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Балансеры -バランサーズ-  作者: RAY
第2部 疾風の春日 The girl is called 'Shippuu'
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第18話 強さと優しさ


「温人くんは『知っている』ってことでいいね? 春日の身体のことは」


 不意に柿崎が尋ねる。表情こそ変わらないが、口調が少し湿った気がした。


「はい。《《重い病気》》のこと、春日さんから聞きました」


「ふむ」


 柿崎は視線を逸らして遠くを見るような目をする。

 会話が途切れて二人の間に沈黙が流れる。


「……正直、病気のことはよくわからない」


 沈黙を破ったのは柿崎の一言だった。


「ただ、『病は気から』というのはその通りだ。これまで重い病気にかかった子を何人か見てきた。病気に打ち勝ってくれた子もいる」


 柿崎は視線を温人に戻しながら言った。表情が険しくなっている。

 短い言葉フレーズから、温人は、柿崎が春日のことをどれほど気に掛けているかを悟った。


「春日は長い時間戦うことはできない。だから、昇段試験も受けられない。ただ、実力は間違いなく有段者の域に達している。

 剣術と言うのは精神力の強さが剣の動きに大きく関わる。あのは心の中で『もっと強くありたい』と願っている。その気持ちは病気に打ち勝つにはなくてはならないものだ……しかし、その強さがかえってあだになることもある」


 温人は「あっ」と声が出そうになった。

 柿崎の雰囲気がガラリと変わったから――威圧感がみなぎる、鋭い眼差しに、目尻の下がった、優しい眼差しが取って代わったから。


「春日は他人ひとに弱みを見せない。何でも自分一人で解決しようとする。ただ、そんなことをしていたら大きな負荷がかかる。本人は何でもないように振舞ってはいるが、きっと辛い思いをしている。

 温人くん、頼みがある。春日を支えてやってくれ。このとおりだ」


 柿崎は温人に向かって深々と頭を下げる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 柿崎さん、顔をあげてください!」


 突然の予期せぬ出来事――スキンヘッドの急接近に、温人は焦ったように声を上げた。

 柿崎がゆっくり顔をあげる。温人はうつむき加減に視線を逸らした。


「実は、春日さんの病気のことを聞いたとき、自分に何ができるか考えました。でも、解決方法は何も浮かびませんでした。

 僕にできることと言えば、春日さんを不安にさせないように笑ったり話をしたりすることだけです。悔しいけど、そんなことしか思いつきませんでした。三週間ぐらい前から、そんな気持ちで接していますが、柿崎さんの期待に応えられるかどうか……」


 自信なさげに話す温人。柿崎はあごに右手を添えて何かを悟ったような顔をする。


「三週間前……ちょうど春日の様子が変わった頃だ」


「えっ? そうなんですか?」


「ふむ。強さは以前のまま。ただ、顔つきがとても穏やかになった気がする。それに――」


「――おーい! 温人! 師匠!」


 柿崎の言葉を遮るように、道場の方から大きな声が聞えた。

 七分袖の白い道衣どういと黒いはかまを身にまとった春日が、道場の入口のところで赤い木刀を振っている。


「話が長いぜ! 男二人で何こそこそ話してるんだよ? 《《そっち》》の気があると思われちまうぞ!」


「ごめん、ごめん! すぐ行くよ!」


 温人が大きな声で返事をすると、春日は笑みを浮かべて道場の中へ消えて行った。

 道場の方へ足を向ける温人だったが、立ち止まって柿崎の方へ視線を送る。


「柿崎さん、話が途中でしたよね?」


「ふむ。そうだった。ただ、今の《《男らしい春日》》を見たら自信がなくなった」


「どういう意味ですか?」


 小首を傾げる温人に、柿崎は苦笑いをする。


「『女らしくなった』と言おうとした。他人を見る目に優しさが感じられた。目は心を映す鏡。目にはその人の心が映るものだ。だから、そう思ったんだが……」


 以前の春日のことを知らない温人には、春日が変わったかどうかはわからない。ただ、柿崎の言葉が本当だとしたら、自分が少しでも春日の役に立てているわけで、それは温人にとってとてもうれしいことだった。


「僕、少しでも春日さんの力になれるようがんばります。これからもご指導のほどよろしくお願いします」


「期待してるよ。温人くん」


 深々と頭を下げる温人に、柿崎は穏やかな笑顔で応えた。


★★


 道場には幼稚園から社会人まで約五十人の門下生が通う。師範の柿崎の下には師範代と三人の指導役がいて、交代で道場に顔を出す。

 その日は柿崎と二人の指導役が二十人余りの門下生の指導に当たっていた。


 温人が道場に入る。春日は道場の隅で、両腿りょうももに手を添えて正座をしていた。目を閉じて何かを呟いている。

 普段は目つきが鋭く口が悪い春日ではあるが、もともと鼻筋の通った、端正な顔立ちをしている。和風な服装をまとって目を閉じていると「清楚な美人」といった雰囲気が漂う。

 温人には、春日が大人っぽく見えた。普段の彼女とは別人のように思えた。


「春日さんは何をしているんですか?」


「ふむ。精神統一だ。門下生は練習前にやることになっている。小声で呟いているのは『道場心得』。そこの壁に紙が貼ってある」


 柿崎の指の先には、書道家が書いたような、達筆な文字が並んだ紙が貼られている。目を凝らして読もうとする温人だったが、読めない漢字がいくつもあり、恥ずかしさから声に出すのを止めた。


「肝心なことを訊いていませんでした」


 話題を変えるように、温人は切り出す。


「これから何が始まるんですか? 春日さんは『いっしょに来れば「疾風の春日」と呼ばれている理由がわかる』と言っていたのですが」


「春日はそんなことを言ったのか……? ふむ。これは面白くなってきた」


 柿崎は精神統一をする春日の方に視線を向けると、不敵な笑みを浮かべた。



 つづく

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