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番外編 奴隷、サフルの想い

総評5,555ポイントを頂いたお礼を兼ねてツイッターにてリクエスト(双色限定)で受け付け、その結果リクエストして頂いた番外編になっています。

 キャラクターはサフルになります。


独白が多いので、読まなくても問題ありませんし『日常』に焦点をあてて書いているので過去の話はあまり出てきません。



 この人の為に、死にたいと願った日。

自分はせいにしがみつく覚悟をした。



 朝が楽しみだと思う日が来るとは思わなかったな、と時折思う。

贅沢にも家の一室を与えて貰ったばかりか、自身に給料という形で支払われる金銭、自身の身を案じて与えられた衣服や靴、そして何より高価な武器や防具。


 キレイで不潔でもなく悪臭もしない衣服を身に着けて、最後に最近貰ったばかりの装飾品に手を伸ばす。

自分にとって大切なものは主人が与えてくれた特別な小物入れに入れてあるのだ。



「……今日も、お役に立てるように頑張らなくては」



 空いている時間に作ったのだというペンダントにはしっかり【サフルの首飾り】というアイテム名がついているとリアン様がおっしゃっていた。


効果は【疲労軽減】【体力増幅・中】【魔力増幅・小】という、自分にとってありがたい効果ばかり。


 リアン様曰く【疲労軽減】は自分の為についたようなもので、この効果が付加される確率はかなり低いこと、そういった性質をもつ素材ではあるが引き出すにはかなりの運や実力がいるのだとも。

 ぎゅ、とペンダントトップを握り感謝と敬愛を込めて魔力を込める。

この使い方は集落で知ったのだが、こうして少しでも魔力を使う感覚に慣れていくと才能を生かすことができるとか。

実際、体も軽くなるし助かっている。



「まずは水を汲んで、洗濯を終わらせ、掃除もしてしまうか。終わる頃には明るくなっているだろうし柵の修繕も出来そうだ」



 予定を組み立てつつ、まずは井戸から水を汲み水瓶へためていく。

昔より確実に体力がついていることを実感するのはこういった時だ。ココに来たばかりの時は、半分ほど水が入ったバケツを運ぶのも大変で酷く時間がかかっていた。


(最初の頃はご主人様の手を煩わせてしまったが、もう二度とそのような醜態は晒さない)


 体力のない自分を心配して、使い方を教えるという名目で両腕にバケツを持って水を運ぶ姿は、自分が知っている『主人』という概念にはとてもではないが当てはまらなかった。

給金についてもそうだし、食事や待遇についてもそうだ。


(赤の大国に戻った場合、少しでも助けになれるように……見放されないように才能を買わなくては)


 幸い、戦闘は努力でどうにでもなる。

けれど才能が多ければ多い程、格段に『便利』になることができる。



「リアン様にも相談してみよう」



 ギリギリまで水を入れたバケツは数往復すればあっという間に水をためることができた。

自分が担う小さな仕事の中では、この作業が一番短時間で終わるのだ。

それにこういう力仕事をすればするほど鍛えているという小さな満足感が生まれるので嫌いではないし、努力をすればするほどに役立てるようになるのが嬉しくてたまらない。


 続いて、朝の訓練をするベル様たちが使うお湯を沸かす作業に移る。

家の中の台所で以前は沸かしていたが今は外で火を熾してその中に鍋をのせて、沸騰したら熱く熱した石を入れて温度を保つ。勿論、中に入れる石は綺麗に洗っている。


 お湯を沸かしている間は洗濯。

といっても、あっという間に終わる量なので装飾品を丁寧に外して、服の洗浄は洗濯液を使用するだけなのでかなり楽だ。一般的な奴隷はもっと苦労して汚れを落としていることをウォード商会で経験したのでわかっている。

 また、最近水仕事や庭仕事をする時に使って欲しいと防水効果の付いた革エプロンを頂いた上に、ハンドクリームも下さったので少しずつ大切に使用させて貰っているから、手も荒れていない。


 外から洗濯物が見えないように布で目隠しを作ってから洗濯物を干し、一度工房内に入る。

次に工房スペースの掃除をするかと考えていると丁度ご主人様―――……正確に言えばご主人様の一人であるライム様が部屋から出てきた。



「あ、おはよう。サフル、今日も早いね」



 ニコニコしながら話しかけて下さったその足元にはルヴとロボスという二頭の狼。

尻尾を振りながらじっとライム様の顔を見上げていて、自分は全く眼中にないといった様で少し羨ましい。



「おはようございます。何か手伝うことはありますか?」


「うーん、じゃあご飯作るから手伝ってくれると嬉しいかな。ルヴ、ロボスに先に飲み物あげちゃうから先に行っててくれる?」


「はい!」



 本来ならもっと丁寧に返事をすべきだ。

それは分かっているけれど、ライム様はあまりそういう対応を好まれないので工房内でのみご学友の皆様を参考にさせていただいている。


 会話をしている間、ルヴ達は大人しくライム様の足元で『待て』をしている。

自分の後にこの工房に入り共存獣となった二頭とはいい関係を築けていた。

彼らは頭が良く、ライム様がサフルという人間を認めていると判断した様で調合中等は大人しく自分の指示に従ってくれるのだ。


 一方的に話しかけることもあって、ライム様の話題にだけしっかり吠えて返事をするのだから末恐ろしいというか、流石ライム様の共存獣というべきか。

最優先はライム様でその後がベル様やリアン様、その次くらいには自分という認識であることだけは確かだ。


 いろいろな意味でうかうかしてられないな、と空き時間などに行う素振りの回数を増やすことを決めた。

 彼女の意向を受け一礼し、彼女の後ろを通った時に気付く。



(そういえば、背が伸びたな……拾って頂いた頃はライム様と同じくらいだったのに)



 リアン様が調合して下さった凄まじい味の特効薬を口にしてから、昼夜問わず関節がきしむようになったのを思い出した。

痛みを伴うそれに驚く自分に「成長痛」という症状だと教えて下さったのはベル様だ。

手合わせをしている時に動きがぎこちないから気になっていた、とのこと。

 痛みは膝や足を重点的に、けれどその内全身に広がってライム様もリアン様も自分の違和感に気付いて話を聞いて下さったのだ。


 自身の共同所有者であるお三方は、ただの奴隷である自分にわざわざ痛みが和らぐように一時的な痛み止めや温かい飲み物、時に貴重な時間を割いて患部をさすって他愛のない話をしてくださったこともある。


 思い出すと心臓と腹の奥がじんわりと温かくなって口元が緩んでいく。

吐き出す息も、目に映る日常も、今ここに自分がいるという実感になって酷く喉元と目の奥が絞られるように熱くなるのだ。

 首を振って、思考を切り換え必要になるであろう食具を準備しているとルヴ達に舐められ、じゃれつかれて少しよろけながら此方へ向かってくるライム様が自分の持つ食器に気付いた。



「ありがとう。今日は何が食べたい? ベルもリアンも、ラクサもまだいないからサフルの食べたいもの教えてくれるかな。いつもベル達の要望ばっかり聞くとどうしてもメニューが偏っちゃうし」


「で、ですが……宜しいのですか?」


「うん。いつも私たちの手が回らない所をサポートしてくれてありがとう。嬉しいけど、体を壊さないようにしっかり寝てね。それと、必要な物があったら絶対に報告すること! あ、でも、リアンが『ライムやベルに話しにくい必要物品がある時は僕に直接言え』って言ってたよ。奴隷っていう仕事のこともリアンは詳しいから色々聞いてみてね。駄目ならダメって言うだろうし」


「は、はい」



 何のことだかは分からないけど、と鼻歌を歌いながらフライパンなどを準備するライム様に少しだけ肝が冷えた。


 なんというか、ライム様は危うい。

自分で良かったと思う程に奴隷に対しての態度が気安く寛容で、人がいい。

ただ、懐に入れた相手というか気に入った人や世話になった人間、仲のいい相手に限るという条件は付くから更に怖いのだ。人たらしが過ぎて。



「ライム様、新しい奴隷を購入する際は私がしっかり監督しますので安心して下さい」


「え? 奴隷はサフルがいてくれれば十分だよ。内緒だけど、卒業の時にベルやリアンには『サフルと一緒に家に帰りたいんだけど、買い取れないか』って言おうと思ってる……―――って、そうじゃなくて朝ご飯どうしよう? 食べたいものがないなら適当に作るけど」



 調理用のエプロンをつけてヘラを持って首を傾げつつ自分を見上げる主人に顔がだらしなく緩む。これだから、この方のお役に立ちたいのだ。



「では、オムレツとマトマのパン粥をお願いできませんか? 一番最初に頂いたスープのようなものも美味しかったと思うのですが、意識があまり定かではなくて……あと、その、アリルのコンポートも出来れば」



 怒られるだろうか、卑しいと侮蔑されないだろうかという育った環境が元で染みついた不安と、ライム様なら聞いて下さるという妙な確信は、酷く居心地の悪い気持ちにさせる。

輝く様な双色の瞳から目を逸らす様に床を見つめると喜色を前面に押し出した嬉しそうな声がパッと弾けた。



「サフルは、オムレツ好きなんだね! 前にマトマのパン粥美味しかったってのは聞いたけど、オムレツか~。美味しいよね。じゃあ、オムレツにしよう。あと、パン粥も作るけど足りないだろうからキッシュも出すね。アリルのコンポートも楽しみにしてて。いっぱい作って地下に置いておこうかな」



 沢山頑張って疲れた日に食べよう、と笑うライム様に安堵と喜びと……ジワリと滲む独占欲。

ニコニコ笑いながらサラダ作成の手伝いを進め、会話をしながら思うのはたった一つ。


(ライム様たちの奴隷は自分だけでいい。新しいのが入ったら、こうやって好物を聞いてくれることもなくなるかもしれない。捨てられないように頑張らないと。もっと、もっと)


 自分の保身と打算ばかりだと、心の奥底で吐き捨てながらも心地いい時が永遠に続けばいいとそう思ってしまう。


 ルヴやロボス、ラクサ様やミント様、ディル様に騎士科の皆さん。商店街の皆さんも、騎士団の方も皆が自分に優しいのは。目をかけて下さるのは、リアン様やベル様……そしてライム様がいるからだと理解している。


 二度と、死にぞこなっていたあの頃には戻れない。

あの血肉が腐り死臭漂う悪劣で粗末な薄暗く苦痛と絶望と暴力に満ちたどん底には、決して戻らない。

その為の努力ならいくらでもしよう。

甘んじることなく、怠慢にも傲慢にもならず役立たずの自分に出来ることを。




(だからどうか、傍においてください。役に立って死ぬまでどうか)



 今日も、出来ることを。

明日も、明後日も、ご主人様がいる限り。この心臓が動く限り、尽くしましょう。

死して尚、貴女の役に立てるのならば喜んで全てを捧げたいと思えるような『主人』に出会えた自分は、どんな奴隷よりも幸運だった。

 時折見る古い記憶はこうして少しずつ、色褪せた過去に変わっていくのかもしれない。





 自分のご主人様との出会いはこの世界でよくある話だった。

特別でもなんでもない、ただ運悪く生きながらえていた自分に差し伸べられた手を、声を、温かな配慮を自分は死んでも忘れない。



ほんのちょっぴり本編では影が薄いですが、こんな感じでスーパー奴隷(執事ではない)を目指しているサフルです(笑


 実は、リアンの次くらいに独白が書きやすい。

一番難しいのは恐らくラクサ。次にディル。あ、ミントもヤバそうだなーって思ってます。ハイ。

この場を借りて、リクエストおよびブック・評価して下さって有難うございます!!!

短めですが少しでも感謝が伝われば幸いです。

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