表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/17

番外編 聖鐘祭にまつわる小話(視点別・二話)

需要があるとの事だったので追加の『聖鐘祭』話です!


【 聖鐘祭 小話 1 】


聖鐘祭も忙しい 〈sideラクサ〉




 どうしてこうなったんスかね、と思わず遠くを見た。



 手には、細く切られた揚げたてのゴロ芋。

ライムが大量に作ってストックしている美味い粉をかけて、塩胡椒をかけたものを食べながら、チラッと作業机に積み重なっている大量の依頼。



「人気になりすぎて辛いってのは、ぜーたくな悩みってわかっちゃいる。けど、作っても作っても終わらねぇってのは……流石にチョット堪えるな」



 やれやれ、と再び揚げ芋を口に入れる。

 サクッとした歯触りに程よい塩気とうまみ。

惰性で食べるには贅沢すぎる『つまみ』に口元が緩んだ。



「うっまいんだよ……どれもこれも」



 自分から提案したとはいえ、想像以上によい報酬だと思う。

なにせ、食べたいものが自分で決められて頼めるのだ。


(外で食う飯とは違うんだよな。勿論、食べたいものを相手に『頼む』までは一緒だとはいえ、温度っつーか特別感が違うってのか)


 懐かしさもあるけれど、自分の居場所があるという安心感はこれまでの人生で感じたことのない居心地が良すぎるもので、手放したくないなと思わず呟く。



(あの頃は、居場所ってより毎日生きるか死ぬかっつー緊張感しかなかったからな)


 遠い昔のような、ほんの少し前のような、不思議な感覚を味わいながら息抜き用の―――…けれど、重要な装備品へ手を伸ばす。

細工が終わって金具を取り付け、組み立てるだけの段階になっているものをいくつか組み立てて並べてみる。



「商売のタネになるって考えてはいたけど、実際問題よく考えると、身代わり効果がついたアイテムって、赤の国では割と見かけたんだよな。アッチのはダンジョン専門って効果がついてるのが殆どだし、所有者限定の効果がついていないのは、珍しいというか希少だし、売れば儲かるんだよな……金欠になったらリアンに相談するか?いや、それはそれで危ないか……ライムと契約してるし」



 摘まみ上げたソレは、クレシオンアンバーという特殊な液体によって作り出される人工宝石の一つ。宝石を作る以外に用途は沢山あるため、宝石の代わりとして使用する場合にのみ、人工宝石もしくはクレシオンアンバーと表記もしくは呼称できる。



「それと、気になるのはリアンやベルでも同じように『身代わり』効果がつくのか……だな。誰にでも作れるってんなら、色々考えて動かなきゃならねぇし」



 ライムは、恐らく『何かを作る』という点で言えばリアンやベル、そして自分よりも優れている。食事もそうだが、錬金術の腕もそうだ。



「……同じ細工師の才能がなくて、正直よかった」



 嫉妬を覚えなくていいのは、職業が違うから。

そうでなければ……と、そこまで考えて首を振る。

代わりに、完成したものを一つづつケースに収めて渡されたリボンを巻く。


 今作っているのは聖鐘祭に渡す『プレゼント』だ。

クレシオンアンバーは、ライムが作り、必要なものも全て用意した。

金具や細工は自分ではできないから、依頼として装飾品にして欲しいと頼まれたのはついさっきの事。


 子供達と教会に行く途中、たまたま外に出ていた俺にライムが持ち掛けてきたのだ。

たまたま完成していた一つを持たせるとライムは嬉しそうに笑って、笑顔で教会へ。



「プレゼントを一番最初に貰ったのは、ミントか」



 偶然にも第一号作のクレシオンアンバーのカラーは落ち着いた緑色で、ミントが好む色合いだった。

ベルはともかく、リアンやディル辺りは嫉妬してそうだなぁと思いながら、二つ、三つと収めた装飾品に対応するリボンを巻く。


 依頼品を作ったら、店で売る為の装飾品に手を伸ばす。

作らなくちゃいけないものは沢山あるのだ。



「ま。ボチボチ頑張りますか」



 大きく伸びをして、手を動かす。

俺も年明けには試験が控えているし、作成スピードを上げる努力は必須。

集中する為に拡大鏡をかけて、机に並んだ沢山の在庫達に向き合う。


 ある程度名前が売れたこの年の聖鐘祭から、俺は納品に追われることになる。


 翌朝、内緒で用意していたと悪戯っぽく笑うライムが俺にマフラーと手袋を贈ってくれた時は、素直に嬉しかった。





【 聖鐘祭 小話 1 】



 聖鐘祭の日に 〈sideベル〉





 どうして私は、こんな場所にいるのかしら。


 なんて、私らしくない事を想う。

表情は崩さず、胸を張って堂々と、決して弱音を見せないように取り繕って立つダンスホール。

 暮らし慣れた工房とは比べ物にならない程に豪華で煌びやか、幼い女の子なんかが憧れる『貴族の社交界』そのものといったダンスホールには、色とりどりの花が咲く。


(まぁ、毒花が多いんだけどね。他国の貴族って、血統意識が高すぎて嫌になるわ。マシなのはある程度把握しているけど、面倒な輩って積極的に接触して来るの、どうにかならないかしら)


 美しいだの、大輪の薔薇のようだの聞きなれた世辞、見え透いた称賛を笑顔でかわしていると見慣れた姿を見つけた。


 どうやらあちらも同じだったようでパチッと目が合う。

少し考えて私が足を進めると相手も両親に断りを入れて近づいてくる。

親しい友人同士の距離になった時、どちらともなく片足を斜め後ろ内側へ引き、もう片方の膝を軽く曲げておとし、背筋を伸ばした状態で挨拶。


 高いヒールで美しく見えるように、という言葉が毎回浮かんでげんなりする。

ちなみにこの言葉は幼少期の礼儀担当教師の口癖だ。

 あと、この挨拶……俗にいうカーテシーは、自分より位の高い者や目上の者に用いられることが多いのだけれど、同じ位の貴族同士でもよく用いられる。

まして、今は他国で誰が見ているのか分からないのだ。



「お久しぶりです、ナスタチューレ嬢」


「ええ、本当に。同じ学友ですもの、レーナと呼んでくださいまし」


「では、私のことはベルと呼んで下さいな。そうですわ、両親に席を外したいと頼んできます。他国で出会えたのも何かの縁ですもの……冬期休暇も半ばですし、もう少しおしゃべりを楽しみたいですわ」



 扇で口元を隠し、ある程度の音量で話す。

近くで話しかけるタイミングをうかがっている他国の貴族子息やら令嬢に聞こえるように、だ。断られるかとも思ったけれど、予想外にレーナは目を見開いて、すぐに嬉しそうな色を瞳に浮かべる。



「是非。私も色々と話したいことがありましたの」


「ではまず、私の両親に話を通しません? 談話室に移動しましょう」



 控えめに微笑んで頷くレーナと一緒に両親および当主である姉に話をすると『報告』が上がっていた事と害のある家柄でないことは分かっていたからか、すぐに了承を得ることができた。


 続いて、レーナの両親にも話をして、給仕の案内で談話用の個室に移動。

途中までついてくるようなそぶりを見せた諦めの悪い男もいたが、そういうのはお互い相手にするつもりはない。

 個室に入って、盗聴防止用の結界を張る。

これは個人的に持ち歩いているものだ。



「っはーーーー……もー、ほんっとうに面倒!早く帰りたいわ」


「同感です……ああ、結界有難うございます。少し聞いてもいいかしら、私暫く青の国の社交にでるの。その後は赤の国。ある程度挨拶が終わったら一緒に行動するっていうのは」


「それはいいわね。女二人だと声をかけられる頻度も下がるでしょうし、そうしましょ」



 話を進めるとほぼ同じ社交界に出席することが決まっていたこともあり、二人同時に噴き出してしまった。

私達は窮屈なヒールを脱いで手袋を外す。

本当はコルセットも緩めたい所だけど自分達では締め直せないから我慢だ。



「でも、私こういう場所初めて利用しましたわ。ベルはよく使うんですの?」


「話し方も普通でいいわ。誰も聞いちゃいないもの―――……私は何度か、ね。今日は参加していないけど、何人か気の合う令嬢がいるからこうしてリラックスと男除けの為に利用してるの。どっかの子息と使う訳じゃないから、親も当主も了承してくれてるわ。あいさつ回りはしっかりしているしね」


「それは羨ましい……私、あまり社交場でご令嬢と親しくなることがなくって。子息には良く絡まれるのだけど」


「まぁ、絡まれやすそうな雰囲気だからじゃない? 可憐な~とかよく言われるでしょ」


「言われるわ。ワンパターンすぎて笑えてしまうけれど。ベルじゃないけれど、私も早く工房に戻ってポットやリムとお茶したい」



 言いながら行儀悪く、美しく盛り付けられた焼き菓子を二つ掴み、ポイポイと口の中へ。令嬢らしからぬ行動だけれど、私にとってもその方がやりやすい。



「私も帰ってライムのご飯が食べたいわ。いくら豪華でも冷え切って高価な食材だらけの料理って美味しくないのよね」


「わかる! わかりますわ! ポットに教わって、三人で料理をするようになりましたけど、暖かい食事を温かいうちに食べられるって幸せで! 冬期休暇に入る前、ポットに教わって初めてパンを焼きましたの。ふふ、あまり膨らまなくって『失敗』したんですけど、それをフレンチトーストにして食べたら美味しくて」



 次々に出てくる『楽しかったこと』に思わず、目元が緩む。

初めて会った時は、絶対に合わないと思っていたけれど今はそうでもない。



「まぁ、こういう会話ができるのも工房生になったからよね。さっき話をした、何人か気が合う令嬢がいるって話だけど、彼女たちもライムやポットのような貴族ではない親しい友人がいるの。大っぴらには話せないけど、他の貴族が出来ないような体験をたくさんしているし、そのお陰か話も合うわ。赤と青の国で工房制度と似たような制度を利用しているの。職業は全く違うけれど、共通点も多いわよ」


「そう、なの? あの、良ければ私に紹介してもらえないでしょうか。私の周りでこういう話ができる人って、ベル以外いないの。家族にもできないし」



 ポツリと悔しそうに呟く姿に思わず同情した。

彼女の家族は、どちらかといえば保守的だ。

過激派ではないけれど、古臭い常識から抜け出せない貴族の代表といった感じ。



「いいわよ。手紙を書いておくわ。それと、盗聴用防止結界は小さいものでいいから持ち歩くといいわ。こういった場所でないと話ができないでしょ」


「ええ。そうするわ……はーあ。来年は理由をつけて欠席できないかしら。ポットたちと聖鐘祭のお祝いしてみたいわ」


「私もよ。部屋を飾り付けて、プレゼント交換なんていいわよね。貴族の間じゃそう簡単にできないもの。まぁ、庶民向けのものを選ぶのって難しそうだけど、ライムは調合素材を選べば問題なさそうだし。リアンは本か何かでいいもの。楽よね」


「なんというか、貴女たちの工房って独特よね。遠慮がないといえば、聞こえはいいけれど」


「凄く楽でいいわよ。それぞれ嫌がる所が分かりやすいから喧嘩にもならないし、好き勝手言っても後で凹むようなやわな精神してないから、変に気遣わなくていいの。あと、深く突っ込んでこない辺り、居心地よくって」



 ここまで話すと共感していたレーナが、しみじみと言葉を紡ぐ。



「私もです。最初からもっと配慮して、私がポットを見下したりしなければ…と、今も良く思うの。リムも同じみたい。自業自得と言われればそれまでで、自分から心地よい関係を作ることを放棄した愚かな振舞いだったと思うの。馬鹿よね、本当に」


「それがわかっただけいいんじゃないの。分からない貴族の方が多いし」


「……そうね。私の両親も『わからない』部類だろうから。でも、困ったこともあるの。ずっと先の話だと思っていたけれど、楽しい時間はあっという間に過ぎるでしょう? 卒業が嫌で、ずっと……ずっとこのままで居たいって思ってしまうの」



 座り心地のいいソファに横になって、豪華なだけのシャンデリアを眺める姿とは裏腹に、表情は憂いに満ちている。


 その足元には脱ぎ捨てられた靴。

遠慮をぶん投げた女って大体こんなものよね、と冷静に考えながら同意を口にした。

ほんの少ししんみりしたけれど、すぐに憂いを帯びた空気は四散。


 話題が聖鐘祭に移ったのだ。



「そういえば、ベル。貴女は聖鐘祭に何を贈ったの?」


「私? ライムには、緊急時用の警備用結界と初心者向けの恋愛小説。リアンには他国で限定出版された錬金術に関する本と恋愛小説ね。レーナは何を贈ったの?」


「…………そ、そう。私は、ポットには髪留めと錬金術用の手袋、リムにはピアスと錬金術用の手袋を贈ったわ」


「手袋? へぇ、手袋もいいわね。来年、良さそうな革が手に入ったら作って贈ろうかしら」



 聖鐘祭で贈り物をする醍醐味は受け取った側の反応を確認することだ。

近くでは見られないけれど、きっと驚いてはくれるだろうと思っていた私だったのだけれど、他国にある別荘に帰宅後贈り物が二つ届いた。

シンプルで中くらいの包みと大きな包み。


 まさか貰えるとは思わなかったので驚いたのだけれど、大きな包みは形状から判断してリアンの贈り物だろう。開けると、案の定数冊の本が入っていた。



「あら、どれも最新のアクセサリーに関する本じゃない。へぇ、調合素材だけが載っていて、自分で分量を調整する形になってるのね……面白そう」



 続いて、中程度の大きさの包みに触れる。

誰からかしら、と呟きつつ脳裏によぎっては消えていく顔。

少しワクワクしながら開けていくと、小さな小箱と布が一枚、そして手紙が入っていた。



「!ライムからだわ」



 手紙には、私の体調を気遣う言葉と『聖鐘祭』っていうのがあるんだって、教会の子供達に聞いたから贈ってみたよ!という案の定というか、まぁ、ライムらしい内容。

クスクス笑いながら、手順に従って布に魔力を込めるとポンっという音と共に辛いミートパイが出てきた。


 この布は、道具屋で販売している高級品の一つだ。

一つしか物が入れられない上に使い切り。けれど、魔力を一定量流すと入れた状態のものが取り出せる、という。

ホカホカと湯気を立てるソレを食べるべく、部屋に使用人を呼んでナイフとフォーク、白ワインを持ってくるように伝えた。


 もう、今日は摂取量がどうのとか言っている場合ではない。

温かいうちに食べたい、と思ってワクワクしながら主張の薄い小箱を開ける。

そこには、チャームがはいっていた。



「……クレシオンアンバー、かしら。可愛い色ね」



 グラデーションがかかった赤からピンクの美しくも愛らしい仕上がりに口元が緩む。

嬉しくて、今まで貰ったどんな宝石や高価なものより格段に価値があるように思えて、私はチャームをスカートの下、太ももに巻き付けているベルトに付けることにした。


 暗殺対策用に武器を隠している所なので小さなチャームがあっても違和感はない。


(周りに見せびらかしたいって気持ちもあるけれど、駄目ね。いちゃもんつけられたり馬鹿にされたらウッカリ殴り飛ばしてしまうもの)



 こうして、帰路につく日を楽しみに聖鐘祭の夜は、更けていった。






読んで下さって有難うございました。

多分予想されていた人物ではないキャラだったかと(笑

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 工房のあの女性貴族、ベルとは派閥違いで対立する立ち位置ぽかったけれど、心許せる良き友人になれたようで素敵ですね。親はアレですが。 レイもそうですが彼ら貴族派は、一度挫折しないと分からないん…
[一言] やったー!!!ありがとうございます〜!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ