番外編 『アエラスの祝祭日について』
現代で言うバレンタインっぽいイベントの話。
登場人物は工房組のライム、ベル、リアンの三名。
時間軸がどのへんなのかは………想像にお任せします。ハイ。
※連載初期(かなり前)に描いたものなので時間軸はなんか、別次元ってことで。是非。勿体ないので供養の為に置いておきますが、完全に本編と関係ない感じです。すいません。
冬も終わりに近づき始めた、まだ寒い日の事。
合同演習に備えて、資金調達と工房に置く新しい商品を考えようとギルドや学院、酒場を回ってみることになった。
普段通り三人で行動して、途中色々なお店を冷やかしたりもした。
「冬が終わるからか、野菜とかお肉とかも色々値下がりし始めて助かるね。もっと温かくなったら、いろんな食材が出回るだろうし」
「僕らのいる工房は長期保存も出来るから問題はないが、春の食材は出だしの数が少ないこともあってかなり高い。落ち着くまでに少しかかるな」
「ふぅん?食糧事情というのは中々面白いんですのね。宝石や貴金属などとは違うようですし」
「食べ物と食べられないものを一緒に考えられる時点で完全に貴族だって思うよ…」
「そうかしら。それはそうと、どうしますの?依頼」
「仕方ない。適当に見繕うか若しくは工房での販売を始めてみるかのどちらかだな」
最後に立ち寄った酒場の一角でホットドリンクやホットワインを飲んで、冷えた体を温めている所なんだけれど、二人の表情は硬い。
(なんだかこの二人って似てるよね。私全然ついていけない話しょっちゅうしてるし。夜中とか蝋燭一つ灯してこっそり怪しい調合とか実験台とかしてたりして)
カップを傾けつつ、周囲に視線を巡らせると若い人の比率がいつもより多く、女の人や女の子がしょっちゅう出入りしているのがわかる。
何かあるのかな、なんて思いつつ今日依頼を見ていてずっと感じていた疑問を口に出した。
体もちょっと温まってきたから気持ちに余裕ができてきたし、答えてくれなければ直接マスターに聞きに行けばいいし。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど『惚れ薬』を作って欲しいって、何でこんなに依頼があるのかな」
今まで回った場所に出されている依頼はものの見事に『惚れ薬』や『お菓子』の作成依頼で溢れていた。
他にも『いい香りのするもの』とか『綺麗になれるもの』だとか曖昧な内容で美容系アイテムを依頼している人も少なくない。
(不思議だったんだよね、普段見る依頼書とは雰囲気が違ったし、報酬も釣り合ってるんだかあってないんだか)
そもそもお菓子なんてお店で売ってる所も結構あるのに、と呟けばベルとリアンが心底驚いたような表情を浮かべて私を凝視していた。
「ライム、それ本気で言ってますの……?」
「非常識だとは思っていたが一般行事にも疎いとは」
お嬢様らしからぬ表情でこちらを見ているベルと額を抑えて項垂れるリアンにたじろぎつつ、どういうことなのか聞いてみた。
「今週末の休日は『アエラスの祝祭日』と呼ばれていて、好きな相手やお世話になった相手に甘いお菓子と一緒に想いを伝える日なのですわ」
「へぇー!そんな日があるんだ。私、この間エルとイオに“誕生日には美味しいものを食べて家族でお祝いする”って初めて聞いたんだけど、都会って本当にいろんな行事とか決まり事多いよね。そりゃお金も必要になるよ」
何せ一カ月の生活費が田舎と比べて倍はかかるし。
生活の仕方で切り詰められるんだろうけど、それでも高いことには変わりない。
物価自体が高いから仕方ないのかも。
腕を組んで納得していると俯いていたリアンも凄い表情をしていたベルも驚いてがたんとその場に立ち上がった。
「はぁ!?君は誕生日を祝うことも知らなかったのか?!」
「嘘でしょう……っ!?誕生日を祝うなんて、生まれて数年の赤子ですら知っている程一般的で、庶民も盛大に祝うと聞いていますわよ!?」
カップの中の液体が大きく波打ったのと、周りの視線が私たちに集まったので慌てて二人を座らせて“しーっ!”と唇に人差し指を当てて注意した。
この二人、反応も似てるから合わさると大げさに見えるんだよね。
そんなことを考えつつ、今までのことを思い出してみる。
「基本的に誕生日どころか生活自体が一人だったし、おばーちゃんが生きていた頃も忙しくて二人とも誕生日なんてあってないようなものだったから。大体、祝うって言われても特に何も思い浮かばないんだよね。だから詳しくエルとかイオにも聞いたんだけど誕生日に家族が“喜びそうな特別なもの”を送ったりするって聞いて凄くびっくりしたもん。だって、ごちそうも作らなきゃいけないんでしょ?その上に物を送るって……いや、お祝いするのはわかるよ。誕生日を祝うのは『産まれてきた』ことに感謝する為なんでしょ?」
話しながら二人の誕生日を知らないことに気づいた。
二人は誕生日のお祝いって何がいいの?ちょっと手の込んだご飯にする位しか出来なさそうなんだけど、と思いつく限りのお祝い例を挙げていく。
お金はないからお金持ちの二人にあげられそうなものってあんまり思いつかない。
困ったな、と思い始めた所で、右の肩を白い手袋が掴んだ。
「ライム。帰ったら僕が主な年中行事を概要だけではなくかかる一般的な費用、手順、マナーを書面にまとめて渡してやる。質問があれば早めに聞いてくれ。あと誕生日に欲しいものがあるなら早めに言って欲しい。そうすれば、ある程度珍しいモノでも用意できる」
リアンの目が怖い。
あと、気迫というか威圧感も凄い。
「う…うん?いや、あの、誕生日に贈り物ってどういう……ひっ!?」
一から説明して欲しいことを伝える前に反対の左肩を真紅の手袋ががっしりと掴む。
「私っ、工房生である限り実家には帰りませんから安心してくださいませ!自分の誕生日も貴女の誕生日も、ついでにリアンの誕生日もあの工房で盛大に祝いますわっ!これまでの分も楽しまないと許しませんわよ!ほら、さっさとライムの誕生日を教えなさいっ!まさか終わったなんて言いませんわよねッ?!」
どうしよう、ベルが完全に脅してくる系の怖い人に見えてきた。
何とか二人が落ち着いた時にはもう飲み物は冷めていて、少し悲しい気持ちになりながらカップの中身を少しずつ口にする。
二人も同じようにカップへ手を付けた所で私はまだ解決していない答えを聞くべく口を開く。
「で、話し戻すんだけど『惚れ薬』と『お菓子』の依頼が多いのは、どうしてなのかまだ分からないから教えて欲しいなーなんて」
私が聞いた瞬間に二人が同じ顔をして固まった。
ホントに仲いいなぁ、この二人。ちょっと羨ましい。
「なんで好きな相手に感謝伝えるのに『惚れ薬』がいるの?」
ちょっと可笑しくない?と思わず眉を顰めるとリアンが机におでこをぶつけて、ベルは私の方へ身を乗り出してくる。
「混ざってる!混ざってますわよそれ!!」
「……もう紙に書いて一から説明すべきか?」
声を荒げるお嬢様と深いため息をつく主席にこの後、私は『アエラスの祝祭日』について事例やら世間一般の過ごし方やらを叩きこまれた。
あまり酒場に長居するのも、ということになって自分たちの工房へ戻ったんだけど、調合より先に話し合いだと引きずられるようにいつもの指定席へ。
「で、今度こそ理解しましたのよね?ライム」
「もっちろん!つまり『アエラスの祝祭日』に好きだって言ってもらいたくて惚れ薬をお菓子に混ぜて食べさせるってことだよね」
私なりに考えた結論を話せばベルは何とも形容しがたい表情で紅茶を淹れ始める。
リアンは年中行事一覧とやらを書き出してくれてるし、お茶菓子に作ったお菓子を出すことに決めた。
実は昨日乾燥果物を練り込んだパウンドケーキ作ってみたんだよね。
味見はしたけど二人の好みに合うかどうかまではわからないし、初めて出すものって結構ドキドキする。
「ああ、もうそれでいいわよ……ただ、薬を盛るのは普通じゃないことだけは覚えておきなさい。好きになった相手に薬を使って惚れさせても意味がありませんし」
「え、じゃあ惚れ薬作らないの?結構高かったのに」
報酬が高い依頼を2つか3つ受けて作ればあっという間に目標金額に手が届くんだけどな。
勿体ない、と唇を尖らせると無言でペンを走らせていたリアンがため息交じりに私を見た。
(あ、嫌な予感)
「惚れ薬を作るにはそもそも素材が足らないし、薬の調合自体が難しいから今の僕らでは成功する見込みは低い。だから依頼を受けるとすれば『お菓子』の依頼を受けることかもしれないが、あれだけ依頼が出ているんだ、工房でクッキーや乾燥果物なんかを期間限定で販売する方がいい。まだ本格的に店は開けないが、客相手の商売を先に経験しておくのも順調な工房経営に役立つだろうからな。売り物に関しても、女性に好まれる包装を施すなどして工夫すれば値を上げて販売しても購入者は多そうだ。売れ残ったら、自分たちで消費してもいい」
錬金術で作ったお菓子なんて殆どないから、という口実で買いに来る客も見込めるぞ。
そう口にするリアンの口の端はちょこっと持ち上がっていて、悪どい商人の顔にしか見えなかったけれど、まぁ、納得は出来たので素直に頷いておく。
「じゃあ、クッキーは作るとして……他に何か作れたかな。売るなら日持ちするモノの方がいいよね」
「そうだろうな。オーツバーなんかどうだ?あれなら大量にできるし、売り方次第ではいい儲けのタネになる」
お金を稼ぐ話をリアンとするのは楽しいのでワクワクしながらレシピ手帳を開いていると斜め前から呆れ果てたベルの視線を感じて顔を向ける。
「年頃の女としてライム、貴女それでいいと思ってるの?」
「え?ああ、大丈夫だよ。安心して!ちゃんとベルにも美味しいの作るからさ」
幸い資金はあるし、と拳を握って見せるとベルは何か思いついたらしく綺麗に笑った。
「――…ふぅん?じゃあ、聞きますけど、リアンには渡すのかしら」
「もちろん渡すよ。エルとイオとディル、フォリア先輩にミントでしょ、あとは……」
「感謝のお礼に興味があって聞いてるんじゃないの。本命は?ほ・ん・め・いッ!」
もうっと!焦れたように声を上げるベルに私は思わずリアンに助けを求める。
どうしよう、今日のベルちょっと変。
「ねぇ、リアン、ほんめーってなに?『アエラスの祝祭日』と同じ日に裏的な新しい行事が隠れてる、とか?」
頭の中混乱してきたんだけど、と素直に白状すれば何故か工房内が静まり返る。
いやいや、どういうこと!?私変なこと言った?!
「………リアン?」
「ベル。僕はもう知らないぞ」
じっと返事を待っていたのに返事がないから催促すれば、リアンは普段の無表情でゆっくり首を振って何故かベルにそう告げた。
それからペンを走らせ始めたので答えてはくれないだろう。
困ったなーと思いつつベルを見ると目を丸くしたまま想像もしなかったことを聞かれる。
「ライム、あなた“愛”や“恋”は知ってるのよね?」
「愛っていうのは誰かをすごく大事に思うことだって昔お客さんに聞いたことあるよ。こい?ってのは知らないけど」
「……恋愛についての本くらいは読んだことあるのよね?」
「家にあったのは冒険者の絵本と錬金術の本でしょ、あと食べられる植物の図鑑とか素材辞典しかなかったけど」
家の本棚の内容を思い浮かべて、ベルが読みたいなら貸してもいいかな、なんてトランクの中に詰め込んだままの本たちを思い出しているとベルが思い切りテーブルに額を打ち付けていた。
「ぅえ!?ちょ、大丈夫?具合悪いなら休んで…―――」
「オランジェ様は……ッ!どうして、どうして恋愛ものの本を、いえ、それ以前にどうしてそういった知識をちゃんとライムに教えてくださいませんでしたのっ!?」
これじゃあこの子のお先が真っ暗ですわよ!
なんて今度は急に叫び出して思わずびくっと体が震えた。
綺麗にまとまっていた髪を解いて奇声とよくわからないことを叫びながら荒々しく、自室がある二階に向かうベルの後姿を呆然と見送っているとぽつっと今まで黙っていたリアンが疲れたように口を開いた。
「ライム。暫く知らない人間……特に男からの贈り物は受け取るな。食べるものも禁止だ。どうしても断り切れずに受け取った場合必ず僕に渡せ。鑑定して安全を確認したら返してやる」
「え。あ、うん…?」
おばーちゃん。
私、ちょっと都会の事情についていくのに時間がかかるような気がしてる。
あとお先真っ暗ってどういう意味なんだろう。いや、言葉自体はわかるんだけど……錬金術師としてダメダメってことで使われてる、訳ではないよね?
「都会ってホント難しいなぁ」
読んでくださってありがとうございます。
誤字脱字変換ミスなどはこっそり報告していただくか、メッセージやら何やらで教えて下さると嬉しいです。
……気づいたら自分で直します、ハイ。サイレント修正です。




