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1.明日のパンツは必要だ。

 本論では、新潮45 10月号で、小川氏が掲載した『政治は「生きづらさ」という主観を救えない』という記事について、チェックしていきたい。

 

 まず最初に申し上げるのは、0でも上げた通り「感情的に一部を切り取って一人歩きをさせない」こと。

 事実無根の言いがかりをいわないように、私も注意したい。


 さて。ではこの文章で私が一番気になった部分はといえば、痴漢騒動では当然、ない。

 もちろん、あとでそこは話すけれど、一番気になる部分はすでに、メディアなどでも公開されている、あそこ、である。


『LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが』。

 ここだ。

 ポストマルクス主義については、社会学系の人は息を吸うように当たり前に使うのかもしれないが、日常生活をしていてそこらへんの主義について心得ている人はあまりいないように思う。

 ちなみに、私もだ。マルクス知らなくても、大根は買える。

 じゃあ、そんなやつは阿呆なのかって言われたら、まあ、無知ではあろう。

 だから、私は、ポストマルクス主義とやらを、とりあえずまずは、調べようではないかと思っている。


 私にとってポストマルクス主義なるものは、「生活の足しにならない、馬鹿らしいもの」にしか過ぎないわけだが、まずは相手が何を言っているのかがわからない状態で、話をすることは愚かしいことだと思う。

(マルクスさんに謝れって言われそうだけど、まあ、そこはみんな必要とする情報って違うでしょ?)


 ……おっと。人の名前がいっぱいでてきて、呪文じみている。

 ふむ……これが理解できるのであれば、LGBTの現状とか、対策とか、弱者利権とか、いろいろ突っ込めるんだろうけどなぁ。

 すさまじくわかりやすい概念であり、頭で理解するのに十分もあれば済むと思うんだよLGBTってさ。

 理解を拒絶したい! きもいっ! ていう生理的な先入観がなければ、なのだけど。 


 ちなみにポストマルクス主義って、一言だといえなさげで、彼がどう見ているのか、というのはわからなかった。

 マルクス主義=やや共産主義、労働者待遇改善、だとは思うのですが、ポストってことはそのあとの流れってことでしょう?

 共産主義国家としてのソ連が崩壊したあとの、主義ってことっぽいのはなんとなくわかったのだけど……

 

 個人的にはLGBTが「ポストマルクス主義の亜種」であるか、と言われたら違うような気がする。

 個人主義とかそういうのなの? だとしたら、7~8%いるLGBTは「勝手気ままにしたいわけではない」ので、違うような気がする。


 詳しく調べたい気もするのだが、話が進まないのでマルクスさんの後任については、ここまでとしよう。



 私が言いたいのは、「議題のもとになってる事柄について、調べる気もないと断言したうえで、持論を展開するのはどうか」という点だ。

 論壇というのは、話し合いをする場所ではないのだな、というがっかり感でいっぱいである。


 馬鹿らしいと思って見向きもしないで、ばっさり切り捨てるという「ことそのもの」が、評論家としてはどうなのかと思うわけだ。

 評論をするということは、知ることではないのだろうか。それともお前様は今までの経験上だけでなにかを語れるほど、偉大なる人物であるという自負でもあるのだろうか。あるのだろうなぁ。

 それなりなことをやってきたと思っている自負がある、五十代である。

 総理を返り咲かせたという自負もあるのかもしれない。


 けれども、だからといって、えり好みして決めつけて文章を書くというのが評論家に許されるわけではないように思う。


 そこが「炎上の火種」だと私は考えているのだけれど、どうなのだろうか?

 ものを書く人間として、あるまじき行為である。

 きちんと調べたうえで、「理解できない概念」とお手上げするのならば、それは分かり合えなかったのだ、とがっかりするだけで終わるけれど、最初から「知る価値もない、カスが」とかいう反応されたら、そりゃね。


 つまりこれだ、「ろくに知らないで、評論家はクソだ! 生きてる価値すらない。チラシの裏でやっておけ」と記事で罵倒されることと、同じことなのである。それで顔真っ赤にしちゃうわけだ。



 もう、これだけで、この記事に関しては「見るに値しない」ものに成り下がってしまっているわけなのだけれども。

『書くべきことは、本当は以上で尽きる』けれども。

 小川氏の意見をちょっと見ていこうかと思う。

(ちゃんと読んだ証明として、少しばかり言いぐさをお借りした)



・氏はLGBTがお嫌いなようです。

 氏もやはり「生産性」のところでの反応の話になるわけなのだが。

 どうしてもこの問題を弱者利権と絡ませての話にもっていってしまう。

 

 そもそも85Pにて、LGBTのことを「概念に乗って議論する事自体を私は拒絶する」と氏は言っている。

 存在自体をこの人は認めておらず、概念すらも認めず。

 上述もしたが、知る気もない。


 彼にとってはおそらく「よくわからない、マルクス主義の残滓」であり、自分が描く国の在り方に適合していない、「その概念は敵」だとみなしているのだと思われる。

 同性愛者を、共産党が生み出した「なにか」だと思っているのではないだろうか。

 杉田氏は、コミンテルンによる陰謀を語っていたけれど、どうにも、「自称頭がいい人たち」というのは、「自分が理解できるように、事象をゆがめて認識する認知機能を持っている」ように思えてならない。


 まあ、誰しも、自分に都合がいいような解釈をしたいものではあるけれど、LGBTがみんな共産党員なんていうおかしな話はない。

 というか「どうしてそこを混同して、同じ一派だ」と考えるのか、その思考の順序をちょっと知りたいくらいだ。

 今話しているのは、共産主義のことではなく、LGBTの話だったはずだが、どうしてこの人はマルクスを取り出すのだろうか。

 意味が分からない。



 次の『何を今更騒ぎ立てる』では、氏の中での常識的な意見が並ぶ。

 男と女しかこの世にはいないのだから、それから外れたいやつは、来世はゾウリムシとか、カタツムリになっておけ、というような論調である。

 あくまでもこの人の頭の中には「男女二元論絶対」という杉田氏と同じものが詰まっており、同性愛という概念自体がないように思える。というか「見たくない、聞きたくない」のである。なにかあったのでは? と心配になるレベルでの、ホモフォビアだ。

 それでこの記事を書いているのだから、その胆力には称賛を贈りたい。そんなに見たくないものを、語ってる、というのはすごいことだ。


 さて、そして続いてTについてのバッシングが始まる。

 セクシャルマイノリティは「十把一絡げ」に全否定である。


 そして否定したかと思ったら、今度は「性の不一致の存在」を否定しない発言をし。

 さらにはそこからの、「時代、社会体制、会社、家族」との不一致についてを巻き込んでの、「全部大変だよね」という話にもっていく。

 それだけを特別視せず、意識を分散させるテクニックなのだろう。

 まあ、氏も時代と不一致してるのだろうから、お辛いだろうとは思う。


 けれども、『人生の致命傷となり得る』と、その五つを示したあとで、「そこに対して手を打たない」方向に話を持っていこうとするのはどういう了見なのだろうか。

 致命傷を抱えたまま生きろということだろうか。

 なかなかにひどいではないか。


 また、「興味がない」といっているのに、どうしてTの人の『性転換をした後に後悔・自殺する人が後を絶たない』だなどということが言えたのだろうか。

 GIDを診ている精神科医からは大ブーイングが飛ぶだろう。そうならないように厳密な医療体制を取ってるというのに。

 海外フライング組が後悔して自殺という話は聞いたことはあるけれど、実態は学会も把握してないように思う。

 それに対して、「治療されないことで自殺を試みた当事者」の割合はかなりの高位になるのは資料がある。

(性別移行したあとに、間違いだったと戻したいと言い出したケースはあったが、それは「精神科医の誤診」という扱いで処理されている。そんな誤診がゴロゴロでたらもう治療体制の維持などは不可能だ)


 そもそも「同性愛」と「性別違和」はきちんと分離するような診察体制になっているのです。

 しかも低年齢ほど厚くケアをする必要がある。一昔前なら二十歳を過ぎてないと、経過観察という放置状態だったわけだし。


 同性愛者が、バイになるケースはあるだろう。

 それは「誰を好きになるのか」の範囲が、「異性の中だけから選ぶ」なのか「同性の中だけから選ぶ」なのか「両性の両方から選ぶ」なのかの違いに過ぎないから、同性好きだと思ってたけど、この人は異性でも好き! ってケースはあり得ると思う。


 氏の言う『同性愛者が一定年齢から異性愛に転ずる例も多い。』というこれは、杉田氏の言っていた「女子高の件」が絡んでいるのだろうか。女性の場合、若いころは同性に対して、恋慕にも似たものを持つことはあるだろう。

 男性の場合は、それが純粋な「憧憬」になるだけのはなしだ。

 なぜって、同性愛やばいって感覚が、男子学生にはあるからだよ。

 手をつないでるだけで、変な目で見られる。ものだ。人によってはBLのカップリング対象にされることすら、嫌という人もいる。



 さて。さすがにLGBとTを分けない宣言しただけあって、ここら辺の論は、同性愛と、性別移行の話がごちゃ混ぜになっているわけなのだけど。

『性概念が個々人の中で揺らぐものだからこそ、Tという概念規定で性意識を縛ることは人性への冒涜と言うべきなのだ。』

 同性愛から異性愛に転ずる話をしたあとに、こう来られても、ちょっと困った。

 ただ、「人生」ではなく「人性」と書いてあるところは、ほぉ、と思った。

 人性とは「人間のもっている自然の性質」のことをいう。

 

 男女二元論から離れてるものは、自然の性質じゃねぇよ、ってことだよね、これ。でも、はっきりいうけど、「性的衝動に流されるだけのサル」が人間のもってる自然の性質、人性だよね? それを冒涜したところで、なにか悪いことでもあるのかな?

 さらには同性愛者だって、結局のところ大半は「性的な欲望」はしっかり持っているし、その「指向性・方向性」が異なるだけだ。


 まあ、そうはいっても私もそのサルが大衆派であることを知っているし、そうでないものを「輝かしいなにか」として祭り上げるつもりはない。無性愛者とかってなるともっとパーセンテージは減ってしまうしね。

 あなた方は、同性愛者と同じに「正道」であり、その地位はびくとも揺らぎはしないのだ。

 もちろん、そこの部分は、パンツをはかせる必要はあるのだろうけれども。



 また氏は『曖昧で私的な主題を強圧的なイデオロギーにして人々を黙らせ、政治的問題に転嫁させてゆく』ことについて語っている。

 これ自体は、私も賛同しよう。その手法は確かによくない。

 よくないのだが、同性愛者がそうであるか、と言われたら首をかしげたくなる。


『ましてレズ、ゲイに至っては! まったくの性的嗜好ではないか。』

 まさかの感嘆符にビビった。

 ほんと、お嫌いなんだなぁとしみじみ。



・SMAGもお嫌いなようです。


 ニュースで取り上げられるのは、この造語です。

 サド・マゾ・お尻フェチ・痴漢を指す単語とのことなのだが。

 上述の通り、氏はこれらを肯定しているわけではないので、勘違いないようにお願いします。

 

 ただ、私は言いたいのです。

「ふざけるな!」と言うので、許さないならどうぞ。私もこれを並べることを許さないので。

 氏は、自分のような伝統保守主義者から見れば、LGBTも十分ふざけた概念と言っている。


 まあ、くそみそ一緒ってやつですよね。金持ちからしたら1円も500円も変わらない、みたいなものかな?

 ようは、判別がつかないわけですよ。はるか高尚なところに鎮座してるから、烏合の衆など知らんということですよね。そして「知る気もない」(何度でもいうけど)。


 この意見はメディアなどでも多く言われているけれど、「犯罪と一緒にするな」というのは言っておこうかと思う。

 そして、その意見の補完として、SMAとGを一緒にするな、と言いたい。ああ、LGBとTが一緒にならないのと対照にしてるのかな。こじゃれておられるね。


 サド・マゾ・お尻フェチは、性的な嗜好であって、犯罪ではない。

 私にはSとMの友人がいたけれど、高度に精神的なプレイであり、相手を労わる心が大切だと言っていた。

 瞬間的に想像するのは、快楽のためのお店でのプレイとなりがちだけれど、それでさえも別にそれが=犯罪ではない。

 もちろん「強制的」にやったのであれば、それは強制わいせつであって、SとかMとか関係なく、普通のノーマルな異性愛であったとしても、逮捕である。


 お尻フェチに関しては、男性の一定数はいるんじゃないだろうか。

 これに関しても、「盗撮」とか「触る=痴漢行為」になったら、逮捕だ。

 でも、そうではなければ犯罪ではないだろう。


 ま、まぁ、道端でじぃーっと一人の尻ばかり見てたら、通報されるかもしれないけど。

 でも、そもそも尻は発情部位っていうじゃないですか。尻フェチは正常だと思うんですよね。

 動物としてね。


 じゃあ、痴漢はっていえば、「行為そのものが犯罪」なんですよ。

 だから、みんな冤罪にならないように、手をあげて電車に乗ったりするわけですよね。男性専用車両があればいいのにね!


 嗜好と行為を一つにまとめてしまおうというのが、ナンセンスなのです。そこにごちゃっと性的指向のほうまで混ぜ込むので、もうカオスとしか言いようがない。


 氏のいう『痴漢症候群』のたとえだけれど、痴漢犯罪を繰り返す人は薬物的な治療を受けたり、あとは代償行為なりをさせればいいのではないだろうか。例えば、家に尻の模型を置いて触り放題するとかだ。もしくは電車に乗らないというのも手段の一つだろう。

 もしくは先ほどもあげた男性専用車両に乗るようにする、などの回避行動はとれるだろう。

 自分の性質を知ったうえで、痴漢してしまうのをわかっていて「それに近づく」行為をするというのは、愚の骨頂ではないだろうか。

 禁酒中に、居酒屋に行く、というのと同じようなことだ。

 それは、触ることを理性が容認してしまってるのではないだろうか。

 

 そして、被害女性のことを思えというなら「LGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、賠償を払ってから口を利け」というようなことを氏は言っている。

 なるほど。町中で見かけるのも嫌いだ、と言っていると思っていたけど、論壇というところには大通りがあるのだそうだ。

 話題になるごとに、この人は歯噛みをして、精神的苦痛を受けたのだという。


 ならば、今回のこの記事そのものだって、賠償もののような気がするのだが。

 まあ、それはともかく「どうして死ぬほどショック」を受けるのかがやはり気になる。

「ショックを受けるほど嫌い」ということは、「無関心」よりも上質な興味である。


 やはりなにがしかの敵対勢力の一味という考えが根底にあるのだろうか。

 リベラル派の先兵とでも思ってるのだろうか。

 そこらへんがないと、やはり「興味もない」はずのLGBTにここまで、顔真っ赤にできるわけがないように思う。

 そこそこの金額をもらったとしても、わざわざ寄稿するかなと思ってしまうのだ。

 杉田氏と仲良しだから、だとしてもだ。


 

 では、次。『同性婚は論外』

 さすが保守である。頭ごなしの全面否定である。

 氏はやはり、時代との不一致と戦ってるのではないだろうかと推測する。

 戦わなければ、危ういという思いでもあるのだろうか。


 そして氏は「結婚と、共同体と、子種」の話をし『こうした結婚の仕組みは、暴力と隠匿に付き纏われる性という欲望を逆に社会の最も明るい祝福の灯のもとに照らし出し、秩序化による安定と幸福の基盤となす~』というのです。


 私から言わせれば、カスガイである子がいなければ営めない夫婦関係など、どれほどのものかというもので。

 その点、子供がいなくても夫婦関係をしっかり営んでいる総理は、ご立派なのではないだろうか?


 そもそも「それがなければ、暴力をふるう」やつはDV男(女)であろう? 男女同権が言われ、男尊女卑がかなりの部分緩和された現代社会で、どうしてそう、時代の不一致を起こしている発言をしているのだろうか? 昭和の亭主関白、暴力親父と、子供がいるから離婚できない妻、なんて姿でも想像してるのだろうか。



 結婚についての考え方は、まさか伝統社会が生み出した「叡智」と言われるとは思わなかった。

 私は現代社会にしか生きていないので、現代社会における夫婦という単位の「権利」を受ける人権保護システムだと思っている。

 

 まあ、小難しいことはともかく「夫婦の結婚とはお互い幸せになるため」にするものだ。

 個々のそれらが、積み重なった結果、「伝統」になっただけのことである。


 それを歴史だ伝統だと、自分だけならともかく人様にまでそれを強要するというのは、保守様とは、とてもお偉いのだなと思ってしまった。

 ちなみに近年は恋愛結婚が多くなったわけなのだが、保守の方々は政略結婚だったり、家同士が決めた婚姻だったり、お見合い婚だったりを賛美するのだろうか。

 

 結婚の形は「その時代の、その人たちが幸せになるため」にあるべきだと再度述べておこう。

 


 さて、最後の項になるのだが。

『「生きづらさ」は救えない」』というタイトルが躍る。

 ここでは氏はLGBT法連合会が出した、LGBTの困難リストを引き合いに出している。

 ここから法整備をしていこうとしているらしい。リストの存在は一読すると「へぇーこんなことでショックなのか」となるので目を通してみることをお勧めする。もちろん、ここから法律? ってなるとそれはちょっとと思うけれども。


 氏はこれにたいして「わたしたち」という部分は結局つきつめると「わたし」になってしまい、で、個人まで全部みるの? というようなことを言っている。狂気だとすら言っている。

 でも、ここは最大公約数を取っていけばいいのではないかと思う。


 個人が寄り集まったものが集団である。そして一定数の訴えがあれば、動くのが政治というものだ。

 うちの前の道路が舗装されていなくて困る、という「わたし」の意見が通らなくても、その道路を使う「集団」の意見は通るのではないだろうか?

 そして、LGBTは少数者ではあるけれど、ある一定数が存在している。

 そして、「こうしてほしい」という意見は支援者だっていうことは可能だ。

 

 ああ、それをこそ、この人は恐れているのか。

 当事者が増える、ことではなく「支援者」が増えてしまったら、気持ち悪い同性愛者が肯定されてしまう。

 そうなったら、保守の自分はどうなるのか、と。


 なるほど。だから「話し合い」ではなく「拒絶」になってしまうわけか。

 書いていていろいろ納得ができた。



 え。パンツの話しないのって?

 いや、そこは「指向」と「嗜好」の違いが理解できない人が、嗜好を公の場でべらべら話すなよ、お下品だろう? といってるだけの話なので、ことさら触れる必要はないように思う。

 異性愛者は、指向を言わないでも済むから、そこに触れないだけで、一個上のカテゴリが違うんだから、そこは言っても下品でもなんでもないと思うし。

 だって、異性愛者が「俺さー、ちょー、女の子好きなんだよね~」とかいうのは日常会話に普通にあるでしょ?

 恋バナとかもするじゃない? 「3組の〇〇君のことが気になってて」とかさ。

 そういうのと、「同性愛の、男が好き、女が好き」はほぼ同じ段階のカテゴリのものだと思うのだけど。


 それに、そもそも、なぜに「性は隠匿されるもの」でないといけないのかは、疑問でならない。

 まあ、私が男性的な性欲を持たないから、根本的に理解できないというのはあるのだろうけど。

 隠匿されないと抑えられない、それが「性的衝動」というものであるのなら……


 うん。パンツははいておかないといけないのかもしれない。ね。


次話はこれから書くので更新ちょっと遅くなるかもです。

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