暗い森の中にて
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日時:不明、おそらく201_年1月2_日
知らない間に気絶していた。倒れていたのだから、きっとそうだったのだろう。とても頭が痛かった。起きたら知らない場所にいた。高い木々が生い茂り、白い霧によって数十メートルより先は見えなかった。何より、高い木々が作り出す影とは違うような、別物の影が私の気分を一層不快にさせた。
先程まで住宅街にいたはずだった。私は旅行の帰りで、空港からの帰路についていたはずだ。なのになぜ、突然あんなところに倒れていたのだろうか。ポケットに入っていたスマホを見たが、圏外。時計も狂っており、場所は愚か時間すらもわからなかった。
この薄気味悪い森から一刻も去りたかった私は、重い旅行鞄を置き去りにショルダバッグを肩に下げ、森の出口を探すことにした…
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昼間であった。しかし、白い霧で覆われ、気味の悪い黒い影は、それを人々に容易に感じさせはしない。風が吹きすさび、いくかかえもの太い幹の枝木はそれぞれ重なり合ってさわさわと音をたてる。
普段はこの異質な空間であるゆえに人を呼び寄せない森であったが、今回ばかりは人がいた。身長170センチほどの、女性にしては高身長の彼女は、森の真ん中で倒れていた。周囲にはおそらく彼女のものと思われるショルダーバッグや旅行用のものと思われる大きな鞄が落ちていた。
と、彼女は動き出した。両手でその細い体の上半身を起き上がらせる。
「ここは...?」
彼女は発する。発したところでなにが起こるわけでもないのだが。
ふと、彼女は思い出したようにポケットの中をまさぐる。出てきたのはスマホであった。彼女は安堵の息を漏らすが、現実はそう期待したとおりには行かない。
電源ボタンを押す。画面は光るし、いつものパスコード-ロック画面が開く。ロックを解除し、即座にマップのアイコンを押し、現在地を探る。しかし、いくら立っても読み込まない。よくみたら、上のバーには圏外とあった。時間と日付でもいいから確認しようとしたが
「え?99時?0000年?」
時計やカレンダー機能は狂っており、まるで使い物にならなかった。
一時は混乱したが数分後には平静を取り戻し、それと同時に、この森を抜け出すことを目標に、あるき始めることを決心した。流石にこの森を旅行鞄を持って歩くのは苦行であると判断し、ショルダーバッグに財布などの必要なものを入れ、その場においていくことにした。
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30分ほど歩いただろうか。彼女は次第に歩みを遅めていった。彼女の意思ではない。意思に反して、足は筋肉に疲労を伝え、脳は足に止まるよう命令する。
ついには歩みを完全に止めて、近くの木の根元あたりにもたれかかるよう、座り込んでしまった。呼吸をするたびに肺は苦しく、喉はヒューヒューと喘息を起こしたような症状に見舞われ、手で木を手繰り寄せ、体を持ち上げようとするが、力は抜け、どうやらそのような体力は残っていないようだった。とうとう彼女は、木を背に倒れ込んで、意識を失ってしまった。
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風もいつの間にか止まり、生命は死んだかのような静けさを感じた。
ザッザッという音が、遠くからは規則正しく聞こえてきた。どうやら、数人ほどの小規模な集団の足音らしい。実際そうらしく、7人ほどの集団であった。
彼らはゲルマニア帝国の外人部隊であった。人を探しに、ここディアーナの森にわざわざ来ていたのであった。わざわざというのは、ディアーナの森は全体を覆う白い霧と常時発生している影により、およそ人のいるようなところではなかった。そんな場所に来るのだからわざわざであった。
広大な森のなかでの人探しなど――ましてやこの森であったらなおさら――不可能に近いような、未知数の確率だった。しかし、人間の勘というものは恐ろしく、その未知数の確率を容易に解いてしまう。
「誰かいるぞ!」
隊員の中のひとりが発する。その言葉に全員が反応し、周囲を見渡す。ふと、ここから数十メートルの、霧のせいで見えるかどうかぎりぎりの、太い幹を背に、1人の女性がもたれかかっていた。その容姿は、彼らにとって見慣れず、ポケットから落ちたであろう四角い物体は、彼らには不思議に思えただろう。
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『おい、大丈夫か?』
隊員のひとりが呼びかける。だが反応しない。
『返事をしてくれ!』
他の一人も呼びかける。だが、返事は来ない。
はっ、となにかに気づいたような素振りを見せ、女の脈を確認する。不規則であったがわずかに脈を感じ、どうやらまだ生きてはいるようだった。赤色の十字のマークの付いたポーチから、テープのようなものを取り出し、彼女の腕に貼る。白かったテープは、貼り付けると次第に、そして数分後には完全に赤色となった。
『どうだ?』
間をおいて聞かれた男は一瞬ためらうが、やがて重い口を開く。
『…影病だ』
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しかし、30分は経っただろうというときに、私の足は段々と疲れを感じるようになった。運動の疲れではなく、病的なだるさによる足のとどまりであった。少し疲れただけと、太い幹にもたれかかるように地面に座ったが、だるさと疲れは収まることなく、むしろ息苦しく、喘息のような喉の音もした。わたしは懸命に立ち上がろうと、木に手をかけ、体を持ち上げようとしたが、その時の私にはもう自分の体すら持ち上げる体力すら残っていなかった。そして私はまた、気を失ってしまった…
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