにした寝袋は、しっかり暖をとるという目的を問題なく遂行している。現在進行形で。
ただ、色々な物が焼き切れそうな気がするので、無理やり目を閉じる。
(誰だ。朝晩は冷え込むから一緒に寝るか、なんていったやつ。僕か)
秒で終わった回想。
ベルがこの場にいないことを悔やむやら安堵するやらで情緒がぐちゃぐちゃになっているのを知ってか知らずか、すぐ傍から聞こえてきた眠気に八割思考がとかされたような声。
「明日のさいしゅ……と釣り、たのしみー」
「……そ、そうか。それは良かったな」
「ん。あと、ここにいる間はいっしょにねよー……あったかいし、薪は節約しておかないと、冬に、大変」
「薪の消費が少し増えた所で問題ないと思うが。それに、その、夜目が覚めた時とか不自由だろう」
「んー……一度寝たら起きないし、平気。あ。リアン、わたしとおんなじ匂いだ」
あのオイル、良いよねぇ、とむにゃむにゃ言いながら嬉しそうに、すり、と顔を腕に擦り付けるように近づいてきたライムに他意は心の底からないのだろう。
分かっている。
恐らくというか、まず間違いなく僕はルヴたちの代わりのようなもので、と必死に言い聞かせたが、細く頼りない腕がぎゅ、と胸のあたりの服を掴んだので変な声が出そうになった。
「ぬくい……ちょっとかたい」
「――…っ、ん゛んッ。こ、これでもっ!僕は、男だからな。君とは違う。その、悪いが少し離れてくれ」
死ぬ。
色んな意味で、と口の中で呟いてみたが反応がない。動きもない。
どうしたんだ、と視線を下げると完全に僕で暖を取りながら寝落ちしたライムの寝顔が目に入った。
暗闇でぼんやりと浮かぶ柔らかそうな白い肌と、僕のものであった寝間着から覗く、まぁ、うん、色々を見て反射的に目を閉じた。
一日目の僕はとても頑張ったと思っている。
色々な疲労が押し寄せてきたので、諦めて眠り薬を一気に飲み干したのはここだけの話だ。
こうでもしないと眠れなかった。
意識させるにはとかそういう次元ですらなく、こっちばかりがいろいろと削られる(相手は無意識ときているから手に負えない)ので攻略法の一つも思い浮かばない。
「……自分で自分の首を絞めた気しかしない」
いや、実際そうだが、とそこまでぼやいて抗いがたい眠気に意識を刈り取られた。
薬を飲んだはずなのに、いつもより早く目が覚めたのには頭を抱えたが、まぁ、色々助かった部分もある。
二日目の夜も『寝やすかったから』という理由で当然のような顔をして、寝袋の横を叩くライムにあらがう術は残念ながら僕にはなく、結局この場所を離れるまで睡眠薬をあおって強制的に寝ることになった。
暖は取れたし睡眠時間も確保はできていたが、なんだか妙に疲れた気がする。
途中からルヴとロボスを間に挟んで寝ることで如何にか理性を保った僕はかなり、偉いと思う。いや、自分で自分の首を絞めたのはかなりアレだったと思うが。
――――……はぁ。
性癖が出ますね!!!!!(爆笑
まぁ、良いんですけど。普通の相手なら別に一緒に寝るくらいどうってことないけど、相手が相手なので普段はやらかさない墓穴を掘りまくっているのが割と好きです。
次はクリスマスにあたる行事ですね。これはちょっとできてるけど、、、、できれば本編を先に書いてしまいたい所。帳尻合わせが大変なのです(笑
ほんとそういうのへたくそなので。